いくつもの「存在消滅」の残り時間を考える

 【滴一滴】伝統的な染織の世界で、緑というのは神秘の色だ。緑色をした草木はこれほど身近にあふれているのに、紅や黄、だいだいなど他のどの色とも違い、一つの植物から直接染めることができないという▼だから黄色く染めた糸に藍の青を重ねる。その作業を何度も繰り返す。手間はかかるが、力強く、鮮やかな緑は古来、そうまでして身に着けたい色だったのだろう▼四季が巡るこの国には、彩りの季節の後に必ず冬枯れが訪れる。寒さの中でも青々とした葉を保つ松や杉は、不変や長寿を象徴する特別な存在だ。正月の門松も年神様を迎える目印と、その神様が宿る「より代(しろ)」の重役を担っている▼新しい年が幕を開けた。いまだ新型コロナウイルス禍に社会全体が揺さぶられ、各地で貧困や格差の問題が噴き出している。何より多くの人が病と後遺症に苦しめられた。大勢が大切な誰かとの別離を経験した▼一方で、昨年は約80万人の赤ちゃんが生まれたとみられている。少子化の憂いはさておき、みずみずしい新芽のような「みどりご」たちを新しく仲間に迎えられたことを喜びたい▼ドイツの文豪ゲーテは、光を伴う黄色と闇に近い青が混ざって誕生するために、緑は安らぎをもたらす色であると考えた(「色彩論」)。難局の先に無数の若葉がもえる。そんな景色が広がる今年であれと願う。(山陽新聞デジタル・2022年01月01日)

 「青春」というのは、一人の人間(個体)にあっても、種(系統)などにおいても言えることです。「彼や彼女は青春の真っただ中」だというのは、清々しいと同時に、危なげで目が離せないという気もするのは、当方が老人になり切ったからでしょう。それはまた、消え去った「青の時代」をはるかに遠くに見るような、一種の羨望の念が言わしめることであるのでしょうか。その老人からしてみれば、自分の貧しい経験を踏まえて言えば、「青春というのは、泥沼だった」と。弱いのに強がりを言う、背伸びは大事ですが、背伸びしすぎるのも青春だったような気がします。自分を持て余すんですね。だから、けっして持ち上げたり、囃し立てるような代物ではない、それが青春だと、ぼくは言いたい。

 赤ん坊を「みどりこ(嬰児)」というのも、実はとても古い「いわれ」があったのです。すでに奈良時代から「緑児(みどりこ・りょくじ)」とされていた、その知恵には何かぼくたちの知らない背景があるような気もします。

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◉ みどり‐ご【緑児・嬰児】〘名〙 (古くは「みどりこ」) 三歳ぐらいまでの子ども。赤児。幼児。大宝令では三歳以下の男・女児を緑と称すると規定してあり、奈良時代の戸籍には男児緑児と記している。りょくじ。※万葉(8C後)一八・四一二二「彌騰里児(ミドリこ)の 乳乞ふがごとく 天つ水 仰ぎてそ待つ」(精選版日本国語大辞典)

◉ りょく‐じ【緑児】=〘名〙 三歳ぐらいまでの小児。特に、奈良時代の戸籍で、三歳以下の男児をいう。大宝令では三歳以下を緑と称し、養老令では黄(こう)といった。みどりご。緑子。(同上)

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 時代が下るにつれて、知恵も技術も、人間のなす事々が新しく、古い時代は「遅れている」と言いたくなりますが、それは「真っ赤な嘘」(とはいえませんが)であり、実はその反対であると、ぼくはいつも考えてきたし、言ってみたくなるほどに、人間は「不遜」であり、「唯我独尊」状態に舞い上がってきたし、舞い上がっているのです。温泉に入るのも、サツマイモを海水で洗うのもお猿さんから学んだ(継承した)のであって、人間が作った「文化」だと、猿が聞いて「顔を赤く」しますよ、恥ずかしいほど、人間は無知だね、と。あくまでも、この言い草は、人間の謙虚な姿勢を取りもどすためすの、ぼくの勝手な言いがかりではあります。それはともかく、古い時代から、すでに青や緑が「神聖視」されていたのは暗示的です。いったい何を示そうとしているのか。昨日、ぼくは「アオキ」や「オモト」に触れて、この植物は、「長寿」「長命」の象徴であり、年を取らない(ということはありえませんが)ことの例えに用いられてきたとも言った。「青」は瑞々しく、清々しい色であるという受け止め方は、時代や文化のせいではなく、その色彩が与える「安心感」であったろうと思われます。信号の「青」のように。(植物の問題としては別の機会に)

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◉ せい‐しゅん【青春】=[1] 〘名〙① (五行思想で、中国において、青色を春に配するところから) 春の季節。陽春。芳春。青陽。《季・春》※凌雲集(814)神泉苑花宴賦落花篇〈嵯峨天皇〉「過半青春何所催、和風数重百花開」※中華若木詩抄(1520頃)中「青春が江南の枝に入と、同く梅花さき乱て」 〔梁元帝纂要〕② (年ごとに春がめぐるところから) 年を重ねること。歳月。星霜。また、年齢。よわい。※読本・英草紙(1749)三「青春(セイシュン)十年を折(くじ)く」 〔司空曙‐送曹同椅詩〕③ 人生の春にたとえられる若い時代。年のわかいこと。青年。青年時代。※懐風藻(751)賀五八年〈刀利宣令〉「縦賞青春日、相期白髪年」※本朝無題詩(1162‐64頃)九・暮春遊霊山寺〈藤原明衡〉「青春花鳥雖志、今日貂蝉欲蹤」※三四郎(1908)〈夏目漱石〉一〇「考へるには、青春(セイシュン)の血があまりに暖か過ぎる」 〔李白‐送李青帰華陽川詩〕[2] 小説。小栗風葉作。明治三八~三九年(一九〇五‐〇六)発表。理想主義者だが個人主義的傾向が強く実行力に乏しい関欽哉と、才色兼備の女子大生小野繁との本能満足的な恋とその破綻を描く。同時代の風俗の描写に優れる。ツルゲーネフの「ルージン」の影響が濃い。(同上)

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 縄文や弥生時代の人々を「青春時代」の人々というなら、今日の人間は、きっと相当な老人であるということになりそうです。個体発生と系統発生の類比を出すまでもなく、われわれの社会にも「嬰児」は生まれますが、それは老人化した「赤ん坊」であるということにもなりかねません。ではどうするか。それが、いまや世界中で問われている大問題ではないでしょうか。「一国平和主義」も「一国民主主義」もなりたたないような時代状況にあって、「一国青春時代」を謳歌することさえままならないのは当たり前でもあるように、ぼくには感じられてきます。それだけ、この地球上には「緑」や「青」が棲息することが極めて困難になっていることを明示しているのです。定期的にWWFという団体から冊子が届き、そこにはつねに「絶滅危惧種」「絶滅種」などの色分けが掲載されています。やがて、そのリストに「人類」も掲載されることは避けられません。数々の動植物が絶滅する環境にあって、人間だけが生き延びられるという保証は、どこにも求められないんではないですか。

◉ ダブリュー‐ダブリュー‐エフ【WWF】[World Wide Fund for Nature]=《World Wide Fund for Nature》世界自然保護基金。世界の野生生物とその生息地を保護するための基金。1961年設立の世界野生生物基金(WWF;World Wildlife Fund)を、1986年に現名称改称本部スイスグラン。(デジタル大辞泉)

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 「万物の霊長」という自尊心をくすぐるだけの名称いや「詐称」、他の生命体を睥睨し、蔑視するような「種族」は、この地上におのれだけが生存しうると考えるほど愚かであり、そんな生き物、手前勝手な生き物は、どこを探してもいない。ということは、すでに「万物の霊長」の「絶滅」が始まっているということでもあるのでしょう。「核戦争に至る時間」が残すところ(核の危機を示す時計では)数分だとしばしば報道されますが、人類が「呼吸器疾患」「肺炎」などで死亡する、あるいはたがいに殺戮合戦を止められないで死する、その他、もろもろの「文明病」(その中に交通事故死などや感染症に因る、あるいは数多の公害に発する死なども含まれます)に起因する死亡など、その数たるや際限もなく膨らんでいます。「人類絶滅への残された時間」は、どれくらいなのでしょうか。ソバ屋で注文してそばを食べるほどの時間的余裕があるのかどうか、注文が出来た途端に、時間切れとなるのか。店に入ったとたんに「閉店」となるのかもしれない。

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【12月28日 AFP】昆虫の研究や、環境保護を声高に訴えたことから「ダーウィンの後継者」と称された米生物学者のエドワード・O・ウィルソン(Edward O. Wilson)氏が26日、マサチューセッツ州で死去した。92歳。E・O・ウィルソン生物多様性財団(E.O. Wilson Biodiversity Foundation)が27日、発表した。

ウィルソン氏は米ハーバード大学(Harvard University)の研究教授を長年務め、アリとその行動に関する世界的権威とされていた。後年は昆虫だけでなく、鳥類や哺乳類、人間の社会的行動を研究し、社会生物学を新たな科学分野として確立した。

数百本の科学論文のほか、30冊以上の著作を残し、1978年の「人間の本性について(On Human Nature)」と90年の「アリ(The Ants)」でピュリツァー賞(Pulitzer Prize)ノンフィクション部門を受賞した。

その先駆的な研究は物議も醸した。1975年の著作「社会生物学(Sociobiology)」は、動物の行動に関する論説が学界で高い評価を得たが、最終章では人間の行動は大部分が遺伝的なものであり、男女間の分業や部族主義、男性優位、親子の絆などの傾向は生まれつきの素質として獲得されると論じて、批判を浴びた。だが、それでも自然科学の権威としての名声は揺らぐことがなかった。(c)AFP

 「アリ」は中学校だったかの教科書(「国語」)に掲載されていましたね。「人間の本性について」はくり返し読んだものです。細かいところから、大きいところまで、微視から巨視まで、深く考えて問題を提示し続けた人だったと思われます。門外漢のぼくが、たくさんのことを教えられた「生物学者」でした。

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投稿者:

dogen3

 「名もなく貧しく美しく」、ぼくにとって、それは生きる姿勢(流儀)の理想型ではありますが、現実には「名もなく貧しく醜悪に」、せいぜいがそんなところでしたね。「美しく」どころではなかったけれど、「名もなく貧しく」は断固として一貫してきたと思う。とても自慢できませんがね。