「わからん」が原動力

 【水や空】小室眞子さん 新しい何かが始まることの戸惑いを、詩人の工藤直子さんは「わからん」という一編に書いている。〈足を踏みだそうと 宙に浮かす/その足が 着地する世界は/わたしを どこに導くか……わからん〉▲未知の世界に踏み出そうとした第一歩は、ずっと宙に浮いたままだった。婚約の内定から結婚までの4年間、その前には抱いたことのないような感情がない交ぜだったろうとお察しする▲敬称の「さま」はもう付かない。小室眞子さんがきのう、夫の圭さんと共に会見した。お互いをいつくしむ言葉も、感謝の言葉も聞かれたが、何よりも「一方的な臆測」「誤った情報」が広がり「恐怖心」を覚えた-という“肉声”が耳に残る▲圭さん側が抱えるトラブルを難じる声が、やがて結婚批判に燃え広がった。婚約者のプライバシーが容赦なく暴かれる。心ない言葉にも苦しむ姿は見せられない。反論もできずにいた▲皇室に身を置く「不自由さ」というだけでは足りないだろう。「私の人権は?」。そう問い掛ける、生身の人の声を聞いた気がする▲「わからん」の詩は続く。〈わからんからこそ/まず 手をのばし 足を踏みだす/「わからん」が原動力〉。今は不安の方が大きくても、いつか外国という、民間という新世界を踏み分け、押し開く日が来ることを。(徹)2021/10/27 11:00 (JST)

わからん

手を のばしてみる
その手の 指さすむこうに
なにが あらわれるか … わからん

足を踏みだそうと 宙に浮かす
その足が 着地する世界は
わたしを どこに導くか … わからん

それが まったく わからんので
それが まったく わからんからこそ
まず 手をのばし 足を踏みだす

「わからん」が原動力

 「世は、定め無きこそ、いみじけれ」いうと兼好作の「組曲・無常の世の姿」の「主題(物のあはれ)」を、昨日の駄文で引用しました。「定め無き」とは、工藤直子流に言うなら「わからん」というのでしょう。「わかってたまるか」「わかったら、終わりです」「わからんから、おもしろい」「わからん、それが人生や」とでも言いたくなるように、生きていく中では「わからん」ことが満ちあふれています。その不明や不可解に耐えられないから、人はなにかしら、確かな手ごたえを求めるのでしょう。まず「いい幼稚園」に、子どもを入れたくなる。その「いい」がぼくには「わからん」。ついで小学校から大学まで「いい教育「いい学校」をと、世間で評判された「レール(線路)」に乗りたがるのですが、その理由は「わからん」でもない。少しでも迷いや不信をなくして「安泰」「安閑」「安心」「安穏」、そんな「安直」を求めたがるからです。「わからん」に堪えられないから、「わかる」という評価の定まった「名門」を確保したがるんですね。そのような人生は、ぼくには「わからん」というよりは、「すかん」ですね。「手を のばしてみる その手の 指さすむこうに なにが あらわれるか … わからん

 「わからんので」「わからんから」、手探りで足を踏み出す。一歩前に進む、あるいは退くのです。だから「『わからん』が原動力」なのだ。「わからん」という「冒険」に無鉄砲にも飛び出した、若気の至りを汗をかきながら思い起こしています。まったくその先に何があるか、起るか「わからん」ままで、ぼくはひとりの女性と結婚した。いまから四十八年前でした。二人でやっていけるのか、生活が成り立つのか、まったく「手探り」と「足踏み」の連続で、いったいどれだけの時間が過ぎていったかと、気が付いたら、やがて半世紀です。「わからん」というものが内蔵している「原動力」は、恐ろしいくらいに人を前にも後ろにも引っ張るんですね。実感でもありますし、でもいまもなお「わからん」は続いている。

 兼好流に言うなら、「住み果つる慣ひならば、いかに、物の哀れも無からん」というのでしょう。人間は、誰でもとは限りませんが、いつまでも生きていたいという願望を持っています。けれど、こればかりは寿命というものがあって、誰であろうと、きっとこの世から去っていく。仮に、何かの理由で「死なない」「永遠の生」などが生じたとするなら、どうして「物のあはれ」を感得・実感することができるでしょう。「物のあはれ」とは、歴史上は面倒なことになっています。ぼくはそこには深入りしませんが、「哀れ」という、一種の「哀感」を指していると見ています。美しいものを目にして、ぼくたちはそこに「ある種の哀しみに似た愛らしさ(悲しみに通じるかも)」、あるいははげしく心を打たれるものをみいだし、わが心に受け取るのではないでしょうか。何時までも死なないというのは、時間の感覚が存在しないということですから、そこに「哀れ」とか「哀しみ」を感じ取る心持ちもはたらかないでしょう。兼好が言うのはそれです。いつ死ぬか、それは「わからん」から、人生に何かの思いを託すんじゃないですか。

 もう亡くなった、ある画家・小説家が「生きた証に、地球に傷をつけて死にたい」といったことがあります。そんな程度のことしか言わんのか、それを聞いてぼくは、そのように思ったものです。そんなことをしたら、地球は「傷だらけ」になるじゃないかと。今でさえも地球環境は傷ついています。「もののあはれ」といい「あわれ」というのは、けっして自意識の表現ではないし、そんなけばけばしいもので「人生」を飾られてたまるかという気もします。

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● もののあはれ・もののあわれ=平安朝の文芸理念を示すといわれる語で、本居宣長(もとおりのりなが)が重視した点でも知られる。宣長の『源氏物語玉の小櫛(おぐし)』(1799刊)によれば、「あはれ」は「物に感ずること」で、「何事にまれ、感ずべき事にあたりて、感ずべき心を知りて感ずるを、もののあはれを知るとはいふ」のであり、とくに『源氏物語』は「もののあはれ」を表現した最高の作品とされる。「あはれ」は古く記紀の歌謡などから感動を表す語として用いられているが、しだいに美意識も表すようになる。平安時代には調和のとれた美に感動することが多くなり、その場合しめやかな情緒を伴い、独特の優美な情趣の世界を形成するようになって、理念化されたとみられる。同じ時代の「をかし」と比べると、優美にかかわる点など類似した面をもつ一方、「をかし」の明るい性質に対して「あはれ」は哀感を伴う点など異なるところがある。「もののあはれ」も、こういう当時の「あはれ」と内容はほぼ同様である。ただ「もののあはれ」は「春雨のあはれ」「秋のあはれ」などを一般化したことばとみられ、「ものの」は「あはれ」の引き起こされる契機を示すのであろう。そして「あはれ」の性質は中世以後も変わっていき、強い感動を表す「あっぱれ」にもなり、同情や哀れみの意味での「あはれ」にもなるが、「もののあはれ」にはそういう変動がなく、その点とくに平安朝的な「あはれ」を示す語ともいうことができる。(ニッポニカ)

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 いまどき「物のあはれ」は流行らないかもしれません。でも、いつの時代にも、人間の生きているさなかには「不易と流行」というものがないまぜになって、ぼくたちの単調な「生」に、一つのリズムというかアクセントをつけてもいるのです。「不易」ばかりでは、それは息をしていないことになりかねない。また「流行」ばかりでは、生々流転、なんとも疲れるのではないでしょうか。花を愛でる、音楽を聴く、こういった他愛ない楽しみにこそ、「物のあはれ」は潜んでいるのかも知れないと、ぼくなどは思ってきました。花に美しさをみいだすのも、人間の有する「あはれ」を受け止める感覚の発現だと言えます。その花が、絶えて見られない生活は、実に単調であり、干からびたものになりがちです。「もののあはれ」を感じなくなると、ひとは「永生」を願い、名誉や権威を追い求めることになるのでしょう。「ひたすら世を貪る心のみ深く、物の哀れも知らず成り行くなん、浅ましき」と兼好は吐き捨てています。

 皇族の誰かが民間人と結婚する、誰もが「おめでとう」というべきであるといたずらに煽る必要はないけれど、「この結婚には反対だ」「疑惑を晴らせ」と、何の権利があって言うのか、呆れた人がいるものだし、それを煽る一部のマスコミも、「浅ましき」です。「税金云々」というなら、度肝を抜くような「税金の無駄使い」っをしている「腐敗政治」に矛先をどうして向けないんですかね。ぼくは、この「結婚」騒動に興味があるのではありません。当たり前に「物のあはれ」を感じられないで、乱雑きわまりない「言葉の礫(つぶて)」をもって「己の浅見。浅慮」を、これみよがしに示威する、軽佻浮薄の団塊に対しては、その非を指摘するばかりです。誰であろうと、好きな人といっしょに過ごすことは、願わしいこと、それを恨んだり憐れんだりする権利は、達者にはないし、ましてやそれに反対するために徒党を組むなど、以てのほかですよ。工藤さんの「ねこはしる」、そこには、他者同士が求めてやまない「一体感」への尽きない希求が、つまりは「いっしょに生きる」という思想・態度がありますね。

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