だから ぼくはとうだいのこどもです

 【斜面】せんせいあのね「わたしのせんせいはてつぼうを/10かいさせます/せんせいは/いっかいもやりません」。小学1年生の鋭い指摘に担任だった鹿島和夫さんは苦笑しただろう。家で詩を書いて先生に渡す「あのね帳」は子どもが心を開いてゆく窓のよう◆昭和50年代半ばの神戸の小学校。鹿島さんは「あのね帳」の詩を集めて、教室で撮った写真と合わせて「一年一組せんせいあのね」という本にした。当時も子どもたちが背負う事情はさまざま。悲しい話もあるけれど、学級には確かな結び付きが見える◆全国の公立校で今、教員が足りないという。休職者が増えて、補充も難しい。県内は昨年4月時点で5人の不足だ。そもそも教員志望の人が減った。かつて県内で2千人を超えた小中、特別支援学校の志願者は今春採用の試験で1500人を割り、倍率は小学校で3倍を下回った◆保護者からの相談、時に不満や苦情に対応し、長引く会議や教材準備…。指示される作業は増えて、労働時間は長い。心を病み休職する人は全国で5千人も。先生が疲れて子どもの心の窓もよくのぞけない教室から、先生に憧れる子が出てくるだろうか◆「あのね帳」で一人一人を見つめ、教師からの一方通行でない関係が成立した―。鹿島さんは子どもと学び合うことを尊んだ。今春、高校を含め県内で約530人が新たに採用される。初めて教壇に立つ人もいる。「せんせいがんばれ」。あえて教職に進む人たちに敬意とエールを込めて。(信濃毎日新聞・2022/02/03)

 「信毎」は一つの理由で(それだけでは決してないのですが)、とてもよく知られた新聞です。ぼくも、人並みにこの新聞を読むことが多かった。とりわけ信州に縁あがるわけでもなかったが、しばしば登山やスキーに出かけたり、友人や知人が当地の出身だったということもあって、他の地域より、ぼくには親しい土地でした。また、後輩で教職についている人もかなりいました。この「斜面」も何十年も前から読んでいました。ある時期、少し読まないでいるきに「斜面」が紙上から消えていた。その穴埋めではなかったでしょうけれども「考」というコラムが続いていた。ぼくにはなじめなかったのは、長野の現実を知らなかったからかもしれない。そうこうしている内に、最近になって「斜面」が復活した。右の表紙写真は「斜面」担当者だった方の著書です。「生きるって素晴らしい」といえる、いいたい、いおう、そんな「コラム」担当者の意気というか使命感が書かせた本だろうと思います。読んで元気になる、気分が改まる、それが活字を読む理由の上位に来るのではないですか。知識や情報を得るというのは、ぼくには二の次で、やはり書いた人の心や吐息、心意気が感じられるものを読みたいと願っているのです。新聞の「コラム」は、まさしく、その注文にかなう機会の多い読み物です、ぼくにとっては。だから「当たり外れ」は当然あります。

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 さて、久しぶりに鹿島和夫さんの名前を目にしました。ご健在なのかどうか。ある時期まで、この人や、早くに亡くなった灰谷健次郎さんに、ぼくは教育という「畑」、「土」の匂いをかがせてもたったと思っています。教室という畑にはいろいろな種がまかれ、それぞれの時期を得て成長し実をつけ花を咲かせる、それが教師の仕事だったといいたのですが、思いは半ば、花も実もつけないままで、その土地(畑)では枯れてしまった種子もあったでしょう。しかしまた次の畑ではどうなるか、それは誰にもわからないことです。「教育の可能性」ということをしばしばいわれるのですが、それはどんなことを指しているのか。いつだって、育とうとするし、育ちたがっている「種」は、自己生育は困難で、他人の助力を求めるものです。教育の可能性という表現は、本人と教師(他人)との合作の行方を含んだ言い方だったでしょうね。農家の人にとって、育てやすい野菜もあれば、なかなか苦労するが、そのわりにはうまくいかないものもあるでしょう。教師の仕事がそれとそっくりだと言うつもりはありません。しかしよく似ているのは、その種(可能性)にあった地味や土壌の性質を、できるだけ生み出そうとする、整えるところではないですか。この種は「ここには合わん」と植えつけることを捨ててしまってはおしまいです。野菜ならまだしも、それが子どもであれば、…。そんなことを根っ子の方から教えてくれた(ぼくが学んだ)のが鹿島さんや灰谷さんたちの仕事でしたね。

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 「一年一組 せんせいあのね」はどれだけ繰り返し読んだか。その内容は読んで感じ取っていただきたいですね。ぼくはこの本からも学んだし、本の背後にあると想像できた「鹿島和夫」という、生きている書物からもたくさんのことを得たと言えるでしょう。その何ほどを実際の場面で自分の仕事として生かせたかは、実に心もとないのですが、確かに「教育の手ごたえ」を感じ取ったのです。その時期、鹿島さんほぼ同期だった灰谷さんからも同じようなことを得た。彼は年来の志だった、小説家になるために中途で教職を辞したが、生涯「学び続ける」という姿勢を貫こうとしていたと言えるかもしれません。晩年に、ぼくの後輩が沖縄まで彼を訪ねて行った際の話を、しばらく後で聞いたが、文学よりも教育の方が彼の生き方には見合っていたのになあ、そんな感想を持ちました。(それはまた、別の話です)

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 鹿島さん(灰谷さんも)が、相当な貧乏であったことは、教に生活に不可欠な要素を、彼に与えたのではなかったか。軽々には言えませんが、裕福であったり、稼ぐ苦労がいらない人に、教職は向いていないというより、その境遇に見合うような職業ではないと、ぼくは感じてきました。自分から進んで「貧乏」になることは無駄ですが、いつでも、どこかに足りない部分、手に入れられないものを持っていないようでは、教職の大事な部分が見えなくなるような気がするのです。そのことは鹿島さんや灰谷さんたちの仕事ぶりを、あるいは、それ以前の先達(とくに「生活綴方教育」の教師たち)の経験を見ていると、ぼくにはそのように思われてくるのです。それは何か。鹿島さんのように、子どもたちの目線でとか、子どもの位置に立つという無理がいらない、自分の目の届く範囲で子どもたちが存在しているという意味です。子ども目線が何であるか、ぼくにはわかりませんが、子どもが困るのと同じ困難を肌で感じることができる、そんな物心両面の経験があるということです。

(記事は神戸新聞に連載されたもの。2013年1月~2月)

 彼らの時代からみれば、学校や教室は、はるかな場所にまで動いてきたようです。まるで学校という場所から受ける「印象」は様変わりしたと言えます。それは当然のことであり、だれにも、どうしようもない「時の変化」です。時の移り変わりに、無駄な抵抗をすると「時代遅れ」となり「時代錯誤」と非難されます。だから、いつでも時代の要請や要求に歩調を合わせることは必要でしょうが、それを認めたうえで、「子どもの教育」という仕事で何が肝要なのか、それはそう簡単に「時代の変化」に見合ったものでもないと言えます。時代に合わせる「教育」というのは、わかりやすい表現でいえば、それは一種の流行に流されているだけであるともいえるもので、その変化や流行に動かされないもの、表面には見えにくい深部に、いつの時代にも「成長を待つ「素質」というものがあり、それを育てる、あるいはそれを踏みつぶさない、そんな繊細な心配りが、教師には大切なのではないでしょうか。ぼくは鹿島さんから、強く感じ取れるのはそのことでした。「せんせいあのね」と、子どもたちはいつでも教師に語り掛けたのですね。確かこれは鹿島さんの言葉だったようにも記憶しているのです(あるいは別の人も同じようなことを言っていたが)。

 「子どもにとって、いい先生というのは、いつでも子どもが手紙を書きたくなる」、そんな先生なんだと。表現は違っていたが、「一人でいる時、先生はなにをしてるかな」「風呂に入っていると、先生はどうしてるやろ」と、心のどこかに先生が住み着いているというものでした。確かに、そのような気持ちを持つことができる人間というのは、そんなにいないでしょうね。灰谷さんが学校(教師)を辞めると知った時、何人かの子どもたちが「何すんねん、俺たちを放っておくのか」といったそうです。裏切られたと感じたのでしょうか。子どもたちから、そんな言い草が出るのも、一面では教師冥利に附合するともいえますが、やはり貫徹しなかったのはどうしてかという疑問が、ぼくにも残りましね。これはあくまでも個人の判断でしたから、他者がとやかくは言えないことです。

 「今春、高校を含め県内で約530人が新たに採用される。初めて教壇に立つ人もいる。『せんせいがんばれ』。あえて教職に進む人たちに敬意とエールを込めて」とコラム氏。激励を送るというのですね。でもどうなのかな、なんで「せんせいがんばれ」なのか。「あえて教師になる」というからには、なかなか容易ではない職業を選んだというりかいはもっておられます。しかしいったい、何を頑張るのか。挫折しないようにがんばれや、こどもに負けないようにがんばれや、というのか。とにかく、「がんばれ」が多すぎますね。子どもを育てるのに「がんばれ」はないですね。それこそ、ゆっくり歩こう、アンダンテで。(ここでいうことではありませんが、念のために。「せんせい あのね」は子ども(たち)と鹿島さんの共同作業が生み出した作品です)

 「鹿島さんは子どもと学び合うことを尊んだ」というなら、「がんばれ」ではなく、子どもと歩こうよ、そういったら、どうですか。(お節介のようですが、いわずもがなの一言を。思わず飛び出す「がんばれ」が目に余ります)

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