ノースウッズ 生命を与える大地

 【正平調】神戸に住む自然写真家、大竹英洋(ひでひろ)さんの作品展を初めて見たのは、今年6月である。作品の一つ、カラフトフクロウの目の力が今も忘れられない◆巣に2羽のヒナがいて、食いちぎったエサをメスが与えている。よくある光景だが、メスの目にドキリとする。襲うものを威嚇するかのように、鋭くにらんでいる◆北米の湖水地帯である。20年間も通い、自然、動物、住む人々にレンズを向けてきた。その写真集「ノースウッズ 生命を与える大地」が土門拳賞を受賞。撮影の苦労などを尋ねる本紙編集委員のインタビューを読み、どうしても作品を見たくなった◆カラフトフクロウの巣は高さ5メートルの木の上にあった。地元の人の助言で足場を組んだそうだ。初めて外の世界に出たホッキョクグマの子の写真も印象深い。巣穴の前で12日間待ったと、一昨日の本紙文化面で読む◆旧満州(中国東北部)が舞台の映画「人間の条件」を思い出す。国交がない時代だったので北海道でロケをしたのだが、小林正樹監督は空を見ている。「満州の雲を待つんだ」。その雲が出たのは1週間後と、出演した俳優仲代達矢さんが話していた◆速いこと。便利なこと。それを良しとし、当たり前と思う。しかし時として、待つ力がもっと輝くものを生む。(神戸新聞NEXT・2021/10/03)

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 大竹さんの仕事の一端は、十年以上も前にNHKで放映されたドキュメンタリー番組で知ることができました。今でもその番組は見ることが可能だと思います(ぼくは録画したものを所有)。タイトルは「命あふれる原生林を行く」です。(放映は2012年1月28日)撮影は一年がかりのもので、丁寧に制作されていたと感じました。その撮影の仕方がどういうものだったか、ぼくにはわかりません(年間を通じて、現地にいたのかどうか、何回かに分けて収録されたのか)。現場はカナダ中央部にあるNorth Woods。面積は百六十万平方キロで、劣島の約四倍に及ぶ広大な原生林です。この島には、かなりの「野生動物」が棲息しており、それをさまざまな角度から、春夏秋冬を通じて、鮮烈な構図を描いて、各種のレンズに納める。(手元に、写真集を置いて、これを書いています)

 この二十年をかけた仕事に対して(大竹さんに)、「土門拳賞」(2021年度)が与えられた。

【著者プロフィール】
大竹英洋(おおたけひでひろ)
1975年生まれ。写真家。一橋大学社会学部卒業。1999年より北米の湖水地方「ノースウッズ」をフィールドに野生動物、旅、人々の暮らしを撮影。人間と自然とのつながりを問う作品を制作し、国内外の新聞、雑誌、写真絵本で発表している。
写真家を目指した経緯とノースウッズへの初めての旅を綴ったノンフィクション『そして、ぼくは旅に出た。はじまりの森 ノースウッズ』(あすなろ書房)で「第七回 梅棹忠夫・山と探検文学賞」受賞。カラフトフクロウの給餌を捉えた作品「北の森に生きる」で「日経ナショナルジオグラフィック写真賞2018ネイチャー部門最優秀賞」受賞。自身初の本格写真集『ノースウッズ─生命を与える大地─』で2021年、「第40回土門拳賞」受賞。(https://crevis.co.jp/publishing/08/)

 大竹さんが写し取った写真で「野生動物」を見るのと、「野生動物」に向かってカメラを構える大竹さんを、その背後から望遠を含めたカメラに収める映像によって全体をみるのとでは、まったく受け取る印象は違ってくるはずです。圧巻はこの国立公園に「君臨する」かのような存在である「森林バイソン(ウッドバッハロー)」です。体重は約1トンとか、身長も2メートルはあろうかという極め付きの大形。大竹さんの表現だったと思いますが「まるで山が動くよう」な強烈な存在感が溢れています。この大形動物が群れをなして移動する、生まれたばかりの子どもまで連れての集団生活。あるいは森林トナカイ。その他、たくさんの「野生動物」が共生しているのが、このノースウッズです。それだけ食料も含めて、じゅうぶんな生存環境が、厳しいながらも備わっているからでしょう。「命あふれる原生林」といわれる所以です。

 大竹英洋ホームページ:http://www.hidehiro-otake.net/

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 まだ小学生の頃、わが家には写真集や画集がいくつかあって、娯楽の少ない時代だったせいもあり、ぼくは見るともなしに、それらを眺めて過ごしていました。その中でも特に、土門拳という写真家には、特に興味を持った。筑豊の炭鉱町を取ったもの(「筑豊の子どもたち」)、奈良のお寺を撮影したもの(「古寺巡礼」など)、あるいは「ヒロシマ」「生きているヒロシマ」や「昭和の子どもたち」などなど。写真というのは、こんなに凄いものなのかと、小さいながらに驚嘆したことをはっきりと覚えています。また、体を悪くされて以降の「鬼気迫る」土門拳の姿には、ぼくは異様な執念を持つ人間の、剥き出しの意識を感じて、異常な気分に襲われたこともありました。(ここは、土門氏のことを書く場ではないので、また機会を改めて)

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 これは大竹さんに限らないのですが、「この道」(大竹さんの場合は、動物写真を撮るということ)に入るきっかけや、さらに、その道に深く入り込んでいく「動機」と言うか、「目的」というものが、どのようなところにあるか、なにかと語られはしますが、それがぼくには不思議に思われてくる。なぜ、写真を撮るのか、その写真が「野生動物」であるのは、どうしてか。理由は分かりそうですけれども、実際のところはどうなのかというところに来ると、ぼくには、皆目見当もつかない。確かな仕事をされる人のほとんどは、ぼくにとっては謎のような動機や関心の持続で一貫しているように、ぼくには見えます。「一を以て 之を貫く」という具合に。

 ヴァイオリンやピアノの演奏家などについても、同じような不思議を感じてしまいます。どうして一日十時間も、しかも何年にもわたって弾きつづけるのか、つづけられるのか。怠け者であり、物事を探求する根気がほとんどない人間である、ぼくのいだく「疑問」というか、「ある種の謎」を前にして、ぼくはいつでも、開きなおるのではなく、首(こうべ)を垂れて、「おみごと!」「およびがたし!」という感慨を抱いてしまう。「端倪すべからざる、ある人の営為」を眼前にして、ぼくができるのは「賞賛」「拍手」「喝采」という、飛び切りの感情の吐露ばかりです。安くない入場料を払って演奏会に出向くのは、「ぼくにはこんなに激しい精進はできなかった。想像を絶する訓練(修業)と、それがもたらしてくれる感動に対して、手が痛くなるほどの拍手と入場料、それがぼくにできる感謝やお礼なんです」ということじゃなかったか。それが確信できないような演奏会には、いつだって行かないことにしてきたのです。

 「おみごと!」「およびがたし!」は大竹氏にも当てはまるようです。ぼくには、とてもこんな「修行」はできなかった、と。

 大竹さんが「映像」の中で言われていたことで、もっとも印象的な言葉がありました。それがこのノースウッズの厳寒期、マイナス四十度にもなる時期の撮影に際して、もらされた一言でした。「野生動物に比べて、ぼくたちはいろいろな機械・機材を使い、防寒用の衣服を着て過ごしている。しかし、野生動物は、そんなものは一切持たず、まったくの身一つで、この厳しい環境で生きているんですね、それは凄いことだ」と。その時、ぼくは、長い間取り違えていた「野生動物」という言葉のもつ、まっとうな意味、使い方を、改めて教えられたのでした。(この映像の終わりの方でとらえられた「オーロラ」もまた、えも言われない「景色」でした。満点の星という形容がありますが、それを百回重ねても表現し得ないような「星星星星星の空」に、突然現れる「オーロラ」、それは、星々と大気の、信じられない「コラボ」でした。慄然とするというのか、畏怖を感じるというのか。「神秘(the mysteries of the universe)」、それがあるのが自然界なんですね。(ノースウッズは北緯六十度に位置します)

◎オーロラ(aurora)=元来はローマ神話(あけぼの)の女神アウロラの英語読み。転じて主として高緯度地方の上空に現れる大気発光現象極光とも。外観は,放射状に開く〈コロナ状〉,ゆれ動く〈幕状〉,活動の激しい〈炎状〉など,色は黄〜緑が多く,そのほか赤,青など,明るさもさまざまである。太陽から飛んでくる荷電粒子流(プラズマ)が地球の磁気空洞のなかに侵入し,電離層中の空気の分子に衝突して発光させるもの。ネオン管の発光と同様の原理による。必ず磁気あらしに伴って出現,太陽黒点の11年周期に平行して増減する。プラズマ流が地球磁場のため極地方に集中させられ高緯度地方のE層付近(地上100km)を発光させるものと,プラズマ流がいったん数百kmの超高層大気中に赤道を取り巻くような電流系を形成,これが原因となってF層付近(200〜400km)を発光させるものの2種類に分かれる。(ニッポニカ)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと 下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです