30万本と80万本、どっちが美しいか

 島の新名所 コスモス30万本咲き誇る 隠岐の島町

(コスモスの花を写真に収める人たち)

 島根県隠岐の島町岬町で、町内の男性が地域への感謝を込めて開墾したコスモス畑が見ごろを迎えた。日本海が見える24アールの敷地を鮮やかに彩る花風景が人気を広げ、島の新名所になりつつある。
 コスモスを植えたのは土建会社経営の斎賀淳さん(71)=隠岐の島町栄町。「公共事業をはじめ、地域から仕事をもらっていることへの恩返しをしたい」と、隠岐空港そばの道路沿いにある私有地を整備。6月にバケツ3杯分の種をまき、30万本が咲きそろった。
 大輪や小輪のほか、白地にピンクの縁が入った10種類以上のコスモスが海から吹く風を受け、愛らしく揺れる。離陸する飛行機と一緒に撮影することもでき、評判を聞き付けた家族連れや観光客がひっきりなしに訪れる。友人と撮影を楽しんだ保育士の松野永遠さん(23)は「オレンジ色のコスモスがかわいらしく、気に入りました」と声を弾ませた。
 花は現在七分咲きで、10月下旬まで楽しめる。斎賀さんは「『癒やされる』と言ってもらい、うれしい。来年は散策道やベンチを整備し、より魅力的な花畑にしたい」と話した。(森山郷雄)(山陰中央新報デジタル・2021/9/30)

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 花咲けば人密集…チューリップ80万本、無念の刈り取り 新型コロナウイルス

刈り取られたチューリップ(2020年4月15日午後1時0分、千葉県佐倉市臼井田、堀越知道さん提供)

 千葉県佐倉市が管理する佐倉ふるさと広場(佐倉市臼井田)で、市が新型コロナウイルス感染拡大防止対策として約100種類、約80万本のチューリップを全て刈り取った。恒例の「チューリップフェスタ」は中止となったものの、チューリップを見物しに次々と人が集まったためで、密集を避けるため「このまま咲かせておくのは危険」と苦渋の決断をしたという。/ 市によると、ふるさと広場では名物のオランダ風車を背景に、関東最大級の規模とされるチューリップ畑でチューリップフェスタが今月予定されていた。新型コロナウイルス感染拡大でイベントは中止になり、駐車場も閉鎖したが、緊急事態宣言が出て初めての週末の11日は早朝から次々と来場者が増え、午後2時ごろには約400人が集まっていたという。

 チューリップは今週末には満開となる見通しで、チューリップ畑には自由に出入りができる。市と市観光協会が協議した結果、14~15日に全てのチューリップを刈り取った。/ 近くに住む写真家の堀越知道(ちどう)さん(73)は15日午後、農業用のトラクターがチューリップを刈り取っているところを撮影した。「仕方のない面もあるが、花が可哀想でやりきれない」と寂しそうだった。(寺沢知海)(朝日新聞・ 2020年4月19日)

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 劣島の東西における「コスモス」と「チューリップ」に寄せる「花よ咲け・花よ咲くな」の対極の競演。片や、私人の「地域への感謝と恩返し」のボランティアスピリットによって咲いた、満開の「コスモス、30万本の花ごころ」、こなた、感染防止の「官吏・管理心」から絞り出された、行政の粋ではない(=無残・無粋な)「チューリップ、80万本を伐採」の殺風景な図。ぼくはコスモスが大好きで、しばしば、畦道に植えられている数本の花々を見るために二里でも三里でも歩くのを厭わない人間です。一方のチュ―リップは、それほど好みません。何故かは、好みなんだとしか言えそうにありません。

 三十年ほども前、ぼくは一冊の本を読んだことがあります。「チューリップ経済狂騒曲」とでもいうものでした。「ヨーロッパ最大の金融市場であったオランダアムステルダムを中心に,1634~37年にチューリップ取引ブームによる投機過熱によって起った恐慌資本主義経済の初期段階における代表的恐慌」(ブリタニカ国際大百科事典)とされるもので、その熱狂ぶりを、Galbraith(ガルブレイス)の「A Short History of Financial Euphoria」(1990)で読んだ。(これを書こうとしてその本を探しかけたのですが、面倒なので止めました)とにかく、「チューリップの球根」がとんでもない高価なものとなり、さらにそれを求めて欧州でバブルが起ったのです。バブルは必ず弾ける道理で、やがてカタストロフィ(catastrophe)が来た。この本を読んで、ぼくは経済というか金儲け(もともとは、この二つは異なるものです)というのは、正真正銘の「狂気」であると知らされました。これを書いている今、獅子文六作の「大番」という小説(と映画)を思い出した。投機(先物買い)相場に体を張る、四国出の青年(ギューちゃん)の破天荒極まる物語です。 ー それにしても、球根一個が熟練職人さんの年収の十倍だというのですから、「狂気」「Euphoria」というほかありませんね。何百年たっても、「儲け主義」経済(金)に狂う」「お金に酔っぱらう」人が絶えないのは、人間のどういう側面なのでしょうか。

(右上の絵(チューリップ)について=1637年のオランダのカタログ『Verzameling van een Meenigte Tulipaanen』に記載された「Viceroy(viseroij)」の名で知られているチューリップ。その球根は大きさ(エース(aase、1エース=0.05g))に応じて3,000から4,200ギルダーの値がつけられていた。当時、熟練した職人の年収が約300ギルダーであった)(左の絵:ヤン・ブリューゲルによる『A Satire of Tulip Mania』(1640年)は、投資家を、現代的な上流階級の服装を身に着けた頭脳のない猿に描いている。経済的な愚かさに関する解説によれば、ある猿は以前は貴重であった植物の上に放尿しており、別の猿は破産裁判所に出頭し、また別の猿は墓に運ばれている)(wikipedia)

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◎ チューリップ(Tulipa gesneriana; tulip)=ユリ科の多年草。西アジアの原産とされトルコ地方で古くから栽培された。のちにヨーロッパに渡り主としてオランダで多数の品種が作出された。日本では富山,新潟の砂丘地帯などで輸出用の球根が育成されている。花壇に植込んだり,鉢植にしたりまた切り花にして観賞する。鱗茎は円錐状卵形で,赤褐色の薄い皮でおおわれる。春,鱗茎より2~3枚の葉とともに円柱状の花茎を伸ばし,頂端に1個の美花を開く。花は上向きに開き,広い鐘形,6枚の花被片はほぼ同型で卵形または広披針形,品種により赤,黄,紫などさまざまな色を示す。品種はきわめて多く,なかでもダーウィン種は,花茎が長く,また花の形もよいので切り花に最適とされている。(ブリタニカ国際大百科事典)

◎ コスモス=アキザクラとも。メキシコ原産のキク科の春まき一年草。高さ1〜2mになり,2回羽状複葉で,裂片が線形の葉を対生。秋,径5〜7cmの頭花を開く。中心の筒状花は黄色で,まわりの舌状花は普通8個で,白,ピンク,紅色,(じゃ)の目や覆輪模様になるものもある。八重咲,コラレット咲,大輪咲,または舌状花が管状になるものや,夏前に開花する早咲の園芸品種がある。花壇や切り花に利用される。メキシコ原産の一年草キバナコスモスは別種で,葉の裂片が幅広く,舌状花が黄またはだいだい,朱赤色。切り花,あるいは矮(わい)性品種が花壇や鉢植に利用されている。両種とも栽培は容易。(マイペディア)

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 この山中に越してくるまでの三十年、ぼくは佐倉市に住んでいましたから、この「ふるさと広場」へは何度も足を運びました。「印旛沼」が隣接していて、その近くは格好の運動環境になっています。マラソンの金メダリストだった女性の名を冠したコースも整備されている。この広場はオランダとの友好の印として、市でも力を入れて運営しているのです。(オランダと佐倉は「蘭学」が取り持つ縁で友好を深めてきた、佐倉順天堂を作った佐藤泰全は蘭学を納めた医師(蘭方医)だった。その意味で、「西の長崎、東の佐倉」と、ぼくは両方を贔屓にしてきた)佐倉についてもいろいろと学んだが、市長をはじめ、行政がよくなかった、不熱心だった。それはともかく、オランダとの親しみの証としての「チューリップ」でしたが、昨年、このニュース(伐採)を聞いて、なんという心ない仕業かと、ぼくは思ったし、今でもその気持ちは変わっていません。丹精して育てた「花」が、無残にも切り取られ、踏みつぶされた。この荒行(業)は佐倉市に限らないことを後で知り、暗澹とした気分に襲われたことを覚えており、今もなおその気分は続いているというのが正しそうに思います。長崎の「ジャガタラお春」や「オランダおいね」に相当する人物がいないわけではありませんが、今のところ、それを駄文の種にする気はまったく出てこないんですよ。

◎ 佐藤泰然(さとうたいぜん)(1804―1872)=幕末の蘭方医(らんぽうい)。出羽(でわ)国(山形県)出身の旗本、佐藤藤佐(とうすけ)(1775―1848)の子として稲毛(いなげ)(川崎市)で生まれ、江戸で育った。幼名は田辺昇太郎、長じて和田泰然と称し、紅園と号す。27歳のとき、蘭方医を志して足立長雋(ちょうしゅん)の門に入り、1835年(天保6)から3年間長崎に遊学し、オランダ館長ニーマンJohannes Erdewin Niemann(1796―1850)や通詞出身の医師大石良逸、楢林栄建(ならばやしえいけん)に学ぶ。江戸に帰って医師を開業し、門弟を集めて和田塾と称した。1843年、老中堀田正睦(ほったまさよし)の領国の佐倉(千葉県佐倉市)に移り、名を佐藤泰然と改め、順天堂をおこし、多数の門弟を養成した。鼠径(そけい)ヘルニア手術、乳癌(にゅうがん)切除術、そして日本で最初の卵巣嚢腫(のうしゅ)摘出などの手術を無麻酔下に行うなど、実地外科に腕を振るったほか、オランダ医書を翻訳し、『接骨備要』『謨私篤(モスト)牛痘篇(へん)』『痘科集成』を著したが、出版はされなかった。佐倉順天堂はのちに順天堂医院、順天堂大学へと発展した。(ニッポニカ)

 それでも、花はいいですね。人間に見られるために咲く「花」ではなく、たまたま「咲いている」時や場所に遭遇する、それがぼくの花見、花鑑賞の約束のようになっています。「花」に会いに行く、会えるかどうか、わからない。それもまた、心地よい。だから、滅多に人だかりのする場所にはいかない。コスモスなら、近所の畑や田圃の畦道に咲いているのが、なんとも美しい。チューリップは手入れをしないとに咲いてくれないので、人工的な栽培が主となりますから、必然的にぼくの足は遠のく。「佐倉ふるさと広場」のチューリップの盛りには一度も出かけたことがありません。萎れかけているのを、たった一回見ただけです。美しく咲く花を一本でも多く咲かせれば、もっと美しくなるだろうという、花には似合わない人間の欲望、そんなものを感じて足が遠のいてしまうのです。

 「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」という世阿弥の言は、肯綮に当たるというべきか。「花と面白きと珍しきと、これ三つは同じ心なり」いわば、芸の三位一体です。「ただ珍しさが花ぞと皆人知るならば、さては珍しきことあるべしと思ひ設けたらん見物衆の前にては、たとひ珍しきことをするとも、見手の心に珍しき感はあるべからず。見る人のため花ぞとも知らでこそ、為手の花にはなるべけれ。されば見る人は、ただ思ひのほかに面白き上手とばかり見て、これは花ぞとも知らぬが、為手の花なり。さるほどに人の心に思ひも寄らぬ感を催す手だて、これ花なり」(世阿弥「風姿花伝」)

 この世(現実)の花と、世阿弥の「花=面白さ=珍しさ」を同一と見立てるのは、なんとも興醒めのするもの。しかし、思いもかけないところで一輪の花に出会う、あるいは突然の落花に遭遇する、「これ花なり」と、ぼくは言いたいんですね。「コスモス・フェスタ」だの、「桜祭り」というのは、それだけで、「珍しさが花と皆知るなら」、きっと珍しいことがあるに違いないと待っている見物衆の前では、「たとひ珍しきことをするとも、見手の心に珍しき感はあるべからず」、花が盛りだ、見に行こう、酒と肴をどっさりもって、そんな心持ちでは「花」は見えない、見られないと世阿弥は言うのでしょう。ぼくの花見の極意というほどのものではありませんが、「あっ、こんなところに咲いていた」という、偶然が欲しいんですね、「秘すれば花なり」と。これは「花」にかぎったことではなさそうです。

 隠岐の島の土建業の社長さん、粋なことをされましたね。この隠岐に関しても何かと駄弁りたいのですが、ここでは止めておきます。「公共事業をはじめ、地域から仕事をもらっていることへの恩返しをしたい」という言やよし。この島社会では、いろいろと、公共事業に纏わる「黒い噂」が絶えません。業者から千万円単位の「賄賂」をもらった政治家が、ある腐敗党の「幹事長」になったという。この社会は、チューリップもどきの「先物買い」、あるいは「投機」が政治のど真ん中で執り行われているのでしょうね。人事不省は不正人事から始まります。人民の苦しみが眼中になく、おのれの珍奇な名誉欲や利権確保に狂奔するのが政治だという、あきれ果てた行状が隈なく劣島で敢行されている。「秘すれば花」ならぬ「秘さぬなら」悪も善になるというも顚倒の珍芸が罷り通っているのです。

 「悪い奴ほどよく眠る」という黒澤明監督の映画がありました。日米安保条約が改定された年(1960年)に公開されたもので、今の政治状況に、登場人物や役回りその他、そっくりだという気もするのです。という意味は、時間が過ぎたけれど、人間の本性は、悪い面もまた、寸分も変わらないということの表れでしょう。「悪い奴ほど」よく眠るのだと黒沢さんは言われたが、A幹事長は「睡眠障害」という理由で病院に逃げ込んだ。ニセの病名を天下に公表して、犯罪から逃れるためにソーリのポストを降りた虚言男に、瓜二つ、いや双子なんだろうね。これを「仮病」というのですが、それを理由に学校をさぼるのとはわけが違う。こんな輩が「表舞台」で猿回しのサルを演じている(実は、彼等は、許されざるという「サル」の旧族だったのだ)、そんな舞台に「秘すれば花」などという、人民の感激も感動もあるはずがない。不幸は、まだまだ続くのだ。

 不愉快な話題は止めて、「秘すれば花の物語」です。球根が投機の対象になるというのは、洋の東西、古往今来、変わらない「金の亡者」の狂騒かつ悪辣さを見せつけられます。だからこそ、一本のコスモス、一鉢のチュ―リップに、ささやかな願いを寄せるのでしょう。今日一日、爽やかに咲いてほしいという、ささやかな願いを持ちたい。

 ぼくの曲った性分には似合わないと、我ながら思う、この花々の「花ことば」を。

・コスモス(和名は秋桜)の花ことば=「調和」「乙女の純真」とか。(花色ごとに花言葉があるという)

・チューリップの花ことば=「思いやり」だとさ。(色別にも花言葉があります)

HHHHHHHHHHH

 「美しい花」などというものはない。あるのは、わが心が思い出させる「花の美しさ」ばかりです。いや、どちらも同じことなのかもしれない。「美しい花」というとき、あるいは「花の美しさ」というのも、じつは、ぼくらの感覚器官に映し出されている「美しさ」を記憶からよみがえらせて、眼前の「咲いている花」に投影するのです。「美しさ」を確かめるのは、ぼくたちの心のうちにある、たしかな「美」の記憶です。だから、その「美」の記憶を失えば、80万本の花々を、いとも邪険に切断し、なにかと御託を並べるばかりということになる。「花の美しさ」を踏みにじる人は、おのれの心の内にある、「美しさの記憶」をも土足で踏み殺しているのでしょう。

 「美」の記憶を壊してしまえば、何があろうが、目に映じるものが「美しい」と感じることはなくなる。「美」と並んで存在しているのは「醜」の記憶です。誤解されそうな言い方をします。「美の中には醜がある」し、「醜の中には美の部分がある」のです。だから、「美」の記憶が壊されると、同時に「醜」の記憶も存在しなくなる。その時、ぼくたちの目には、美・醜に関りのない「荒涼」「茫漠」とした景色(その感覚すらないだろうが)しか映らなくなるでしょう。

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。