ありがとうと言われたいボランティアはいない

『シンドラーのリスト』の「赤いコートの少女」が今、ウクライナ難民にもたらす希望 スティーブン・スピルバーグ監督のオスカー受賞作『シンドラーのリスト』(1993年)で印象的な幼女を演じた女性が、いまポーランドでウクライナからの難民を助けている。わずか3歳で「赤いコートの少女」に扮したオリビア・ダブロフスカだ。/ 今のダブロフスカ(32)はコピーライターだが、この3月からは戦火を逃れたウクライナの人々の支援にボランティアで走り回っている。/「あの少女は希望の象徴だった。もう一度、彼女をそうする」。ダブロフスカは映画のスチール写真と共に、そうインスタグラムに投稿した。

『シンドラーのリスト』は全編がモノクロで撮られているが、ダブロフスカの演じた少女のコートだけが鮮烈な赤い色を放つ。この少女は、虐殺されたユダヤ人が罪のない存在だったことの象徴だ。/ ポーランドの古都クラクフ出身のダブロフスカは、ポーランド国境に到着した難民を援助するボランティアグループを率いており、その活動内容をインスタグラムでフォロワーに伝えている。/ 3月13日には、長距離バスの近くに立つ自身の写真を添えて、こう書いた。「今日、ロシアはヤボリウを爆撃した。ポーランド国境からわずか20キロ。とても近い! 怖いけれど、だからこそ難民を助けようという思いが高まる」

「ありがとうと言われたいボランティアはいない」 翌14日にはインスタグラムのライブ配信でこう語った。「何かを期待しているわけじゃない。ありがとうと言われたいボランティアは一人もいない。みんな、やるべきことをやってるだけ」/「今日は10家族の住める家を見つけた……数え切れないほどの人を、クラクフなどに送り出した……私は、自分にできる限りのことをする。この人たちのこと、その顔、その目を、私は決して忘れない」/「心の準備はできないよ。でも想像してみて。これだけの人が苦しんでいる。子供も、お年寄りも、病人もいる」/ ダブロフスカは世界中から応援のメッセージを受け取っており、「疲れている」が「まだ助けたいエネルギーに満ちている」という。(以下略)(2022年04月21日(木)20時26分 エマ・ノーラン(Newsweek:https://www.newsweekjapan.jp/stories/woman/2022/04/post-674.php)

*Schindler’s List (1993) – Full Expanded soundtrack (John Williams)sound (https://www.youtube.com/watch?v=p_TN2-8Rx2c)この演奏のパールマン、文字通りに「人を得た」というべきではないでしょうか。若いころから、彼の演奏は聞いてきました。屈託のない、おおらかな演奏で、聞いていて楽しくなるのはもちろんで、彼自身が「楽しくなければ、ヴァイオリンじゃないよ」といいたそうに弾くのでした。がこの映画の主題曲はまったく趣が違っています。彼の演奏によって聴くと、その音色は、ぼくのような穢れた人間の琴線にまでしみいるようでした。繰り返し聴いてみたい曲だと思います。主題が、パールマンの出自に重なって、耐えられないような、いくつもの場面が浮かび出てくるのです。

==========

◎シンドラーのリスト=1993年製作のアメリカ映画原題《Schindler’s List》。ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺をテーマにした、実話に基づく歴史映画。監督:スティーブン・スピルバーグ出演:リーアム・ニーソン、ベン・キングズレー、レイフ・ファインズほか。第66回米国アカデミー賞作品賞、監督賞、美術賞、脚色賞、撮影賞、編集賞、作曲賞受賞。第51回米国ゴールデングローブ賞作品賞(ドラマ部門)受賞。第47回英国アカデミー賞作品賞受賞。(デジタル大辞泉プラス)

=============

 映画について、あるいは映画のもとになった「リスト」を作り、ユダヤ人を救った、オスカー・シンドラー(➡)についても,、本日は話はしません。「サウンド・オブ・サイレンス」ですね。一見、この世界はそれなりに平和そうな状況で、理不尽極まる事態が進行しているさなか、ひたすらシンドラーのなしえた「救済」を考え続けるばかりです。彼は、ある時期からはナチに入党し、その余得を存分に生かして財をなした人でしたし、ある意味では極めて享楽的な生活に浸りきっていた人でもあったのです。その彼が、なぜ、身を賭してまで「ユダヤ人」を救うようになったのか、これは一種の奇跡のような出来事であり、いや、それは人間の深いところにきっと存在している「良心の痛み」でもあったのでしょうか。いのちを足蹴にし、塵芥のように扱うことに対する、抑えられない怒りでもあったのか。

IIIIIIIIIIIII

 「彼は、同時代の人たちから見てくれよく育ってきた人間とみなされて、上流社会の中で立ち回り、良い身なりをし、女性たちからももてはやされ、金銭を湯水のように使っていた。/ そんな楽天的な工場主の経済的な関心は、ナチス党政権に対する不信感の前に次第に後退していった。(略)やがて出来る限り多くのユダヤ人を救済したいという願望の下に、最後には全財産をこの目的のために投じただけでなく、自らの生命まで賭けようとしたのである」(wikipedeia)(左の「リスト」はAFP記事中のもの。下記参照)

IIIIIIIIIIIIIIIII

 八十年後に、ポーランドの若い女性は、世間に強く呼びかける風でもなく、しかし自分にできる、大事なことに従事する気持ちを語っています。「私は、自分にできる限りのことをする。この人たちのこと、その顔、その目を、私は決して忘れない」「心の準備はできないよ。でも想像してみて。これだけの人が苦しんでいる。子供も、お年寄りも、病人もいる」というダブロフスカさんのような、今日の「シンドラー」は世界のいたるところに存在し、現実に身を挺して「命を敬っている」のです。このような危険な活動に積極的にかかわる、「今どきのシンドラー」を生んでいる「現実世界」の覇権競争にやり場のない憤りがわいてきます。しかし、若い人の働きがきっと今の世界を、少しずつではあれ、確かに人間が大事にされる方向に歩いている、そのことをぼくは確信しているのです。

#################

 「シンドラーのリスト」作成の元秘書、ラインハルトさん死去 107歳 (2022年4月9日 2:27) 

【4月9日 AFP】第2次世界大戦(World War II)中のポーランドで、ドイツ人実業家オスカー・シンドラー(Oskar Schindler)の秘書として、多数のユダヤ人をホロコースト(Holocaust、ユダヤ人大虐殺)から救うためのリストを作成したミミ・ラインハルト(Mimi Reinhardt)さんが死去した。107歳。家族が8日、明らかにした。/ ポーランド南部クラクフ(Krakow)のゲットー(強制隔離居住区)に住んでいたユダヤ人の多くは、シンドラーの工場の従業員リストに載ったことで、ナチス・ドイツ(Nazi)の強制収容所への送還を免れた。シンドラーの下でラインハルトさんがまとめたリストは、約1300人のユダヤ人の命を救った。/ 自身もユダヤ人であるオーストリア生まれのラインハルトさんは、シンドラーに雇われ、1945年まで秘書を務めた。戦後は米ニューヨークに移住。2007年に一人息子が暮らすイスラエルに移り住んだ。(以下略)(https://www.newsweekjapan.jp/stories/woman/2022/04/post-674.php)(c)AFP

____________________________

投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。