ぼくは「スナフキン」になりたかった

 いまでも読まれているのかどうか、詳しくは知りません。一時期、ぼくはアニメの「ムーミン」をテレビでよく観ました。折に触れて絵本や漫画も見たように記憶しています。でも、その多くの記憶はテレビ放送と結びついているのです。これは後になって知ったことですが、トーベ・ヤンソンはフィンランド生まれの画家であり、多彩な創作活動を展開した芸術家でした。まず、ぼくは、「ムーミン」という不思議な存在に惹かれたのと同時に、その登場人物の一人だった「スナフキン」に魅了された。彼もまた「人間離れ」をした存在でしたが、いろいろな場面や機会に、驚くほどの知恵と才覚を示していたことに、ぼくはある種の憧れを抱いたほどでした。彼のように、冷静沈着で、パイプは咥くわ)えないで、ゆっくりと自分の言葉を話す、大人か青年か定かではありませんでしたけれども、そんな人になりたいとしみじみ考えたのでした。

 その当時は、すでに学部を卒業し、何をするでもなく、一種の遊民のような状態で、宙ぶらりんの生活を続けていた。漠然と、物を書いたり、音楽に関わることをしてみたいと夢遊病のような根のない生活を送っていたのを、今でも恥ずかしさを伴って想い出します。一日の大半をレコードに耳を傾け、手当たり次第に本を読みふけっていた。いろいろな作家や作曲家に手を伸ばし、それで「収拾」がつかなくなるということもなかった。どんなきっかけであったか、ぼくはシベリウスという作曲家の、ある種の暗さというか雲に覆われた空に鳴り渡る音色や音質が好きになっていた。それが北欧というものかなどと、分かった風なことを愚考していた。いろいろなジャンルの音楽を聴いたが、なかでも「フィンランディア」は熱中して聴いたものでした。それがどういう動機で作られたのだったか、一応の知識はあったと思いますが、意に介していなかった。その暗さ、暗鬱さと、第二楽章の解放された真剣みにひかれていたのでした。(ヘッダー写真は右のURLからの借用:https://www.travelbook.co.jp/tour-overseas/lp-finland-7622/)

 (*Sibelius: Finlandia (Prom 75)「Music by Sibelius marks the 100th anniversary of Finnish Independence. Performed by the BBC Singers, BBC Symphony Chorus and the BBC Symphony Orchestra, conducted by Sakari Oramo.」:https://www.youtube.com/watch?v=fE0RbPsC9uE)(蛇足 この演奏は是非とも聞かれることを勧めます。「祖国」を踏みにじられたくないという素朴な感情が、濁りのない音になって響いています。「わが帝国は強大である、あそこの土地も奪ってしまえ」という「侵略」「暴力」のすゝめではないのです。これはウクライナの「現実」にも妥当します)

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◉ フィンランディア(ふぃんらんでぃあ)Finlandia=シベリウス交響詩(作品26)。帝政ロシア支配下にあったフィンランドで、愛国独立運動の一環として1899年に上演された民族史劇につけた音楽がその原型となっている。この劇音楽からおもな部分を編出し、翌1900年にまとめられたのが『フィンランディア』で、同年パリの万国博で初演された。侵略に苦しむ民衆が闘争を通じて勝利を手にするまでを描いたこの作品は、不穏当であるとして当時のロシア官憲がその演奏を禁止するほど国民の愛国心に強く訴えた。シベリウスの作品のなかでももっともポピュラーなもので、中間部に置かれた平和を象徴する賛歌は合唱曲としても広く親しまれている。(ニッポニカ)

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 やがて、スメタナの「わが祖国」に出会い、欧州における、ある国の音楽家の仕事の成り立ちを改めて考える機会になったのです。(スメタナについては、このブログでは「モルダウ」に触れて書いています)「フィンランディア」は、いわくつきの楽曲であったことを、ある時期に知り、シベリウスを再評価したというか、再確認したのでした。「フィンランディア」については、別稿で書こうとしています。(「北欧・東欧」諸国の苦悩の源泉である「ロシア帝国」の野心という観点で。どうしても「領土」を一ミリでも広くしたいという、その欲望はどういう性質なのか。所有欲?領土愛?自己顕示? いずれもとるに足りない、ごみのようなものであっても、そのために民衆から収奪し、挙句に「殺戮」するのですから、「度し難きは、『ある種の人間』である」と言いたいですね)

 そして、今次の「ウクライナ侵略」でロシア軍が遂行した悪逆無比に重ねて、このシベリウスの「抵抗と気概」の音楽を取り出してみようとしていました。それとの関連で、「ムーミン」が懐かしさを伴って、フィンランドであったからこそ生まれた「作品」であると勝手な解釈を施して、このところ、古い映像を引っ張り出しては「ムーミントロールの世界」を再発見したように思われたのでした。おそらく劇中には「戦争」問題があからさまに出てこないのでしょう。しかしトーベの人生を少しでも学ぶなら、彼女自身の生が「旧習・旧慣との闘い」であったとも考えられるのですから、そのような見方ができるように想い、だからこそ、ぼくは「ムーミン谷の変わり者」であり「旅人」でもある「スナフキン」に激しくひきつけられていくのです。(ある記事によると、「スナフキン」はトーベ・ヤンソンの恋人の姿が投影されていると出ていました。そうなんだろうなと、証拠もなしに納得しています。加えてと言うべきか、とーべはその後に、ある女性と激しく惹かれ合うのでした。父親との葛藤から始まって、観衆に縛られない「自由」というか「解放」を求めていた人だったともいえます。その一つの姿(投影)が「ムーミン谷」ではなかったか)

 独りの人間が、いかなる時代、いかなる社会で生きて来たかは、簡単に、はかり知ることは容易ではありません。しかし、時代や社会の「産物」でもあるのが人間です。もっと言うなら、時代や社会が生み出す「歴史」を超えて人は生きることが出来ないというのです。その意味でも、トーベ・ヤンソン生きた時代状況に、ぼくは強い関心を呼び覚まされています。「歴史」を超えられないからこそ、葛藤があるのであり、それが「何か」に収斂(しゅうれん)すると、そこから「ある人の生きたかたち」が生み出されるのでしょう。

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◉ ヤンソン(やんそん)Tove Jansson(1914―2001)=フィンランドの女性画家、児童文学作家。スウェーデン系の出で、作品もスウェーデン語で書く。スウェーデンやフランスで絵画を学ぶかたわら、1930年代より政治誌『ガルム』に表紙絵を寄稿する。その後、表紙絵に自らのサインのかわりに描いていたムーミントロールを主人公にした『小さなトロールと大洪水』(1945)を著して挿絵画家および作家としてデビュー。以後、『ムーミン谷の彗星(すいせい)』(1947)をはじめ、幻想的な「ムーミン物語」を8冊発表。70年に発表した『ムーミン谷の11月』が、シリーズ最後の作品となった。フィンランドの海辺を舞台に、孤独、愛情、理解、慰めをやさしく語り、広く世界に真価を認められる。フィンランドのルドルフ・コイブ賞、スウェーデンのニールス・ホルゲルソン賞とエルサ・ベスコフ賞を、66年には国際アンデルセン賞を受賞。ムーミン・シリーズは30以上の言語に翻訳され、日本では発行部数1000万部を超えたといわれた。また、69年以来三度テレビアニメ化され、90~91年のアニメは本国フィンランドでもブームを巻き起こしたという。ほかに絵本『それからどうなるの?』(1952)、少女小説『ソフィアの夏』(1971)、自伝的小説『彫刻家の娘』(1968)、短編小説集『聴く女』(1972)などがある。(ニッポニカ)

◉ ムーミン=トーベ・ヤンソンによる新聞連載マンガ及び童話の主人公。正式にはムーミントロール。1914年8月9日、フィンランドの首都ヘルシンキで生まれたトーベは、グラフィックアーティストの母と彫刻家の父を持ち、芸術一家の中で育った。両親の姿は、童話の中のムーミンママムーミンパパに重なり、一家が夏を過ごした島のサマーハウスでの記憶が、童話に反映されているとされる。トーベは、商業デザインや美術、フレスコ画を始めとする伝統画法などを学び、画家、イラストレーター、商業デザイナー、風刺画家、児童文学作家、絵本作家、作詞家、舞台美術家、小説家として活躍した。ムーミンにつながる最初のイラストは、彼女が10代の頃、トイレに落書きした大きな鼻の生きもので、「スノーク」と書き添えられていた。34年、水彩画「黒いムーミントロール」を描く。鼻や体型はムーミンそのものだが、赤い目をした恐ろしい生き物として描かれた。トロールとは、北欧の神話に登場する醜い妖精である。第2次大戦中、トーベは風刺画を量産し、その中にムーミントロールを登場させている。45年、童話の第1作『小さなトロールと大きな洪水』を出版。50年に発表した第3作『たのしいムーミン一家』が英訳されて英国で評判を得たことをきっかけに、54年からロンドンの夕刊紙「イブニングニュース」で週6日の連載マンガ「ムーミントロール」がスタートした。マンガは最盛期には40カ国、120紙に転載された。マンガの人気によって童話のムーミンも評判を呼び、44言語に翻訳されるまでになった。59年以降、連載は弟のラルス・ヤンソンに引き継がれ、60年から15年間、ラルスの作品として続いた。66年「国際アンデルセン賞」受賞。(㊦に続く)

(㊤からの続き)童話の主な登場人物は、主人公のムーミントロールとその両親のムーミンパパ、ムーミンママ、ガールフレンドのフローレン、玉ねぎのような髪型と毒舌が特徴のリトルミイ、旅人のスナフキンなど。舞台となるムーミン谷に住む彼らの日常と冒険が物語となっている。69年、ムーミンは日本で初めてアニメ化され、65話がテレビ放映される。72年には52話、90年から92年にかけては104話が、日本で改めてアニメ化され放送された。90年からの最新のリメイク版では、トーベとラルスの監修によりオリジナルストーリーも多く作られ、フィンランドを始め約100カ国で放映されて、ムーミンブームを再燃させた。またポーランドでは、78年から82年にかけて全78話のパペット版アニメーションが制作され、日本語吹き替え版もDVDとBSテレビ放送で親しまれている。70年、ムーミン童話の最終巻、第9作『ムーミン谷の11月』出版。2001年6月27日、トーベ死去。享年86。14年はトーベの生誕100周年に当たり、日本国内でも多くの記念行事が行われる。(知恵蔵)

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 ムーミン谷に住んでいる「ひとびと」は人間ではないということ、それではどんな動物かと聞かれても、トーベさんは明確には答えなかったそうです。「人間ではない存在」とだけ言っていた。どういうことでしょうか。これもいろいろな解答や解釈があり、それぞれのとらえ方でいいのだと、ぼくは言っておきます。身の毛もよだつというか、これが人間の仕業かという事態が白日の下に曝されている「ウクライナの地獄」を見てしまうと、「ムーミン谷」には人間だけは住まわせたくなかったのだという、そんな作者の現実にある「狂気の世界」の、その「先の世界」(つまりは、人類滅亡後の世界)を生みだしたかったという動機が、そろそろ分かる時が来ているのでしょうか。同じような事情をぼくは「ゲド戦記」に認めようとするのです。(それについては、別の機会に)

 「スナフキンのおことば」(:https://www.youtube.com/watch?v=lT8YATFfEi8) 相当に古いもので、いかにも時代の後進性を知らされる画像(解像度)ですが、ここで語られるスナフキンの「箴言」は、いささか説教調のところがないわけでもありませんが、なんとも世上に齷齪している衆生にとっては「的を射た」(「正鵠を射た」)言辞だと、恐らく三十歳前の、若いぼくは感心して見ていたのでした。この時期に重なっていたか、テレビドラマで「木枯し紋次郎」という時代劇がありました。原作は笹沢左保さん、主演は中村敦夫さんだったと記憶しています。「あっしには、かかわりのねえことでござんす」といいおいて次の旅に出る、まるでスナフキンの日本版のようでした。スナちゃんは「渡り鳥」であり、寒い冬だけを温かいところで過ごすために、ムーミン谷を出ますが、春にはきっと戻ってくる。

 木枯らしの吹くころにやってきて、また風と共に去ってゆくのが紋ちゃんでした。彼は「風来坊」だったのです。風のまにまにというのは「風狂」であり、これは、ぼくの最も願い続けて久しい「歩き方」でしたから、スナフキンや紋次郎に焦がれたのでしょう。「こころざしをはたして いつのひにかかえらん」という「気概」も「主義」もぼくにはなかった。何とかして、誰かのお荷物にならないように(自分の足で歩いて)、可能であれば、少しばかりでも「人の役に立ちたい」そんな、ささやかな姿勢をよろよろしながら身にまとって生きていたいというのが、せいぜいの「身過ぎ世過ぎ」の寄る辺でもあったのです。今もそのささやかな歩き方は、少し速度が落ちましたけれど、まず変化はないと、自分では思っている。

 当てもない旅の途次、ふと前方を見ると、これもまた「風来坊」「フーテン」が、後先ないような(目的のない)歩行でこちらに向かってくる。すれ違いざまに、ちらっと顔を見ようとして、それが、あの人だと分かった、「種ちゃん」だった。この御仁もまた、人に語れない「つらさ」を抱きつつ、人の世の情愛(切り捨てられない「絆」)に救われていたのだと、ぼくは、ある時期を境に、感じていました。

 うしろすがたのしぐれてゆくか

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 (お断り どうしても「フィンランディア」について触れたかったので、話が雑多になりました。「ムーミン」については、さらに別稿で扱ってみます。「ムーミン」は簡単な童話(漫画)などではないことはわかりますが、その思想はとなると、なかなか把握するのが困難であるかもしれません。それに少しでも挑戦してみたいという気がしています。昨日来の「ウクライナの地獄図」の映像に魘(うな)されています。ムーミンたちが「人間」でないことの意味をぼくは、改めて教えられている。脈絡のない「雑文の建付け」を許してください)

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