誰にも、言いそびれた「ごめんなさい」がある

 日本語の姓名(苗字)や地名には驚異的な多様性があります。奇名・珍名・難名・易名などなど、それこそ、それを調べるだけで年を取ってしまいそうになるくらいに、興味が尽きず、尽きない歴史の探求になるようです。ぼくは調べ魔では決してなく、実に淡泊質の部類ですが、この地名や姓名には興味をそそられてきました。もちろん、それぞれに立派ないわれや、実に安易な名付け方があります。それをどうこう言うのではなく、他者と識別(区別)できれば、用が足りたというばかりです。しかし、仮に地形や自然環境から借用したとなると、各地に似たような名前ができるのも頷けるし、それで別段困りはしないのでしょう。しかし、時には全くの別人同士が同姓同名、漢字まで同じだとなると、少しは混乱が生じるかもしれません。でも、それもまた、一つの愛嬌でしょうかな。

 今日は「後免」です。これは各地にあるようですが、ぼくが知っていて、訪れたことがあるのは高知県の後免町(現南国市)で、そこが主催している「ハガキでごめんなさい全国コンクール」という催しに立ち寄ってみたくなりました。殺伐としているのが、世の中ですが、それを認めたうえで、もう一つの世間(遊びの世界)をのぞいてみようという趣向です。「後免」については辞書の解説をご覧ください。「免」という字を含む言葉は多様ですね。現在地に移る前に住んでいた佐倉市井野に「油免」という地番名がついていました。もちろんぼくは調べました。別段珍無類ではなく、「油」(菜種油)を、何かの事情で免除されたことがあったことからつけられたのです。また、ぼくの後輩に「京免」という名字の研究者がおられます。広島出身です。由来は各種あり、ここでは省きます。

 さて、後免(ごめん)です。何年前になりますか、ぼくは高知へ行ったときに足を延ばしました。野中兼山という人に興味がり、それにかこつけて後免へ、という「ぶらり旅」でした。野中兼山は土佐藩家老で、藩政改革に辣腕をふるった。加えて朱子学に明るく、後年の山崎闇斎の師でもあった人。後免との関係では、農民に重い税負担を強いたのを、ここでは免除したとされ、そのゆかりから「ごめん」と地名に残されたと言います。電車に乗っていて、次は「後免」と耳にした時、思わず車掌を見ようとしましたが、ワンマン電車だった。「ごめんなさいコンクール」は「漫画家のやなせたかしさんの提案で、ごめん町まちづくり委員会が平成15年から行っています」と市のHPにあります。(https://www.city.nankoku.lg.jp/life/life_dtl.php?hdnKey=2307

◉ 後免(ごめん)=高知県中南部、南国(なんこく)市の中心地区。旧後免町。江戸初期に土佐藩の執政野中兼山(けんざん)が在郷町を設けたのに始まり、町の発展のために諸役(しょえき)を免じたので御免とよばれた。舟入(ふないれ)川が貫流し、近世はその河港でもあった。明治末期に高知市との間に土佐電気鉄道が敷設され、昭和初期には安芸(あき)との間に高知鉄道が開通し、香長(かちょう)平野における交通、経済の中心となった。その後、安芸との鉄道は1974年(昭和49)に廃止となったが、2002年(平成14)には安芸市の先、奈半利町まで土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線が開通した。

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 ===人には誰にも、言いそびれた「ごめんなさい」があるものです。そんな「ごめんなさい」を、素直な気持ちで、1枚のハガキに託して、私たちの町『ごめん』に送ってください」===市のHPにある趣旨です。

 以下の三作品は昨年度の入選作だそうです。主なものだけを紹介させてもらいます。(ぼくはコンクールやコンテストは嫌いです。音楽コンクールはいうまでもなく、美人コンテストなどは「以ての外」という気がしますね。このコンクールは殺気立っていない分、いいですよ、と言っておきます。「◉✖賞」というのがなかったらもっといいね。「ごめんなさい」にランクはいらないですからね。まさかこんな「ありきたり」の企画や催事はないでしょうと、甘く見ていたぼくでした。それにしても、やっぱりやるんだね。

(「いい企画」を断りもなく使ってしまいました。『ごめんんさい』」・山埜)

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 (右)結婚二十年の女性の作品。「もしかしたら、気づいているかも」というあたりがいいですね。多分、夫は知らないと、ぼくには思われます。「知らぬが仏(Ignorance is bliss.)」というではないですか。でも「仏が知らぬ」ということがあるんですか。知らぬふりをしていたのは「お富さん」、だから「お父さんはお富さんだった」かも。(左)「夫は少し天然さん」の女性。「いい関係」というか、いやちょっと「臭い関係」でしょうね。この夫婦の気持ちが、ぼくにはわかりません。というか、ぼくにはこの「天然さん」ほど「かみさん」を受け入れていないですから。自分が(おならを)しなかったことは明らか、妻がこうして(ハガキで)「白状している」のですから。それでも「(少し考えて)俺が…」という、どういうつもりだったのか。ひょっとして、同時に「じつは、俺も…」やったんだね。それを気づかない妻が「あなたのせいにしてごめんなさい!!」というのです。「私が犯人だよ…」という妻の「ハガキごめん」作品を知ったら、夫はどうするでしょうか。「俺も犯人だよ」というのかしら。結局は「キツネとタヌキの化かし合い」、それが夫婦円満の秘訣ですか。ひょっとおおおして、公然と「のろけてるんや」というのですかねえ。

 (中)仮病の女性。本当は「母は知っていた」のですよ。でも、「たまには行きたくないこともあるさ、毎日行かなくてもいいじゃん、自分(母)もそうだったし」「学校なんて、つまらないんだ」とわかった上で、それ(仮病)を受け入れてくれたんですね。これを「同病相憐れむ」といってもいいでしょ。でも、母親に使った「仮病」は、一回だけだったと思う、そうでしょ。だって「いちご一会といいますけんね」それに、しょっちゅう「仮病」を濫用していると、それは「詐欺」「虚偽」になるから、逆効果になることは決まっています。この作品の女性もきっと、(もしおられたなら)自分の子どもたちに「仮病」で心配させられているかもしれませんね。これを「仮病の万世一系」というのでしょうか。

 ちょっと気になることがありました。このコンクールで「ごめんなさい」と六十三円を使って「謝罪」しているのが女性ばかりなんです。どうしてでしょう。訳はいろいろありそうですが、ぼくの直感では「女性の作戦勝ち」「負けるが勝ち」とか、「まずは謝罪を、文句はその後に」といいますから。これは「He who fights and runs away, may live to fight another day.」であり、「韓信(かんしん)の股くぐり」なんですね。女性は男性の上手を行っていますね。

 ぼくはかみさんと「喧嘩」はよくしますが、まず「勝とうと思ったことがない」、勝つはずがないという確信からです。相撲でいうと、どの場所も十五戦全敗。だから、いつまでたっても、かみさんの前では「序の口」なんです。世の有象無象との、やむを得ない「戦い」でも、ぼくはいつだって「七勝八敗」が関の山で、勝ち越したこと、勝ち越そうとしたためしがありません。「負けるが勝ち」って、ほんとにあるんだ! 反対に「勝つは負け」っていうのも、あるんですね。「勝つと思うな 思えば負けよ ♪」といいますよ。さらに進んで、「勝ちたくない」というのが、ぼくの実感、人生は「勝ち負け」では測れないんですな。「黒白」「黒白」を付けると言いますが、いつでも人生の難問は「灰色」なんです。アナログじゃ、解決なんかしないよ。

 (美空ひばり「柔」:https://www.youtube.com/watch?v=3sL0y-bbyT8

◉ かんしん【韓信】 =の 股(また)くぐり[=が股(また)]=(韓信が、若いとき町で無頼のに辱しめられ、その股をくぐらされたが、よく忍んで後年大人物となったという故事から) 大志ある者は目前の恥を耐え忍ばなければならないという意。(精選版日本国語大辞典)(上の絵は、歌川国芳筆「韓信胯潜之図」)

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投稿者:

dogen3

 「名もなく貧しく美しく」、ぼくにとって、それは生きる姿勢(流儀)の理想型ではありますが、現実には「名もなく貧しく醜悪に」、せいぜいがそんなところでしたね。「美しく」どころではなかったけれど、「名もなく貧しく」は断固として一貫してきたと思う。とても自慢できませんがね。