宇宙(コスモス)における人間の地位

 風に波打つ「コスモスの海」 阿智・治部坂高原スキー場

 阿智村浪合の治部坂高原スキー場で、ピンクや白色のコスモスが咲き、標高約1200メートルに吹く秋風で波を打つように揺らめいている。同スキー場によると約100万本あり、これから見頃を迎えて今月末まで楽しめそうといい「コスモスの海を見に来て」とアピールしている。/ 冬季はゲレンデになる約7ヘクタールに、4、5月に種をまいた。例年なら8月下旬から9月初旬に見頃を迎えるが、今年は8月に雨が多く、生育が遅れている。/ 雲の間から青空がのぞいた5日、多くの親子連れらがリフトの上から写真に収めたり、降りて散策したり。毎年訪れるという飯田市駄科の自営業、木下陽子さん(50)は「今年も色鮮やかできれい。青空の下で気持ちがいい」と見入っていた。/ スキー場支配人の谷川和久さん(56)は「涼しい風の中、自然を満喫してほしい」としている。問い合わせは治部坂観光(電話0265・47・1111)へ。(信濃毎日新聞WEB・2021/09/06)

 生来の出不精です。変な使い方をすると、「三つ子の魂百まで」というように、この性格は今もって変わりません。旅行というか、家を出ること自体が億劫なんです。ぼくは木になりたいと強く思ったことが何度もあります。樹齢何十年でも、とにかく動かないこと「山の如し」で、木々の第一の強みは「大地に根を張る」ことが出来るからです。根を張るというのは、「根を張る=ねばる」です。ボンドやなんかと違って、何百年でも動かないのだ。でも、ついにどこにも根を張れないままで、今や倒木の時期を目前にしています。

 したがって、他人様のようには、遠近いずれにも出向くことはいたって珍しいこと。しかし、何事にも例外はあります。ぼくの場合、それが例外といえるかどうか怪しいが、若いころから、冬はスキー、夏は登山という定番のような悪習がありました。三十から六十くらいまでだったか。そのほとんどが、長野でした。理由はいたって簡単、スキーも山登りも、初めて行ったのが長野県だったから、それだけです。一切浮気はないと言いたいんですが、数回よそに行きました。宮城とか山形とか。それ以外は、皆無。いいことだったかどうか、ぼくにはわかりません。

 これもどこかの駄文で書きましたが、大学に入ったた年、夏休みに入ってすぐに、たった一人で信州周遊を試みました。ほとんどがバスの旅みたいなものでした。想い出というものは何もなく、時たま、あちこちの湖や高原で過ごした束の間の遊山が、懶惰な日常生活のアクセントになったかもしれない、その程度の暇潰しだった。それ以来の長野詣でが続いただけです。他県に比べて、今でも長野には友人や知人が多いように思われます。

 コスモスを観に、あるいは星空を眺めるために遠出するという気はまったくないのですから、無粋そのもので、我ながら呆れてしまいます。しかし、たまたまスキーや登山などで、偶然に花の季節や夜空の天体ショーに遭遇することはありました。でも、それは偶然であって、「わっ、美しい」と一声発すれば、それで終わりという、面白くもない瞬間の経験ではありました。それにしても、長野はほぼ全域を回ったことになります。その一々を書く必要もありませんが、そんな県は長野だけというのも、考えてみれば不思議です。この写真の「阿智村」は、岐阜県のすぐお隣です。飯田市にも何度か、つまらない話をするために出かけたことがあります。今でも、年下の、酒飲みでタバコ吸いの(女性の)友人が住んでおられる。この人のことを書くと際限がなくなります。それほどに、「濃厚接触」をしたことがあります。もちろん、健全な異性交遊でしたよ。

 コスモスです。「秋桜」と書いてコスモスと読ませる向きがあります。なんでや、と言いたくなりますが、桜は春だけのものではないという「桜好き」が嵩(こう)じたためでしょうか。あるいは、別の理由があるのか。「あき‐ざくら【秋桜】〘名〙 (花が桜の形と似ていることから) 植物「コスモス」の異名。《季・秋》※山廬集(1932)〈飯田蛇笏〉昭和二年「垣間見し機たつ賤や秋桜」精選版日本国語大辞典)(この蛇笏の句は、どのような情景を詠んでいるのでしょうか。ぼくには奇異な感がします)

 コスモス。さらには、こんなのもあります。「日本のポピュラー音楽。歌は女性歌手、山口百恵。作詞・作曲:さだまさし。1977年発売。」(デジタル大辞泉)

 この花を、俳号にしているのが水原秋櫻子。いろいろな方面に活動をされた方でした。

〇 水原 秋桜子(ミズハラ シュウオウシ)=大正・昭和期の俳人,産婦人科医 元・「馬酔木」主宰;俳人協会名誉会長。生年明治25(1892)年10月9日 没年昭和56(1981)年7月17日 出生地東京市神田猿楽町(現・東京都千代田区) 本名水原 豊 別名別号=喜雨亭,白鳳堂 学歴〔年〕東京帝大医学部〔大正7年〕卒 学位〔年〕医学博士 主な受賞名〔年〕日本芸術院賞〔昭和38年〕,勲三等瑞宝章〔昭和42年〕 経歴東京帝大血清化学教室、産婦人科教室を経て、昭和3年昭和医専教授となり、宮内省侍医療御用掛を務める。また、家業の産婦人科病院、産婆学校の経営にも携わった。俳句は、大正8年「ホトトギス」に入り、高野素十、山口誓子、阿波野青畝とともに「ホトトギス」の4S時代といわれる黄金時代を築いた。昭和6年虚子のとなえる客観写生に対して主観写生を主張、虚子とは袂を分かち、9年からは「馬酔木」を主宰。37年から16年間、俳人協会会長をつとめ、53年名誉会長となる。38年日本芸術院賞受賞、41年日本芸術院会員。句集は「葛飾」をはじめ20集を数え、多数の評論や随筆集もあるが、54年には「水原秋櫻子全集」(全21巻 講談社)が完結している。(20世紀日本人名辞典)

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 虚子よりも、ぼくは秋櫻子を好みます。理由は単純、自分だけの「好き嫌い」で判断するからです。この好き嫌いは、曲げようがないのが特徴で、ぼくはこの判断基準を失くしたことも弱めたこともなく、いつでもまっすぐに歩いてきました。これは自慢じゃありません。要するに、オベンチャラが言えない質だということです。損得で人生を考える経験や趣向がないだけですね。だから、そのような生き方をした人に、より強く惹かれます。繰りかえし、秋櫻子さんの俳句を読んでみます。

竜胆や 月雲海を のぼり来る  

暗きまま 黄昏れ来り 霧の宿   

啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々

山茶花の 暮れゆきすでに 月夜なる  

瀧落ちて群青世界とどろけり

 清冽というのか、凛冽というのか、変な形容ですね。いかにも清々しい感覚がみなぎっているように感じます。ぼくはただの愛読者で、彼について、ほとんど知るところはないのです。歌人の窪田空穂に師事した経験が大きかったとはいえるでしょう。秋櫻子は短歌から出発したのでした。やがて虚子に師事、さらにはそこから離れて、「馬酔木」を主宰するに至ります。

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 場面は変わる。

 大学院に入ったころ、マックス・シェーラーの「宇宙における人間の地位( Die Stellung des Menschen im Kosmos )」という本を読んだ。短いものでしたが、辞書を片手に、なかなかに苦労した。コスモスという語に強くひかれたきっかけになったのです。その後、シェーラーの本をいくつか読むことを続け、彼の思想(哲学)を下敷きに何本かの拙い論文を書いたこともあります。大宇宙(マクロコスモス)に対して小宇宙(ミクロコスモオス)を掲げ、人間という「小宇宙」と「大宇宙」との相似性と、それに比した、人間存在の微小性を言うこともしばしばです。

 人間は宇宙においては無に近い、存在すら認知できない微々たる存在。ところが、人間が作る社会集団では、なんということか、自分は「コスモス」であると錯覚している御仁が腐るほどもいるのです。シェーラーから学んだことは、それとは別の次元でしたが、コスモスを想像するたびに、この「生の哲学者」のことを想い出したりします。師事するとか私淑するというのとは違った意味で、シェーラーからは哲学的人間学(というほどのものではないのですが)、それを悪戦苦闘しながら学んだ(独学)、ぼくにとっては、もの言わぬ教師みたいな存在だった。非常に困難な時代に生きた哲学者でした。ほぼ同時期に、カール・マンハイムの知識社会学などと言われる分野の仕事を学んだものでした。

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 でも、ぼくは物思いに耽ってなどおられません。とにかく、庭が雑草の圃場になったみたいに、好き放題に繁茂しているのです。酷熱の季節も過ぎ、肌寒い感すらするこの時期に、とにかく庭の掃除をします。ぼくの小庭は「アンチ・コスモス(反整然)」状態です。(幸いに寒くも熱くもないと、早速に草刈に赴いたのですが、ほんの小一時間もすると、カンカンの日照り、さらに瞬時に霧雨が降る。「✖✖✖ごころに秋の空」というらしい。本日は「猫の目天気」です。でも、なんとか手を付け始めなければ。ただ今二時過ぎです。本日はここまで)

〇 コスモス【kosmos】=整然たる秩序としての世界を表すギリシア語で,その反意語は,世界の生成以前の混沌を表すカオス。このコスモスという語は,今日では一般に,価値的な観点と融合した,あるいはまだそれから全面的には脱却していない近代以前の世界像を指すのに用いられる。この語は元来〈整頓〉〈装飾〉〈秩序〉を意味する言葉で,英語cosmeticが化粧品の意であることにうかがえるように,女性が服飾や化粧で装いを凝らした状態や,軍隊や社会の規律や秩序を表現するために使われたが,後に自然界の秩序立った様相を示すのに転用され,ついには〈世界の秩序〉あるいは秩序の貫徹した〈世界〉そのものを意味する語へと変貌を遂げていった。(世界大百科事典第2版)

〇 ミクロコスモス(みくろこすもす)microcosmus ラテン語 microcosm 英語 microcosmos 英語=一般にいわれる宇宙を大宇宙(マクロコスモス、ラテン語でmacrocosmus、英語でmacrocosm/macrocosmos)とし、それに対して人間の身体を小宇宙(ミクロコスモス)に見立てて、大宇宙との対応を求めることを、大宇宙・小宇宙(マクロコスモス・ミクロコスモス)対応の原理という。大宇宙の秩序(コスモス)は人間の身体内にも調和をつくるとして、医学に影響を与えたが、その源は古代ギリシアのヒポクラテス学派に発するともいわれる。/ より広範な神秘思想としては、ヘルメス文書に宇宙と人との共感の形となって現れ、後期古代における初期キリスト教教父たちに受け入れられて広がった。キリスト教のなかでも、神のイメージとしてつくられたアダムは小宇宙であるが、その身体の中に大宇宙を体現するとされた。(ニッポニカ)

〇 Scheler, Max(シェーラー)=ドイツのユダヤ系哲学者。ケルン大学教授。第1次大戦後の動乱期に活躍し,異彩を放った。初めオイケン,後にフッサールの影響を受けた。現象学の方法を精神諸科学に駆使しつつ,壮大な知識社会学と哲学的人間学の体系の確立に努めた。書は《倫理学における形式主義と実質的価値倫理学》(1913年―1916年),《宇宙における人間の地位》(1927年)など。(ブリタニカ国際大百科事典)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。