「枯れ木も山の賑わい」とはいいますけれど

 手紙でも日記でも、どんなものでも時間をおいて再読すると、それを書いた時とは別個の、いろいろな感想や感情が湧いてきます。新聞もそうではないですか。それを読んだ当時(新聞)とは、まったく違う印象を、再読する際(旧聞)に受けることもある。それは、ぼくには面白い経験ですね。精神も肉体も若かったころ(あったんです)、ぼくは、新聞はA紙やM紙やY紙などを購読し、その後は、A紙の購読を長い間つづけていました。何故三紙かといえば、宅配に応じてくれたのが、それだったから、それ以外の理由はありません。いまから三十年以上も前のこと。それ以来、新聞購読は止めたままで、再開する気もない。どうして購読しなくなったか、「全国展開」という寡占化・独占化状態を新聞社が求めたからであり、やがてテレビが、それにくっついてから、報道(をはじめとするいマスコミ)の堕落は止まるところを知らないまま、今日に至りました。スーパーやコンビニ並みの「営業感覚」だったのだろうし、経営する側は「報道や娯楽の私有化」を目指したのだと、ぼくは考えたくなった。誰にでも受け入れられる新聞、それはどんな新聞でしょうか。新聞は「八方美人」である必要がどこにあるのか、そういう不信の念が消えなかった。

 たくさんの「水増し」をしてでも、Y紙が千万部の購読者を誇り、A紙が八百万部(を勲章の如くに)ひけらかしているのを見て、「アホくさ」という苦々しい、悪寒に似た感情を経験した。いろいろな意見や異論がそれぞれに掲載されなくなったら、それはどこかの「機関紙」あるいは「業界紙」でしかないでしょう。それがいけないとは思わないが、ぼくがそれを読む、いかなる根拠も義理もありません。テレビ界が過激な意見や権力批判の強い人物を登場させなくなったのも、同じように、テレビ自体の衰退というか終焉を加速させてきました。質の悪い共産主義国や社会主義国には「意見は一つ」「議論は皆無」という格率というか「(死に至る)鉄則」がありますが、この島社会はいずれそういう境地に達するんでしょうかね。意にそう、そわない、それが価値判断の唯一の基準になるとしたら、それは社会集団の死を来しますね。

 学生時代に住んでいた文京区本郷の住まいの隣が「運動具店」でした。とくに野球球団「YG」の用具類を扱っていました。ある時、こんな靴(スパイク)があると見せられたのがジャイアント馬場さんの十六文、記念か何かに残しておいたのかもしれなかった。ぼくの倍はあるような、桁外れの大きさだった。すでにプロレス界に入っていましたが、彼を見るとその靴を思い出します。そのお隣さんから、ときどき巨人戦の「入場券」をいただくことがあった。住まいの二階からは後楽園球場(ドーム以前のもの)の照明が漏れてきたし、観客の興奮するドヨメキが聞こえることもありました。もちろん、新聞がついてきました。少し読んだ気がします。まだその時分は「プロ野球全盛時代」でしたから、往年の名選手を見ることが出来ました。(左グラフ:The Videography・https://videographyosaka.com/end-of-newspaper-2034/)

 やがて「ドラフト」が始まり「人身売買」がいっそう著しくなったのと時を同じくして、ぼくはプロ野球に興味をまったく失いました。野球賭博や八百長試合、ドラフト制度を悪用した「空白の一日」などと、球界全体を揺るがす不祥事がたてつづけに生じましたが、腐った根は除去されないままで、今日まで来ました。好きだった大相撲も同じような経緯をたどり、すっかり興味を失った。栃若時代などという昭和三十年代頃の相撲も、土俵上で、廻し一本で取るのですから、今日の相撲も変わりがないのでしょうが、すべてが「金次第」という風潮に毒されて、まことにつまらない興行に成り下がった。事情通から伺った話ですが、大学出が相撲界に入ることが頻繁になって以来、状況はおかしくなったと。N大出身の横綱が誕生しましたが、彼と昵懇の兄弟分だった人が「脱税」で逮捕されたと報道されました。高校・大学と相撲界とは切れない縁で結ばれています、それが「金」だったというのです。今の国技館は、もとN大講堂の跡地に建てられた。(今や高校野球も、サッカーもラグビーも駅伝もバレーもバスケも、その他、文科系も含めて、全国大会というものが、すべては新聞屋さんに牛耳られている。奇妙な社会ですな)

 一度だけ国技館のマス席で観覧しましたが、勝負には目もくれないで、お酒ばかりを飲んでいたことがあった。その昔は「大相撲」のテレビ中継は連日、三局が実況放送をしていたのです。これも新聞が大きく関わっていたでしょう。(想像できますか、日本シリーズを、同時に三つのテレビ局が実況していたという、あり得ない現象でした)だから、a局では贔屓チームが負けていても、b局では勝ってるんじゃないか、さらには、c局ではとっくに試合が終わっていたなどということがあると、面白いねというバカ話に興じていたことが思い出されます。

 つまらない話が、滔々と流れ放題になっていますが、新聞やテレビを語ると、ぼくはいつでも捨て鉢になるのかどうか、とにかく腹が立つのです、奇妙ですね。民間の企業でも、とにかくデカくしたがる、全国展開したがる、これはいいことではなく、「井の中の蛙」現象であり、末期症状の始まりでしょう。「こんなことが出来るのは、俺しかいない」という見え透いた自惚れ根性が判断を曇らせ、事態を誤る結果になります。企業の「不正行為」は、一つの象徴的な出来事で、楽して儲ける、汗をかかないで稼ぎたいという「金権根性」が剥き出しになった社会ではあるでしょう。いくら稼いでも、一人前しか食えないのだがなあ。

 序論が冗論になりました。言いたいことはたった一つ。「新聞と政治」「政治と民主主義」「民主主義と新聞」という三題噺の一席を、お粗末ながら騙りたい(語りたい)という、埒もない「駄文」調のお披露目です。じつは、三題は一題なんです、新聞の堕落は止まらない、座して死を待つのか、というお粗末です。

 太平洋の彼岸の国で「異色・異質・異様な大統領」が登場した時の「余録」さんのコラムを見ています。まさしく「旧聞」ですけれど、ホントに「これが旧聞か」と疑いたくなるし、それはアメリカのことですかと質問したくなるほど、あらゆるところで、同じような「政治腐敗」「民主主義の不熟」「新聞の自家中毒」という現象が出来(しゅったい)していることが確認できた。まさに、新聞は旧聞にしかず、を見せつけられるように読みました。いつでも、どこでも、同じような事態が生じるというのは、国や民族の違いを超えて、人間社会の、同じような軌跡を画く「サイクル(DNA)」運動が機能しているからでしょうか。以下は、少し「旧聞」ですが、まるで昨日か今朝の出来事のようにも思われてくるのはどうしてかな。

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 【余録】「真実もあの毒された器(である新聞)に入れると怪しくなる。新聞をまるで読まない人間は読む人よりも真実に近い」。こんなことをいう米国大統領といえば、今ならばメディアを「偽ニュース」とののしるあの人を思い浮かべるだろう▲ところがこれ、米国の建国の父で第3代大統領、報道の自由や人権を定めた憲法修正条項(権利章典)の生みの親ともいえるトーマス・ジェファーソンの言葉という。その彼にして奴隷の女性との間の隠し子スキャンダルを追及する新聞がよほど憎たらしかったのか▲奴隷制に反対しながら、大農場で多くの黒人奴隷を使役していたように白黒矛盾した面のあるジェファーソンだった。新聞についても先の言葉とは正反対の「新聞なき政府か、政府なき新聞か。いずれかを選べと迫られたら、ためらわず後者を選ぶ」との言葉もある▲こちらは一部メディアを「国民の敵」と断じ、共和党の重鎮からも「独裁者はそうやって物事を始めるものだ」と非難されたトランプ大統領だ。だがその後も報道官の懇談から一部のメディアを締め出し、記者会恒例の夕食会の欠席を表明するなど対決姿勢を崩さない▲入国禁止令を司法に葬られ、人事も迷走する新政権である。今やメディアとの対決は「トランプ劇場」の貴重な当たり演目なのだろう。だが建国の父の醜(しゅう)聞(ぶん)を追った昔からメディアの方もヤワでなかった。もうこの先、安定した政権運営は望んでも得られなくなろう▲言論と報道の自由は権利章典の第1条が掲げる米国文明の魂である。新聞をくさすのはともかく、自由を守る闘いを侮っては大統領も長くはつとまるまい。(毎日新聞・ 2017/2/28)

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 自分を実際以上に「大きく」「立派そうに」見せたがるのは大半の人間のケチな根性で、それは権力を手に入れた人間だって、あるいは並み以上にそうしたいのでしょう。「自己肥大化願望症」で、その確実に効果ある方法は「新聞」「テレビ」で、大きく報道されることでしょう。ジェファーソンだって人の子、大きく見せたいし、「彼は気が小さい男だ」などと、ホントのことを書かれると、へそを曲げるのは不思議ではありません。トランプとかいう存在は論外ですが、論外が案外に、ということになることがあるのが、四年前の大統領選挙でした。さすがに、民主主義の国だけのことがある。やがて、魑魅魍魎が選ばれないとも限りません。何、もう選ばれているって。どっちみち、他国だから、必要以上に関心は持たなかったが、彼を狂信的に信じる、支持する人間がアメリカにも日本にも、他国にもたくさんいたという事実は、「侮れない」「看過し得ない」世界の現状認識です。現下の大きな課題は「アメリカを、いかにして民主的な国家にするか」であると、以前も今もとらえている。もちろん中国もそうですが、「民主主義のお手本」が世界のあらゆるところへ出かけて、戦争を仕組む、仕掛ける。国内では黒人差別や人種差別は従前と変わらないような深刻さです。これが「民主主義社会」なら、ほとんどの国は「民主化」されているといってもおかしくないさ。

 民主化や民主主義というものは、野球でいえば、打率や防御率のようなものであり、少しでも調子が悪かったり、手を抜くと成績(到達点)は下がる。それは打点やホームラン数、あるいは勝ち星などとはわけが違う。だから、どんなに文明国だと誇示しても、超高層ビル街で「殺人事件」や「暴力抗争」は起る。素敵な洋服を着ていながら、お猿さんにも劣るような卑劣残虐な行為をするのです。いつでも、どこにいても、注意力を失わない、ある種の「社会的緊張感」を維持していなければならないのです。まるで「雲をつかむような」思想であり行為、それが「民主主義」なんでしょう。でも常に「雲をつかむような」、そんな姿勢を維持しようとする人々を応援し、それに抗う側に向けて警鐘を鳴らす役割、それが新聞(やテレビも、かつてはそうだったが)の存在理由だったが、その役割を放棄しているのが、多くの社会で観られる「新聞まがい」です。この劣島の事情も、右に同じ。

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 以下は、「新聞」二つです。旧聞との違いがどこにあるのでしょうか。三十年前五十年前の「旧聞」を出してもいい。要するに、何時だって「地平線(民主状態)」を目指して歩みを止めない、そうでなければ、どんなに高い見識や思想を並べても「空腹は満たされない」し、「不平・不公正」は質されることは、断じてないのです。「ミャンマー」で起こっていることに、国際社会というか、他国や国際連合はどう考え、何をしようとしているんでしょうか。この島国では、そこに経済利害が絡んでいるから、何一つ手を出そうともしなければ、問題の在り処を訴えようともしない。軍事独裁に轡(くつわ)を並べて、彼の地の民衆を弾圧しているのといささかも変わらない。民主化闘争と言えば、香港。蟻を踏み潰すのに、ブルドーザーを動かすような、完膚なきまでの弾圧だったし、それに加担する、内なる「中国派」は自らの首を絞めているという残酷な芝居を見せられているようです。これが果たして、何時になれば「旧聞」になるのか。ぼくはかならず、雨傘運動に参加していた若者が、自らの権利を奪還する日が来ると確信しているし、命ある限りは、それを応援しようとさえ考えているのです。

 「一国平和主義」は非難・揶揄されましたが、「一国民主主義」は、そもそも成り立たないのです。軍事独裁政権と結託する「民主主義国」、そんなものがあるはずもないからです。「民主主義の手入れを怠れば、すぐに専制が幅をきかせる。わが足元は揺らいでいないか。来年も注視が欠かせない」と【日報抄】氏は言われます。ご指摘、ごもっともですが、「来年も注視」って、そんなんでいいのですかと、ぼくは言いたいですね。ていねいに「注視」していて、「人権蹂躙」「独裁闊歩」となりませんか。いや「独裁が生まれる瞬間を、じっくりと注視していた」と言われるんでしょうかね。 

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 【日報抄】自由や平等を尊び、多くの人々の意思に基づいて政治が執行される。日本に暮らす私たちが当然のように考える民主主義が、世界各地で危機にさらされている。この1年を振り返れば、そんな事実を何度も実感させられた▼中国政府による統制が進んだ香港では、立法会(議会)選挙で親中派が議席をほぼ独占した。民主派は事実上、選挙から締め出された。ミャンマーでは国軍がクーデターを起こし、民主派への弾圧を続けている▼米国では、トランプ氏が敗北した大統領選の結果を信じようとしない支持者が議会を襲撃した。民主主義の本丸ともいえる大国で起きた暴挙は世界に衝撃を与えた▼ストックホルムに本部を置く「民主主義・選挙支援国際研究所」によると、この10年ほどで民主主義の「後退国」は倍増した。ことしは米国もその一つに初めて分類された。昨年は権威主義に向かう国の数が民主主義に向かう国の数を上回った▼米国が「民主主義サミット」を開いて民主主義陣営に結束を呼び掛けたのも、そうした危機感があったからのようだ。一方、中国は「国情に合った民主制度を実施している」とする白書を発表した。興味深いのは中国も自国は「民主」を実践していると主張したことだ。実態はともかく、「民主」の価値は認めているらしい▼では、わが国は。国民の声は政治に十分届いているだろうか。民主主義の手入れを怠れば、すぐに専制が幅をきかせる。わが足元は揺らいでいないか。来年も注視が欠かせない。新潟日報モアe・2021/12/28)

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 【滴一滴】米国で“砂漠”の拡大が深刻な社会問題となっている。地方紙が経営難などで次々に姿を消し、地域に必要な情報が枯れてしまう現象「ニュース砂漠」である▼ノースカロライナ大の調査によると、2004年以降、全体の4分の1に当たる2100余りが廃刊した。プロの取材記者がいなければ行政や選挙に関する報道は激減する。住民は足元の課題を知る機会を失い、投票率も下がりかねないという▼代わりに人々が頼るのはインターネット上の情報だ。ただ、そこは、より多くのアクセス数を得るために刺激的な内容を競う空間でもある。偽ニュースも紛れている▼砂漠化は「民主主義の弱体化につながる」としてバイデン政権の危機感は強い。看板の大型歳出法案に気候変動対策や幼児教育の負担軽減と並び、地元ジャーナリストを雇用する地方メディアへの税制控除案が含まれるのはそのためだ▼法案は与党・民主党内の路線対立で成立が見通せていないが、既に補助金などで経営支援に乗り出した州もある。もっとも「行政からの独立性が失われる」と懸念を表明している記者は少なくないが▼やっかいな砂漠は、首都ソウル一極集中が進む韓国でも出現の恐れがあると聞く。ネットが浸透する時代に地域密着型の記事をどう維持していくか。異国の話だからと捨て置けないものがある。(山陽新聞digital・2021年12月28日)

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 実は、この「砂漠化」を本日は、じっくりと「注視」したかったのです。「異国の話だからと捨て置けないものがある」と「敵一滴」氏は言われています。ということは、自国はまだ大丈夫という認識があるということを示していますね。ホントにそうだと思っているんですか、とぼくは尋ねたい。毎日、ぼくは各地域の新聞に目を通します。その記事をすべてというのではなく、コラムはほとんど、記事や話題については時によりけりですが、目を通す程度。それでも、この島の「新聞の状況」がどういうものであるか、それなりに分かっているつもりだし、たくさんの地方に生まれた「新聞」の来歴も、おおよそは知りえていると考えています。まるで郵便局設置の新聞版のような塩梅がそこには見られていました。現在はあらゆるところから「自立」「独立」していると明言できる新聞社はいくつあるのか、まったくないのか、まことに心細い。さらに、新聞を購読しない人が数多く出てきています。それはネット社会だからという理由で片づけられない問題でしょう。さらに言えば、消費税増税(2019/10 導入)にもかかわらず、新聞は「軽減税率(8%)の対象」品目となった経緯はどうなんでしょう。政府と二人三脚かな、カメラではあるまいし。

 面倒なことは言いませんが、要は新聞が生き残るためには「品質」をとやかく言わないで、とにかく状況にうまく適合できるような新聞づくりを心掛けるということでしょう。その典型が全社一丸の(ではなかったが、「五大紙」はほとんどが)「五輪の協賛スポンサー」でした。政府や権力批判は適度にやればいい、大事なのは、権力から睨まれないことなんだ、そんな姑息な姿勢で一貫しているのが新聞をはじめとする「マスメディア」の姿です。これをして「ニュース砂漠」とは言わないんですか。新聞社の数は減ってはいないが、部数も内容も「ガタ落ち」だと、ぼくなんかは痛感してます。上げ底商売。(左は DIAMOND ONLINE:https://diamod.jp/articles/-/265806?page=2)

 通信会社である「時事通信」「共同通信」の配信記事も、つねに目を通します。その役割がどういうものであり、いかなる経緯を経て今に至ったか、それを知るとおよその特質が分かろうというものです。その是非を言うのではなく、やはり「お里」が知れるなあという印象はぬぐい切れないのは、ぼくの僻目(ひがめ)かも。

 各地にも固有の地域新聞があり、全国紙も健在だ、だから、それでも、油断めさるな、というのが大方の新聞人の反応かな。「ニュース砂漠」は生まれていないという状況認識なんか、ぼくは持っていません。見渡す限り、一面の砂漠には見えない、そこには緑も豊かだし、オアシスもふんだんにあると。しかし、実際に、緑やオアシスが必要な時に、あると思っていたのが「蜃気楼」のように消えていたり、まるで「雲をつかむ」ような手ごたえのなさを感じた時は、すでに終わっています。ぼくの実感からすれば、「終わりが始まっている」ということになります。手遅れで、何をしても始まらないかどうか、それはぼくには判断できませんが、「まず隗より始めよ」と、どこまでもいつまでも、その心がけとこころざしを失うことがなければ、「捲土重来」ということもあるのでしょうねえ、いやあ、それはもうあり得ませんな。

 ぼくは、ここで桐生悠々の「肺腑の言」を再引用しようとしていたのですが、彼には申し訳ないような気がして、出すことを控えました。「言いたいことを言っていれば、気が晴れるだろうけれど、言わなければならぬことをなぜ言わぬか」と。言いたいことを言うのは「権利」だが、言わねばならぬことを書くのは「義務」だと、彼は捨て身で、あるいは身を賭して書くのです。それが本来の新聞人なんだと、ぼくにはとても言えないんだね。時代がちがいすぎる、緩すぎる、新聞は「茹で蛙」状態にあるんだから、「そっとしとこ」、ぼくの背後から、囁く声がします。

 「浦賀にペリー」が来て、「大和民族」が目を覚まさざるを得なかったのが一八五三年七月です。百七十年ほど前の夏でした。「令和のペリー」は来るんでしょうか。何処から、どんな風に、いやもう来ているんだよ。

 枯れ木も山の賑わい、こんなことを申しますが、枯れ木に、何かしらの効用があるのでしょうか。枯れ木は「薪」がいいところ、古新聞は「再生」はしないが、「再生紙」にはなるのでしょうか。もう、業者によって回収されなくなったのかな。

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投稿者:

dogen3

 「名もなく貧しく美しく」、ぼくにとって、それは生きる姿勢(流儀)の理想型ではありますが、現実には「名もなく貧しく醜悪に」、せいぜいがそんなところでしたね。「美しく」どころではなかったけれど、「名もなく貧しく」は断固として一貫してきたと思う。とても自慢できませんがね。