【地軸】小三治さんとピース 好きな動物は?「しろくまピース」。いま一番やりたいことは?「野原を散歩する。しろくまピースと」▲7日に81歳で亡くなった落語家の柳家小三治さんは、県立とべ動物園の「ピース」がよほどお気に入りだったようだ。冒頭は2018年刊「別冊太陽 十代目柳家小三治」の質問コーナーからの抜粋である▲実は小三治さん、ピースに会うために2度とべ動物園を訪れている。最初は10年ほど前。園のボランティアセンター長・田村千明さんは「テレビ番組や本で知ったのでしょう。ピースをずっと見ていました」。2度目は18年。一門を引き連れての突然の来園だった。その時購入したものか、ピースのぬいぐるみを抱える80歳の小三治さんの姿がドキュメンタリー番組で流れたそうだ▲小三治さんがなぜピースに引かれたのか。今となっては本人に聞くすべはないが「長年病気をされていましたから、てんかんの持病があっても懸命に生きるピースにご自身を重ねたのかもしれません」▲巧みな人物描写で若い頃から頭角を現した小三治さん。その芸は誰もが認める一方、人付き合いは少なく「孤高の噺家」とも言われた。素直に心を開くことができる存在がピースだったのかも、というのは想像が過ぎるだろうか▲「ほどのよい形にひとつ秋の雲」。多才で多趣味だった小三治さんが残した句の一つである。今ごろ雲の上から、ピースに会いに来ているのかもしれない。(愛媛新聞・2021/10/14)
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1999年12月2日、とべ動物園でホッキョクグマの赤ちゃんが生まれました。国内でのホッキョクグマの出生は、それまでに122頭報告されていましたが、半年以上育ったのはわずかに16頭と極めて育成率が低く、また、人工哺育の成功例は全くありませんでした。
今回、当園で出生した2頭のうち、1頭は発見時には既に母獣による咬傷を負っており、救命処置を施しましたが、2時間後に死亡し、残る1頭を人工哺育に切り替えた結果、生後1年を経過した現在でも、順調に育成しています。(飼育員:高市敦広)(https://www.tobezoo.com/peace/oitachi/)
生後まもなく、このピース君に授乳をしているところや、高市さん宅での共同生活ぶりが放映された時、ぼくは、目を奪われるように熱心に見入りました。それが、我が家の「(元)野良ネコ」君たちの教育や授業にも大いに役に立ったと、高市さんには感謝しているのです。以来、二十二年、動物園のHPを見ると、このシロクマ・ピースがいかに大事にされているか、されてきたか、手に取るように分かります。何故か、理由はいろいろで、ぼくが何かを言うのは適切ではないでしょう。

幼いころ、誰しもが喜んだように、ぼくは京都の岡崎にあった動物園に何度も出かけました。もちろん、親にせがんで連れて行ってもらったのです。しかし、まもなく動物園が、ぼくの趣向に合わないというか、動物をああいう風に檻にいれたり、自由を奪うのは、勝手な人間の振舞いに見えてきたのだろうと思う。ほかの人のことは知りませんが、ぼくは「サルの囲い」に取りつかれ、やがて、その同類のサルたちに会うために、嵐山の「サル社会」に出かけるようになった。京都大学の霊長類研究所の管轄だった。そこに出かけては、いろいろなことを学んだ。そこから、人間の都合で「動物を飼う」というのは、どうしても自分の性に合わないようになったのです。「ペット」などというのは、もってのほか。
小三治さんがピースに惹かれた理由はなんだったか。これも余人には計り知れない秘密だったでしょうし、あるいは、このシロクマ君の一挙手一投足が、面倒な柵(しがらみ)に縛られている自分自身を解放してくれる「仲間」と考えたのかもしれない。いや、実は「ピースは俺だ」と憐れみを以て、見ていたんじゃないかな。どんな人にも、無条件で受け入れられるものがあるのではないですか。師匠のそれは、ピース君だったとは言えませんが、そんなことを想うだけでも、束の間の息抜き、休憩というものがもたらされたに違いなさそうです。生きていく最中、その次の瞬間に、生きているというのは、何によらず「大変なんだ」という実感をピース君と共感したのだったと思う。
小三治さんについて、三日連続で駄文を書くなどというのは、よくないことですね、こうして、故人を偲んでいるのでもなければ、師匠の芸を称賛しているつもりでもないのです。彼は不世出の噺家だった、と人は言うかもしれない。あるいは「人間国宝」だった偉い噺家の死という葬り方をするのかもわかりません。しかし、故人がどこかで言ったのを聞きましたが、「あんなもの、なんだ。別に欲しいわけではなかったさ。断る理由もなかったから(面倒くさかったから)受け取っただけの話」というようなことでした。「無形文化財」や「人間国宝」と、いかにも国がやりそうな仕業だという気が強くします。それに賛成も反対もない、ただ、そういうものだと言っておくばかりです。他人が貰おうがどうしようが、ぼくにはまったく関りのないことなんです。
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● 無形文化財=演劇,音楽,工芸技術,その他の無形の文化的所産で我が国にとって歴史上または芸術上価値の高いものを「無形文化財」という。無形文化財は,人間の「わざ」そのものであり,具体的にはそのわざを体得した個人または個人の集団によって体現される。
国は,無形文化財のうち重要なものを重要無形文化財に指定し,同時に,これらのわざを高度に体現しているものを保持者または保持団体に認定し,我が国の伝統的なわざの継承を図っている。保持者等の認定には「各個認定」,「総合認定」,「保持団体認定」の3方式がとられている。
重要無形文化財の保持のため,国は,各個認定の保持者(いわゆる「人間国宝」)に対し特別助成金(年額200万円)を交付しているほか,保持団体,地方公共団体等の行う伝承者養成事業,公開事業に対しその経費の一部を助成している。このほか,国立劇場においては,能楽,文楽,歌舞伎,演芸等の芸能に関して,それぞれの後継者養成のための研修事業等を行っている。
また,重要無形文化財に指定されていないが,我が国の芸能や工芸技術の変遷を知る上で重要であり,記録作成や公開等を行う必要がある無形の文化財について,「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財」として選択し,国が自ら記録作成を行ったり,地方公共団体が行う記録作成や公開事業に対して助成を行っている。(文化庁:https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/mukei/)
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こんな物言いは顰蹙(ひんしゅく)をかうばかりでしょう。でも、ぼくの正直な感想(印象)を言えば、「人間国宝」に指定(認定)されるのは「動物園のサルになる」ことのようだと。もっと別の表現もあるのでしょうが、要はそんなような意味です。野生のものを「飼いならす」「見世物にする」というのが動物園の目的なら、「人間国宝園」の目的は何か。歌舞伎や能、あるいは日本文化の「粋」と国が認定したものを、国家が範囲を決めて助成したり、補助するというのは、本来の芸道に反するのではないかとさえ、ぼくは考えている。「いずれ野に咲け蓮華草」ですよ。

よく「文部省推薦映画」とかなんとか、その看板がかかれば、ぼくは見向きもしないようにしていました。まるで「国定教科書」だといわぬばかりの「国家道徳・倫理」の傍若無人ぶりではないでしょうか。もう半世紀以上も前のことになります。まだ元気だったころの古今亭志ん生に「文部大臣賞」が授与されたことがありました。(1956年(昭和31年)12月、『お直し』の口演で文部省芸術祭賞(文部大臣賞)を受賞。http://rakugo-channel.tsuvasa.com/onaosi-shinsho-5)
「文部大臣も粋なことをしますなあ。廓話、女郎話で大臣賞ですからな」といったのは志ん生でした。有体に言えば、取り巻きが推薦し、それを役人が認めただけで、「お直し」がどんな落語で、志ん生の芸がどれくらいのものか、そんなことは「指定」「認定」と関係のないことです。
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*お直し(おなおし)=落語。19世紀の初めごろから行われた古い江戸の廓噺(くるわばなし)。遊女が店の若い衆といっしょになり、2人で店へ出勤していた。そのうちに男は博打(ばくち)で金がなくなる。やがて蹴転(けころ)と称する最下級の女郎屋を自分で経営し、自ら客を呼び込み、女房に客をとらせる。線香1本の時間単位にくぎって、居続ける場合には「直してもらいなよ」と亭主がいい、女が改めて金をとるという方法。最初にきた客があまり女房とうまくやっているので、亭主が嫉妬(しっと)して、やたらに「直してもらいなよ」。客が去ったあとで夫婦げんか。「お前さんといつまでもいっしょにいたいから、こんなことしているのじゃないか」で仲直り。夫婦仲よく話していると、いったん出て行った客が帰ってきて「おゥ、直してもらいなよ」。江戸の女郎屋の風俗を伝える珍しい噺で、5代目古今亭志ん生が得意としていたが、時の推移で、いまでは難物となったため、演者が少ない。(ニッポニカ)
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ここで、ぼくが何を言っても始まらないし、そのような無駄口を聞きたいのではありません。「国宝」になった(された)から、小三治の落語に品が出たとか、値打ちが上がったというものでは、断じてありません。それとは無関係に、いいものはいい、ダメなものはダメ。その反対に、なった・されたから「芸が荒れる」ということはいくらもあるでしょう。人の心持ちが変わるからね。なにもことは落語に限らない、歌舞伎でも能でも、あるいは相撲でも何でも、国が関与することには反対したいですね。相撲は「国技だ」というのは誰でしょう。いまも国際格闘技じゃないですか。異国の人がたくさん入門し、ついには相撲界を席巻してしまっている、それを国技だから「品格を保て」だの「国技にふさわしい振舞いを」と、相撲を取ったこともない輩が御託を並べるのです。これでは「国技」が死んでしまう。国が守る(国防)から、相撲が栄えるということは、まずありえません。三味線や踊りもそうでしょ。国に守られて栄えるんですか。(ぼくは「動物園」も好きではないし、「サファリパーク」はもっと嫌いです。何なら、人間を檻に入れたらどうか。いや、もうすでにそうなっているか)

外国籍の子どもが大勢いる学校で、「君が代」を強制するのは愚挙です。それをいまだに強制している「国際化時代の学校」が後を絶たないのです。やがて、歌舞伎にも能にも狂言にさえ、異国の人がそれを支える力になるでしょう。それを国技とか国粋ということに拘(こだわ)る、それ自体が時代錯誤です。国の仕事は、国防と税金の公平な配分、それに尽きるんじゃないですか。人でも物でも、朽ちるときは朽ちる。滅びるときには滅びるんです。それを無理に生かしてミイラにでもしようという魂胆でしょうか。動物園や博物館に行けば、あらゆる種類の「ミイラ」に出会えるというのは「怖い・悪い冗談」です。法隆寺も東大寺も、百済観音も弥勒菩薩も、滅びるに任せていいんじゃないですか。それを、無理にでも守ろうとするから、値打ちが消滅するのでしょう。(っすべてを、陸前高田の「奇跡の一本松」にしようというのでしょうね、まるで絡繰(からく)り芝居です)

わき道にそれそうですから、ここで止め。何でもかんでも「囲って」「自由を奪う」「揚げ句はミイラに」、それが国家の仕事。でも国家といっても「正体は不分明」であることに変わりがない。ソーリ大臣がどれだけ変わろうが、役人が大挙して止めようが、国家の「本体」は変わらないし、その中身は「空白」「空虚「空無」です。その「空白」「空虚」「空無」の、正体不明から「国宝」だ「文化財」だと指定されるというのは、どうも本末が顚倒しているように感じられてならない。こんなことばかり言っていますので、誤解されようです。ぼくは勲章や褒章などを他人が「いただく」ことに反対しているのではありません。ぼくはそんなものに関わりを持ちたくないというだけのことです。
「シロクマピース・人間国宝・動物園」と、まるで「三題噺」になりました。「ピース」であるためには、なによりも自発・自主・自立が元手です、囚われたくも、囲われたくもないね。さて、こんなことで、うまくオチがついたか、つかなかったか。お後がよろしいようで。
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