粗末にされるいのち、他人ごとではない

 【斜面】風をこぐ犬 一歩、また一歩。弱った脚をゆっくり前に運ぶ。近所に住む17歳の日本犬は人に例えれば90代か。日々の散歩は欠かせない。しばし立ち止まっては歩きだす。それを飼い主さんはじっと待つ。寒空に行き会うたび温かさが伝わってくる◆写真集に描かれた一匹の老犬と重なる。ベルリン在住の橋本貴雄さんは郷里福岡で働いていた16年前、事故に遭い瀕死(ひんし)の雌犬を保護した。以後写真の道を志し大阪、東京を経てドイツへと移るまで、共に暮らした12年を初の著書「風をこぐ」にまとめた◆フウと名付けられた犬は手術と治療で回復したものの、脊髄損傷で後ろ脚が利かない。排せつも自分で調節できない。散歩すればよろめき、蛇行し、尻もちをつく。前脚を使い、もがくように進んでいく。砂浜で横座りし遠くを見つめる姿は悲しげでありながら、どこか愛らしい◆やがて迎えた看(み)取り。車いすを引いて歩く姿だけが消えた公園…。撮りためてきた約1万枚の写真が残った。3年が過ぎて顧みる心の余裕が生まれ、作品化に至ったという。喪失感が迫ってくるのは終生飼養の放棄とは対極の慈しむ目線が伝わるからか◆保健所のウェブサイトに迷い犬の保護情報がある。長野市内のホームセンター敷地で先週見つかった小型犬はキャリーケースに入っていた。繁殖や販売の規制が進んでも、最期まで寄り添い遂げる準備と覚悟はできているだろうか。筆者も飼い主の一人として、向き合い方を考え続けたい。(信濃毎日新聞デジタル・2021/12/28)

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 昨秋でした、この写真集が出版された際に、早速購入しようと、注文しかけたことがありました。でも、そのまま年を越してしまった。以来ずっと、この犬(フウ)の姿が瞼に残っています。もう少し時間がたってから、注文するつもりです。どうして躊躇しているのか、訳を話せばつまらないし、また駄文に駄文を重ねてしまうので、それはしません。もう二十年以上も前に、以前に住んでいた佐倉で、娘が「怪我をしている猫がいる、車にはねられたのだと思う」といって、その猫を家に連れてきた。白黒の猫でした。後足が潰されていた。早速、よく通っていた動物病院に連れて行き、大掛かりな手術になったが、無事に退院して我が家の住人になった。その前には、耳がちぎれてしまった(多分喧嘩で)のも、同居するようになった。その段階でも、家にはすでに五人ほどが先住民(猫)として生活していました。かみさんは、いたくその子(足をなくした)を大事にし、当時よく売れていた(読まれていた)エンデというドイツの作家の「モモ」にちなんで、そのように名付けた。その子は女の子でしたが、三本の脚で、実に気の優しい猫として我が家を明るくしてくれていた。(*橋本貴雄著「風をこぐ」を出版した、書店「モ・クシュラ」のHP(http://mochuisle-books.com/)

 ある時、近所の家の庭先で「モモちゃんが亡くなっている」と連絡があり、その場に急いだが、どこにも怪我(外傷)の後もなかったから、不審死だと直感した。これは「仕方がない」と言えばその通りで、ぼくが取り分けて猫が好きではないのに、「捨てられているいのち」を思うと、何とかしたいと家に連れてくる。四六時中家に閉じ込めておくわけにはいかないので、外に出る、知らないところで「いたずら」をしているかもしれない。それをできるだけ注意しながら、猫との付き合いをしていたのです。「猫アレルギー」という人もいるし、同じことかもしれないが、「死ぬほど猫が嫌い」という方もいる。だから、そういう人に「猫がかわいそうじゃないか」といっても通じない。モモが亡くなった直後だったか、男の白猫が、真向いの家の車の下で亡くなっていると知らされた。すぐに行って、その子を引き取った。まだ体温が感じられたが、外傷も見当たらなかった。モモと同じような亡くなり方でした。(そんな亡くなり方をした猫を前にして、背中が凍るような、「ゾッとした」経験を数回はしています。

 ぼくは、これまでに、結婚した後のことですが、おそらく三十をはるかに越す猫たちといっしょに時間を過ごした。このブログ(駄文録)のどこかで書きましたが、「とにかく、猫好き」ではありません。嫌いでもないのですが、捨てられているのを見ると、我慢できなくなるのです。「捨てられているのは、ぼくだ」という、不思議な感情が湧いてくるのです。じゃあ、仲間じゃないかと、家に入れることになる。もちろん病気や避妊・去勢に関しては、かならず病院で検査をし、手術をしてからの同居でした。よく話題になる「多頭飼育」などということは考えたこともありません。不思議なことで、一つが家に来ると、立て続けに捨てられた猫に出会うということが何度もありました。ぼくはある時期は、散歩ができなくなったこともある。

 町内で「猫屋敷」などと悪評どころか、非難されてはいましたが、聞こえないふりをして、ぼくは「迷惑をかけないで」というつもりで猫との暮らしを続けたが、どうしてもよその家に入る、あるいはよその家に住み着く、そんなこともしばしばあった。だから、本人だけの好き嫌いで何とかすることは不可能で、近所に迷惑がかかるけれども少しは協力をしてもらえれば、そんな、都合のいい思いを持つことも事実で、現実には無理無体なことだと承知をしてます。佐倉に三十年。家にいた猫が、すべて亡くなって(病気や寿命が来て)、この山の中に越してきました。と、書いていくと、これもまたきりがありません。その証拠に、猫とは縁が切れたなあと思っていた矢先、かみさんが捨てられ猫、あるいは野良猫に食事を与えだしたのをみたとたん、ぼくはあきらめた(ここでも、猫と生活するんだ)。以来三年以上が経過した。早い話が、「元の木阿弥」です。さいわいに、ここは近所もまばらだし、家の周囲は林や竹藪になっているから、以前ほどは気にしないで、いっしょの生活をしている。ただ今、猫八と夫婦で、十人家族だ。先のことは考えても仕方がないと、のんきに毎日の明け暮れに齷齪しているのです。

 「風をこぐ」を注文しないままでいる理由を説明しようとしているんですが、要するに、こんな動物を観ていると、飼っていた犬・猫を捨てるやつ、けがや病気の野良たちを無視している、そんな「世間さま」に怒りが爆発しそうになるのです。野良猫を無視したからといって、だれが悪いのでもないのは、当たり前ですけれど、だれがなんとかしなければ、そんな思いも募るのです。要するに「複雑怪奇」というほどではないけれど、気持ちがすっきりしないということです。

 (まだ、駄文の続きがありますが、小休止してからにしましょう。(ただ今八時過ぎ」)朝食をとっていました。かみさんは朝寝坊で、いつもこの時間になります。猫たちは、毎朝五時には食事します)

(再開・九時半ころ) ぼくがこの問題で大きな影響を受けたのが長嶺ヤス子さんでした。放棄されていた猫を引き取り、悪戦苦闘しているというのを聴いて、ぼくは感動したのを覚えています。この人は、いろいろな活動をされていますが、核心は「舞踊家」です。もっとも先進的で先鋭で、しかも本格的なスペイン舞踊の踊り手でもある人。詳細は、どこかで調べられるとわかります。彼女は非常に早い段階から、捨てられた猫たちの世話を一人でしょっておられた方で、都内では近所迷惑と嫌がられ、一時期は房総半島に越されて、広い土地を確保されていました。現在は、郷里の福島県に百匹からの猫たちと共生しておられると言うところまでは知っていましたが、肝心の近況がわからないままで、これを書いています。彼女の公式HPは、次のURLです。ここも最近は更新されていません。(https://www.k-kikaku1996.com/yasuko/yasuko_j.html) 

 それはともかく、この人の、猫にかかわる活動に大きな影響を受けたのは事実です。ぼくはそのために生活を切り替えることもなく、普段通りの明け暮れで、猫たちと暮らしたいとだけ願っていました。今もそうです。個人の篤志や一時的な愛護の真似事ではすまされない問題であることは事実です。でも、ぼくは自分でやれる範囲で、猫と暮らすというだけで、これに関してなにか発言をする資格も気持ちもないのです。つい最近、フランスではペットショップが禁止されるという趣旨の報道がありました。次年度からだったと思います。ぼくは、当然という気がしました。またイルカや動物の見世物(ショウ)も禁じるべきでしょう。それを、金を払って見に行くという人間の気が知れないんですな。

 先日群馬のサファリパークで、虎が飼育員に噛みついて、重軽傷者が出たというニュースが報じられていました。これもぼくは止めるべきで、どうして、こんな見世物を商売にするのか、ぼくには理解できないままです。と、愚痴なのか、イライラなのか、こんなことを言っても始まらないのですが、うっぷんが募りますね。

 最初に戻って、「風をこぐ」です。この駄文を書き終わったら、一冊注文します。

 つい先日、いつもの散歩道で、三頭の犬を散歩させていた二人(夫婦だったか)に出会いました。すれ違いざまに声をかけて、「毎日散歩ですか?」と訊いた。一頭は車いすを改造したリヤカーのようなものに乗せられていた。もう一頭は、補助付きの車いすだったかに後ろ足を乗せ、前足で歩いていた。もう一頭は、見たところ障害があるようには思えなかった。この三頭の飼い主は、日課の散歩を、目の前にいるお二人に依頼しているような話ぶりでした。介護とか介助が大きな社会問題になっていますが、動物もそうですね、介助犬や盲導犬などの「介護」が時に話題にされます。人間の介護ばかりが問題になる社会ですが、当然、その仲間である「動物」の問題でもあるのですよ。犬だけに猫だけに関心を持つのではなく、とにかく手が足りないから、仕方なしに「どれか一種に」絞るほかないんですね。それを見て、「猫がよほど好きなんですね」と訊かれると、最近は、「そう、死ぬほど好きよ」ということにしている。

 「飼われていた動物」の看取りがどうなっているのか、わがことのように気になる。ぼくたち夫婦も年齢的には厳しいところですが、さて、どこまで可能か、もう少し足腰を鍛えて、付き合うことにするというばかり。我が家から移っていった猫たちが、立派に成長している「写真付きの年賀状」を数名の方からいただきました。ぼくは、そんなことはしたことがないのですが、かわいくて仕方がないという気持ちをハガキに載せるのでしょうね。あまりペットらしくなってほしくない、してほしくないというのは、ぼくのわがままかもしれない。犬は犬なり、猫は猫なり、それぞれの性に合った生き方ができるといいですね。

 何はともあれ、「動物のペット化」の時代です。この趨勢は衰える気配がありませんね。もちろん、この「ペット化される動物」の中に、人間の子どもたちも含まれています。まず、飼うとか飼いならすということは、断じて即刻止めることですね。だれであれ、どこであれ、人間がやさしく、そして強くなれるのは、「ペット化」煉獄状態に束縛されている「飼い主」根性から解放される経験があって、初めて可能なんですよ。(「私は、血統書付きの犬を飼っているの」というお嬢さん。「ぼくは猫を飼ってるんだよ、値が張ったんだぞ」というお父さん。「私どもは子どもを飼育しているんです」という▲◇学園の先生たち。こんな「言い草」が消え去るまでは、衆生というべき「生きとし生きるもの」の不幸を見なくなるのは無理ですね。ということは、いつまでたっても、あかんということか)

 犬や猫に限りません、鳥インフルに感染したと「数十万羽の鶏処分」と、この房総半島でもこんなニュースが消えることはありません。「いのちを大切に」ということが、こと改めて教育されるのは、どうしてか。人命尊重を大声でいうことは間違いではありません。でも、それだけなら「人間中心主義」であり「人間独善主義」でもあるのです。また、その「人間中心主義」の中にあってさえ、「上等人間中主義」「下等人間排除論」が息づいているのです。まさしく「修羅(阿修羅)」でありますね。ぼくたちの出発点は、ここからです。目的地は、…。いつまでも、出発点にいることを忘れたくありませんなあ。

◉ 阿修羅【あしゅら】=サンスクリットasuraの音写。修羅と略。六道の一。また,戦闘を好み,帝釈天(たいしゃくてん)と争う悪神。修羅の巷(ちまた),修羅場などの語はここから起こった。また仏教擁護の神として八部衆の一人。図像上では三面六臂(ろっぴ),忿怒(ふんぬ)の相を示す。日本では興福寺の天平期の六臂像が著名。(マイペディア)

(このことについては、まだまだ書き足りませんので、稿を改めて)

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投稿者:

dogen3

 「名もなく貧しく美しく」、ぼくにとって、それは生きる姿勢(流儀)の理想型ではありますが、現実には「名もなく貧しく醜悪に」、せいぜいがそんなところでしたね。「美しく」どころではなかったけれど、「名もなく貧しく」は断固として一貫してきたと思う。とても自慢できませんがね。