言葉は刃物でもある、傷つけ傷つけられ

 【水や空】小さなけなし 辞書の域を超えた味わいが、新明解国語辞典(三省堂)にはある。旧版で「恋愛」を引いてみる。〈特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき…〉▲感極まるような、情熱的な説明が続く。〈常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い…〉。さらに続くが、引用しきれない▲この味わいを保ちつつ、辞書は社会の変化も映し出す。「恋愛」の説明で〈特定の異性に対して〉とあるが、おととし改訂された最新版では〈特定の相手に対して〉に変わり、男女の枠が消えた▲「男がすたる」といった慣用句を最新版で削った辞書もある。では「女性なのにすごい」はどうか。辞書に用例はないが、こうした言い回しは「小さなけなし」、横文字では「マイクロアグレッション」と呼ばれ、もっと意識されるべきだと指摘される▲女性はこうで男性はこう…という思い込みがあり、それを外れると「女性なのに」などと口走る。悪気はなくても、言われた人の心には傷が残り続けるのだと、おとといの記事にある▲「女性なのに」「男のくせに」。言葉一つ一つの“偏り”を一人一人がわきまえるしかないのだろう。日頃の言い回しは辞書のようにある日、ごっそりと更新することはできない。(徹)(長崎新聞・2022/5/20)

 新明解の初版発行は1972年でした。金田一親子に見坊さん、柴田さん、山田さんの、それぞれが、ぼくにはなじみの方々でしたし、何十年も前から見坊さんには拙い授業を進める際に大変にお世話になりました。といっても、彼に授業の手ほどきを受けたというのではなく、彼の書かれたものがぼくの愛読書になっていたからです。ことに「ことばのくずかご」シリーズは、ぞっこんというか、大ファンでしたね。「ことば」に魅入られた人といっていいでしょう。とにかく、「ことば」に関してこれほど貪欲な人はそんなにいなかったのではないでしょうか。彼の師匠は金田一京助さんでした。

 金田一さんには、アイヌ神謡集にかかわる大事な仕事がありました。言語学者・知里真志保さんの姉の幸恵さんを東京に呼び寄せ、辛うじて、アイヌの大事な宝を採集することができたのでした。この幸恵さんとの交わりには、何かしら神がかりのようなものがあったし、その後の(金田一氏に対する)毀誉褒貶にも、言い知れぬ「発見者の苦しみ」があったことでしょう。彼の師匠は上田万年さん。本邦「国語」事初めに立ち会い、その導きの役割を果たした第一等の人でした。また金田一さんは岩手の人で、石川啄木と同郷の誼(よしみ)から文京区の下宿屋(大野屋旅館)で同宿していたことがあります。ぼくが本郷に住みだしたのは一九六三年からでしたが、まだかつての雰囲気があった、ぼくはその旅館のすぐそばに住んでいましたので、その辺りを調べたり、また、その後の住まいであった西方町(幸恵さんを住まわせていました)にも足を運んで、いろいろな思いにふけったことでした。

 なお、この知里幸恵さんの伝記でもある「銀のしずく降る降るまわりに」(のちには「銀のしずく降る降る」新潮社版)は、ぼくの読んだ数少ない本の中でも、最も忘れられない一冊になっています。著者は藤本英夫さん。初版は新明解とほぼ同時期の1973年でした。(このことについても、いつか触れてみたいですね)

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● 知里幸恵(ちりゆきえ)(1903―1922)=『アイヌ神謡集』の著者。北海道幌別(ほろべつ)郡登別(のぼりべつ)村(現、登別市)の生まれ。農・牧畜業の父高吉、母ナミの長女金田一京助のアイヌ研究にユーカラのローマ字筆録で協力した金成(かんなり)マツは母方の伯母。また『分類アイヌ語辞典・植物篇(へん)』などの著者知里真志保(ましほ)は弟。幼時から旭川(あさひかわ)市近文(ちかぶみ)で聖公会の伝道師として布教活動をしていたマツのもとで育てられた。1918年(大正7)アイヌ語採集で来訪した金田一は彼女の才をみいだし、母方の祖母モナシノウクから伝えられた神謡の筆録と和訳を勧める。彼女の死の翌1923年に発行された『アイヌ神謡集』には13編の神謡が収められており、アイヌ語のローマ字表記の正確さと和訳の美しさに定評がある。[藤本英夫]『『アイヌ神謡集』(岩波文庫)』▽『知里幸恵遺稿集『銀のしずく』(1984・草風館)』▽『藤本英夫著『銀のしずく降る降る』(1973・新潮選書)』(ニッポニカ)(記念館については:https://www.ginnoshizuku.com/

● 金田一京助(きんだいちきょうすけ)(1882―1971)=言語学者アイヌ文学研究、アイヌ語学の創設者。明治15年5月5日岩手盛岡に生まれる。東京帝国大学文学部言語学科に学ぶ。明治末年は日本言語学の黎明(れいめい)時代で、当時指導者であった上田万年(うえだかずとし)は日本語研究のためにも周辺の諸言語の研究が必要であることを提唱、そのときアイヌ語の研究を指定されたのが金田一であった。欧米文化万能の時代に、旧弊として捨てて顧みられなかったアイヌ語の研究をライフワークとして選び、彼の研究で、初めてアイヌ叙事詩ユーカラが世に紹介され、アイヌ語が学問的に解明された。『アイヌ叙事詩ユーカラの研究』2巻(1931。学士院恩賜賞受賞)、『アイヌ叙事詩 ユーカラ集』(1959~1975)をはじめとするユーカラやアイヌ語文法に関する数々の書は、日本列島の北方の文化を学ぶ者の原点として永久に残る。/ 1935年(昭和10)ごろからは国語学の研究にも関心が及び、『辞海』『明解国語辞典』『新選国語辞典』など諸辞典の編纂(へんさん)や『中等国語』『高等国語』などの教科書の編修も広く行った。また、同郷の歌人、石川啄木(いしかわたくぼく)と深い交友関係にあり、『石川啄木』(1951)の著がある。東大・国学院大・早大教授。文学博士。1954年(昭和29)文化勲章受章。昭和46年11月14日。墓は東京都文京区本郷の喜福寺にあったが、のち豊島(としま)区の雑司ヶ谷(ぞうしがや)霊園に改葬された。(ニッポニカ)

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 新明解国語辞典の初期は三冊発行されています。「青・白・赤」で、第八版(2020年11月刊)で、久しぶりに青版が復活したそうです。ぼくはいつも「赤版」でした。

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 新明解国語辞典の初期の編著者のそれぞれに、いろいろな思い出がありますが、本日は書きません。この辞書が、あたりまえに、日常生活のあれこれを言い当てる言葉(日常語)を選んで集めたというところが、ぼくにはとても興味がありました。ぼくの先輩や大学時代の担当教師にもたくさんの辞書編集にかかわった人がおられましたが、この辞書編集作業は、いわば「別乾坤」とでもいうべき世界のように映りました。終わりのない仕事というものがあるんですね。

 辞書の良しあしは、どこで決まるのか、ぼくにはわかりませんが、とにかく、「日常言葉」の世界を豊かにしてくれる、使いやすさやわかりやすさが大きな要因であることは確かでしょう。言葉の「意味」を調べて、さらに生活実感から離れるようでは、ぼくには用のない辞書ということになります。「人権」は、その典型ですね。「人権とは自然権」だとか「人間として生まれながらに有している権利」などといって、はたしてぼくたちの言語生活や言語感覚が豊かになるのでしょうか。「この人を大事にしたい」と他者に思わせる心持のことで、それが欠けていると人としての付き合いができなくなる、人間関係に不可欠の感性・感覚でもあります。

 今の時代、ほとんどの辞書はネットで調べられますから、いちいち重い辞書を手元において、調べるという作業がなくなった分だけ、実に楽(便利)になりましたが、それだけ辞書が「お気楽」「安直」になったということが言えるかもしれません。ぼくは、人並みに「辞書」に頼る方ですが、なかなか満足しないのはどうしてでしょうか。奇抜や新奇さをねらっても、いずれ日がたてば、陳腐になります。だから、辞書編纂は終わりのない事業でもあるのでしょう。言葉の世界をリードするのではなく、今では世間での「はやり言葉」を追いかけるのに多忙を極めるというのも、なんだか少し変ですね、という気もしてきます。この時代、「書き言葉」ではなく、「話し言葉」が幅を利かせていますから、勢い「辞書」も話された言葉を追っかけるという風儀が身についてしまったのかもしれません。「言葉・ことば」から歴史が失われてしまったと言ったらどうでしょう。歴史を持たないことば、それは「言葉」でしょうか。

 「世ハ言ヲ載セテ以テ(うつ)リ、言ハ道ヲ載セテ以テ遷ル。道ノ明カナラザルハ、職トシテ之ニ是レ(よ)ル」(徂徠「学則」)

 「言葉」というものを鉋(かんな)か鋸(のこぎり)のように、とりあえず役に立つ「道具」だと見てはならないのは当然ですが、なかなかなそれが理解できないままに、言葉が変わるのです。言葉は道具性を有していますから、それは「諸刃の刃」でもあるのです。今の時代、「言葉が変わる」というのは、いわば「廃(すた)れる」ということでもあるのではないでしょうか。言葉が廃れるから人間の生き方も荒れ狂ってくるのでしょう。(「流行語」大賞」というのは、どうしようもない軽佻浮薄の典型で、それを大きな寺がやるというのですから、救われませんなあ。お寺が率先して、世の堕落の模範を示しています)

 「国語」「言葉」というものをどのように見るか、辞書を評価する、一つの基準点でもあるようですね。

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 (蛇足 今回は、いつも以上に「散漫」で「不得要領」なものになりました。これぞ「駄文」ということで、ぼくの駄弁や駄文はいよいよ健在というべきでしょうか。困ったことでもありますね。本日は午前中には木を切ったり、竹を切ったり、そして切ったものを燃やしたりと、(庭みたいな土地であり、荒野のようでもある雑種地を襲っている)荒涼の四囲の整理をしていました。これからが夏本番で、やることなすこと、何もかもが骨身に応えますな)

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