鉈で割る冬至かぼちやのいびつなる

 【小社会】 ユズ活 「冬至」にちなみユズの話題を一つ。飲食店のアルコール提供が御法度だったコロナ禍の東京での話。高知産のゆず果汁で作るノンアルコールのハイボールが飲食業界で静かなブームになった。▼仕掛け人は料理雑誌の副編集長だった伊東由美子さん(51)。大の高知ファンで、来高のたびに日曜市で果汁を買い求め、ノンアルの炭酸割りを楽しんでいた。片っ端から味を試して回り、これと決めたひいきの店から取り寄せているというから筋金入りだ。▼ウイスキーを炭酸で割る定番のハイボールとは違う。冷やしたグラスにウイスキーの代わりにゆず果汁を注ぎ、炭酸で1対10に割る。「不思議とお酒を飲んでいる感じがします」▼コロナ禍で青息吐息の飲食店に提案すると「これはいける」。有名店がメニューに採用し、飲み方のバリエーションも広がった。特に女性の反応がよく「苦しい時にすごく助けられた」と店に感謝されたそうだ。▼誰に頼まれたわけでもない。「大好きな高知のゆず果汁をドリンクとして浸透させたい」との思いに駆られた勝手連的活動で「ユズ活と呼んでます」と笑う。なるほど。で、飲食の動向に詳しい元編集者から見て、高知のユズに未来はありますか。▼「コロナを経てアルコールに敏感な人が増えています。特に若い層。食事にも合うし、ノンアルゆずハイボールを飲みたい人は世界中にいる気がする。可能性はすごくあると思います」

12月22日のこよみ。
旧暦の11月19日に当たります。きのえ たつ 二黒 大安。
日の出は7時06分、日の入りは17時02分。
月の出は19時37分、月の入りは9時29分、月齢は17.8です。
潮は中潮で、干潮は高知港標準で1時28分、潮位0センチと、13時39分、潮位85センチです。
満潮は8時15分、潮位160センチと、19時08分、潮位159センチです。

12月23日のこよみ。
旧暦の11月20日に当たります。きのと み 一白 赤口。
日の出は7時07分、日の入りは17時03分。
月の出は20時36分、月の入りは10時09分、月齢は18.8です。
潮は中潮で、干潮は高知港標準で2時03分、潮位5センチと、14時15分、潮位86センチです。
満潮は8時51分、潮位156センチと、19時44分、潮位153センチです (高知新聞・2021/12/22)

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● 冬至(とうじ)=太の天球上の運行径路である黄道上のもっとも南にある点を冬至点といい、太陽がこの点を通過する時刻が冬至である。太陽の視黄経が270度に達する時刻で、赤緯はマイナス23度27分である。日本、中国のの二十四節気の一つで11月中である。太陽暦の12月22日ころにあたり、冬季の真ん中である。この日の正午における太陽の高度は北半球ではもっとも低く、昼の長さはもっとも短く、夜の長さはもっとも長い。南半球ではこの反対となる。中国、日本の太陰太陽暦では冬至は暦の計算の起算点として重要なものであるが、今日の天文暦の推算は春分点が重要な役をもつ。(ニッポニカ)

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 本日は「冬至」だそうです。ぼくはこの日の近くになると、「冬来たりなば春遠からじ」という文句を口にしたくなります。これは、今から二百年前のイギリスの詩人シェリー(Percy Bysshe Shelley・1792―1822)の「ODE TO THE WEST WIND」という長編詩の最後の行に述べられている文句です。<If Winter comes, can Spring be far behind ?>この詩については、どこかですでに触れています。「冬が来たって?それならどうして、春が遠いことがあるものか」冬のうちに、すでに「春の華やぎ」が準備されているのです。拙宅の、有るか無きかの樹木でも、もう小さな、硬い蕾の蕾とでもいうような固まりがたくさん作られている。 

 この日を境に、日一日と日足が延びてくるというか、日中の時間は勢いを増すように感じられます。もちろん寒さは、これからが本番ですが、気持ちの上では「峠を越えた」と言いたくなります。「破れ長屋で今年も暮れた」と歌ったのは村田某という歌手でしたし、歌われたのは「坂田三吉」という将棋指しでした。名うての癖のある職人気質の棋士でした。時代は変わり、令和の世に令名を馳せるのは藤井聡太四冠。向かうところ敵なしの勢いで、本年は棋界を席巻しました。まさに「西風の賦」の如く、春を謳歌しておられます。「吹けば飛ぶよな将棋の駒に 懸けた命を笑わば笑え」 

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 毎日飽きもしないで、駄文という積み木を重ねています。「賽の河原の石積み」に似ていなくもありません。特になにが書きたいという目的なんか探したくてもないのです。どうして?といぶかる向きがあろうかと存じますが、ぼくは暇つぶしに各地域の新聞コラムに、来る日も来る日も目を通します。これは新聞の政治や経済社会面の記事よりはるかにお手軽ですが、今の「時代や社会」がどのようにして動いているのか、動いていないのか。この社会はなにを病んでいるのか、病理の深さは、完治の可能性は、というように、毎日の明け暮れに何気なしに気がかりなことごとくを教えられるからであり、それが「呼び水」(あるいは「誘い水」)となって、遥かな記憶の彼方に漂流・沈潜している、ぼくの経験とつながる、通い合う、その瞬間が、ぼくにはたまらなく面白いということなんでしょう。

 昨日書いた文章で「神の言葉」、それが「人間なのだ」というイスラエルの「ラビ」であるという人の言葉を紹介しました。これが「呼び水」になって、ぼくの深い記憶の底に沈潜していた、ある「生き方の流儀」を、様々な人の生涯を通して考えさせてくれるのです。この「呼び水」がなければ、ぼくは、単なる「貧相な肉体」でしかないのですが、呼び水がうまく働いて、下がり切っていたぼくの記憶の水位を上げてくれるようなことがあれば、ぼくの衰亡寸前の脳細胞は、微かに奮い立とうとするのです。ほんの一瞬ですが、ね。

 あるいは「迎え酒」という経験も思い出されます。飲み過ぎて気分が悪いのに、次の朝か、お酒を飲むと不快な気分は「爽快」に早変わりというのですから、「酒は百薬の長」(医者いらず」だといいつつ、いったいぼくは何千回、この「百薬の長」を試みたでしょうか。別名「命水」というものを飲むと、「不快」のことごとくが、たちまちに快癒したのですから、酒が止められなくなったのですね。いつしか、「迎え酒」をするために、ぼくは深酒けするという「悪習」がついてしまった。もちろん、今はすっかり「下戸」に成り下がりましたので、実地に「迎え酒」は試していませんが、この駄文の集積の幾分かは「迎え酒」の気味があると自己判断しているのです。ぼくが酒を飲みだしたきっかけは、ある人が言った「酒中に真あり」という言い草だった。確かにそれは当たっていることもあったし、まったくの的外れのこともありました。信義にkん軽なく、酒は旨かったですね。

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〇よび‐みず ‥みづ【呼水】=〘名〙① 堰(せき)を作ってを引くこと。また、江戸時代、上水のこと。② 目的の水をさそい出すための水。ポンプから水が出ない時、別に小量の水を上から入れることなど。また、その水。さそい水。③ ある物事をひきおこすきっかけ。(精選版日本国語大辞典)

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 【国原譜】昔は野菜の種類が豊富でなかったこともあり、冬まで保存できる種類も限られていた。このため、冬は野菜の摂取も不足がちだ。▼先人たちの知恵の素晴らしさだが、夏に収穫する野菜でありながら、長期間の保存ができるかぼちゃが注目され、野菜不足を補う必要不可欠なものとなった。▼冬至にかぼちゃを食べる理由もそこにある。そしてビタミンBなどをはじめとした栄養価の高い野菜で、かぼちゃを食べると「風邪をひかない」とも言われてきた。▼1年で最も太陽の力が弱い日とされる冬至だから、冬至を過ぎれば、太陽の力も強まり運気も上昇するとも考えられてきた。かぼちゃは運をつけると信じられてきたようだ。▼冬至になぜかぼちゃを食べるか、いろいろ調べてみたら勉強になった。また「一陽来復」の言葉も冬至と深い関わりがある。冬至を境に太陽の力が増していく。▼今のコロナ禍で、これを乗り越えていくスタートであればいい。「風邪をひかない」かぼちゃを食べて、コロナに立ち向かいたいとも思う。きょうの冬至にいろいろ考えてみた。(治)(奈良新聞・2021.12.22)

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 冬至の日に因む句を、新旧取り混ぜて。こういう日にも、常に変わらず句を詠むのに辛苦される、俳人って、偉いんですね。ほとほと、ぼくは感心するばかりです。

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・けふ冬至餘生こたびはいかならむ (水原秋櫻子)  

・さむざむと日輪あそぶ冬至かな (飯田蛇笏)                           

・冬至湯の柚子にこゑかけ上りけり  (高澤良一)    

・一菜は冬至南瓜や患者粥 (百合山羽公)           

・鉈(なた)で割る冬至かぼちやのいびつなる (小田二三枝)   

・まだ母に冬至南瓜を切る力 (大庭星樹)

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 「一陽来復」というと、ぼくはそのを日含めた数日間の、ある神社の「お宮参り」の光景をどれだけ見たか。善男善女(だと思われる)数千数百の人々が「冬至」を期して参詣する。その場面に遭遇すると、暫し通行止めになり、警察官が出て交通整理をするほどの賑わいでした。半世紀近くも通い詰めた職場のごく近くに神社があったのです。ぼくは「罰当たり」にも、一度もお参りはしませんでしたが、お札やお守りは、誰かれからとなく、ありがたいことに恵んでいただきました。「一陽来復」というのですから、運勢が好い方向にいよいよ勢いを増すと言われていました。ぼくにはそのご利益は一向にありませんでしたが(貰い物のお札やお守りですから、幸運を期待するとは、ど厚かましいというのですね)。毎年、きっとお参りに来る、「お札を納めに参ります」という参詣客の姿・様子をを見ていて、「鰯の頭も信心から」という俗言をいつも思い浮かべていたものでした。もっと俗には、この神社は勢いがあるなあと、心底から感心していました。コロナ禍の昨今はどうでしょうか。この神社の境内には、ぼくのなけなしの青春時代の置き土産のようなものが、記憶の中に残されています。これは、いかに駄文とはいえ、ここに書くのを躊躇しますので、内密にしておきますわ。

〇 一陽来復(いちようらいふく)=万物の生成を陰と陽の二気に分ける考え方から、冬至をいう。夜を陰、昼を陽として1年を立春から大までの二十四節気に分けると、冬至が陰の極点となる。したがってこの日から陽がふたたび増してくることになる。古くはこの日を一陽来復または一陽嘉節(かせつ)として祝った。冬至と11月1日が重なる朔旦(さくたん)冬至などは、よりめでたいことであった。こうしたことから、春が巡ってくることや、めでたいことがふたたびくることを一陽来復というようになった。(ニッポニカ)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。