何もなく過ぎてしまえば、勿怪の幸いです

 【日報抄】ことしも残すところ、あとわずか。やっと2021年がしっくりくるようになったと思ったら、あすからは22年である。21年にも令和3年にもやっと慣れたのに、とぼやきたくなる。物事に慣れるのに時間がかかるようになった、わが身を棚に上げつつ▼何かに慣れたり、なじんだりすると楽になる。スムーズに進められるようにもなる。習うより慣れよという。長年の動きが体に染み付いた職人は、考えるより先に手が動く。正確無比の技を生む▼とはいえ、慣れには落とし穴も潜む。慣れが油断を呼ぶことがある。初心忘れるべからずともいう。慣れが緩みにつながれば、思わぬ誤りを呼ぶ。注意深く、丁寧な姿勢を忘れがちになる▼慣れには大切さと怖さの両面がある。だとすれば、年を重ねて慣れるのに時間がかかるようになることも、必ずしも悪いことばかりではないような気もする。ゆっくりと慎重に慣れていけば、油断のデメリットも少しは抑えられるのではないか▼慣れの怖さを心に刻む上で、暦も重要な役割を果たしているのかもしれない。1年は地球が太陽の周囲を一回りする365日。この間に物事に慣れ、この時間が経過したら、気持ちを新たにする。慣れの怖さを知らせてくれる、そんな機能も暦にはあるようだ▼この1年、新型ウイルス禍は収束しなかった。マスク着用にはすっかり慣れた半面、感染対策が緩みかねない。慣れながらも、初心を忘れずに-。今夜、日付が変わるころ、自分に言い聞かせてみたい。(新潟日報・2021/12/31)

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 このコラム(「日報抄」)を熟読玩味する。我ながら珍しいし、しおらしいとも思う。「習うより慣れよ」という。自分で何事かを為す、その「経験」が尊いということです。教育の根底になる姿勢でしょうね。「慣れの怖さを心に刻む上で、暦も重要な役割を果たしているのかもしれない。1年は地球が太陽の周囲を一回りする365日。この間に物事に慣れ、この時間が経過したら、気持ちを新たにする。慣れの怖さを知らせてくれる、そんな機能も暦にはあるようだ」という指摘は、その通りだと、ぼくはわが意を得たりと首肯する。一年単位の区切り(年越しの大晦日に次ぐ元日の朝)が、こんなところに、その意味を潜めていたということを知らせてもらっただけでも、いい夢が見られそうです。この一年の間に、ぼくは少しも賢くなれなかったなあと痛感します。「残り少ない日数を胸に」と、まるで「高校三年生」の気持ちで、わが明け暮れを送りたいと念じてもいます、もちろん、アンダンテで。

 しかし、そうはいっても、ぼくは殊勝なことを言うつもりもないし、言えそうにもありません。そんな「よくできた人間」じゃないんですね。せいぜい憎まれ口をたたくこと、それが記憶力の衰退を、束の間でも遅らせてくれそう。ぼくの「自主トレ」は、なお続くのでしょう。

 何もなく過ぎてしまうか去年今年(無骨)

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 大晦日に因んで、大好きな俳人の句をそれぞれ二句。

木枯(こがらし)や何に世渡る家五軒 (蕪村)

・いざや寝ん元日は又あすのこと (同上)

どこを風が吹くかと寝たり大三十日 (一茶)  

・うつくしや年暮れきりし夜の空 (同上) 

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◉ よさ‐ぶそん【与謝蕪村】=江戸中期の俳人、画家。摂津国東成郡毛馬村(大阪市都島区毛馬町)の農家に生まれた。本姓谷口、のち与謝。別号宰鳥、夜半亭二世。画号四明・春星・謝寅など。一七、八歳のころ江戸に出て、画や俳諧を学び、俳諧の師巴人が寛保二年(一七四二)に没してからは江戸を去り、一〇年あまり東国を放浪した。宝暦元年(一七五一)京都に移ってからは、しだいに画俳ともに声価を高め、明和七年(一七七〇)には夜半亭を継ぎ宗匠の列につらなった。さらに安永二年(一七七三)には「あけ烏」を刊行し、俳諧新風を大いに鼓吹した。俳風は離俗、象徴的で美的典型を示しており、中興俳諧の指導的役割を果たした。一方、画にすぐれ、大雅と並び文人画の大成者といわれる。著「新花摘」「夜半楽」「玉藻集」など。句集に「蕪村句集」がある。享保元~天明三年(一七一六‐八三)(精選版日本国語大辞典)  

◉ こばやし‐いっさ【小林一茶】=江戸後期の俳人。通称、彌太郎。本名、信之。信濃柏原の人。三歳で実母に死別し、八歳以後継母の下に育てられる。一四歳の時、江戸に出る。のち二六庵竹阿(ちくあ)の門に入り、俳諧を学ぶ。全国各地に俳諧行脚の生活を送ったが、晩年は故郷に帰り、俳諧宗匠として安定した地位を得た。しかし、ようやくにして持った家庭生活は妻子に死なれるなど不幸であった。その作風は鄙語、俗語を駆使したもので、日常の生活感情を平明に表現する独自の様式を開いた。著に「おらが春」「父の終焉日記」など。宝暦一三~文政一〇年(一七六三‐一八二七)(精選版日本国語大辞典)

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 一年間、何も考えずに、ただの思い付きで駄文や雑文を書きなぐってきました。実に恥を忍ぶと言うべきで、少しは精進をして(慣れるより習え)「文章(ことば)」にあたりたいと、書いているときは反省するのですが。にもかかわらず、たくさんの方が目を通してくださっているように、ぼくには思われ、望望外、いや望外外の喜びというほかなし、です。ひたすら感謝するばかり。その上で、来る年も、皆さまに、ご健康が授かりますように。ありがとうございました。(「記憶の射程」番外編)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。