戦争に勝ち負けはない。あるのは滅びだけ

【水や空】被爆医師・永井隆博士が私財を投じて植えた「永井千本桜」を見に長崎市の浦上天主堂を訪ねた▲博士は原爆で原子野と化した浦上地区を再び花咲く丘にしようと、1948年にソメイヨシノの苗木1200本を教会や学校などに贈った。今では残りわずかで、枝から育てた「2世」が広がっている▲天主堂に残る老木は力を振り絞り懸命に花を咲かせているように見えた。見詰めていると「(永久平和が)原子荒野から叫ばれる時、それはことに強く人々の胸を打つのではあるまいか?」という博士の言葉が胸をよぎった▲ロシアが核兵器使用をちらつかせて欧米を脅し、ウクライナに侵攻して命を踏みにじる。日本でも「核兵器を持たないと国を守れない」という声が上がる。そんな考えは世界中に核を広げ、破滅を呼び寄せるというのに。気が沈む春だ▲それでも-。英国の歴史家E・H・カーは、歴史の歩みは決して一直線ではなく、進歩もあれば退歩もある、とした。平和と核廃絶への道もそうだろう。人類は行きつ戻りつ、あるべき方向に進んでいると信じたい▲「戦争に勝ちも負けもない。あるのは滅びだけである!」(永井博士)。あの原子雲の下で身をもって知ったことを伝えるために、被爆地は声を上げ続けなければ。今も、そして、これからも。(潤)(長崎新聞・2022/04/03)

◉ 永井隆( ながいたかし)=1908-1951 昭和時代の医学者。明治41年2月3日生まれ。母校長崎医大の物療科部長のとき放射線障害をおう。さらに昭和20年8月9日の原爆で被爆するが,負傷者を救護。21年教授。カトリック教徒として原爆廃止をいのり,病床で「長崎の鐘」「この子を残して」などを口述した。昭和26年5月1日死去。43歳。島根県出身。【格言など】白ばらの花より香り立つごとくこの身をはなれ昇りゆくらん(辞世)(デジタル版日本人名大辞典+PLUS)(ヘッダー写真は浦上天主堂:https://tanoshi-nagasaki.jp/urakami-cathedral-sakura)

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  いつものように、ある新聞のコラムに書かれていることを「呼び水」のようにして、あれこれの「よしなしごと」を書こうとしているのですが、本日は、普段のようにはいかなくなっています。「由無こと」ですから、なにか立派な理由や必要性があって書くのではなく、無駄話(ぼくの場合は雑談であり、駄文が相場です)、あるいは取りとめもないお喋りになる決まりです。それでさえも書くのがつらい気分に襲われているのです。

 兼好さんは「つれづれなるままに、日くらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」と書き出していますが、なかなかどうして、とりとめもないことがないわけでもありませんが、浮世の薄情さや世間で生きる悲しさ煩わしさを、それこそ彼流の迷いのない筆さばきで書いているのです。筆を持つ姿勢(覚悟)が「決まって」いるのです。はっきりと書く「志(こころざし)」が、その文中に見えています。当方の、掛け値なしの「心にうつりゆくよしなし事」とは訳もちがうし、当たり前ですが、文章の深さや鋭さが半端ではないのです。「とりとめもないこと」を書いていると、やがて「あやしうこそものぐるほしけれ」となるというのですから、内面のはげしさを鎮められない、そんな気風、いや狂風が感じられてきます。ぼくの駄文の無意味さを語るためにであれ、兼好さんを持ちだしてくるなどというのは、身の程知らずというべきでしょう。

 それくらいに本日は調子が狂っていることを自覚している(ならば、いつもは無自覚か、といわれそう。「はい、その通り」といっておきます)。早朝四時に起きました。猫が起こしに来たのですが、昨日は三時過ぎでしたから、なかなか睡眠がままならないのは、猫のせいだとはいえます。とにかく、数が多くいますから、全員が静かに寝るということがない。きっとおなかをすかのやら、外に出たがるのがいて、それぞれが、わが寝室の前でデモをしますから、否応なしに起床する。朝食をやり終えて、後片づけをして、まだ五時前。それからネットで何かと探ります。内外のニュースをひとあたり見た後で、ワンパターンになった各地各紙の「コラム漁り」です。その獲物が本日は「水や空」で、各地の新聞コラムのなかで、ぼくが最もよく目を通し感心させられる読み物です。優れた書き手がそろっているのが伺える。本日は「永井隆博士」にちなむ「永井千本桜」と浦上天主堂。ここまでくれば、ウクライナが出ないはずはないとみて、その通りに「核」を弄ぶ輩に筆が及び、カーの歴史哲学を紹介しています。まさしく、常に思いなしていることを見事に描いてくださると、ぼくはお礼を言いたくなるのです。(いつだったか「読み応えのある『コラム』を読むことが出来て感謝します」とお礼の電話を担当者にかけました。同じようなことは、他社に対しても一、二度あります)

 「戦争に勝ちも負けもない。あるのは滅びだけである!」という永井先生の言葉が胸に響きます。戦争の「勝ち負け」は、人間の野蛮さ・残虐性の加減や程度の争いではないですか。そして、先ほど見た外国報道に「胸をえぐられる」気がして、憤りと悔しさが消えないで困っているのです。キーフの一地区でたくさんの住民が殺害されていた。中には「後ろ手に縛られ」射殺されている遺体の映像も見た。数百人の「無辜の民」が殺されて、遺体は放置されている。その映像をいくつも見ていたのです。「それが戦争だ」、「戦争というものはそういうものだ」という人がいるでしょう。馬鹿も休み休みしていってくれ。これはウクライナの「自作自演」だと、ロシアの政府広報官は言うが、だれがそれを受け入れるのか。生き残った老人が、仲間が殺されて、深い悲しみに暮れていた。よしんば、「それが戦争」であって、だから市民を銃殺してもいいことにはならない。「南京大虐殺」を持ちだせば、何の証拠もなしに、それは「でっち上げだ」と劣島の政治家を含めた、誰彼が言う。見ていたのか、それをどうして知ったのか。あろうことか「アウシュビッツはなかった」という記事まで出たことがありました。その記事をBという出版社の雑誌が掲載したことさえもあった。なにをか、況や。

 一日でも、ではなく、一瞬でも早く、世界の知恵を集めて「プーチンの戦争」を止める、その算段を付ける必要があります。「戦争犯罪」を命令し、そのための権力を行使した「戦犯」として、とにかく身柄を拘束すべきです。これを書いている今の今、ぼくは心が折れているようです。爆撃によって壊された「住居」、その「瓦礫(がれき)」と同じように、破壊された人体の「瓦礫」というべきではないでしょう。その前に、なぜ無防備の市民を「射殺」しなければならなかったのか。「瓦礫といわないでくれ」、それは「私たちの歴史・生きた証だから」と、大災害に遭遇した人々が、交々に叫んでいたのを忘れません。住まいは「生活の拠点」であり、人間は「かけがえのない歴史そのもの」、それを消し潰すのですから、「歴史の冒涜」「人間性の抹殺」以外の、いかなるものでもないのです。

 平時であれば「殺人罪」が無条件に下されるのに、「人殺し」「略奪」など、あらゆる蛮行をしても、祖国に帰還すれば「英雄」となり「勲章」も授与されるというのが、戦争の示す、例えようのない退廃であり、堕落です。その人道に悖る「退廃」や「堕落」を唆(そそのか)して、なおかつ「大統領」でありつづける「殺人鬼」の支持率は九十%超という「出鱈目」「誤魔化し」「詐術」です。この「狂った茶番」をロシアの人間だけでなく、それ以外の国々の人間も、人間の名において、承認しないと態度を明らかにしなければならない。このあからさまな「人間の非人間化」「圧陸・虐殺」を目にして、人間であるとは何だろうか。「人間であることを恥じる」のではなく、「人間の名において」その恥辱を雪(すす)がなければならない、それはどなたにも迫られているんでしょうよ。

 いかに駄文とはいえ、これ以上書くのがつらくなりました。後は、終日、何時も愛聴している作曲家兼演奏家の音楽を聴くことにします。朝も暗いうちから雨が降っています。予報では翌朝まで止むことがなさそうです。十時間持続する「音楽」を聴いています。(やがて三時間が経過します。現在時刻は午前十時過ぎです)(タイトル: Beautiful Day  コンポーザー: Peder B. Helland  インデックス: ★137  アルバム: Rainy Days)(https://www.youtube.com/watch?v=EbnH3VHzhu8

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。