教壇に立って14年目、手取り19万円強だって

 

担任の先生は「非正規」 重い業務負担、手取りは19万円 学級担任などを任されながらも「非正規」で働く臨時教員が全国で増えている。正規教員の穴を埋めるための不安定な雇用で、ある教員の手取り収入は月19万円。業務内容は正規教員と大きく変わらず、授業の準備やテスト採点などの合間を縫って教員採用試験の勉強に励む日々だ。臨時教員は全国に約4.4万人。関係者からは待遇改善を求める声が上がる。/「あすから1カ月間、クラス担任をやってほしい」。昨年11月24日朝、関東地方の小学校で臨時教員として働く男性(39)は、上司の教員から突然そう告げられた。病気で休むことになった正規教員の代わりが必要になったためだ。/ 高校数学の教員免許を持つ男性は2018年から臨時教員として働き始め、この小学校が4校目。数学の正規教員を目指して昨年7月に5度目の採用試験に挑んだが、不合格。毎年、翌年の契約継続がないと分かると10以上の市町村に空き枠を問い合わせ、履歴書や面接の準備に忙殺される。/「就職活動にかかる時間と労力を授業研究や生徒との対話に充てられたらどんなにいいか……」。自らを鼓舞して過去問などに取り組んでいるが、1年ごとに契約を繰り返す不安定な立場に不安が募るという。(左上は関東地方の小学校で働きながら、自宅で採用試験の勉強をする臨時教員の男性)

非正規教員には、臨時で任用される常勤教員(臨時教員)と非常勤講師がいる。文部科学省によると、このうち任期が最長1年の臨時教員は全国に約4.4万人(2020年度)。教員定数の7.5%を占め、10年間で約3900人増えた。同時期に正規教員は約5700人減った。教員免許はあるものの都道府県などが行う教員採用試験に受からず、臨時教員を続ける人も少なくないという。/ 臨時教員はなぜ増えているのか。教員採用は団塊ジュニア世代の就学に伴い、1980年前後にピークを迎えた。当時大量採用された教員がここ10年ほどで定年を迎え、次々と退職。公立小中学校の2011~20年度末の退職者は約25.4万人で、同時期の採用者数を約1.8万人上回った。/ 00年代半ばには国の方針で、教員給与に対する国の負担分が減り、自治体が給与額や教員配置をより自由に決められるようになった。地方自治総合研究所の上林陽治研究員は「財政難の自治体が人件費を抑制する目的で臨時教員を『雇用の調整弁』にしている」と指摘する。

西日本にある県の担当者によると、少人数学級や特別支援学級の増加で足元では教員の需要が高まっている。だが少子化による学級数の変動や学校統廃合の可能性もあり、必要な教員数がはっきりしないという。「正規教員を雇えたらいいが、財政的にも余裕がない」/ 臨時教員の割合が全国で2番目に高い15%の奈良県の担当者も、少子化が進んで「教員定数が減っても正規教員の雇用を継続できるよう採用を抑えている」と話した。/ 臨時教員の生活は厳しい。九州地方の小学校で担任を務める臨時教員の女性(47)は教壇に立って14年目で手取りは19万円強。正規教員が敬遠する「問題のある児童の多い学級」を任されたり、正規教員の授業補助に入ったりした経験もある。解雇の不安から引き受けたが「賃金は正規の方が上なのに」と不満を隠さない。/ 慶応大の佐久間亜紀教授(教育学)は臨時教員について「任期が1年だと生徒の成長を十分に見守れず適切に指導できない、専門性を身に付けにくいといった懸念があり、生徒と教員の双方に弊害がある」としたうえで、「国は少子化など長期的な動向を見据えながら適切に予算を配分し、自治体が十分な正規教員を雇える経済的条件を整えるべきだ」と指摘している。(武沙佑美)

 非正規公務員、図書館や保育所でも増加 非正規として働く公務員は図書館や保育所など教育以外の公共サービスの分野でも増えている。総務省によると、2020年は地方公務員のうち非正規職員が約69.4万人で約20%を占め16年から約5.1万人増えた。/ 正規の公務員は定期的に人事異動があるため、高い専門性が必要な職場では経験豊富な非正規職員が重責を担う場合も少なくない。厚生労働省によると、19年4月時点で市町村にある虐待対応担当窓口の職員の非正規率は31%。10年以上勤務する職員に限ると46%を占めている。(日経新聞【ドキュメント日本】:2022年1月22日 )

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 どこから書き始めましょうか。経験十四年で手取りは「十九万円」というのは、いかがでしょうか。この方は九州地方在ということですから、いろいろとシミュレーションできますが、わざわざするまでもなく「貧困」の部類に入るでしょう。これで、常勤並みの仕事を課されているというのです。乱暴に聞こえるかもしれませんが、「同一労働同一賃金」がこの島の労働者の積年の願いでありました。かなり前からこの原則が達成されている職種もあります。しかしそれは建前であって、正規と非正規では雲泥の差があり、それもまた当然視される傾向が長く続いているのです。学校教育という職場は、(すべてではないのは当然ですが)ある意味では劣悪そのもの、ブラック職場といっていいような事態が慢性化している。「教員は素晴らしい職業」だというのも、実際にその素晴らしい職業に携わっていると実感されている教師がたくさんいるということも否定しません。でも、だれにとっもて、どのような仕事内容で「素晴らしいのか」、それが表面に出されて、初めて「素晴らしい」の意味が明らかになるのでしょう。単なるお題目であって、実態は相当に深刻であり、よくぞここまで放置しているなあというお粗末を売りにしているような現場もありました。ぼく自身も、これまでも仕事柄、いくつかの現場を知らないわけではないから、心臓が疼くのです。関係する行政機関・担当者は、早急に課題を克服する義務があります。(こんなことを、ぼくは半世紀以上も訴えてきました)

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 とにかく、手取りであれ足取りであれ、十九万円の収入があるではないか、不満があるのか、こんな不埒な意見が出ることでしょう。まるでコンビニや飲み屋の「アルバイト並み」にしか、教師の仕事を見ていないのですね。教育の門外漢がそういうのではなく、教育行政の専門家連中がそういうのですから、文字通りに「病膏肓に入(い)る」とはこのこと。手の施しようがないのではなく、施しようようがないことを理由にして、施さないままで、ここまで来てしまったのです。拱手傍観しているとはいいませんが、実際には、それに近いのではないですか。「財政逼迫」「財源不足」と、もっともな理由を挙げ、改善しない根拠にしているのですから。

 よく「教育は、国家百年の計」などといいました。あんまりそんなことを言ってほしくはなかったが、ともかく「学制頒布」(明治五年)では「学問(がくもん)は身を立るの財本(ざいほん・もとで)ともいふべきものにして人たるもの誰か学ばずして可ならんや夫(か)の道路(どうろ・みち)に迷(まよ)ひ飢餓(きが・くひものなき)に陥(おちひ)り家を破り身を喪(うしなふ・なくする)の徒(と・ともがら)の如きは畢竟(ひつきやう・つまり)不学(ふがく・がくもんせぬ)よりしてかゝる過(あやま)ちを生ずるなり」「人たるものは学ばずんばあるべからず之を学ぶに宜しく其旨を誤るべからず之に依て今般文部省(もんぶしやう)に於て学制(がくせい・がくもんのしかた)を定め追々教則(きやうそく・をしえかた)をも改正(かいせい)し布告に及ぶべきにつき自今(じこん・いまより)以後一般(いごいつぱん・のちいちどう)の人民(ひとびと)華士族農工商及女子必ず邑(いふ・むら)に不学の戸なく家に不学の人なからしめん事を期(き・まつ)す」と美辞麗句が羅列されています。

 金額に不満を言うな、死なない程度の「給料」は出している。文句があるなら、採用試験に受かってから、合格してから言いなよ、と行政は言い放っているに等しい。十九万が多いとか少ないとか言うのではない、「よく、人はパンのみに生くるにあらずと言いませんか、そこが問題なのだ」と、多くの「臨時教員」は質したいのです。臨時教員は、プロ野球の二軍選手ではない。確かに教室を預かり、中にはクラス担任まで課されている、常に試合に出ている、そんな二軍選手はいないはずです。しかし、臨時教員は毎試合試合に出る二軍選手という、奇妙な扱いを受けているのです。仕事は正規の教員並みで、労働条件ばかりが「二軍扱い」なんですね。まるで肩に身分・地位を示すバッジを付けている、軍隊のような組織ではないか。(右は朝日新聞・2019/08/31)(下の写真は旧陸軍の肩章、左から「少佐・中佐・大佐」)

 まことに不届きな進み具合になりました。ぼくはキリスト教の信者ではないので、この「パンのみにて」を取り出してはいけなかったのではないかという気もしています。臨時教員の給料が安いと言って、ぼく自身が不満を言うのではありません。「ひとはパンのみにて生くるにあらず」というではないか、と当事者(臨時教員)が言っておられると思う。お金の問題ではなく、あるいは食事の問題なのではなく、「生きる支え」「教職にふさわしい処遇を」、それを聖書では「神の言葉云々」といっています、それが、学校のどこにあるかと問うているのです。「手取り十九万」あれば「なんとか生きていける」、いや「死なない程度の飯は食える」と言って済ましてはいけないのではないか、ぼくはそこに焦点を当てる必要性を痛感してきました。「金に糸目は付けない」というのでもなく、「金に文句を言うな」でもない、「人間の教師」にふさわしい扱いをしてほしい、そういっているだけなんですよね。

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人はパンのみにて生くるものにあらず=人間は、物質だけではなく、精神的にも満たされることを求めて生きる存在である、ということ。[使用例] なるほど人間はパンのみで生きるものではない〈略〉しかし、学問とか賢こさによって、世のためになる人の給与が、今日、不当に安すぎるのではないだろうか[松下幸之助*仕事の夢暮しの夢|1958][由来] 「旧約聖書―申命記・八」に出て来るモーゼのことば、およびそれを引用した「新約聖書―マタイ伝・四」に見えるイエスのことばから。口語訳では、「人はパンだけでは生きず、人は主の口から出るすべてのことばによって生きる」とあります。〔英語〕Man shall not live by bread alone.(故事成語を知る辞典)

 「あなたの神、【主】がこの四十年の間、荒野であなたを歩ませられたすべての道を覚えていなければならない。それは、あなたを苦しめて、あなたを試し、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった。それで主はあなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの父祖たちも知らなかったマナを食べさせてくださった。それは、人はパンだけで生きるのではなく、人は【主】の御口から出るすべてのことばで生きるということを、あなたに分からせるためであった」(旧約聖書「申命記 第8章 第3節」)

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 余談ですが、まだ大学生になったばかりの頃。「人はパンのみにて生くるにあらず」という章句を、画家の岡本太郎さんは「だったら、うどんでも米の飯でも食ったらいいじゃないか」とかいって、気の利いた洒落を考え付いたように、上機嫌であったのを見て、「なんと俗物か」とがっかりしたことを覚えています。人間が人間らしく生きていくには、「単に、死なない程度の食事」ではダメなので、その人生を支える「ちから」「信じるに足る根拠」こそが必要なのだと、それが「神の言葉」だというのが、聖書です。「パンで足りなければ、うどんでもご飯でも」というのは、キリスト教に対する揶揄ではあったかもしれないが、つまらないことをいう人だと、フランス遊学のパイオニアに落胆させられた。

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◉ おかもとたろう【岡本太郎】1911‐96(明治44‐平成8)=画家。東京に生まれる。父は岡本一平,母は岡本かの子。1929年東京美術学校に入学するが,同年両親と渡欧,11年間パリで過ごす。ピカソの影響を受ける。G.バタイユの創設した〈社会学研究所〉のグループに加わる。パリ大学で哲学,民族学を学び,40年帰国。第2次大戦後は花田清輝,埴谷雄高らと〈夜の会〉を結成(1948)。またアート・クラブを組織(1952)。前衛芸術の推進者の一人として活躍。その間,《今日の芸術》《日本の伝統》など多くの著作を著し,反伝統主義にもとづく独自の文化論を展開。(世界大百科事典第2版)

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 元に戻ります。今ではあらゆる職業に見られますが、正規採用と非正規採用。もちろん、時には「非正規採用」という働き方を求める人もいるでしょう。それでだいじょうぶだというのなら、それはかまわない。しかし「正規採用」を望んで得られない人が五万といるというのは看過できない問題でしょう。教育の現場は殊にそうです。極めて早い段階から、この非正規採用は習慣化されてきました。教員採用に関していえば、ぼくが卒業する時期、きわめて採用試験は難しいものでした。二年や三年はかかるつもりで挑戦していた人が多かった。そのしばらく前は、年度内に数回も採用試験をしていたことがあります。東京都は地方でも試験を実施していたほどです。ここ数年、いろいろな背景や事情があって、教員になりたいという希望者が少なくなっています。したがって、採用試験の競争倍率は極めて低い値で推移しています。中には倍率が三倍以下という自治体もあります。この低倍率を「危険水域」というそうです。(左上は毎日新聞・2019/05/10)

 どんな試験でも、とは言いかねますが、倍率がおおむね三倍程度なら、それは全員合格にすべき状況だと、ぼくはこれまでの経験から考えています。この社会の学校教員の採用状況は、まさしく「危険水域」にあります。どうしてそうなったのか、理由は極めて明快です、「学校から、教育がなくなったから」、あるいは「上級校受験の下請け企業」という末期的な現状を放置してきた結果でしょう。諸悪の根源は「大学」や「企業」にあると言えば、事が済む話ではない。受験教育、上級学校への準備教育。あるいは、すべての学校教育の「予備校化」、それらのことごとくが、その本来の学校教育を空洞化させたと言われてきたし、今でもそうでしょう。まさに、その通り、といえますか。本当は「いい教育をしたいんだけど、それができない」のは「受験や偏差値のせいだ」ということにして、手を抜いてきた必然の結果だとぼくは考えています。

 そして、学校教員のなり手が消えて行っているのです。ぼくは「教員養成」という仕事に長くかかわってきました。その間、いつだって「教員は養成なんかできない」という思いを断ち切ったことはありませんでした。いったいどこから「養成」という言葉が出てくるのかしら。そのとき、いつも「養鶏」「養豚」などという言葉が浮かんでいました。教師になろうかという若者(なかには三十歳を過ぎていた教員希望者もいた)が、やがて処分される「鶏」や「豚」なのかという、深い憤りを持っていたほどでした。だから、ぼく個人では「教員養成」という名称は使わなかったし、忌み嫌っていた。それでどうということはないのですが、「臨時教員」という業界語に対しても、ぼくはいやな印象を持っています。新聞の見出しに「教育に臨時はない」という、その通りではないでしょうか。現場においてこそ、教員は育つんですよ。現場が荒れていては話になりません。管理職者は、あるいは「教育は、常に臨時の仕事である」という確信を持っているから、こんな「不人情な名称」がまかり通るのではないですか。 

 自動車産業では「季節工」「期間工」などという採用形態が常態化しています。その「よしあし」は、今は問わない。いろいろな状況の変化に応じて「雇用調整」の必要性が生まれてきますから、臨時雇いが「雇用の調整弁」になってきたのです。売上げと利益が何よりも追及されるべきだからという理屈が通ります。(それにしても、非人間の扱いをしている企業が多すぎます)同じことが「教員採用」においても生じているように見えますが、どうでしょう。この問題について、何かを言うべきであることは確かですが、言ってみたところで成果がなければ、やがて誰も声をあげなくなる。異論は消えるのです。車を作るのと、人を育てのるを同等にみなすという社会は、その目(感覚)が狂っているのでしょう。「モノ言えば、唇寒し 秋の風」といいますが、芭蕉さんが句にこめた心は何だったか。とにかく、ものを言わなければなならぬ、言うべきことは言う。それが正しい態度なのですが、言ってしまえば気が晴れるのか。昨秋に亡くなられた作家僧侶は、次のようなこと(右写真の記事)を言われ、いろいろと弁解やら謝罪やらをして、ついにはごまかしてしまいました。この島社会のいたるところで、「秋の風」が季節を問わず吹き荒れている。

 温室やケージで物は育つかもしれませんが、それは商売用に育てられる場合に限るでしょう。促成栽培とか抑制栽培という、季節外れの品物が金儲けの宝庫になっているのに、ぼくたちは違和感も奇妙さも感じなくなっています。そのような鈍麻された感受性や感覚が、「臨時教員」の横行を許しているのではないでしょうか。子どもが、人として大事される、そのための教育を担う「教員」が、何よりも人間として尊敬されることが求められます。人を人として認めようとしない「現場」に、教育の世界が堕している(遥かの昔にそうなっています)としたら、教育の危機は「子どもの危機」であり、「人間の危機」であり、未来社会の危機でもあるのです。環境汚染が進んでいても、当分は大丈夫という「刹那主義」が人間社会を亡ぼし、生き物の世界を滅ぼします。この危機は現在進行中です。

 「臨時教員」「非常勤講師」という名称に表れている事実は、まぎれもなく、この社会の積年の「人間存在に対する侮辱」あるいは「人間否定の歴史」の最たるものとして、ぼくたちは銘記しておくべきでしょう。それと無関係なのかどうか、目に見えて、この社会では「人間個人のシュリンクフレーション(shrinkflation)」が、かなりの速度で発生しています。一人ひ一人の人間としての「器量」「度量」「雅量」がだんだんに矮小化しているのです。人間が一つの器であり、どれだけ他者を受け入れられるか、その器の容量が、声を飲むばかりの凄まじさで小さくなっていく、いやある範囲からは大きくなれないのではないか、そんな杞憂を、ぼくは年々歳々、限りなく心を痛めながら抱いているのです。「学校教育の不毛」「教育不在の学校」が生んだ不可避の現象ではないか、そう言わざるをえません。

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投稿者:

dogen3

 「名もなく貧しく美しく」、ぼくにとって、それは生きる姿勢(流儀)の理想型ではありますが、現実には「名もなく貧しく醜悪に」、せいぜいがそんなところでしたね。「美しく」どころではなかったけれど、「名もなく貧しく」は断固として一貫してきたと思う。とても自慢できませんがね。