つまり行ったり来たり、なんだ

 なったらおしまいではなく 今日は何年何月何日何曜日ですか。これから言う数字を逆に言ってみてください―。映画「明日の記憶」に、物忘れや体調不良を訴える主人公が医師からそんな質問を受けるシーンがある▲使われているのは「長谷川式スケール」と呼ばれる認知機能診断の物差しだ。高齢者向けの健康講座で見聞きした人がいるかもしれない。開発したのは、認知症医療の第一人者として知られる精神科医の長谷川和夫さん。92歳の訃報がきのう届いた▲スケールができた50年近く前、認知症の人は「何も分からなくなった人」としてひどい偏見にさらされていた。家で閉じ込められたり、精神科の病院でベッドに縛り付けられたり…▲そんな実情を目の当たりにしたからだろう。患者の尊厳を守り、その人らしさを大切にする「パーソン・センタード・ケア」の理念を広めるのに力を尽くす。「痴呆」という用語を「認知症」に変えるのにも貢献した▲4年前には自ら認知症を公表し、当事者としての思いや発見を著書につづった。認知症は「長寿の時代、誰もが向き合って生きるもの」「なったらおしまいではない」―。長谷川さんが身をもって示した数々の言葉が、未来を照らしている。(中国新聞・2021/11/21) 

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 本日は新聞記事を紹介するだけになりそうです。「認知症」に関して、ぼくは早い段階から深い関心を持ってきました。また、長谷川和夫さんについてもその研究内容や方法からは、たくさんのことを教えられた。この「長谷川式スケール」については、実際にぼく自身がそれを使ったことがありますし、最近では連れ合いが入院手術に際して、その病院の規則だとかで、受診したし、それにもぼくは付き添った。(病院での件に関しては語りたいことがありますが、いつの日かに譲ります。「物忘れ外来」で、長谷川式スケールを使った「認知機能検査」を担当したのは若い「心理療法士」だった(別の名称であったかもしれない)、あまりこの仕事に興味を持っているようにはとても思ええなかった)

 ぼくは後期高齢者で運転免許更新を経験しましたから、「認知機能検査」を受験したことがあります。これは長谷川式検査を利用していると言えます。「物忘れ」と運転技能が無関係とは言いませんが、直接関係しているとも思えない。アクセルとブレーキの踏み間違えによる悲惨な事故が多発しています。それは「記憶力の問題」が原因になっているなどとは、ぼくには考えられません。自動車の構造上の問題に起因しているのは間違いない。その証拠に、マニュアル式レバーの時代にはそのような、踏み間違え事故は起らなかったはずですから。たしかに高年齢になって事故の起こる確率は高くなることも考えられますが、今のような認知能力の衰えに結び付けるのは正しくないと言えます。(この問題はまた、どこかで触れるつもりです)

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 認知症診療の第一人者・長谷川和夫さん死去 自身の認知症を公表

写真・図版

 認知症介護研究・研修東京センター名誉センター長で精神科医の長谷川和夫(はせがわ・かずお)さんが13日、老衰のため死去した。92歳だった。葬儀は親族で行った。喪主は妻瑞子さん。/ 聖マリアンナ医科大名誉教授。認知症診断のための簡易スクリーニング検査として広く使われている「長谷川式認知症スケール」を1970年代に開発。認知症診療の第一人者として、認知症への理解を広げることに力を注いだ。/ 侮蔑的な意味を含む「痴呆(ちほう)」という呼称の変更を国に働きかけ、「認知症」という新たな用語を提起した厚生労働省の検討会(2004年)にも、委員として参加した。

 17年に認知症との診断を受けた。その後、その事実を各メディアで公表した。朝日新聞のインタビューでは、「『隠すことはない』『年を取ったら誰でもなるんだな』と皆が考えるようになれば、社会の認識は変わる」と、専門医である自分が認知症になった体験を伝える意味を語っていた。/ その後も、「認知症というのは決して固定した状態ではなくて、認知症とそうでない状態は連続している。つまり行ったり来たり、なんだ」など、当事者としての言葉で、認知症についての発信を続けた。/ 認知症診断後の18年、子どもたちにケアの理念を伝えようと、認知症の祖母と孫の交流を描いた絵本「だいじょうぶだよ―ぼくのおばあちゃん―」を出版、自身の家庭で実際に起きた出来事をもとに、原作を手がけた。認知症の人が安心して暮らすために、人のきずな、つながりが大切であることを晩年まで訴えた。(朝日新聞デジタル・2021年11月19日)

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 「認知症と時間」                                編集委員 猪熊律子

2017年、認知症と公表した頃の長谷川さん

 「時間というのはね、わたくしが持っている唯一のものなんだ。時間以外のものはね、ボクは持っていないの。だから時間を人に差し上げるのは、自分の生きている貴重なものを差し上げるわけだから、大変なことなんだよ」(左写真は「2017年、認知症と公表した頃の長谷川さん」)

 認知機能検査を開発した長谷川医師が認知症に

 自ら認知症であると公表して、この10月で丸3年がたった精神科医の長谷川和夫さん(91)。3年が過ぎた感想はどうかと、先日、久しぶりに話を聞く中で印象に残ったのが冒頭の言葉だ。この言葉について語る前に、長谷川さんのことをよくご存じない方のために、簡単に紹介をしておきたい。/「今日は何年の何月何日ですか」「これから言う三つの言葉を言ってみてください。あとでまた聞きますので、よく覚えておいてください。桜、猫、電車」──。/ こんな質問を耳にしたことがある人は多いかもしれない。今や、高齢者の約6人に1人といわれる認知症。その診断の際、日本中で広く使われている認知機能検査「長谷川式簡易知能評価スケール」を開発したのが長谷川さんだ。

約50年前、認知症の研究を始めた頃の長谷川さん

(左写真は約50年前、認知症の研究を始めた頃の長谷川さん)

 この検査ですごいと思ったことが二つある。/ 一つは、1974年という非常に早い時期に公表されたこと。現在、世界中で使われている検査に、アメリカで開発された「MMSE(ミニメンタルステート検査)」という長谷川式に似たものがある。それより1年前に開発・公表されていたのは画期的だ。/ もう一つは、たった9問(1991年に改訂される前でも11問)しかない質問がよく練られていること。例えば、「100から7を順番に引いてください」という質問がある。最初の「93」は比較的答えやすいかもしれない。しかし、そこからまた7を引く際には、「93」という数字を覚えておきながら7を引くという、二つの作業を同時にこなさなければならない。認知症になると、同時に複数の作業をするのが難しくなる(料理は典型)とされ、その状態をみているのがこの質問だ。/ そんなすごい実績を持ち、半世紀にわたって認知症と向き合ってきた長谷川さんが、自分も認知症となり、88歳の時に公表した。当初、自分ではアルツハイマー型認知症ではないかと思っていたが、専門病院で検査を受けたところ、 嗜銀顆粒 (しぎんかりゅう)性認知症という、高齢期になってから表れやすい、進行が緩やかなタイプとわかったという。

 認知症の人は何もわからなくなるわけではない

今年2月、91歳の誕生日を迎えた長谷川さん。妻と

 認知症と自覚・確信してからの長谷川さんは、それを隠すことはせず、「ありのまま」の姿や感じた言葉を社会に発信する行動に出た。/「認知症になったからといって、突然、人が変わるわけではない。自分の住む世界は昔も今も連続しているし、昨日まで生きてきた続きの自分がそこにいる」/「認知症になっても大丈夫。認知症になるのは決して特別なことではないし、むやみに怖がる必要はない」/「認知症の人と接する時は、その人が話すまで待ち、何を言うかを注意深く聴いてほしい。『時間がかかるから無理』と思うかもしれないが、『聴く』というのは『待つ』ということ。『待つ』というのは、その人に自分の時間を差し上げるということ」/ この最後の言葉は、冒頭の言葉とつながる。冒頭の言葉と併せ読むと、認知症の人は「時間を頂く」一方の存在ではなく、「時間を差し上げる」存在でもあるという、言われてみれば、ごく当たり前のことに気づかされる。(右上の写真・今年2月、91歳の誕生日を迎えた長谷川さん。妻と)

 認知症になると何もわからなくなり、「何を言っているのかよくわからない」「同じことばかり話す」と周囲からは思われがちだ。しかし、早期診断・発見の広がりもあり、自分の気持ちを自分の言葉で表現できる人が増えている。「本人が落ち着いて話せるような静かな環境を作れば、自分の気持ちを表現できる場合が多い」と話す認知症の専門家もいる。/ 要は、こちらに認知症の人の言葉を聴く気があるかどうか、もっと言えば、自分の時間を差し上げる気があるのかどうか ── 。問われているのは、相手ではなく、むしろこちら側。こちらの気持ちや態度ということなのかもしれない、と思う。

 認知症の人の声に耳を傾ける動き

 認知症の人の言葉に耳を傾ける動きは、自治体の間でも広がっている。2019年4月に「認知症の人とともに築く総活躍のまち条例」を施行した和歌山県御坊市は、本人たちの様々な声を聞きながら、認知症の人が希望を持って活躍できる街を目指す条例を完成させた。今年10月、「認知症とともに生きる希望条例」を施行した東京都世田谷区では、条例の検討委員会に認知症の人が複数参加。区は認知症施策の実施に当たり、「常に本人の視点に立ち、本人及びその家族の意見を聴かなければならない」と条文に盛り込んだ。/ 国レベルでも、認知症基本法案が昨年、議員立法で国会に提出された。コロナ禍の影響もあり、継続審議となっているが、本人たちの言葉が各方面で生かされるよう、その後押しとなるような法律を作ることが望まれる。

 「コロナは『時間泥棒』だ」

 最後に、「認知症と時間」に関して心に残った話を紹介したい。/ 話を聞いたのは今年4月で、発言者は認知症の妻を持つ、関西に住む70歳代の男性だ。男性には10歳年上の妻がおり、10年ほど前から認知症になったため、男性は自宅で介護を続けてきた。だが、在宅介護が限界となり、数年前、やむなく妻を介護施設に入れた。それから毎日のように面会に訪れていたが、新型コロナウイルス感染症の予防のため、2月末から会えなくなってしまったという。その時、この男性が言った言葉が忘れられない。/ 「認知症の妻が僕のことをわかる時間は残りわずか。僕たち夫婦にとっては、本当に貴重な時間なのに、それがどんどん奪われていく。コロナは『時間泥棒』だと思うんですよ」

 こちらも人生の折り返し地点をとっくに過ぎた年齢になったからだろうか。「認知症と時間」について、今年は、いろいろなことを考える時が増えている。

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プロフィル 猪熊 律子( いのくま・りつこ ) 社会保障分野の取材が長く、2014~17年、社会保障部長。社会保障に関心を持つ若者が増えてほしいと、建設的に楽しく議論をする「社会保障の哲学カフェ」の開催を提案している。著書に「#社会保障、はじめました。」(SCICUS、2018年)、「ボクはやっと認知症のことがわかった」(共著、KADOKAWA、2019年)など。(読売新聞オンライン・2020/11/13)

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● はせがわしき‐にんちしょうスケール〔はせがはシキニンチシヤウ‐〕【長谷川式認知症スケール】=認知機能検査の一。1974年、精神科医の長谷川和夫が認知症の可能性、および症状の進行具合を簡易的に調べる問診項目として考案。1991年に質問内容や採点基準が見直され、改定長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)がつくられ、2004年に現名称に改称された。年齢・時間・場所・計算品物記憶など、九つの質問項目からなる。長谷川式スケール。(デジタル大辞泉)

●認知症(にんちしょう)(dementia)=脳の器質障害によって,いったん獲得された知能が持続的に低下・喪失した状態をいう。記銘力・記憶力・思考力・判断力・見当識の障害や,失行・失語,実行機能障害,知覚・感情・行動の異常などがみられる。原因疾患にはアルツハイマー病ピック病老年痴呆脳血管障害てんかん,慢性のアルコール依存症アルコール中毒)などがある。発症時期によって,老年期認知症(65歳以上),初老期認知症(40歳~64歳),若年期認知症(18歳~39歳)と呼ばれる。厚生労働省は2004年,従来の「痴呆」ということばには侮蔑的な意味合いがあるとして,呼称を「認知症」に改めた。(マイペディア)

HHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH

 幼少の頃は「耄碌(もうろく)」という言葉や現実があったと記憶しています。まだ学校に入る前くらいだったか、近所に老人(男性)がおり、いつでもあちこちを歩き回っていた。今でいう「徘徊」であったと思われます。何もしないでただ歩きまわる。いい気持ちがしないで、ぼくはこの老人に対して「意地悪」をしていた。入学前の子どもだったが、きっと、その人に「異状・異様」を見たのだと思う。この悪戯は今でも「しこり」となってぼくの意識の中に鮮明に残っている。今から見れば、その老人は還暦を越えていなかったかもしれない。それでもぼくには十分に年寄りだった。今でも、なぜこの老人に「意地悪」をしたのか、誰かに唆されたのではなく、幼い子どもが一人で「耄碌」(その言葉は知っていたかもしれない)していた(と思っていた)老人に小石を投げつけていたのです。なん度だったか、おそらく、一度だけだったような気がします。怖かったのか、悪さをしても向かってこないと見下していたのか。ぼくは、この「老人への悪戯」を生涯忘れないだろうと思っていたし、まさにその通りになっている。その老人は、まちがいなく「認知症」だったと思います。初めて見た、歩き回る人、何も言わないで黙々と、怖い顔をした「歩く爺さん」だった。

 早くから、この問題に深い関心を持っていたと言いましたが、実をいえば、持たざるを得なかったのです。ぼくのこころないいたずらで、老人が怪我をしたとか、老人の家の人に怒られたというのではない。それはなかった。ぼくの内心の「邪心・邪念」がぼくを追い詰め、問い詰めつづけてきたのです。だから、「耄碌」という言葉にも「老人性痴呆症」という言葉にも、異常に過敏であった。やがて、長谷川先生のご尽力もあり、「認知症」という名称(診断名)に変更された際にも、なにかと調べたのでした。「認知機能障害」というのですが、なかなかに理解は困難でした。それは今も続いています。「ものを知る働き(認知機能)」の障害ということもあるでしょうが、場合によっては「記憶障害(記憶の衰え)」とも言われます。ものを見たり聞いたり判断したりすることはあっても、それを記憶にとどめるという働きが機能しなかったり、記憶されている(保存されている)けれども、それを「呼び出す機能」が働かないということもあります。

 一言で「認知症」といっても、驚くほど多種多様なんですね。病気(疾患)の名称は一つでも、その内容には一括りにできないグラデーションというか、段階や次元があるのでしょう。どの病気にも認められることです。認知症はその典型です。ここでは詳細は略しますが、老年になれば、身体機能が衰えるのを避けられないのと同様に、心理的精神的機能の障害(故障)がいたるところで見られるようになります。ぼく自身、記憶力の衰えは止めようがないくらいに進行が早いと感じます。医学や医療にはできる範囲・程度が決まっています。それは「寿命を延ばす」ことはある程度できるかもしれないが、寿命を永遠に長引かせることはできないのと同じです。長寿になったから、表出してきた病気は無数にあるでしょう。寿命が短かった時代、そのような病気が新たに巣食う前に、いのちそのものは尽きていたのです。

 自分の足で歩く、自分の頭(脳細胞)で思考する、これがどんなに拙劣であっても、可能であればぼくたちは幸いであると考えてもいいでしょう。しかしいろいろな理由でそうはいかなくなることがありますし、だけれども、そのために人生は値打ちがなくなると早とちりする理由はなさそうです。「老いの坂」は「幼児の坂」と真逆です。下りと上り、それはまったく、見える景色も異なるし、出会う人も違う。「生き始める人」と「死に行く人」の決定的違いは何か。どこかで接点があるのか。笑われるかもしれませんが、それが、老人の「乳幼児帰り」です。今まで可能だったことが徐々に(急激に)できなくなる。それは悲惨で惨めなことか。一仕事を終えた、一休みするために、寝床に帰る人です。誰もが一度だけ通る、必然・必須の道です。

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 長谷川先生の言われる通りだと、ぼくには「わかりたい」気が強くします。「認知症になったからといって、突然、人が変わるわけではない。自分の住む世界は昔も今も連続しているし、昨日まで生きてきた続きの自分がそこにいる」「認知症になっても大丈夫。認知症になるのは決して特別なことではないし、むやみに怖がる必要はない」「認知症の人と接する時は、その人が話すまで待ち、何を言うかを注意深く聴いてほしい。『時間がかかるから無理』と思うかもしれないが、『聴く』というのは『待つ』ということ。『待つ』というのは、その人に自分の時間を差し上げるということ」

 ーー まず「衰える」ことを怖がらない、年をとるというのは、これまでできていたことがなかなかでき難くなることだと自覚するなら、なんとかかんとか、生きていけるでしょうか。ぼくと連れ合いと、どちらも「認知症」になるかもしれないし(いや、もうなっているよ、という声があります)、どちらか一方がなるかもしれない。それを今から心配しても仕方がないので、まあ、足腰を鍛えるのと同じく、記憶力や判断力も鍛える、そんな日常を送っていくことです。(いまのところ、そのためのカーブスやライザップはなさそうです。要するに、自主トレだな)

 「耄碌」と「認知症」は同じではありません。でも、ここにも通路はあります。何かが通って(行き来して)いるんだね。ここに紹介した中で、赤瀬川さんの「老人力」は、たしかにその通りだと思いました。老人度が増すというのは「老人力(例えば、物忘れ・ひがみなどなど)」の強度が高まるということで、それは決して「悲観」ばかりするものでもないでしょう。それをどのようにして、ゆとりを持って、自他ともにですよ、受け止められるか。「耄碌寸前」(と思いたいが、もう始まっていますね、ぼくは)、この先にも、深まる秋と同じように、得体のしれない変化や変容が生まれてくるのでしょう。楽しくもあり淋しくもあり。

・露の世は露の世ながらさりながら (一茶)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと 下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです