歩く人が多くなれば、それが道になるのだ

 【地軸】頑張らない、止まらない 自転車で長い距離を制限時間内に走る「ブルベ」というイベントがある。フランス語で「認定」の意味。競技と違いタイムも順位も争わないが、完走認定の達成感に引かれ、人々が挑む。▼コースは200キロとか、長いと千キロ超。そうなると1日では無理で、仮眠もしながらの旅程となる。指南書によると、最も速く走るこつは意外にも「頑張らない」こと。一時的に必死でこいでも、疲れて長く休めば平均速度は落ちる。むしろ淡々とマイペースを守り、休憩で止まる時間を抑えるほうが上がるという。▼まるで昔話のウサギとカメ。俊足でなくともこつこつ努力すれば、結局は勝る。先人も経験的に知っていた真理なのかもしれない。▼マラソンで似た話を聞く。サブファイブ(5時間切り)などを目指すなら、歩かずゆっくりでも走り続けること、と。寒さとともに、そんな練習に励む市民ランナーが増えた。ことしの愛媛マラソンがなかった分、来年の大会に思い入れを持つ人もいるだろうか。▼びわ湖毎日は来年から大阪マラソンに統合。福岡国際も今月の第75回で最後となった。名勝負や世界記録を生んだ歴史ある大会に代わって、いまや主役は市民マラソン併催型。身近な光景にもそんな事情を実感する。▼裾野が広ければ頂が高いのが山である。最高峰を応援するもよし。自ら挑戦するもよし。ペースがそうであるように、楽しみ方も人それぞれ。それがマラソンなのだろう。(愛媛新聞・ONLINE・2021年12月15日)

~~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 時代は「マラソンの世」に入っています。老いも若きも、男も女も、猫も杓子も、しかも、洋の東西を問わずに、とにかく「走ろうぜ」とばかり、道あれば、走り、道のないところでも走る。走るところに道ができると言ったの誰だったか。とにかく、「走りに走る、ひた走りに走る時代」が到来していると、ぼくには見えるのです。もう二十年かそれ以上も前に、若い友人が「今度ハワイのマラソンに行ってきます」といった。あの「ホノルルマラソン」のことで、完走するのか、と聞いたら、分かりませんといったが、自信満々だった。爾来、彼は仲間を誘って、何度もハワイに出かけているのです。「記録」は聞いてはいないし、聞くだけ野暮なことでしょう。

 おそらく、今日この劣島では数百のマラソン大会が開かれていると思います。この一、二年は「コロナ禍」のために中止するところが多かったようですが、来年はどうか。四十余キロを走るのです。タイムは人に寄りけりですが、三時間や四時間で走ることが当たり前になった時代。ぼくは、マラソンに参加したことがない。参加する気もなかったし、今からでも参加しようという気にはならない。ぼくはひたすら(というほどではないが)、歩けるときに歩く、というペースを崩さないでいます。歩けば十キロ、ときにはその倍も歩きますが、「歩かなければ」とか「歩くに限る」という悲壮感も覚悟もない。歩けるときに歩く、その無理をしない調子は一貫しています。ぼくの生活のモットーは「アンダンテ」であります。これは若い頃から。「急いては事を仕損じる」というのが頭にあるんでしょうねえ。

UUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU

 走るという行為について、いろいろな逸話があります。その中でも、もっとも印象的なのが「走れメロス」でした。もちろん太宰治の短編で、もっともよく親しまれたものでしょう。ぼくが語りたいのは小説そのものではなく、演劇です。今も活動している「東京演劇アンサンブル」という劇団が何度も公演しているのが「走れメロス」です。演出は故人になられた広渡常敏さんでした。(参照:http://www.tee.co.jp/hirowatari.htm)この劇団の現代表を務めている志賀澤子さんとはかなり前からの付き合いがあり、何度も彼女の公演を身近で観たりしてきました。この広渡さんの演出による「走れメロス」はなんとも圧巻でした。芝居を観るというより、ひたすら芝居の中に連れ込まれるという佇まい(風)があった。いまでも公演されていると思うのですが、一見に値しますね。

 この演劇のモチーフが「走る、ひたすら走る」なんですね。話の筋は省略します。友人との約束を守るために、メロスはひた走る、ひたすら走る。この「アンサンブル」の演出は会場いっぱいがまるでマラソンコースのように仕組まれています。客席もすべてが舞台の一部と化し、客席をぐるりと回るように、メロスは走り続ける。ただ走るのです。ぼくは計ったことがありませんけど、演劇全体のほとんど四分の三はメロスが走っている場面ではなかったでしょうか。約束の日時までに帰らなければ、友との約束を、みずからの死に代えても守らなければ、そんな思いでメロスは走り出したと思います。しかし、走りつづけているうちに、約束も友人(セリヌンティウス)も消えていった、ぼくにはそうとしか考えられなかった。三日間、彼は走り続けた。この劇の主題は「走る」だと、ぼくはいつも考えていました。走るというのは、身体を鍛えるとか、有酸素運動の最たるものという以上に、日常を、常識を、世間を、約束事を、そんな事々を突き抜ける(突き破る)突破力があるのでしょう。誰もが、この時代に「走りに走る」ということと、この「突破力」とは無関係でないどころか、それあっての走行、突破力を求めての走行だというのです。

 広渡演出の舞台で、メロスの走りが高揚してくると、なんと観客席から、一人、また一人と、涙を流しながら、メロスの後から走りだす、観客がメロスになっていくのでした。それぞれが思い思いの「セリヌンティウスとの友情」を確かめるために、だったでしょうか。あるいはくさぐさの「しがらみ」を突き抜けるために。

LLLLLLL

 走る、それは、ギリシャ語でいう「カタルシス」という働きをもたらすものです。自著「詩学」の中でアリストテレスが用いた概念で、解説は以下を参照。また、一方で、その語は「医学」で用いられる概念でもあります。誤って毒性のもの(異物)を飲み込んだ時に、胃を洗浄するために「吐きださせる」「嘔吐する」行為を言いました。どちらにしても、「浄化作用」を言ったものです。音楽を聴き、本を読み、劇を観る、その際に生じる精神の解放感や、すっきりした状態を指して「カタルシス」という語を使いました。

 この季節になると、ぼくはしばしば目撃したものです。新宿やその他の繁華街の近くの駅前で、しこたま悪い酒や嬉しい酒を飲んで、胃袋を満杯にした紳士淑女のいくばくかが、やおら「ゲーゲー」と吐いています。ぼくは、「今夜もカタルシスダラケ―」とギリシャの昔を想起していました。そういう自分だって、一度や二度の「カタルシス」ではなかったことを白状しておきます。吐いた後は、「すっきり」とした経験を持っておられる方は多いのではないでしょうか。ただし、終電などで「カタルシス」に出会おうものなら、とんでもないことになります。ぼくはこれまでに、二度も他人の「カタルシス」を身に受けました。身動きできない車内で、お兄さんやおじさんに「面と向かって、カタルシス」を食らわせられました。ある時は、それに怒り狂ったダンディが、青年を鷲掴みにして「きさま、何をするんだ」と揺すったからたまらない、さらに勢いよく「カタルシス」は続いたというのを、横で危険を感じながら眺めていたこともあります。

 「鬱積していた感情」を解放し「心を軽快にすること」、それは走ることにも言えるのではないでしょうか。ぼくはよく歩きますが、その際は「頭が真っ白」ということはありません。愚かな事々を考えめぐらせています。しかし歩き出していくらかすると、何を考えていたのかが気にならなくなります。いわば「半カタルシス」状態ですね。この気分がいいものだから、歩くのかもしれない。それがマラソンだと、さらに明確に「いやな感情」「怨み辛み」「泣き言」や(登山でも、そのような解放感を味わいました)。「生きにくさ」も、走り出す中で消えるのか、浄化されるのでしょう。繰りかえし走って、ついには「フルマラソン」が病みつきになった人がいます。それは、きっと「浄化作用」の効果の最たるものでしょう。

HHHHHHHHHHHHHH

● カタルシス=〘名〙 (katharsis)① アリストテレスの「詩学」に用いられた語。悲劇の与える恐れや憐れみの情緒を観客が味わうことによって、日ごろ心に鬱積(うっせき)していたそれらの感情を放出させ、心を軽快にすること。浄化。※囚はれたる文芸(1906)〈島村抱月〉二「其の浄化(カタルシス)の説」② 精神分析で、抑圧されて無意識のにとどまっているコンプレックスを外部に導き出し、その原因を明らかにすることによって、症状を消失させようとする精神療法の技術。浄化法。(精選版日本国語大辞典)

OOO

 「まるで昔話のウサギとカメ。俊足でなくともこつこつ努力すれば、結局は勝る。先人も経験的に知っていた真理なのかもしれない」とコラム氏は言う。この昔話には、ぼくは感心しない。勧善懲悪とは言えないでしょうが、ウサギを悪にカメを善に準(なぞら)えています。「油断するな」という教えでしょう。しかし、他人が油断している隙を狙って「勝った」というのも美しくない。何故気が付いたら、起こさなかったのか。さらに「因幡の白兎」はどうか。皮をむかれて赤裸、そこに塩を塗り込む(海水で消毒か)というのは何という残酷な神々たちだったか。ウサギは「呪われている」と言うほかありません。「賢い」と「ずる賢い」は根っ子から違う。因幡のウサギは「ずる」だったが、しかし、その赤裸のウサギに「塩水に浸かると治る」というのは、もっと悪ですね。出雲神話の「白眉」といってはいけないか。

 (「メロス」から起こった連想というか空想が働いて、いつも以上に駄文の度が深まっています。ここで「アシルと亀の子」についても書きたい気もしますが、ふざけ方が過ぎるという自省の念が出てきました。いったん、ここで中止。アシルはアキレスのこと。靴屋さんではありません、アキレスが先にいたのです)

● いなば【因幡】 の 白兎(しろうさぎ)=「古事記‐神代」に見える出雲神話の一つ。隠岐国から因幡国へ渡るため、ワニザメを欺いて海上に並んだそのを渡ったウサギが、最後のワニザメに悟られて皮をはがれる。大国主命(おおくにぬしのみこと)の兄八十神(やそかみ)の教えでを浴び、いっそう苦しむが大国主命に救われて恩返しをする。インド、南洋の説話の影響があるとされる動物報恩説話。(精選版日本国語大辞典)

OOO

● アキレス‐と‐かめ【アキレスと亀】=ゼノンの逆説の一。俊足のアキレス鈍足の亀を追いかけるとき、アキレスがはじめに亀のいたところに追いついたときには、亀はわずかに前進している。ふたたびアキレスが追いかけて亀がいたところに追いついたときには、さらに亀はわずかに前進している。これを繰り返すかぎり、アキレスは亀に追いつくことはできないという一見、アキレスが亀を追い越すはずという直感に反する結論となる。
[補説]数学的には、アキレスが亀に到達するまでにかかる時間の級数が、その極限において収束するため、一定時間内に追いつくことができ、矛盾は生じない。(デジタル大辞泉)

● メロス(Melos)=抒情詩。ギリシア語で「歌」の意味。おもに竪琴リュラ lyraに合せて歌われたので,のちにリュリカ lyricaが一般に抒情詩をさすようになり,メロスはおもにギリシア古典期までの抒情詩をさす。狭義には一定の音節数とスタンザ (連) またはストロフェー (節) の形式を特徴とする「歌謡」のことで,長短々格とか短長格などの脚を単位とするエレゲイアイアンボストロカイオスなどを含まない。独吟歌と合唱隊歌に分れ,後者は舞踊を伴うのできわめて複雑なリズムをもつ。おもな抒情詩人はアルクマンアルカイオスサッフォーアナクレオンイビュコス,ステシコロス,シモニデスバキュリデスピンダロスなど。(ブリタニカ国際大百科事典)

++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 例によって、この駄文にも結論はありません。「世は走る時代」であり、「現代のメロス」の健脚ぶりが際立つ時代になったという感慨を深くしているのです。さぞかし、太宰治氏は「カタルシス」を経験しなかったという、今にして自らの「メロス」の余得を受けそこなったことを悔いているでしょうか。

 長くなりました。ここで一言だけ述べて、打ち止めにします。ぼくは魯迅という思想家・文学者が大好きです。その魯迅の翻訳家として優れた仕事をされた竹内好(よしみ)さんも。そのコンビで「故郷」から一節を。元地主だった主人公は、生家を立ち退くことになり、家財を始末するために帰郷する。そのとき、かつての幼馴染だった閏土(ルントー)と再会する。

 〈ああ閏(るん)ちゃん…よく来たね〉

 主人公は二十年ぶりの再会に言いたい事が頭の中をかけめぐる。しかし、口から言葉がでなかった。

 「かれ(閏)はつっ立ったままだった。喜びと淋しさの色が顔にあらわれた。唇が動いたが、声にはならなかった。最後に、うやうやしい態度に変って、はっきりこう言った。/〈旦那さま…〉/ 私は身ぶるいしたらしかった。悲しむべき厚い壁が、ふたりの間を隔ててしまったのを感じた。私は口がきけなかった」

 地主階級と小作人の、往時の「幼馴染」の親しさはどこかに消えてしまった。主人公は、果てしない人間社会の水平への希求を願い続けていたのです。身分社会の壁をどうすれば超えられるのか、つとに政治の課題でもありました。最後のところで、主人公(迅(シュン)ちゃんはいう。

 「思うに希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」(魯迅「故郷」竹内好訳・ちくま文庫)

 この「故郷」の主人公(迅ちゃん)と閏土(ルントー)の関係は、とっぴな空想ですが、メロスとセリヌンティウスに擬せられるのではないかと愚考していました。メロスの友人への約束は守られた。一方の「故郷」の二人の「元幼馴染」の友情は、いつの日か再現されるのか。そのためにこそ、迅ちゃんは「走らない」で「歩く」のだ。歩く人が多くなると、それが道になる、だから自分は「道のないを道を歩く」のだという。辛亥革命(清朝の瓦解)直後(1912-13)の状況が語られています。魯迅が描いた「道なき道」を歩き続け、それが確かな道路になるまで歩くというのは、身分社会や階級差別というものを乗り超えるために、ひたすら歩くという人間の行為によってしか成就できないからです。そのでこぼこ道を「均(なら)す」ためには、どうしても歩かなければならなかったのです。ぼくたちは、魯迅の歩いた道を、今も歩いているのです。

 歩くことも走ることも、人間の営為です、身一つの運動でしかない。「走る時代」と共存・並行しながら、「世は歩く時代」でもあるでしょう。それは、「人間のうちなる能力」の明らかな回復と再生ための作業でもあるのです。

HHH

● 魯迅 ろじん(1881-1936)=中国の文学者,思想家。光緒7年8月3日生まれ。周作人の兄。明治35年(1902)日本に留学し仙台医専にはいるが中退し,文学に転向。42年(1909)帰国し,辛亥(しんがい)革命後は臨時政府の教育部員となる。1918年小説「狂人日記」を発表。ついで代表作「阿Q正伝」や社会,政治,文化を批判した小説・評論を多数執筆。1927年上海にうつり,左翼作家連盟の中心として論陣をはった。1936年10月19日死去。56歳。浙江省出身。本名は周樹人。字(あざな)は予才。中国語読みはル-シュン。【格言など】青年時代には,不満はあっても悲観してはならない。つねに抗戦し,かつ自衛せよ。(デジタル版日本人名大辞典+Plus)

__________________________

 

投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。