侵略に「大義名分」などあるはずがない

【北斗星】最近は登場の機会が少ないようだ。本県から2012年、東日本大震災後の支援に対する感謝の意を込め、ロシアのプーチン大統領に贈られた秋田犬「ゆめ」。プーチン氏の写真満載の今年のロシア製カレンダーにはゆめも一緒に写っているが、13年公開の写真と同じ時の撮影と思われる
▼ゆめのお礼に佐竹敬久知事に贈られたシベリア猫「ミール」は元気な姿の動画が度々公開されている。一昨年春、新型コロナウイルスに感染していないかプーチン氏が心配していると伝えられ、佐竹知事がロシア国営タス通信に「大丈夫」と答えたことも
▼動物好きのソフトなイメージとの落差にがくぜんとさせられる。プーチン氏のウクライナに対する強硬姿勢だ。14年に南部のクリミア半島を強制編入。今月24日には軍事侵攻を開始した。親ロ派支配地域を守るためと言いながら全土を攻撃している。これが侵略でなくて何だというのだろう
▼ロシア軍は首都キエフも包囲し、攻勢を強めている。ウクライナ側には多数の死者が出ている。ロシア国内でも抗議デモが行われた。流血と破壊をこれ以上広げてはならない
▼日米欧など各国は経済制裁強化で足並みをそろえる。ロシアが自らの傷を深めないうちに攻撃を停止し、軍を撤退させることを望む
▼ゆめの命名者、プーチン氏がウクライナにもたらすのは夢や希望ではなく絶望でしかない。ミールはロシア語で「平和」の意だ。秋田からも声を上げたい。ウクライナに平和を。(秋田魁新報・2022/02/27)

 どんな人間でも「権力」の座につきたくなるとは限らないし、いったん「権力の座」についたら、一日でも長くその座を守りたくなるとも限らない。さらに、長く「権力者」として君臨していると、感覚マヒが進行し、人民の苦しみを意に介さないで、少しでもそれを守りたくなるのが人情であるといえなくもない。いずれも、人それぞれであり、それぞれによって、「権力者」像が作られるのでしょう。それにしても「権力」は雪だるまみたいに、大きく見せたくなる、まことの「魔物」ですね。ぼく自身の考える「権力者像」というものをあげるなら、まず「その像」は幻のようであり、あるいは「砂上の楼閣」に等しいものだから、決して幻想を持って(抱いて)その座に憧れない人、それが第一位。その次は、どうしても権力の座に就かざるを得ないとしても(そんな機会も、人も、まずいない)、いつでも、一瞬でも早く辞めたい・降りたいと願っている人。その他は五十歩百歩。最悪は、「俺しか権力者にふさわしいものはいない」という自己肥大の痴呆にかかる人です。辞める時を失してしまうのです。

 自分だけが権力者にふさわしいと思いこんでしまっているものは、すでのその段階で「腐食」(酸化)しているし、「腐敗」が始まっているのです。当人は、その腐敗臭には気が付かない、感覚器官が鈍麻しきっているからです。誰もが、いつだっていう「権力は腐る」というのは事実ですが、ぼくはむしろ、「腐るのが権力だ」と考えています。ロシアのような「大国(領土が広大である)」とは違う、もう比較を絶するような小さな組織で、ぼくは何度か経験してきました。その組織の「長」になるには、選挙を経て「任期四年・二期限り」が規則でした。大半は規則通りに任期を務めるのですが(当たり前のこと)、そうでないのが時々出て来ます。やたらに焦がれる「権力志向人間」です。ぼくはこんな「輩」を二度ほども見ました。いったん、「権力の味」を占めると、その味が忘れられないんですね。ぼくには、まったく想像もつかない、その味は。彼は「規則」を変えようとして、支持者に対して根回しを始めたのです。側近中の側近から聞いた話です。情けないことおびただしいが、それを応援する(支持する)手下もいるのですから、世の中はさまざまですね。こんな組織は、ろくでもないものですよ。

  ネットのニュースで、ロシア大統領の「(侵略)宣言」を聞いた。あれはなんというのだったか、「連邦安全保障会議(会議があるとは思われないが。大統領に賛成の意見を言わされるだけの「会議」がこれです)」とかいうそうです、そこでは、彼は、この国では稀有ではない、「独裁者」そのままの姿で画面に映っていました。「徳川の将軍の『謁見』」の如くでしたね。みんながあんなことを許しているし、それを「国民」(いれば、の話ですが)も黙ってみているんでしょうか。ぼくは、政治や現代ロシアに関してはまったくの「素人(しろうと)」です。それで十分だと言いたいですね。この先の「予測」はしません。競馬なんかではないからです。たくさんの「予想・予測」の専門家がいるのですが、ぼくはまずそれ(予想・予測)を無条件では受け入れない。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」で、多数の死傷者が現実に出ているのですから、高みの見物というわけにはいかないんですね。ぼくは見物しているのではない。肝をつぶしながら、さらに犠牲者が出ないことを願い続けています。その半面で、独裁者とその協力者に「天罰」が下ることをより強く願うものです。おそらくプーチン氏は懸命に「墓穴」を、自分一人が入るためだけではない、きわめて大きな「墓穴」を掘っています。数年を置かずに埋葬されるための「墓穴」を、です。

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(http(Russian Archives/Global Look Press)s://jp.rbth.com/lifestyle/82806-putin-ga-daitouryou-ni-naru-mae-no-sugata)

◎ プーチンぷーちんВладимир Владимирович Путин/Vladimir Vladimirovich Putin(1952― )=ロシアの政治家。レニングラード(現サンクト・ぺテルブルグ)市生まれ。レニングラード大学(現サンクト・ぺテルブルグ大学)卒業後の1975年に旧ソ連国家保安委員会(KGB)入りし、冷戦時代の5年間を旧東ドイツで諜報活動に従事した。1991年のソ連崩壊後は、サンクト・ぺテルブルグ市副市長などを経て、1996年からロシア連邦大統領府に勤務。実務家として辣腕(らつわん)をふるい「影の枢機卿」と異名をとる。1998年に連邦保安長官となり、1999年8月首相に就任すると、「テロリストの殲滅(せんめつ)」と「強いロシア」を唱えて、チェチェン共和国への軍事介入を指導し国内の支持を得た。同年12月、引退するエリツィン大統領から大統領代行に任命され、2000年3月の大統領選挙に当選、5月第2代ロシア連邦大統領に就任した。一貫して「強い国家」の建設を政策目標に掲げる。行政機構改革として連邦全土に七つの連邦管区を設置(チェチェンは直轄統治)して中央集権化を推進する一方、積極的に外国を歴訪し、CIS(独立国家共同体)諸国をはじめ、ヨーロッパ、アメリカ、中国、北朝鮮、中近東などと活発な首脳外交を展開する。2004年再選。大統領として2000年(平成12)に二度、さらに2005年と2009年にも訪日。2008年5月大統領2期目の任期を満了し、与党「統一ロシア」党首、首相に就任。さらに2012年3月の大統領選挙に立候補し当選した(就任は5月)。趣味は少年時代から始めた柔道。(ニッポニカ)

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プーチン氏、ウクライナ東部2地域の「独立」承認 現代の皇帝のように (BBC:2022年2月22日)

ロシアのウラジーミル・プーチン大統は21日、連邦安全保障会議を開き、居並ぶ政府幹部を前に、ウクライナ東部の親ロシア派勢力が掌握する2つの地域を独立国として承認すると宣言した。その上で、ロシア軍に両地域で「平和維持活動」にあたるよう命じる文書に署名した。/ プーチン氏が独立を承認したのは、ロシアが後押ししてきた自称「ドネツク人民共和国」と同「ルガンスク人民共和国」。その代表2人は承認式のため、あらかじめ大統領府で待機していた。/ プーチン氏がロシアのテレビ経由で国民と全世界に披露した「政治劇」さながらの動きについて、BBCのスティーヴ・ローゼンバーグ・モスクワ特派員が報告する。(https://www.bbc.com/japanese/video-60475358

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 この「侵略行為」に対して、この島国はどんな政策方向をとるのでしょうか。とれるのでしょうか。両国間に(北方領土)問題があると言うが、この間に、問題を出汁にして、適当にあしらわれて来ただけでしたし、プーチン氏と「個人的信頼関係」を結んだという前々総理(「ウラジミール」と友だちだと吹聴していた)、その信頼関係がどんなに「薄っぺらなもの」だったか、今頃になって「煮え湯」だか、「冷や水」だかを浴びせられたと気づいたみたいです。政治家は平気で人を「裏切り」「殺戮し」、「(口癖のようにいう)平和」(それを偽装し、錦の御旗にします)のためには手段を択ばない、その手の人間たちだと考えています。今回の(侵攻)作戦は、教科書通りの、実に古典的手法ですが、いずれにしても「戦争には殺戮」が伴います。それを防ぐためだけにでも、一肌脱いでほしいね。独自の判断で、誰かの指示を仰がないようにして、現状を打開するための方策を実行してほしい、と「ミール」と「ゆめ」にすがる思いで、祈るばかりです。

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。