マリウポリ市民4500人連行か ウクライナから強制移住―ロシア軍【ワルシャワ時事】ロシア軍の激しい包囲攻撃にさらされているウクライナ南東部マリウポリの市当局は20日、通信アプリ「テレグラム」への投稿で、住民の一部が強制的にロシアへ連行されていると主張した。米紙ニューヨーク・タイムズは市当局者の話として、「4000~4500人」に達する恐れがあると報道。事実とすれば、人権侵害という批判が高まりそうだ。/ 報道などによると、ロシア軍はマリウポリ市内の地下施設に避難している住民らを捜索。住民らは連行に際して旅券を没収され、代わりに法的効力が低い書類を渡されるという。当局者は同紙に対し、強制労働のためウクライナに近接するロシア南部タガンログに移住させられる可能性があると懸念を示した。/ 市当局は「ナチスの手法と同じで、マリウポリを乗っ取ろうとしている」と指摘。ウクライナのゼレンスキー大統領も20日公表の動画で、「マリウポリでのロシアのテロ行為の数々は、今後数世紀にわたって記憶されるだろう」と批判した。(時事通信・2022年03月20日21時32分)(写真下左:ロシア南部タガンログに設けられた、ウクライナ・マリウポリなどからの難民を収容する施設の子供=17日)(ロイター時事)


市民数千人をロシア領へ強制移送か 南東部マリウポリ ロシア軍の激しい攻撃が続くウクライナ南東部の港湾都市マリウポリの市議会は19日、一部の住民がロシア領へ強制的に移送されているとの声明を出した。/ 声明は、この1週間で数千人が連れ去られたと主張。ロシア軍が、女性や子どもら1000人以上が避難していたスポーツクラブの建物などから違法に人々を連れ出したとしている。/ 住民らはロシア軍の拠点で携帯電話や書類を調べられた後、ロシア国内の遠隔地へ送られているという。/ ウクライナ軍の将校によると、マリウポリはロシア軍に包囲され、絶え間ない爆撃を受けている。路上には遺体が散乱し、住民らは限られた食料や水を分け合っている。/ 市内にあるウクライナ有数の製鉄所で戦闘が起きているとも伝えられる。新たな衛星画像には、空爆で破壊された劇場の様子が写っていた。建物の外には、子どもがいることを示す文字がはっきりと見える。/ 声明によると、ボイチェンコ市長はロシア軍の行為について、第2次世界大戦中のナチス・ドイツによる強制連行のようだと非難。「21世紀になって、人々が他国へ強制的に連れて行かれるとは、考えられないことだ」と述べた。(CNNNEWS・2022.03.20 Sun posted at 10:24 JST)(写真上右:ロシア・ロストフ地方の施設への移動を待つウクライナ・マリウポリの住民=16日 / Arkady Budnitsky / EPA-EFE/Shutterstock)

「ロシア軍、数千人のマリウポリ市民を強制移送か」という報道を聞いてから、おそよ一週間ほどが経過しました。十分に状況がわからないままで時間が過ぎていましたが、なおその内容の詳細は、一面では当然ですけれど、聞こえてきませんでした。実際はどういうことか、ぼくには判断材料がありません。マリウポリ市当局の発表ですから信じられますと言っていいのかどうか。すこしづつ、当事者が語ったものとしての情報が出て来ました。このニュースを聞いた瞬間に「強制連行」「シベリア抑留」、あるいは「奴隷労働」などという、あまりリにも忌まわしい「記憶」が蘇ってきました。
「労働は自由への道 (Arbeit macht frei)」「働くと自由になる」などという標語で有名になったもので、元は十九世紀のドイツ作家の Lorenz Diefenbach の小説のタイトルとして使われたものが、1933年以降、いくつものナチが作った「強制収容所」の門に掲げられたのでした。(左上の写真はアウシュビッツ強制収容所の入り口の「標語」)あるいは「シベリヤ抑留」に関しても、実に激しい怒りをこらえることが出来ないような「犯罪行為」でした。数多の日本人が「強制労働」に駆り出され、死の苦しみを舐めたのでした。

強制収容所は、戦争における勝者が、戦後にとった処置ではなく、戦時中に「民族浄化」という教条を掲げて、作り出した「地獄絵図」でした。一方の「シベリア抑留」は同じ強制収容・強制労働ではありましたが、こちらは「戦勝国」(といえるかどうか)の側に、遅れて入ったロシアが、例を見ない強制労働の惨状をもたらしたものでした。「勝てば官軍」というのは、戦争を利用したものの勝手な言い分ではありましたが、それで塗炭の苦しみを味わう羽目になったのは、「(敗戦国の)捕虜」でしたから、その人たちは、二重の虐待を受けたことになります。さらに、ぼくが想起したのが「奴隷労働」でした。これも人間集団がの作られだしたころから存在した「人間虐待」「じんしゅさべつ」「人権侵害」でした。あくまでも「所有物」の如く、でした。アリストテレスは「奴隷に自由はないのが当たり前」というようなこと言っていました。貴族階級育ちの人間であったから、それは当然の言であったと言うべきか、あるいはあ哲学者として、いかにも、「語るの落ちた話」というべきか。
さらにはアメリカにおける「黒人奴隷」問題は、彼の国の歴史の背骨をなして来たのではないでしょうか。そして「黒人差別」は現下の問題でもあり続けていることは、近年の「ブラックライブズマター」によって如実に見せつけられました。要するに、「人間の虐待」「人権の侵害」は、戦時によると平時によるとに関わりなく生じるし、あるいはその「虐待」「差別」は一国の法律や制度、もっといえば「文化」「歴史」にすらなっているのです。まさしく、それはアメリカの現下の問題であるでしょう。問題を抱えている「大国」や「大国詐称組」が集って、互いに「愚かさ加減」を競っているのが「G7」「G20」だというのでしょうね。人間は少しは向上もし、進歩もするらしいけれど、人間集団(国家・社会)は、さっぱり成熟しないのはどうしてか、明らかな理由がありそうです。自己んではかしこい人間が、集団をつくると、想像を絶した愚かな行為を平気でする。それを止める手立てが、集団にはないんだね。
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◉ シベリア抑留(シベリアよくりゅう)=1945年の第2次世界大戦終結時にソビエト連邦に降伏,または逮捕された日本人に対する,ソ連によるシベリアでの強制労働。抑留者の数は,日本政府の調べでは約 57万5000人とされ,うち約 5万5000人が死亡,約 47万3000人が帰国した。抑留者は主として軍人であったが,満州開拓団の農民,満州の官吏,南満州鉄道株式会社など国策会社の職員,従軍看護婦などもいた。シベリアのほか中央アジア,極東,モンゴル,ヨーロッパ・ロシアなどの約 2000の収容所,監獄に収容され,鉄道建設,炭坑・鉱山労働,土木建築,農作業などさまざまな労働に強制的に従事させられた。1946年12月から引き揚げが始まり,日ソ共同宣言が行なわれた 1956年には有罪判決を受けた者も釈放され,ほとんどが帰国したが,若干名はソ連に帰化した。行方不明者も少なくない。2015年,シベリア抑留と引き揚げの歴史を伝える資料「舞鶴への生還 1945~1956シベリア抑留等日本人の本国への引き揚げの記録」が国際連合教育科学文化機関UNESCOの世界の記憶に国際登録された。(ブリタニカ国際大百科事典)(左上写真、ナホトカの収容所で帰国を待つ日本人抑留者たち=モスクワのグラーク史博物館提供:https://www.tokyo-np.co.jp/article/114691)

◉ 奴隷(どれい・slave)=人格を認められず,生産手段として支配者によって所有・売買・譲渡されることを正当化された身分の者 戦争による捕虜・被征服民や,債務不履行・奴隷貿易などから発生し,労働内容によって,家内奴隷・生産奴隷に分けられる。家内奴隷は古代オリエントをはじめ世界各地にみられるのに対し,生産奴隷は,アテネのラウレイオン銀山,ローマのラティフンディウムにおける農耕奴隷,近代アメリカの黒人奴隷などが典型的で,その取扱いは苛酷な場合が多い。(旺文社世界史事典三訂版)
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今回の「強制移送」の実態は、まだ十分に内容が知らされていませんから、これ以上の憶測はしないほうがよさそうです。ぼくが言いたかったのは、ロシアならやりかねないということではなく、ロシアの権力者だったから、「さもありなん」というのではないのです。自民族中心主義(ethnocentrism)といい、「民族浄化(ethnic cleansing )」は、根拠のない言いがかりのようなものではあっても、それを理由に他民族・他人種を抑圧し、いささかの「差異」を異常に強調して、自らの優秀さを誇示しようとするものでしょう。今回の、ロシア軍によるウクライナ人の「強制移送」はそれではなく、むしろ戦争に勝つための手段として「人質」として、あるいは「人間の盾」として利用する、脅しの材料ではないか。これもまた、看過できない「犯罪行為」であると、ぼくは考えます。

仮に事実、かような人権蹂躙が行われているとするなら、一刻の猶予もなく、「戦争犯罪」として「法廷」で裁くべきです。そのためには現行の「機関」や「国際法」に代わって、一層有効な手立てを考えなければならないと思います。「ボイチェンコ市長はロシア軍の行為について、第2次世界大戦中のナチス・ドイツによる強制連行のようだと非難。『21世紀になって、人々が他国へ強制的に連れて行かれるとは、考えられないことだ』と述べた」と報じられていました。しかし、この時代にあっても(こんな野蛮な行為は)許されないというのならわかりますが、「こんなことは考えられない」というのは、当事者としてどうかと、言いたい。戦争は「文明人」や「教養人」が行うのではなく、すべからく、文明や教養の衣をまとった「野蛮人」「殺人鬼」が行う「殺戮」の方法であり、支配と征服にしか興味を持たない「戦争狂・殺人狂」の行為です。いつだって、こんな「禍々しい事態」は起こるし、これからだって生まれることは間違いない。戦争(国家間であれ、個人間であれ)は、人間の中の「闘争本能」「攻撃性」がもたらすものです。

しばしば説明される「脳の三層構造」、細かいところはともかく、大筋では受け入れられそうです。人間の脳は中心部から外側に向かって発達してきたと言われてきました。したがって、前頭葉(大脳新皮質)の部分に、より人間の要素(条件)が育てられており、その下段階の「大脳辺縁系」はいわば、動物的部分です。老齢化が進むと、「新皮質」の部分が衰えるのであり、その反作用で「辺縁系」が前面に踊り出す。感情や情動(怒りやすい・キレやすい)というのは、この部分が作用しているのです。戦争をしかけるのは「老人性」「動物性」の要素が活発に作用している証拠・結果で、仲良くなりたい」「毛嫌いする」は、一見すると相反しますが、実は作用している部分(組織)は同じなんです。よく「愛憎相半ばする」というのも、愛すると憎むは、同じ脳内細胞の働きだからです。ぜんぜん「別個」の現象のように見えても、は根っこはいっしょ、だから「好きでたまらない」が、「殺したいほど嫌い」なるというのです。好きでもなければ、誰彼を嫌うこともありませんね。泣き笑いも同じ。波代は鳴くときも大笑いする時も出るし、成分はいっしょですやん。「甘い・辛い」の区別はないんですよ。
プーチンは七十歳、十分に「老人化」しているのでしょう。「前頭葉」は衰え、その反動で「大の辺縁系(攻撃部分)」が乗り出してくる、加えて、彼は格闘技が好きですから、狂気じみるのは当然かもね。いや、ひょっとして、「前頭葉(人間性の部分)」は未発達だったのかもしれない。お好みの柔道も、畳の上でやる分には構わないが、畳の外で「闘争本能」むき出しにすると、今回のように、ひたすら攻撃一本やりに「転化・点火」してしまうのです。箍(たが)が外れた闘争心・攻撃性は、ルールが存在しないから、行くところまで行く。それを知っていて、事態を打開する側は、相手の衰え切っている「理性」「判断力」に訴えても効き目がありません。ぼくは「コンクール」や「コンテスト」嫌いを公言しているのは、こういった事情からです。ショパンコンクールの優勝者が「ウクライナ人を締め上げろ」といったのは、規則のないコンクールのつもりなんでしょう。当たり前に考えれば、音楽と「殺戮」は並び立たないものですが、彼にはそれは、どちらも己の攻撃性や闘争心を試す機会であったというわけ。

会議を開いて議論するのも結構です。しかしもう時期が過ぎました。何時でしたか、三十年も前、イラクを攻撃する時(湾岸戦争)には「多国籍軍」をデッチあげ、嘘を言い立てて(大量破壊兵器の存在)、アメリカは「フセイン」をやっつけました。あれには、ぼくは賛成できなかったが、今回もそれと同様で、嘘を作り出してまでやる必要がないほどに、P大帝の悪辣・悪逆の根拠(証拠)はたくさんあります。「多国籍」ではなく、堂々と「人道に背反する罪を許さない」という大義で、戦争ではなく、人道という本筋に立って「独裁者」の大罪を、戦争仕掛け人に認めさせるべきではないでしょうか。「目には目を」ではなく、「目にも歯にも、人道を、人倫を認めさせる」のです。戦争を仕掛けた独裁者は、まさか、これまで同様の「誼(よしみ)」を通じた居、元通りに上辺だけは仲良くしたいなどとはは露考えていないでしょう。決死の覚悟で「殺戮」を始めたのです。退路を断って。だから、それにふさわしい「処遇」「処置」を取らないと、「人間脳」が泣きます。もうすっかり泣いていますよ。(右上写真、フセインが持っているのは「剣」で、ブッシュパパは?)
「ペンは剣よりも強し」といっただけでは無力です。「剣」に勝る「ペン」の力を示す必要がありますよ。それは何か、と聞かれますか、それでは困るんだが。それを示せなければ、どちらの「剣」が強いか、その優劣(コンクール)になって、もうこの世は闇だな。冗談ではなく、いまや「人間の尊厳」がかかっている事態にあるんですね。ぼくたちは、自分たちが生みだし育て上げてきた、その価値(人間らしさ)を失うかどうか、それが試されているんです。
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