置かれた場所で咲けなくても、無理せんでええ

 【三山春秋】▼「子供叱(しか)るな/来た道だもの/年寄り笑うな/行く道だもの」。永六輔さんが寺の門前にあった掲示板の言葉を著書『大往生』で紹介したことで知られるようになった。県内でも掲げられているのを見かけるが、これを「掲示伝道」というらしい▼もっと仏教に触れてほしいと2018年に始まったのが「輝け!お寺の掲示板大賞」である。写真を撮って会員制交流サイトに投稿してもらい、優れた作品を選ぶ。メディアで紹介されると話題になり、4カ月で700点が集まった▼「お釈迦(しゃか)様を嫌いな人もいた。『誰にも嫌われたくない』なんて思わなくていい」。箴言(しんげん)あり、著名人の言葉ありで実にユニーク。第1回大賞は「おまえも死ぬぞ 釈尊」。当たり前の事実だが、突き付けられるとドキリとする▼今年の大賞は「仏の顔は何度でも」。ことわざとして知られるのは「仏の顔も三度まで」だが、阿弥陀(あみだ)仏は無限の慈悲を備えている。「何度でも」の方が正確であることを知ってほしいという▼応募作品は浄土真宗、浄土宗、日蓮宗の寺院の掲示板が多く、禅宗系は極端に少ない。教義に「不立文(ふりゅうもん)字(じ)」があり、悟りは文字や言葉で伝えるものではないという考え方が影響しているようだ▼年の瀬が近づくと筆者が祈るのは宝くじが当たることばかり。「本当に神仏を拝んでいますか/欲望を拝んでいませんか」。すでに心を見透かされていた。(上毛新聞・2021/12/16)

(ヘッダーの写真 (⇧)は、京都府木津川市の浄瑠璃寺(じょうるりじ)の「九体阿弥陀堂」)

ZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZ

 この「大賞」については、昨年度の「作品」について触れた際に、なにがしかのコメントを付けたように記憶しています。その際、仏教伝道協会についても紹介しておきました。つい先日、今年度の作品群が発表されたのを機に、いくつかを取り上げるというか、紹介してみたくなりました。中でも「林鶯山 憶西院 超覺寺・真宗大谷派・広島県広島市」が「協会大賞」に。その「講評」は以下の通りです。 

 [講評]「仏の顔も三度まで」ということわざが世間に完全に定着していますが、仏様はその程度で腹を立てるような方ではありません。阿弥陀仏は無限の慈悲を備えていらっしゃいます。「仏の顔も三度まで」というより「仏の顔は何度でも」のほうが仏様の表現としては正確であることを知ってもらいたいということで今回大賞に選ばれました(https://www.bdk.or.jp/kagayake2021/publication.html)

HHHHHHHHHHHH

 掲示板(の内容)の優劣ではなく、好き嫌いというか、選ぶ側の「選択眼」で取り出したという程度ではないですか。選者が変われば、中身(順位)も違ってきます。だから、今度は、それを受け取る側の判断というか、自分にとっての好感度で選べばいいのでしょうね。「何々賞」がありますが、それは「協会」の基準で作られたものですから、それをどのように受け止めるかも、観る側の好みの問題だと、ぼくは捉えているのです。すべてが「参加賞」、あるいは「素敵で賞」というくらいのものですね。いくつかの作品を順不同の、「(写真版)掲示板」で引用させてもらいました(閲覧および引用させていただいたことを感謝します)。(この「掲示板」にかかれている言葉(表現)は、いろいろなレベルのものが混在しています。いい悪いという問題ではなく、この「ことば」は、だれがどのような感情や思想、あるいは経験で表現されたものであるかという意味です。だから、それを教訓として受け取ることもできれば、恰好のいい表現であると理解するだけでもいいし、文字通り、「導きの意図」ととらえる向きがあってもいいのでしょう。 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

HHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH

 前回も感じたことでしたから、それに触れてを書いたように思います。この手の「ことば」「おしえ」「教訓」などのどれもが、驚くほどある一人の人物の「筆」あるいは「筆法」に酷似している、いやもう「その人」になり切っているという具合です。それは悪いことなのではなく、その人の「影響力(インフルエンサー度)」が極めて高いと言うべきでしょうし、「その人」も正真正銘の「仏道」に生きた人ですから、「阿弥陀さんの導き」や「釈尊の教え」を、みずからの身に育ててきたからであるとみる方がいいのでしょうね。。ここまでくれば、「その人」がだれだか、お分かりになるでしょう。彼は「在家仏教徒」だということでしたね。仏教徒は、すべてが「在家」ではないけれども、「在俗」であるのではないかなあと、ぼくは最近、ことさらにそのことを考えたりしています。

~~~~~~~~~~~~~~~~

● 相田みつを あいだ-みつを=1924-1991 昭和後期-平成時代の書家,詩人。大正13年5月20日生まれ。生地の栃木県足利市で高福寺の武井哲応に師事し,在家のまま仏教をまなぶ。自作を独自の筆法でかき,各地で展覧会をひらく。昭和59年刊行の「にんげんだもの」はベストセラーとなった。平成3年12月17日死去。67歳。本名は光男。著作に「おかげさん」など。(デジタル版日本人名大辞典+Plus)

+++++++++++++++++++

 上に述べたことと関わるのでしょうか、このところお寺さんは(すべての、とは言えませんが)、いかにも優しげに親しげに、衆生に声をかけてくださっているようにもぼくには思われてきます。その一つの例証に、この「掲示板大賞」の「ことば」「教え」が妥当するのではないかと、ぼくは愚かなことを、さらに愚考しているのです。仮にそうだとしたら、その背景は何でしょうか。それが分かれば、「在家」や「在俗」でこそ「信仰」というものが語られるべきであるという理由にもなるでしょうか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。