嘘を重ねて真(まこと)にする、その執念

 戦勝記念日 最後に「ぼく」が「父さん」に投げ掛ける言葉がそのまま絵本のタイトルになっている。「父さんはどうしてヒトラーに投票したの?」。ヒトラー政権が誕生した1933年から敗戦を迎えるまでの12年間を子供の目線で追った物語だ◆総選挙の投票日、父さんは「彼だけがドイツを救える」とナチ党に投票。全権を握ったヒトラーに国民は熱狂していく。悪口を言った労働者は殴られ、批判本は街中で焼かれ、ユダヤ人が迫害される。「ぼく」は変わっていく社会を淡々と見つめている◆フランスの小説家が文章を書き日本では2019年に出版された。翻訳した湯川順夫さんは「私がこのときにここに生きていたら、どうしただろうか」と考えながら取り組んだという。がれきで埋め尽くされたミュンヘンで父親が「ぼく」の疑問にどう答えたかは記されていない◆民主主義の手続きで誕生したヒトラー政権は、ユダヤ人約600万人を虐殺しドイツを破滅に導いた。ドイツがソ連に侵攻した戦いでは、両国で約3千万人の犠牲者を出したとされる。ドイツは都市を包囲して民間人を虐殺。街角は死体であふれていた◆ドイツは45年5月8日に降伏。ロシアは9日が戦勝記念日だ。「ウクライナの非ナチ化」を掲げた今回の侵攻では記念日までの戦果を求め攻勢を強める。裏ではナチさながらの虐殺を繰り広げた。数々の国際法違反はなぜ起きたのか。子供たちが持つであろう疑問に無言では済まされない。(信濃毎日新聞・2022/05/08)

(写真(上下)は「クーリエジャパン」「ロシアで深まる『愛国教育』」(2017.9.26)より(https://courrier.jp/news/archives/98693/)

●独ソ戦争(どくそせんそう)(Russo-German War)=第二次世界大戦の重要な一局面をなす1941~45年のソ連とドイツ・イタリアなど枢軸同盟国との戦争。ソ連では「大祖国戦争」Velikaya otechestvennaya voina Sovetskogo Soyuzaとよぶ。41年6月22日ドイツ軍の全面的なソ連領侵攻で始まった。ここに1939年9月以来の英独戦争は、英ソ対ドイツの戦争に拡大された。初め不意をつかれたソ連軍は敗退し、ヒトラーは短期決戦によるソ連征服を豪語したが、ソ連国民はスターリンの指導下に祖国擁護に立ち上がり、ヒトラーの世界戦略を破綻(はたん)させただけでなく、連合国側の勝利に大きく貢献した。43年初めのスターリングラードボルゴグラード)におけるソ連軍の勝利は第二次大戦の決定的な転機となり、以後ドイツ軍は敗退を重ねたからである。45年5月8日、ドイツ軍の無条件降伏で独ソ戦争は終了した。(ニッポニカ)(ヘッダー:NHK 新・ドキュメント太平洋戦争 :https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/blog/bl/pneAjJR3gn/bp/pqN02jBj5K/)

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 ウクライナ侵攻と独ソ戦に不気味な類似点 ベストセラー著者の憂慮

 ナチス・ドイツとソ連が戦った独ソ戦(1941~45年)は、双方で民間人を含め3000万人以上が死亡したとされる人類史上最悪規模の戦争だった。主戦場の一つとなったのが、いまもロシアの侵攻が続くウクライナだ。独ソ戦とロシアのウクライナ侵攻。2019年に出版されたベストセラー「独ソ戦 絶滅戦争の惨禍」(岩波新書)の著者、大木毅さんは、二つの戦争の不気味な類似点を指摘する。【聞き手・金子淳】

第二次世界大戦の対独戦で砲撃するソ連軍=1941年

 大木毅さんに聞いた ――ウクライナ侵攻を機に改めて著書が読まれています。                   ◆ナチス・ドイツは独ソ戦を自らが掲げるイデオロギーに基づく「世界観戦争」とみなし、「スラブ人という劣った人種を殲滅(せんめつ)ないしは奴隷化し、その後にドイツが植民地帝国を作るための闘争」と規定した。一方、ソ連側はナポレオンに勝利した祖国戦争(1812年)になぞらえ、対独戦をファシストの侵略者を撃退する「大祖国戦争」と呼び、報復感情を正当化した。その結果、独ソ戦は通常の戦闘だけでなく、住民虐殺や捕虜虐待など悲惨なことが起きた。今回のウクライナ侵攻も、住民の虐殺や強制連行が明らかになってきている。読者の多くは皮膚感覚で「どうも普通の戦争ではないようだ」と感じているのではないか。(以下略)(毎日新聞 2022/4/6 05:00)(https://mainichi.jp/articles/20220405/k00/00m/030/099000c)

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 つねづね政治家は嘘をつくと言ってきたし、民衆から圧倒的に支持される(その「支持のされ方」はまず嘘で固められた虚構による)政治家・権力者は希代の「嘘つき」だとぼくは確信している。器量の大小を問わず、嘘をつくのが、嘘をついて生きているのが政治家であるというべきでしょう。これは古今東西を問わず、肯綮に当たること。プーチンが二十年を超える権力独裁を維持してきたその最大の理由は、彼は名代の「嘘つきだ」という点にある。世上では「千三つ」とか「万八」などといって、千に三つ、あるいは万に八つしか、本当らしいことを言わない人を指して言っています。この島の歴史でも、「将軍」「首相」などといわれるような人物はたいていというより、ほとんどが嘘つきでした。真実を語る将軍や政治家の存在を、ぼくは信じられないのです。嘘を繰り返し言っているうちに、まずその嘘を本当だと思いこむのは、当の本人です。自分が嘘をついていると自覚(意識)して、政治や権力を掌握し操作しているというのは、まだまだ「序の口」でしょう。最も騙されやすいのは「自分」だし、その自分を騙せないようでは一廉(ひとかど)の政治家とは言えないのです。この「嘘つきが政治家である」という命題には、男女などの性差はまったくありません。

 一例として、政治・経済における国の実情、外交の難題など、そのことごとくについて、ありのままに正直に「我々の国は、この先、立ち行く展望・見込みがありません」「大国の言いなりになって、がんじがらめに縛られて身動きが取れないのです」などと、時の総理などが白状して、大喝采を得られる・送られるような国家や国民があるでしょうか。「私は国民の安全と安心に、いささかの関心もない」「わが国民は、教養の程度が低い」「怠け者の国民はどうしようもない」などと言う、勇気(蛮勇)を持った政治家が存在すると考えられるでしょうか。国に要求ばかりして、国民の義務を少しも果たさないのが国民で、いかにもずるいし、もう手に負えませんと、面と向かって、国民に語る政治家はいないでしょ、いるとしたら、気が狂っている(とみなされる)のです。

 本日は、「独ソ戦戦勝記念日」として、ロシア権力者の大々的な「嘘」が全世界に披歴される日になっています。この嘘つきの大天才は、なんといっても、近代にあってはヒットラーでした。彼の「我が闘争」を我慢して読めば、彼は押しも押されもしない「希代のライアー」だということが分かります。自分の嘘によって自己肥大し、最後まで、つまりは死ぬまで本物の嘘を吐き貫いたのです。その連想で言えば、プーチン(皇帝)はヒットラー(総統)の正統な後継者でしょう。しばしば「嘘から出た真(実・まこと)」といいます。初めは嘘だったのに、最後には本当になったというようですが、ヒットラーやプーチンはそんなやわな「嘘」はつかない。正真正銘の「嘘」「本物の嘘」「真らしい嘘」の名人です。最初から最後まで「嘘」を貫くうちに、それが本当のように信じられてくるのです。ここに「独裁者」の天稟(てんぴん)がある。

 「ウクライナのロシア系住民が、ウクライナ権力者によって『虐待』されている」「ウクライナにはネオナチが蔓延っている」「ロシアはNATOによって、世界から排除されている」とは、外からも内からも覆いようのない、あからさまな「虚言・フェイク」ですが、それを言い続けた。しかも、数十年も。そしてついに、彼は自らの「真実の嘘」に支えられて(「真実の嘘」を狂信した国民の圧倒的支持を得て)、侵略に突き進んだのです。ここまでくれば、国民(民衆)も「毒を食らわば皿まで」という覚悟になってくるでしょう。嘘を信じるなら最後まで、です。かくて、彼は「救世主」となった気でいるのでした。

 他国のことは言えた義理ではありません。八十年ほど前には、こ劣島全体が「嘘陀羅経」の狂信徒になっていたではないですか。いまだって、この「嘘陀羅経」を唱え続けているのが数多(あまた)の政治家です。地方・都市・国家レベルの政治家は、大なり小なり、「嘘も方便」が板についてしまった人々の生態・正体です。もしも、「この国は中国に襲われたら、ひとたまりもありません。だから無用な軍事力は持たないのです」と、正直者の見本のようなことを言えば、政治家ではなく、ただの「正直バカ」にすぎなくなります。この「嘘」をもっとも巧妙に使ったのが「狸おやじ」とあだ名された徳川家康でしたでしょう。いくつも、歴史に残される「警句」を吐いていますが、もっとも有名になったのが「嘘と真」についての、箴言であり、名言でした。

真(まこと)らしき嘘はつくとも、嘘らしき真を語るべからず。(家康『遺訓』)

 人間の世界には「嘘」と「真」の二つが截然と分かれてあるのではありません。善と悪の両極の間に、どれだけ豊かな「善悪混交」の領域があることか。黒と白もしかり、健康と病気もそう。平和と戦争もそうです。はっきりと二分できるものではなく、平和らしい、戦争のようだ、そんな状態があるばかりです。近年明らかになってきたのに、「性差」があります。この世は「男」と「女」の二つがあるのだというのではなく、その間にどれだけ入り混じった「性の様相」があるかというのです。「教育と体罰」もそうではないでしょうか。教育の営みの中にも明らかな体罰の要素はあるし、その反対もしかりです。右と左、北と南というのは、相対的なものだということで、この事情は判然とするでしょう。

 家康が言ったのは、嘘らしく思われる「真(本当)」は嘘であり、反対に「真」に思われるような「嘘」こそが「真」なのだというのです。黒白二色ではなく、黒らしく見える「白」は黒であり、白らしく見られる「黒」は白だというようなものでしょう。「本当らしい」と思わせていけば、やがて、それは「本当」になるのです。それを民衆は信じるのでしょう。「プーチンを信じている」、「彼は嘘はつかない」、「彼は西側を退治してくれる」、「偉大なロシアを再現してくれるのは彼しかいない」と、多くのロシア民衆の声が(かなり恣意的ですが)聞こえてきます。それは民衆が愚かだから、本当のことを知らないからだと、いったい誰が言うのでしょうか。「井の中の蛙」と、狭量を蔑みますが、ぼくたちが「井の中」にあるなら、それは「偏見」であり「虚偽」であるとどのようにして知ることがあるのでしょうか。このような世上とは、ソクラテスの「洞窟の比喩」そのものが妥当するでしょう。彼の時代よりも複雑になっているのは、洞窟が一つではなく、幾重にも重なっているということです。狭い洞窟の奥から脱出して、光をみたとおもったら、そこはまだ、別の洞窟だったというようなものです。真と虚を、ぼくたちはいかにして見分け、判断するのでしょうか。権力者はいつでも正しいと、唯々諾々と追従している立場(付和雷同でもある)が、最も安全であり、最も危険でもありますね。

 今回の「ウクライナ侵略」の報道を、ぼくは内外のメディアを通じてみていますが、フェイクにフェイクがかけ合わさって、実際のところはどうなんだというところが実にあいまいになっています。これこそが「戦争」の所以かもしれない。戦争は「嘘つき合戦」でもあるからです。「勝っている」「大勝だ」と聞かされているさなかに「大敗北」が背後に迫っているようなものです。「侵略」を「侵攻」と言い換え、「敗退」を「転戦」といえばいえます。そのどちらが実態を示しているか、現場に立っていも、よくわからないのではないでしょうか。「製鉄所にいる民間人を人質にしているのはアゾフ連隊だ」「人道回廊を閉ざしているのはロシアだ」と、同じ現象を別の方面から見せるのです。どちらが本当らしく思われてくるか、こちらが本当らしいと思ったが、結果はその反対であったということもしばしば生じています。戦争は、一面では「騙しあい・欺きあい」によって、どれだけの味方を、外野(世界諸国)から得られるか、それが勝負の分かれ目になるのです。(家康の言い分だと、「本当」というものはなく、「本当らしい」と思われるものだけが「本当」なのだというのです。

 面倒なことは言わないことにして、「侵略した方が停戦」を決める責任があるとだけ言っておきます。

 「子供たちが持つであろう疑問に無言では済まされない」とコラム氏は言う。「子どもは純真である」というのは、本当らしい「嘘」ですか、あるいは嘘らしい「本当」ですか。「純真」が奪われていくのが教育過程であり、成長のあかしだといえば、非難されますか。いつの時代でも、その子どもですら、(狂信的愛国者たる)兵力の一部にしているのです。ヒットラーの時代には「ヒットラーユーゲント(Hitlerjugend )」がありました(右上写真)。遥かの昔には「子ども十字軍」が戦争(聖戦)に駆り出されています。

 今のロシア軍には「ユナルミヤ」という少年少女の組織があります。およそ85万人が所属しているといわれています。徹底した「愛国教育」に染め上げられて、将来のロシアを背負う世代となるように、本物の軍人たちによって鍛えられているのでしょう。子どもは国の宝であり、兵士の供給源でもあります。子どもまでも、騙しの対象にしてまで、自己保存を図るというのですから、プーチンの支配は、ぼくの愚感ではすでに頂点を下り始めているのです。(https://www.youtube.com/watch?v=d9Cq5XV0NMc

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● ヒトラー・ユーゲント(ひとらーゆーげんと)Hitlerjugend ドイツ語=ナチスの、またその政権掌握後は第三帝国の青年組織。1926年に設立され、31年シーラッハが「ナチス党青年指導者」の地位につくと、ドイツ女子青年団(BDM)など党の青年組織を統合した。33年ヒトラー政権が成立すると、シーラッハは「ドイツ国青年指導者」としてナチス党以外のあらゆる青年組織を解体・再編し、ヒトラー・ユーゲントを家庭や学校に優先する「身体的・精神的・道徳的教育のための組織」と位置づけ(1936年の「ヒトラー・ユーゲント法」)、10~18歳の青少年男女のイデオロギー的・組織的な全面的把握を目ざした。団員数は、32年末10万、33年夏350万、38年末870万といわれる。(ニッポニカ)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。