Defeat? I do not recognize the meaning of…

 【日報抄】本格的な山菜採りのシーズンが近づいてきた。魚沼地域で勤務していたころ、知り合いに連れられて山あいのやぶに足を踏み入れたことを思い出す。地元で「木の芽」と呼ばれるアケビの新芽を夢中になって摘んだ▼草木が生い茂るやぶは、かつては至る所にあった。「藪」とか「薮」の字が入った地名もある。慣用句では「やぶ医者」などに使われる。この場合のやぶは「草深い田舎」を意味するようで、田舎の医者だから腕が悪いとやゆしている。田舎にはずいぶん失礼な言いぐさだが▼「やぶから棒」とも言う。こちらは「見通しの悪い場所」を指し、そんな所から棒が突き出てくる様子から「突然」「だしぬけに」といった意味になる。では「やぶへび」は。やぶをつついてヘビを出す、すなわち余計なことをして、かえって災いを呼ぶとの意味だ▼ロシアにとっては、まさしく「やぶへび」といえるのではないか。北欧のフィンランドとスウェーデンの首脳が北大西洋条約機構(NATO)加盟の意欲を示した。ロシアのウクライナ侵攻が招いた事態だ▼ロシアが侵攻に踏み切った目的の一つは、NATO拡大を阻止することだった。しかし欧州の非加盟国の目には、NATOに加わらないとウクライナのようになりかねないと映ったようだ▼ロシアは強く反発しているが、北欧2国が加盟すればNATOの包囲網はさらに広がり、ロシアにとって脅威となる。力に任せて隣国を踏みにじった行為の代償は、相当に大きくなりそうだ。(新潟日報・2022/4/15 6:00)

++++++++++++++++++++++++++

 「藪」という漢字にまつわる言葉のつながりは思いのほか、深いところがあります。「藪は深い」、それが相場です。本日のコラム氏の言うとおり、ロシアの外交(相互互恵関係)無視、国際(共存)協調を一顧だにしない乱暴狼藉・傍若無人ぶりは、まさに「藪蛇(藪をつついて蛇を出す)」で、この先、さらに藪をつつきとおすことしかできなくなったようです。さすれば、いよいよ「蛇は出放題」といことになるほかなさそうだ。「蛇(じゃ)の道は蛇(へび)」といいます。この「蛇の道」の「蛇(じゃ)」とは何(だれ)であり、「蛇(へび)」とは何(だれ)のことをいうのか。同じようなたとえで、「餅は餅屋」というのがあります。餅は餅屋さんにおまかせあれというのらしい。それはまあ、筋が通っているから、問題もなさそうですけれど、もう一方は、「蛇(じゃ)の道」は武力攻撃、あるいは問答無用の殺戮をいうなら、「蛇(へび)」は何でしょうか、あるいはだれでしょうか。「ホロコースト」や「ジェノサイド」から「蛇の道」への一直線は、カティンの森やシベリヤ抑留という、昔日の有象無象の「蛇(へび)」の経験に学んだ節がある。あるいは「収容所群島」などという立派な「蛇の道」もあったのです。直近の「蛇の道」の蛇(じゃ)はプーチンであり、「蛇(へび)」は、さしずめ「レーニン」や「スターリン」というのでしょうか。「毒を食らわば皿まで」と、破れかぶれを装っていますが、果たして、この先「蛇の道」はどこに行きつくのでか。(「国際刑事裁判所」の検査官の一人は、「これはナチよりひどい」と、ウクライナの「虐殺現場」で語っていた)

 北欧諸国にまで「蛇の道」は延伸されそうな勢いです。ウクライナやクリミヤに手を出さなければ、おそらく、この先も、危機をはらみつつも、外交や政治的手法で、でたらめな暴力行使は、とりあえずは抑制されたでしょう。しかし、そうはいかなかった。クリミヤが、想定外の上首尾で「わが物」にできたのだから、「ウクライナ」もと、柳の下を狙ったが、そうは問屋が卸してくれなかったのです。反対に「藪蛇(やぶへび)」で、かえって、自らの心中が「武力侵略」「人民殺害」でしかないことを世界に明らかにしてしまった。驚くべき、「非人道」の舞台回し、それも、彼(P)の十八番である「自作自演」で。大義も名分も、こんな輩にかかれば、手もない代物で、なんとでもでっちあげるし、それを世界は(喜んで、ではなかったが)承認してきた、「夢よ、もう一度、もう二度、いやもう三度」と、悪乗りしていたんですね。これを放し飼いにしておいたことが、今となれば、西側の多くが「後悔、臍(ほぞ)を噛む」原因となっているのです。「臍(へそ・ほぞ)を噛もうたって、土台、無理でしょう」、Pには、天下を睥睨する「不遜な高笑い」があったし、そんな不真面目な考察(野心・際限なしの領土拡張欲)も働いていたのです。

 話は変わって、千葉県市川市に「八幡神社」があります。古くて大きなお宮で、葛飾八幡宮という、平安時代の創建といわれる古い神社です。ぼくも何度か、参道を歩いたことがある。その神社の近くに「八幡の藪しらず」と言い伝えられた、なかなかの名所があります。「不知八幡森」「八幡の藪知らず」と称される「不知森神社」(←)です。いわれの内容や歴史は、いまでは詳しくはわかりませんが、言い伝えでは「一度入ったら出てこれない」ほどに深い藪ということのようです(現在は、どうしてか、およそ80坪ばかり。これで出てこれないというのは、徘徊癖の果てのような話でもあります。)これこそ、本当の「迷宮入り」というのでしょう。水戸黄門が出られなくなったと噂されているようでもあります。

 「P」さんは「八幡の藪知らず」に紛れ込んだのでしょう。外に出るにはどうするか。わき目も振らずにまっすぐ行く、ただ直進あるのみといったのはデカルトでした。どうもそんな塩梅ではありますが、あまり面白くもない話題ですね。行きつく先はどこだ、と気づいてみれば、フィンランドとスェーデンだった。少し脅しをかければ、震え上がるだろうという、薄ぎたいなやくざぶりが、身について離れないのだ。国境に「核配備」だという、その薄汚い脅しに腰を抜かしているのは、どこの誰でしょう。

OOOOOOOOOO

● 収容所群島(しゅうようじょぐんとう)Архипелаг Гулаг/Arhipelag Gulag=ロシアの作家ソルジェニツィンの記録的文学作品。「1917―56・文学的考察」の副題をもつ。1973~75年にパリで全3巻が刊行され、作者の国外追放の直接の契機となった。スターリン時代のソ連が数百万もの人間を収容所に隔離し、劣悪な条件下で強制労働に従事させ、その多くを死亡させたことは、現在では広く知られている。本書は、作者自身の体験、生き残りの証言、精力的な調査結果を駆使して、想像を越えるその地獄図絵をもっとも具体的、包括的に、しかも強烈な芸術的迫力をもって再現した歴史的文書である。ソ連の社会主義はすでにレーニン時代から収容所体制に支えられていたという立場から、著者は共産主義イデオロギーを完膚なきまで糾弾し、それがいかに人間をゆがめるかを論ずる。単なる反ソの書ではなく、現代における権力、思想、人間の恐るべき関係に文明史論的な思索を促す書といえる。(ニッポニカ)

OOOOOOOO

 まるで「ロシアンルーレット」に強制的に参加させられているような、あるいはロシア以外の諸国が「人質」に取られているような雲行きです。まず、北欧諸国はNATOに入らないどころか、接近することさえしなかったのは、ロシアの機嫌を損ねるのが怖かったからだといわれています。そうですか? 加盟しないのはロシアへの忖度だったという。しかし、加盟していないと、ウクライナのようになるという恐怖心が芽生えてきたのは、ロシアの「権力者」が信用ならないと覚悟したからです。「いいか、NATOに入ろうなんて考えたら、お前ら終わりだぞ」と脅されて、彼奴らの言うがままになっている国が独立国であるはずがない。自立も自足もおぼつかないくせに、大国の枝に寄りかかっていて「核をシェアしよう」などというのは愚の骨頂。

 しかし、政治は空想ではなく現実に対応・対処する方法ですから、現下の「乱暴狼藉」「ジェノサイド」を目の当たりにすれば、どんな平和主義者・国であっても、自らの安全は自己防衛能力だけでは足りないと、先を読むのは当然でしょう。NATO加盟が吉と出るか凶と出るか、それが「ロシアンルーレット」に込められた弾丸一発の発射確率です。誰のところで発射するのか。でも、ロシアの権力者のことですから、弾丸は空砲である確率は極めて高い。「Pはきっと核を使う」という声が内外野に多いのはどうしたことか。あるいは「期待している」というのかしら。使ったら、おしまいではなく、使おうとするだけでもアウトです。しかしロシアに対してそうは言えても、「唯一の被爆国」のこの八十年の対応とみていると、「損して得取れ」「死して生きろ」という見本でもあるのでしょう。まるで勲章のように、あるいは「錦の御旗」のように、「唯一の被爆国」を見せびらかしてきました。被爆された方のだれ一人だって、そんな歴史を無視する姿勢や態度をとらなかったのに、最も厳しい姿勢を堅持すべき、国の権力者もどきが「被爆勲章」「錦の御旗」を振り回しているのです。これもまた、実に奇天烈・稀有な政治行動であります。

********************

Sanna Marin with Magdalena Andersson

フィンランドのサンナ・マリン首相は13日、北大西洋条約機構(NATO)への加盟を申請するか、「数週間以内に」決めると表明した。/ マリン首相はこの日、スウェーデンのマグダレナ・アンデション首相とストックホルムで会談。終了後に共同記者会見に臨み、NATO加盟申請についての決断を遅らせる理由はないと述べた。/ この発言と時を同じくして、フィンランド国会には、NATO加盟によって「フィンランドとロシア国境の緊張が高まる」恐れがあるとする報告書が出された。/ ロシアはこのところ、フィンランドとスウェーデンに対して、NATOに加わらないよう警告している。(右写真はフィンランドのマリン首相(右)、アンデション首相(中)(BBC・2022年4月14日)

+++++++++++++

 一国の代表が女性であるか男性であるかによって、何か政治決定に大きな差異があるとは思われません。男女を問わず、代表に選ばれるにはそれなりの、性差にかかわらず、国民(有権者)と交わした、果たすべき約束があったからでしょう。ロシアが北欧二国を舐めている節は大いに感じられます。しかし同時に、さらに舐めているのは、ロシア以外の世界格国をであり、その国民をというべきかもしれません。舐め切っていなければ、武力でもって「問答無用」の攻撃を開始する道理もないのですから。たしかに、Pの腰ひもだか腰巾着などまでもが、首領に追従して、生意気な口をきいています。NATOに入ったら、入ろうとしたら「ただじゃ置かないぜ」とほざいているのです。人間の屑ということがしばしばいわれてきましたが、ただ今の状況下において、他国の領土を、自分の裏庭か車庫ぐらいにしかみなしていない、そこに住んでいる人間の権利を微塵も認めない、かかる悪漢どもは「人間ではない、屑以下」と言ったら、異論が出るでしょうか。ここにきて、二国の首脳は「NATO」に加盟しない選択肢を捨てたということです。入っても地獄、入らなくても地獄、たとえはよくありませんが、同じ地獄なら「仲間」と肩を組んで、ということでしょう。残されているのは、いつ入るか、だけです。もう「ロシアンルーレット」は始まっているのです。ぼくたちは見物人ではなく、参加者そのものです。

HHHHHHHHHH

 北欧二国の宰相を見ていると、ぼくは「鉄の女」を回想する。「英国病」を荒療治し、米ソに伍して、栄光の「グレートブリテン(キングダム)」の再生を図った首相でした。ぼくは好みませんでしたが、国内では長期にわたり「確実な支持基盤」を築いていた人でした。ようするに、個人と同様に、ランキングですべてが競われる時代に見合った政治家こそが、信頼や支持を得るのでしょう。だから、ぼくは政治には近づきたくないのです。ただ、政治の影響で「身に降りそそぐ火の粉」は、自らが払いのけなければという、ささやかな覚悟は持っていたい。この先、Pの「蛇の道」は武力あるのみ、その最たるものが核爆弾であるなら、それも使うことを躊躇しない、そんな賭けをしている気になっているのでしょう。ぼくたちは、彼や彼らとは、決して運命共同体を構成しているとは考えないが、その隣人であったとしても、とんでもない「火の粉」は降りかかってくるでしょう。生死をかけて、払いのけたいね。

(以下は、サッチャーの言葉から)「I am extraordinarily patient, provided I get my own way in the end.」「If you just set out to be liked, you would be prepared to compromise on anything at any time and you would achieve nothing.」「Defeat? I do not recognize the meaning of the word.」「A man may climb Everest for himself, but at the summit he plants his country’s flag.」「A world without nuclear weapons would be less stable and more dangerous for all of us.」(「名言+Quotes」:https://meigen-ijin.com/margaretthatcher/#meigen)

● サッチャー(Margaret Thatcher)=[1925~2013]英国の政治家。1975年、保守党党首。1979年、英国史上初の女性首相となり、1990年まで在任。経済再編のためマネタリズムに基づく諸政策を実施。外交ではフォークランド紛争においてアルゼンチンを退け、ソ連(現ロシア)に対しては強硬路線を貫いた。その強い指導力と保守・強硬の政治姿勢から「鉄の女」と称された。1992年、男爵。(デジタル大辞泉)

_____________________