「なぜ同じ場所で。まさか…」がまさか?

 【有明抄】敬老の日に 女優の十勝花子さん(1946~2016年)が「転ぶ老女」というエッセーを残している。野球が大好きで、よく通った神宮球場の近くで遭遇した出来事をつづっている◆いつものように球場へ出掛けた十勝さんは、転んで倒れ込んだ高齢の女性に出会った。近くにいた人も集まって助け起こすと、女性は何度もお礼を言って立ち去った。優しく言葉を掛ける人たちに「渡る世間は鬼ばかりじゃない」と感じたという◆その1週間後、十勝さんは同じ場所で、高齢女性が女子高生に助けられている場面に遭遇した。転んでいたのは、同じ女性だった。「なぜ同じ場所で。まさか…」。疑念を抱いた十勝さんは翌月、人が歩いてくるのに合わせて、女優でも感心するほど上手に転ぶ老女を目撃した◆わざと転んで、助けに集まった人たちの優しさに触れる。そうでもしなければ、心が保てない孤独の中で生きているのだろうか。何とも切なく、哀(かな)しい話である。十勝さんは老女の人生に思いをはせながら、「怒る気にはなりませんでした」と書いている◆「敬老の日」。明るい話題をと思いながら、転ぶ老女の姿が浮かんで消えない。いろんな苦労を重ね、長い人生を歩んできた人がわざと転ぶような社会にはしたくない。長寿を祝うだけでなく、高齢社会のありようを改めて考える日でもある。(知)(佐賀新聞Live・2021/09/15)

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 この「有明抄」の記事を読んで、ぼくは即座に「一杯のかけそば」現象を思い出しました。それがどのようなものだったかは「辞書」に委ねますが、「ちょっといい話」には棘がある、いや「嘘」があるということかもしれません。この「一杯のかけそば」が巷で話題になった時期、ぼくはそれにはまったく興味がなかったし、その内容もほとんど知りませんでした。おりから、昭和天皇の「体調すぐれず」報道がつづいており、それだけ、社会ではストレスがたまる状況下にあったのでしょう。この時期、天皇の病状について、事細かに知らされ、また現下の「緊急事態宣言」以上に、まるで戒厳令下におけるような規制や自粛が求められていました。

 「一杯の…」はそのような状況において始まり広まりました。顛末は「辞書の解説」の通りだろうと思います。かけそばを食ったのは誰だったかわかませんが、「一杯食わされた」のはマスコミを含めた、不覚の涙を流してしまった民衆だったかもしれない。いい話に「涙腺が壊れた」人もいたろうし、「どうせアイツのやってることだ、嘘に決まってっるだろう」と、はなから魂胆を見抜いていた御仁(知り合い)もいたでしょう。世に盗人の種は尽きまじ、いまなお、寸借詐欺ならぬ、大掛かりな組織犯罪が「オレオレ詐欺」に姿を変えて横行しているのです。いずれの時代にも「化かし合い」「化かされ合い」はみられることで、それを巧妙に「ちょっといい話」「ちょっとしんみりする話」に仕立てるのは、魂胆を持った人間たちの仕業でしょう。それもまた「詐欺」なんだな。詐欺の万世一系でしょうか。

○ 一杯のかけそば=良平による童話。栗自身による民話や童話の素話の会で語られていた作品のひとつだが、1988年、栗の物語を集めた「栗良平作品集2/一杯のかけそば・ケン坊とサンタクロース」に採録、書籍として出版されてから全国的話題作となる。当初実話をもとにした作品とされていたが、のちに創作であることが判明し、批判を浴びた。1992年、西河克己監督により映画化。(デジタル大辞泉プラス)

 十勝花子さんの文章は、ぼくは未読。彼女がテレビなどで活躍していた時代には、テレビをまだ見ていた頃でしたから、ひょうきんで活動的な、しかもさっぱりしていた印象があった。彼女については、いかにも「騒々しい女性」というふうに見えたが、それは彼女の演技だったか。

 その「転ぶ老女」についてです。それに関してとやかく言うのではありません。「わざと転んで、助けに集まった人たちの優しさに触れる。そうでもしなければ、心が保てない孤独の中で生きているのだろうか。何とも切なく、哀(かな)しい話である」とコラム氏は憐憫の情が満杯というか満開の様子です。さらに追い打ちをかけるがごとくに「「敬老の日」。明るい話題をと思いながら、転ぶ老女の姿が浮かんで消えない。いろんな苦労を重ね、長い人生を歩んできた人がわざと転ぶような社会にはしたくない」と、なかなかのご高説を書かれています。ぼくもそのように思います。毎週のように「痛い思い」をしなくて済むように、公園かどこかで「マットレスを敷き詰めた歩道を」作ったらどうですかと、言いたくなるような「老人の日」の記憶(回顧)です。ぼくは「老人の日」創設の由来を知らない。

 でも、今年の「老人の日」にかぎって(だと思うが)、わざわざ、この「転ぶ老女」を記事にしますか。なにかちがうぞ、という感じがぬぐい切れませんね。「転ぶ老女」は、いかにも「騙し専門」のように見える。「憐れみ(同情)を買うためだけで、こんなこと(痛みを伴う芝居)をするだろうか」と、ぼくなら考える。もし仮にそうだったら、こんな「悪趣味なエッセーを書く(書かせる?)」前に、「何かすることがあったのではないですか、花子さん、文春さん」(その花子さんも、今は亡い。合掌)

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○ ろうじん‐の‐ひ (ラウジン‥)【老人の日】=〘名〙① 「けいろうのひ(敬老の日)」の旧称。※川の(1963)〈長谷川かな女〉川の灯「老人の日栗飯を媼はこび来し」② 広く老人の福祉についての関心と理解を深めるための日。老人福祉法の改正により、平成一四年(二〇〇二)から九月一五日が老人の日、二一日までが老人週間と定められた。[補注]従来九月一五日であった「敬老の日」が九月の第三月曜日に変更されたことに伴うもの。(精選版日本国語大辞典)

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 「転ぶ老女」が「ちょっといい話」だというのではありませんし、反対に「気が滅入るような話」なのかもしれませんが、それを十勝さんは明るく明るく、「また助け起こすだろう」「怒る気にはなりませんでした」と書かれているという。ぼくはこのエッセーが納められた本を探したのですが、見当たりませんでした。あるいは、わけがあって、ネットでは探せなくなったのかもしれない。それはそれ、ぼくが少し気になったのは、十勝さんは律義というか物好きというか、少なくとも、くだんの「老女」の転ぶ瞬間を三度まで見られていたという。最初は偶然、二度目は次の週でしたが、これも偶然か。そこで「これはおかしい」と。「疑念を抱いた十勝さんは翌月、人が歩いてくるのに合わせて、女優でも感心するほど上手に転ぶ老女を目撃した」とあります。曜日や時間帯はわかりません。きっと「偶然の重なり」だったのか。偶然が三回続いたことになります。老女の転ぶ瞬間に、花子さんが遭遇する確率は「天文学的数字の珍しさ」にならないでしょうか。

 ぼくは、何かイチャモンを付けているのではない。「人の温もり」を得たいがために、あるいは毎日のように「転ぶ老女」がいたとしたら、それはまた別の問題でニュースになるでしょう。そうならなかったのは、いくつかの理由があったからだと思うのです。こんなことはどうでもいい話でしょうが、マスコミが「転ぶ老女」事件を増幅させているとしたら、どうか。三度も偶然が重ならないとは断定できないが、まずありえないと、ぼくなどは言いたくなります。それならば、どうしてこういう事件が生じたか。一、二回目は偶然だった。しかし三度目は「老女の行動」を監視していた、誰かがいたということならどうでしょう。それが十勝さん本人か、出版社の編集者、あるいはその周辺の人か。これなら「ヤラセ」になりませんか。あるいは、そんな「転んだ」話などはなかったのだったら?

 朝から「草取り」をしていて、もう少し続けようとしたのですが、猫も呼びに来たので中止、雑文・駄文を書きましょうと「コラム」を「ちら見」していて、「有明抄」の記事を思い出したのでした。数日前に過ぎていた「老人の日」(「敬老の日」)に、一言、モノ申したいと愚考していた時だったから、「転ぶ老女」に目が留まったというのが事の成り行きでした。「老人の日」には定番のように、決まった内容のニュースがこれまでは出ていました。昨年や今年は「新型コロナウィルス」問題で、それが少なかったのか、ほとんど見ませんでした。だからなおさら「十勝花子と転ぶ女」二題話に触れてしまったのです。それを受けて「コラム氏」が書いた、いかにも「敬老の日」用の「こんな老人を出さない社会を」式のきじ、なんとも人恋しい秋なんですね。「同じ場所で、まさか」が、あるいは、とぼくは一瞬思ったけど。まさか?

 ひょっとしたら、十勝・文春仕掛けの「地雷」に足を下ろしてしまったかも、一杯食わされたかな、と読み過ぎをしてみたのでした。幸いにして「不発弾」のようだったと早とちりして、済んだことにします。もう危険区域には近づかないようにしたいね。「老人は老人らしく」と言われかねない時代です。それに「一杯食わされる」なら「天ぷらそば」にしたいものだと、本日「蕎麦屋」にデカケルことに決めました。「蕎麦 さとう」(茂原市)です。どこかで触れましたが、なかなかの味ですよ。山形出身のソバ屋さんです。(右写真  昭和末の「自粛」要請は、まるで命令のように、津々浦々に行きわたりました。歌番組も映画も芝居も落語も…、軒並み中止。今現在も「宣言発令中」なんですよね、ひょっとして。昭和末にも、実は目に見えない(インペリアリズムなる旧型)ウィルス感染症が大流行中(この島においてだけ)だったんでしょうかな)

時事通信社:日没近くになってもとぎれない記帳者の人波(東京・千代田区皇居前広場) 撮影日:1989年01月07日

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・名月に麓の霧や田の曇り(芭蕉) ・山里は汁の中迄名月ぞ(一茶) ・名月や十三円の家に住む(漱石) 

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。