一粒の麦もし死なずば

 【卓上四季】天使と悪魔と豚犬と 選挙権のある者は日本国という名前の政治的一家の家族であるけれども、選挙権のない者は家族ではなくて食客である。東洋のルソーとうたわれた自由民権思想家、中江兆民の名著「選挙人目ざまし」の冒頭にある▼第1回衆院選が行われた1890年のことだ。有権者は25歳以上の男性で直接国税15円以上を納める者に限られていた。人口比ではわずか1%にすぎず、多くの人々には法律を作ったり廃止したりする権利がなかった▼国会を立派なものにするか、しないか、良くするか、悪くするか。その権利は誰の手にあるのか。明白である。兆民は「君たちがもし万一にも立派でない国会を製造するときには、他の同類の兄弟に恥ずかしくないことがあろうか」と呼び掛けた▼選挙権を有する者には、選挙権のない者の暮らしも考えて投票する責務があるということだろう。棄権など論外である。候補者と公約を吟味し、社会の利益も考えて1票を投じることの意義は現代も変わるまい▼第49回衆院選の投開票がきのう行われた。近年の投票率は2014年に戦後最低の52・66%を記録するなど、有権者が責務を果たしたとは言いがたい状況が続いている▼兆民は「一片の投票用紙は、天使を買うことも、悪魔を買うこともでき、あるいは天使でも悪魔でもない無益無害の豚犬をも買うことができる」と説く。果たして今次の国会の行方はいかに。(北海道新聞・2021/11/01)

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 「選挙権は政治的人民たるの権なり、故に政治上より言へば衆議院議員を選挙するの権有る者即ち直接国税十五円以上を納むる者のみ日本国民にて、其他は日本国民に非ざるなり。府県会議員を選挙するの権有る者即ち五円以上を納むる者のみ府県人民にて、其の他は府県人民に非ざる成り、彼れ選挙権無き者は請願書を上(たてま)つる外絶て政権に預るの権無きなり、彼れ日本国裡に生活するも某府県裡に生活するも、政府に対し府県庁に対し唯消極的に生活するのみにて積極的に生活するに非ず、唯法律の保護を受くるの権あるのみにて法律を興廃するの権有るに非ず、彼れ選挙権有る者は日本国と称する又は某府県と称する政治的一家の家族なるも、彼れ選挙権無き者は家族に非ず食客なり、特に衆議院議員を選挙する権の如きは他の選挙権に比して最も貴重なり」

 「抑々代議士とは其名の指示する如く公等(選挙民)に代はりて事を議す可き者なり、左れば其第一の資格は政事の綱要に関して公等と所見を同ふすうるの処に在り、若し政事の綱要に関して公等と所見を異にし又は反対の意見を持するに於ては正(まさ)しく公等の政敵なり、一歳十五円以上の税金を出して丁寧に慇懃に他日の政敵を買取るが如きは智者は為さざるなり、政事の綱要に関して公等と所見を同くして、其人且つ智有り勇有り学識有り口弁有るに於ては是れ天実に公等に賓(たま)ふに神使を以てせしなり、公等と所見を異にし又は反対の意見を持して、其人且つ智有り勇有り学識有り口弁有るに於ては、是れ天実に公等に賓ふに悪魔を以てせしなり、否な公等自ら天使を買取りしなり、一紙の票箋は以て天使を買ふ可く以て悪魔を買ふ可く、又或は以て天使にも非ざる悪魔にも非ざる無益無害の豚犬をも買ふ可し」(兆民「選挙人めざまし」)

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 このままいけば、兆民の文章を全部引用しなければならなくなりそうです。「選挙人めざまし」は明治二十三年刊、前年の二月に「帝国議会」が発布され、この年(二十三年)の七月に最初の衆議院議員選挙が実施されようとしていた、その時期に出されました。「自由民権」の主導者でもあった兆民の主張は、この時代にあっては相当に進歩的であったかもしれません。その内容はかなり複雑であり、彼自身が「自由党」の再建に深くかかわっていたり、あるいは代議士に出るとか出そうとか言われてもいましたから、きわめて微妙な時期の微妙な内容になっていると考えられます。

 いまは、兆民論を語る時ではありません。彼が国会論や選挙論、あるいは政治論を執拗に書いていたのも、民権というものが「たなぼた式」に付与されるのではなく、人民の長い間の政治的犠牲に基づくということを、誰よりも知悉していたからです。

● 中江兆民(なかえちょうみん)(1847―1901)=明治時代の自由民権思想家。名は篤介(とくすけ)(篤助)、兆民は号。土佐藩足軽の子として高知に生まれる。藩校に学び、藩の留学生として長崎、江戸でフランス学を学ぶ。1871年(明治4)司法省から派遣されフランスへ留学。1874年に帰国し仏学塾を開く。東京外国語学校長、元老院権少書記官(ごんのしょうしょきかん)となるが、1877年辞職後は官につかなかった。1881年西園寺公望(さいおんじきんもち)らと『東洋自由新聞』を創刊し、主筆として自由民権論を唱え、1882年には仏学塾から『政理叢談(せいりそうだん)』を刊行し、『民約訳解』を発表してルソーの社会契約・人民主権論を紹介するほか、西欧の近代民主主義思想を伝え、自由民権運動に理論的影響を与えた。同年自由党の機関紙『自由新聞』に参加し、明治政府の富国強兵政策を厳しく批判。1887年『三酔人経綸問答(さんすいじんけいりんもんどう)』を発表、また三大事件建白運動の中枢にあって活躍し、保安条例で東京を追放された。1888年以降、大阪の『東雲新聞(しののめしんぶん)』主筆として、普通選挙論、部落解放論、土着民兵論、明治憲法批判など徹底した民主主義思想を展開した。憲法の審査を主張して、1890年第1回総選挙に大阪4区から立候補し当選したが、第1議会で予算削減問題での民党一部の妥協に憤慨、衆議院を「無血虫の陳列場」とののしって議員を辞職した。その後実業に関係するが成功しなかった。『国会論』『選挙人目さまし』『一年有半』などの著書があり、『理学鉤玄(りがくこうげん)』『続一年有半』では唯物論哲学を唱えた。漢語を駆使した独特の文章で終始明治藩閥政府を攻撃する一方、虚飾や欺瞞(ぎまん)を嫌ったその率直闊達(かったつ)な行動は世人から奇行とみられた。無葬式、解剖を遺言して、明治34年12月13日に没した。[松永昌三]『『中江兆民全集』全17巻(1983~85・岩波書店)』(ニッポニカ)

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 百三十年前の「国政選挙」の状況は、今日から見ると比較を絶する差があります。詳細は略しますけれど、納税額や性別による差別は、今では皆無になりました。それだけ「選挙権」の普及が行きわたったということもできる。「国会は国権の最高機関」(「「国権の最高機関で、国の唯一の立法機関」憲法41条)と明記されています。立法は言うまでもなく、法律の(改廃をも含めた)制定を指します。この国会を構成する議員を選ぶための選挙が昨日、投開票されたのですが、結果はどうでしたか。与党とか野党とか言います。ぼくは、何回も述べているように、現状は「与野党対立」などは見たくても見られない、一党(共産党)を除けば、すべては「与党」に位置づけられると考えてきました。悪のかぎりを行おうが、いっかな犯罪にならない。好き放題にふるまってきたのが、この数十年でした。身を挺して「悪政」に挑むという政治的行動は、この島社会では絶えて見られません。(暴力を行使すべきだというのではありませんよ)

 国会は言論の機関ですから、言葉を駆使して「政治を実践する」ことは選ばれた議員たちの義務ではないかと、まるで「寝言を言うような」締まりのない気分に襲われます。兆民さんはみずからが体験した結果を書き残してもいます。それは今は置くとして、選挙権を行使するという練習がほとんどなされていない現状に、ぼくは発狂しそうです。その昔、柳田国男という人は「国語の将来」という短い文章だったかで、「国民が間違いのない選挙(投票)をするための力をつけるのが、国語教育の責任である」という趣旨のことを強く訴えたことに、ぼくは大きな刺激を受けてきました。学校教育の狙いはいろいろですが、なかでも大事なのは「よき選挙民を育てる」ことだと、明言したのです。偏差値や受験学力なんかでは、断じてないんですよ、いまも昔も、一貫して変わらない視点ですね。

 柳田さんの指摘からすると、選挙に行かないというのも、一つの選挙権の行使ですから問題はないということになるのかどうか。ここは大いに考える必要がありそうです。兆民の「選挙民目ざまし」の意図は明白です。「一紙の票箋は以て天使を買ふ可く以て悪魔を買ふ可く、又或は以て天使にも非ざる悪魔にも非ざる無益無害の豚犬をも買ふ可し」というのは、何よりも投票権を行使したうえでの話です。投票場に行かないのは、おそらく兆民の視野には入っていなかったでしょう。とすれば、いくら「目覚まし」をかけても覚醒しないのですから、万策も尽きると言うべきでしょうか。投票率が低いより高い方がいいに決まっているけれど、どのような判断で投票するか、それがまず先決でしょう。今回の投票率も決して高くはありませんでした。戦後では低い方から三番目だとか。実に厄介な状況に陥っていると、ぼくは嘆くのではありません。嘆いても始まらないし、やがてこの島社会は、引きかえすことが不可能な事態にはまり込んでいるのが、見て取れるでしょう。回復はきわめて困難です。選挙以前の問題があるんでしょうね。

 「一粒の麦若し死なずば」という、アンドレ・ジッドの小説がありました。若い頃に読んで、こんなことまで作家というのは書くのか、と驚嘆した記憶があります。ここで持ちだしたのは、その自伝的な描写ではなく、タイトルそのものに興味を持っていたからでした。また賀川豊彦にも「一粒の麦」という作品がありました。

● 一粒の麦もし死なずば(ひとつぶのむぎもししなずば)Si le grain ne meurt=フランスの作家アンドレ・ジッドの自叙伝。1920年に上巻12部、翌年に下巻13部が著者秘蔵本としてつくられたが、26年にようやく公刊された。幼年期から26歳で婚約するまでの回想で、自分の欠点や悪癖が吐露されているので、周囲の者は極力刊行中止を勧めたが、彼は敢然として公刊した。彼の自己愛や同性愛の趣味がいささかのためらいもなく語られていると同時に、彼の一生を通じて変わることのなかった美しいものや弱い者に対する共感や憐憫(れんびん)などが、その萌芽(ほうが)の状態において語られている。その点において、彼の複雑きわまりない精神や作品を研究するうえに絶対欠くことのできない作品である。(ニッポニカ)

 「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、地に落ちて死んだなら、豊かに実を結ぶようになる」と、ヨハネ伝では語られています。もちろん、この「一粒の麦」は「キリスト」その人を指して言うのです。たった一粒の麦は、そのままであれば、実を結ばないままで枯れ死する、でもそれが地面に落ちで(実を結べば)たくさんの人の空腹を満たすことになろう、たった一粒といえども、どこに落ちるか、何処に生きるか、それによって、運命は大きく異なるのです。きっと、別の理解もあるのでしょうが、ぼくは単純にこう読んでいます。

 ジッドの小説やヨハネ伝を使って、何かを言いたいのではありません。選挙権を行使するとかしないとか、それはどうでもいいことであるのか知れない。しかし、ぼくたちは「たった一人」で生きているのではなく、自分がしあわせに生きるためには他者を犠牲にして、という考えは全く乱暴であり、看過できない自己中心主義に毒されている、それに少しも気づかないからこそ、ぼくたちは必要以上に、生きづらいという嘆きを託つのでしょう。一人くらい選挙に行かなくても「体制・大勢」に影響なんかはないんだと言えますし、そうかもしれないと、ぼくも言ってみます。

 でも、一人一人の権利が大切にされなければ、それは他者の権利を侵害してしまうことになります。また、選挙権は一つの権利であることはその通りです。しかし、それを正しく(と判断して)行使することは「義務」でもあるのではないでしょうか。当然でしょ、権利の行使だから、勝手に売り買いしても構わないとはならないんですから。今更こんなことを言うのも、惨めであり、浅ましいかぎりですが、やはり、ぼくは柳田国男さんの心情(あえて、それは憂国の情だったと言ってみたい)が、いまさらのように痛く感じられるのです。学校教育がどうして大事か、それは「よき選挙民を育てるため」、こんな教育論を言い続けた人を、ぼくは改めて尊敬するのです。もちろん、兆民さんも含めて、です。

 「一紙の票箋は以て天使を買ふ可く以て悪魔を買ふ可く、又或は以て天使にも非ざる悪魔にも非ざる無益無害の豚犬をも買ふ可し」という言説を、ぼくはくり返し味読する、投票権を行使るべく権利を持っている人間として、それは自らへの戒めとして、「一票の意味」を忘れないためにも読んでいるのです。

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。