殺めしめんかな、さらに殺めしめんかな

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● 栗原貞子(くりはらさだこ)(1913-2005)=昭和-平成時代の詩人。大正2年3月4日生まれ。昭和6年,アナーキスト栗原唯一と結婚。戦時中「人間の尊厳」などの反戦をかく。20年広島被爆とともに「中国文化連盟」を結成し,21年機関誌「中国文化」を創刊,原爆特集号に詩「生ましめんかな」を発表,また反戦詩集「黒い卵」を自費出版した。その後も原水爆禁止運動にとりくみ,「私は広島を証言する」「ヒロシマ・未来風景」などを刊行。平成17年3月6日死去。92歳。広島県出身。可部高女卒。(デジタル版日本陣明大辞典+Plus)

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 産院爆撃で負傷の妊婦が死亡、赤ちゃんも助からず ウクライナ(CNN) ウクライナ南東部マリウポリで、9日の産科病院爆撃を受けて負傷した妊婦が死亡した。赤ちゃんも助からなかった。治療に当たっていた医師が14日に確認した。/ 医師がマリウポリからウクライナのテレビ取材に語ったところによると、医師団は女性の蘇生を試み、ショック状態に対する治療を行いながら帝王切開で出産させたが、誕生した子どもに生命の兆候はなかった。子どもにも、母親にも、30分以上、蘇生措置を行ったが、蘇生させることはできず、母子ともに死亡した。/ 9日に病院が爆撃された現場では、担架に乗せられて救急搬送される妊婦の姿をAP通信がとらえ、世界中に配信されていた。(以下略)(https://www.cnn.co.jp/world/35184858.html)

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「妻と生後3カ月の娘、義母をミサイルに殺された」、オデーサで生き残った男性が語る 

ウクライナ南部の港湾都市オデーサに住むユーリイ・グローダンさんは23日、家族をアパートに残して買い物に行こうとした時に、爆発があったというニュースを知った/ グローダンさんは燃え上がるアパートを前にして、敷地の入り口にいた警察に、中に入れてくれるよう叫んだ。自宅までたどり着くと、そこにはロシア軍のミサイルによって殺された妻と義母の遺体があった。ミサイルは、集合住宅の上層階を引き裂いていた。/ 生後3カ月のキラちゃんの遺体は、その後に見つかった。グローダンさんは24日に自室に戻った時に、その姿を始めて見た。/ この一家3世代の死に、ウクライナ国民は激怒し、その無残さに強く反発している。ウクライナの人たちはすでに2カ月続く戦争で、数々の悲惨な事態を目にしてきたのだが、それでもなお、この一家の悲劇は国中を揺り動かしている。/ オデーサへの攻撃をめぐる記者会見でウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、キラちゃん殺害について語るときに明らかに動揺していた。

 ゼレンスキー氏は国民への演説で「その子がいったいどうやってロシアを脅かしたというのか? 子供を殺すことがロシア連邦の新しい国家的なアイデアになっているようだ」と述べ、この攻撃を計画し、実行した当事者たちは「ろくでもない言語道断な」人間だと強い言葉で非難した。/ このミサイル攻撃では、ほかに5人が亡くなっている。/ グローダンさんは25日、何か見つけられないかとがれきとなったアパートの中にいた。写真のアルバム、妻が集めていた砂糖の小袋、手書きのメモ……ベビーカーが粉々になっているのも発見した。(以下略)(https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-61212677)

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 栗原さんの「生ましめんかな」は、大学生になってから読んだ。原爆投下から二十年ほど経ってからでした。しかし、その衝撃は言いようのないものだったことを、今でもはっきりと記憶しています。「赤ん坊が生まれる」「私が産婆です、私が生ませましょう」「かくてくらがりの地獄の底で / 新しい生命が生まれた」「 かくてあかつきを待たず産婆は / 血まみれのまま死んだ」「生ましめんかな」「生ましめんかな」「己が命捨つとも」二十歳を過ぎた若輩が、この詩をどこまで受け入れられたか、それはまことに覚束ないことでした。しかし、原爆投下、それによる被爆という災厄に伴う、ひとつの生命の誕生、その隣に、同時に別の生命の終焉が、同居している、その、言いようのない「生死の交代」の瞬間に、まるで「立ち会っていた」かのような錯覚を抱いた。原爆投下から二十年余の時間が経過していた。

 この「P」の戦争が始まって以来、敵対する双方にどれだけの犠牲者が出たのでしょうか。「敵・味方」に関係なく、それは死ぬべきいのちだったか、殺されなければならないいのちだったかと、ぼくはなけなしの怒りとともに、愚かで醜悪な「自己顕示」の傍若無人のふるまいによる犠牲者への悼みを深くするばかりでした。いったい何のために、こんな愚かしいことを、と謗(そし)る(嘆く)のはやめておきます。そんなことは言うまでもないことだからです。ぼくは政治権力に限らず、いかなる権力も「唾棄すべき」代物だということについては、いささかの疑いも持っていない。権力をいたずらに行使しなけれ、何事もできないのでしょうか。教師の仕事は、一面では子どもたちよりも優位にあるとされます。しかし、それは暴力的、横暴な権力行使と同列のものではないことを自らに明らかにしなければならないのです。悪質で醜悪極まりない「権力」は自己拡張・自己肥大という狂気の蠢動に弄ばされているのは事実ですが、その暴虐のために「生ましめんかな」ではなく、その対極にある「殺(あや)めしめんかな」が、現在進行形で、世界中に見せつけられているのです。まさしく、これこそが、「生き地獄」です。生きて地獄の苦悩を味わう。

 実に軽々と「核の脅威」「第三次世界大戦」に言及している露国の「外務大臣」、文字通り「人命」を弄(もてあそ)んでいる。彼が私的にはどんなに汚い蓄財・税金泥棒をしているか、他国のことといえども、考えるだけでも胸がムカつきます。ロシアの腐敗政治家ばかりではないでしょうが、それにしても汚い連中です。「西側」の奴ら目と、蛇蝎のように嫌悪していながら(しているふりをしながら)、彼らの親族は「西側世界」で、「わが世の春」を決め込んでいるのです。盗人猛々しいし、これほどの「売国奴」というのも阿保くさい。かかる醜態はいずれの国においても起こりえるし起こっているのでしょう。だからこそ、「君、死に給うことなかれ」であり、「新しい命を、なんとしても奪われるな」と、今からでも繰り返し、叫びたい。「犬死」という、その死には、何の意味もなく、何物にも役にも立たない徒死であり、無駄死にだといわれる。本当にそうか。生れ出ようとしていた胎児、生後三か月の乳児、そしてその母親たちの死は、はたして「犬死」だったとでもいうのか。ぼくには、なんとしても忘れることにできない、記憶の底に刻印しておくべき「死に様」であったと思うばかりです。「戦争」の愚劣さ、暴力の激しい頽廃を糾弾してやまない「貴重ないのちの喪失」だったと心から思うのです。

 They did not die for nothing. They did not die in vain. It clearly taught us that violence cannot be admitted under any circumstances and that it is an unforgivable act. They passed in front of us, surely imprinting deep and heavy sorrow and “importance of life” on those left behind, regardless of the length of time they existed in this world. I pray again for the purity of that soul.  

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。