此世の田刈らるべきもの刈られ果て

 

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 【北斗星】薄墨で描いたような雲が赤く染まっていた。家路を急ぐ足が思わず止まる。美しい夕焼けに、一日の疲れが癒やされていく。日一日と秋の深まりを感じる。そんな季節だ▼県内では平年より早いペースで稲刈りが進む。黄金色の田んぼの隣には刈り終えた田。刈り株から青い葉が出ている。ひこばえだ。霜で大半が枯れたり、穂が出ても中身が空っぽだったりするという。それでも刈り田を青々と染めている。その様子に命の力を見る▼スーパーにはあきたこまちの新米が並ぶ。お気に入りの湧き水で炊いてみた。茶わんの中で粒々が輝く。口に入れるとコメの香りと甘さが広がった。塩ザケや漬物などで食べると、うまさが際立つ。「やっぱり新米だな」と笑みが出る時だ▼ただ不安もある。おいしいコメをこの先もずっと食べ続けられるのだろうか。心配なのは地球温暖化の影響だ。深刻になると、今世紀末に全国のコメ収量は20世紀末より約2割減少。粒が白く濁って割れやすい低品質米も大幅に増える―。国内の研究機関が約2カ月前、そんな予測を出したからだ▼今年の本県の作柄(8月15日現在)は「平年並み」の見込み。気候変動の中でも質の高い新米を食べられるのは農家が手をかけ、汗水を流して育ててくれたからだ。田んぼで作業する姿を見るたびに稲刈りの季節が待ち遠しかった▼新米のおむすびを頬張る。ゆっくり優しくかんで味わう。今はただ、1年ぶりの貴重なコメを感謝していただきたい。(秋田魁新報電子版・2021/09/28)

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 普段、徘徊に足を運んでいる田圃一帯は、もうすっかり刈り入れも終わりました。このあたり劣島でも最も早くに田植えがされ、したがって刈り獲りも早くに終わるのです、八月末には済んでいました。今日は、全農家がコンバインを使いますから、あっという間の「刈り獲り」「脱穀」「乾燥」です。これがすべて、たった一人でできる。昔日の感を深くするばかりという「浦島太郎」です。ぼくは農家の出ではありません。しかし田舎(新潟や石川)の親戚には農家があり、米を中心に盛んに農業を営んでいますから、まんざら、田植えや稲刈りに無縁でもなければ、無関心でもいられないのです。

 小学校に上がる前から、ぼくは農繁期には一人前のような恰好で「田植え」や「稲刈り」を手伝わされました。今から七十年以上も前のことです。石川県の中程にある能登中島という農村で、それなりの「カルチャ(culture)」経験を重ねていたのです。カルチャーの原義は「耕作」「栽培」です。荒れ地を耕し、そこに種をまき、水や肥料を与えて、育て、ついには収穫を得る、この一連の過程が「文化=カルチャー」でした。(その意味では、教育もカルチャーですね)幼少期の田舎の経験が、その後の人生にいかなる影響を及ぼしたかは定かではありません。しかし、ぼくは農業というか、種から育てて開化や結実を見る、その過程に大変興味をいだくようになったのは、実に幸いだったと思う。ものを育てる、「成長」「生長」というものが、それ本来の「素質の開化」であり、「結実」であるという実感が、大きくなってから教師の真似事をするようになって、大変な備えになっていたのではないかと考えたりします。農業(agri+culture)は、荒れ地を耕し、耕作に適した地にすることです。 野生を、人間の働きかけによって、よりいいものに育てるのでしょうね。だから「文化=culture」も、一つのART(人為)です。

 苗床で苗を育てる、苗代を作る。土起し、田の代掻き、田植え、草取り、虫封じ、稲刈、稲架掛け、脱穀、…。このような一連の作業が地域総出の日常であったことは、人間集団にさまざまな約束や性格を与えることになります。結・巻などという「結合の力」を示す言葉は多い。それが地名になったり、姓名になったりしている場合もあります。農(作)業は、個別・孤立しては立ち行かない側面を持っています。集合の力を得て初めて成立する。規律や協同を重んじる気風は、多くは農村社会から生まれたものでしょう。その規律を認めない者には「村八分」というサンクションが加えられてきたのです。小さいながらに、どこまでこの農業風土というものを理解したか、おおいに疑問ではあります。けれども、大なり小なり、この島社会の気風、それは前時代まで続いていたものです、それを自分も身に着けているとみなすと、なんだか奇妙な気もします。この社会は歴史の大半が「農業社会」として、時を刻んできました。史学者の網野善彦さんは「敗戦までは弥生時代」というようなことを言っておられた。

● 結(ゆい)=語源的には結う、結ぶ、結合、共同などを意味し、地域社会内の家相互間で行われる対等的労力交換、相互扶助をいう。地方によってはイイ、ユイッコ、エエなどとよばれ、また中国・四国地方のように手間換(てまがえ)、手間借(てまがり)と称する所もある。結は催合(もやい)とともにわが国の伝統的な共同労働制度の一つであるが、催合の慣行がかつて漁村で盛んで現在は衰退しつつあるのに対し、結は農山村で盛んで、現在も田植、稲刈りなどさまざまな機会に行われている。結における労力交換では、多くの場合、働き手として出動する個人の労働力の強弱はあまり問題とはされないが、一人前の人間が1日提供してくれた労力に対しては、かならず1日の労働で返済することが基本で、金銭や物で相殺することを許さない点に特徴がある。結は農耕作業で行われることが多く、起源もそこにあると考えられるが、実際の機会はそれにとどまらず、屋根の葺替(ふきか)え作業における茅(かや)の切出しや縄ないなどでもよく行われた。/ そのほか奇抜なものとして、秋田県では共同で按摩(あんま)の練習をすることを結按摩とよんでいたし、結で髪を結い合うなどの例もあり、結の意味が共同という範囲にまで拡大して解釈されることが少なくなかった。(ニッポニカ)

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 本日は午前九時前に「猫」を連れて病院へ。ワクチン接種でした。人間ではなく、猫の方です。ついでに「白血病」「猫エイズ」の検査をしてきました。無保険でしたし、「二人いっしょ」でしたから、大枚の金員が飛び出していきました。消えた金員を取り返すために、何か芸を教えるという魂胆もなく、この生後半年近くの「二人いっしょ」は、来週末には避妊と去勢の手術です。というわけで、荒れ庭の草取り(九割がたは終わっています)も残っているし、このところは散歩もできず、しかも週末には「台風」襲来が予想されています。この近辺の稲刈りは終わりましたが、これからというところは、大変に気がかりなことです。

 「はさ(はざ)」という語をご存じでしょうか。いろいろな漢字が当てられますが、元の意味は一つだったろうと思われます。「稲架」という字が一般的です。刈り獲った稲束を乾燥させるための「木組み」です。形式はいろいろで、各地で異なります。今は、どこにでも見られる景色ではなくなりました。ぼくはこの稲架の稲かけをさかんに手伝わされました。なかなかの重労働だったという感覚が残っています。(下の写真の中に、二枚ほど出してあります)ここで「天日干し」してから、脱穀します。これも今はコンバインですが、ぼくは「脱穀機」を使ってやらされました。(左の写真)

● はさ【稲架】=刈り取った稲束を乾燥するための木組み。手刈りまたはバインダーで刈取り・結束した稲束の乾燥法には,大別して地干し,立干し,架干し(かぼし)および棒掛けの4種類がある。このうち架干しのために用いられるのが稲架である。稲刈り直後のもみは約20%の水分を含むが,乾燥後のもみの水分は15%程度まで減少し,脱穀・調製やその後の貯蔵に好適となる。稲架には地方により種々の形式があり,その呼称も,はざ,いねかけ,いなぎ,いねぎ,かかけ,おだ,あし,だてなど多様である。(世界大百科事典第2版)

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 続けて行っても切りもありませんので、雑談はこれで終わり。最後に一つだけ。米の生産と消費問題です。よく指摘されていますが、コメの消費が年々減少していること、やがて、今以上に大量の輸入米が入ってくると、コメ農家は壊滅するかも知れません。外国産に、価格面で太刀打ちできないからです。TPPはどういう働きをするのか。農業危機の、その兆候は今もあります。

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 一人当たりのコメ消費量が右肩下がり。この島の米生産は「コシヒカリ偏重」、さらに「生産量」も右肩下がり、という状況は方向転換する兆しはありません。この先に展望があるのかどうか。今でもやっているのか、ぼくは知りませんが、文科省が一時期、大きな税金を投入して、「早寝早起き、朝ご飯」というキャンペーンを張っていました。(文科省は、農水省の下請け?)効果の程はどうだったか。

 つい数日前、ぼくはスーパーで、今年の新米「ふさおとめ」(5㎏)を買いました。夫婦二人で、おそらく二か月は持ちます。ぼくはほとんど(コメの)ご飯は食べないから、夫婦で、年間60㎏の消費がせいぜいでしょう。(半人前というところで)成人の一人分です。これでは消費量が減るはずです。ぼくは以前は「酒のみ」でしたから、お米(多くは山田錦)の消費量は相当なものでした。今はその反動かもしれない。 

 食糧自給率も4割を切っています。3割バッターですな。ぼくが心配しても仕方がない問題ではあります。もっとも、自給率のとらえ方、あるいは原料や材料の理解の仕方で数値がちがってきますから、この4割未満は正確ではないでしょう。しかし、「瑞穂の国」としては、根幹が揺らいでいるとも言えます。マックやケンタッキーをたらふく食べて、「大和魂」もいいかもしれない。国際色豊かというのか、ディアスポラも結構というのか。一国主義が抵抗を受ける時代になってきましたから、多方面での「国際色」というのは一つのトレンドなのかもしれないし、その方向に進むことに、ぼくは異論を持ちません。

 しかし、国籍や民族の魂とか何とか、五月蠅いことを抜きにして、国際的な人民の寄り合い(町内会)とでもいうような、そんな異質者との付き合い方は、じっくりと学んでおいた方がよさそうです。世界の政治地図は、ぬりかえられることになるのか、あるいは危機を孕んだままの膠着状態が「常態」となるのか、コメの問題をきっかけに考えてみるいいテーマかもしれないんですね。

 今日の夕食の食材を一つひとつ、これはどこ、あれはどこというように、丁寧に仕分けすると、じつに豊かな国際色が、テーブルの上で花開いていることを確認できるかもしれません。国産の野菜や果物だって、外国人が育てたのかもしれませんね。日本という島国は、孤立しては存続できないのです。自らの位置を知ることは、これからの生活に重要な契機となるでしょう。一人一人がすでに、自分の中に自分流の「世界地図」を持っているんですよ。

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此世の田刈らるべきもの刈られ果て(中村草田男)(意味深な句ですね)

稲を刈る音思ひ出のなかにあり (飯田龍太) (龍太氏は山梨産。往時を偲んで一句)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。