子曰、徳不孤必有隣(徳は弧ならず 必ず隣あり)

 数年前、ラジオ番組「夏休み子ども科学電話相談」で、5歳児がユニークなお願いをした。「星座の唐揚げ座をつくりたい」◆天文の専門家のアドバイスはこうだった。「毎日同じ時間に空を見て、あのお星さまとこのお星さまを結ぶと唐揚げの形になるかなって探してみて」。無数の星の中に形が浮かび上がる瞬間を味わってほしかったのだろう。◆ 星座は心理学で使われる言葉でもある。人生の出来事をつないで星座(物語)が見えれば、生きる意味がふに落ちる。きのう始まった南日本書道展に入賞した霧島市の鏡橋千佳子さんにとっては、10歳で掛けられた言葉が起点の星だった。◆ 高知から鹿児島へ引っ越す際、書道塾の先生が「書だけは続けて」と託した。でも遠ざかっていた。全てに自信を無くした20代にふと思い出し、教室へ通い始めた。その初日、師が言う。「接筆(線と線の接し方)さえうまくなれば、あなたの字は素晴らしい字になる」 ◆ 自分の可能性に光が差した。以来、精進を続ける。65歳になった。「人が何か道具一つを持って生まれてくるなら私は筆だったのかも」。南日本書道展は今回29回目の出品で、自己最高の秀作賞に選ばれた。◆ 会場のかごしま県民交流センター(鹿児島市)には入賞入選作350点余りが来月5日まで展示してある。一点一点が、出品者それぞれの努力が生んだ星の一つに違いない。(南日本新聞・2021/008/27)

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 鏡橋さんの「書道という星座」、とても素敵な話だと思いました。幼いころに、「一番星見つけた」といい、その一番星が起点になって、その後、さまざまな星々を見つけては、見つけたことも忘れていたかもしれなかったのです。「全てに自信を無くした20代」、彼女は「一番星」を再発見したのでしょう。やがて、孤立していたと思われた星々が、ある時の夜空で「書く」という「星座」であったことを発見したのです。以来、星座の裏に隠れていた星を見つけては(書に精進して)、彼女は「持って生まれた筆」という天稟(てんぴん)に邂逅した。「南風録」さんの記事も長年親しんできましたが、この「星座はめぐる」記事は、ぼくに秀逸に思われました。感謝のみ。それはコラム氏にか、鏡橋さんにか。あるいはお二人にか。

 無粋なことで、ぼくは「星座」を観察することはほとんどない。この方面に趣向を持っている人は、ずっと羨ましかった。なぜ、「星座」に目を向けなかったのか。理由はわからない。簡単に、あるいは乱暴にいえば、「関心が湧かなかった」のでしょう。望遠鏡を買おうとしたことはあったが、買ったところで、どうせよからぬものを覗いていたかもしれません。学校の教師がしばしば、「子どもに関心を持たせたい」「興味が湧くようにしたい」というのを耳にしました。今でもそのように話す教師はいるのでしょう。素人目に見ても、そのように言って「関心を持つ」「興味がわく」ことがあったら、さぞ楽なこと。初めから興味が湧くものは、えてしてつまらないものです。面倒だけれども、やっていくうちに徐々に難しくなり、さらに進んでいくうちに興味や関心が、本人を放さなくなるに違いありません。興味を持つために、自分がどれだけ、どんなことをしたか、それが問われるからです。何もしなくても面白いもの、それはすぐに飽きてきます。

 ある人が、どんなことに興味や関心を抱くか、いろいろな事情が作用しているに違いない。何にでも興味を示すというのは、一面では「注意力散漫」の証明であると思う。あらゆることに手を出すが、ものにはならないというのがオチです。だから一点に集中して、それを深めるようにして、初めて興味や関心が湧き、いよいよそれが「ほんもの」になるのでしょう。

 そのように言えるなら、ぼくはきわめて「注意散漫」な人間であったという結論になります。と同時に、ぼくは、性きわめて不遜でもありますから、誰かに何かを学ぶ(教えてもらう)ということが好きではありません。あからさまに言えば、すべてが「自己流」「自我流」でした。何事にも集中しなかったし、どんな専門も持たなかったのは、ひとえに、この偏屈な性情からだったと、今なら断言できます。誰かに何かを訊く、尋ねるのが大嫌いでした。逆に、よく言えば、どんな事柄も自分で分かろうとしたともいえます。これもよく使う言葉ですが、「自問自答」です。何かを誰かに尋ねる前に、質問内容をよくよく反芻していると、訊くまでもないという羽目になります。教師の真似事をしている間、ぼくは「どんなことでも質問してください」「でも、質問するのは難しいですよ」と、まったく矛盾するような言い方が口癖になっていました。「自問自答」が肝だということでしたね。

 質問するというのは、自分で考えないということと同義です。学校ではよく、「いい授業は活発な授業」「たくさん質問が出る授業です」などといわれる。ホントですか。訊くまでもないことを訊くと、それでも教師は嬉しくなるのかもしれないが、それで問題の何が深まったのか。「一問一答)ほど無意味な、時間の浪費にしかならない愚行はありません。ぼくに言わせれば、ほぼ問答無用ですから。どこかの国の国会でも「質疑」といいながら、事前に質問事項を相手に伝える。あるいはソーリの記者会見と称する愚劣番組でも、あらかじめ質問内容を相手に渡し、現場で、質問者はそれをくりかえす。誰かが書いた愚答を、いかにも面倒くさそうにソーリが垂れ流す。そこには一分の真剣味も感じられない。八百長(出来芝居)が大きな顔でノサバッテいる。

 この「一問一答」を教室でやると想定したらどうでしょう。質問内容や順番を決めておいて、他の子には発言させない。これならなんとか、教師の一人芝居(子どもの支援を得て)は演じられよう。でもそこから何が生まれますか。一方で、子どもたちは事前に教師に訊きたいこと(質問)、学びたいこと(要望)を教師に伝える、教師はそれを懸命に受け止めて教材研究する。それを持って教室に臨む。台本通りに行くと考えるのは愚かです。ライブというのは「生」「息をしている」ということですから、どのような展開になるか分からない。だからこそ、授業は「真剣勝負」になるのです。

 これが「一問一答」(問いと答えがパックになっている)なら、どうでしょう。ぼくは直ちに教室から逃げ出すでしょう。当たり前に考えれば、問いは、それを重ねるうちに、だんだん深くなる。問題がどんどん深化していく、それが「考える」ということです。しかも、国会の八百長などと決定的に違うのは、子どもは一人ではないということです。質問するのは一人であっても、その問答に参加するのは十人、二十人、三十人です。なかには、割り込んできて、とっぴな問題を持ちだす子どもがいるでしょう、まるでかつての、ぼくのように。でも、教師にとって、思いがけない問いをしてくれる子どもこそ、大事にしなければ。その子がそんな大問題、難問題を出してくれるから、教師の思考力は鍛えられるのですからね。

 その昔、ラジオ番組「子ども☎相談室」というのがありました。回答者はかなりインチキなことをいっていた。子どもはそれ(インチキ)を知っていたように思います。「この大人はでたらめを言っているな」という具合に。無著成恭氏なんてその典型、代表格でした。なだいなださんなどもいたはずです。だから、子どもは、結局は「自分で考えなくちゃ」と自覚したのでしょう。いまの「科学☎相談」は、それとは別番組だったかも知れません。この「科学☎相談」番組は、偶然に聞くことはあっても、普段は「等閑視」しています。たまに耳にしても、ここでも回答者は「教え過ぎ」「専門家だぞ」といわぬばかりの態度です。ダメですね。そんなことぐらい、自分で調べろ、どうしてそう言わないのか。「人生相談」なるものがありますが、訊く方も答える方も、いい加減とは言いませんけれども、深刻ぶっているようにさえ思われます。誰かに大事なことを、簡単に訊いてはいけないのではないですか。露悪趣味一杯の「ヤラセ」だと思ってしまいます。

 霧島市の女性の場合はどうでしょう。彼女は、訊かなくてもいいことは訊かなかった。 「書だけは続けて」といわれ、 それをどこかにしまっておいた。「接筆(線と線の接し方)さえうまくなれば、あなたの字は素晴らしい字になる」と刺激されて、本当なのかなあと、自分の才能に関心を持ちだす。その結果、彼女は自分の「したいこと、するべきこと」を見出した。それもこれも、彼女はいつでもずっと胸中に「難問・課題・宿題」を持ち続けていたからでしょう。 「人が何か道具一つを持って生まれてくるなら私は筆だったのかも」 と、この人は半世紀以上に及ぶ「自問自答」を重ねて、自分自身の「星座」をはっきりと見定めたのです。ここまでくれば、彼女は、どうでもいいことですが、まぎれもない「哲学者」でしょ。「哲学者」とは、「自問自答」を止めない人です。誰かに教わろうという安易な心持がない人です。自問自答を、別の表現で言えば、問いが答えになり、答えが問いになるという循環する思考作用のことです。

 いつも言うことですが、教師というのは「質問する子」を贔屓(ひいき)し、可愛がります。くだらない、訊くに足りないことでも「訊かれるとうれしい」というか、「その子がかわいくなる」もののようです。それが高じると、教師の歓心を買うために「質問する」という嫌味な子どもが生まれるようになる。こんな教師と子どもたちの「馴れ合い」の場を授業といっていいのですか。教師は教えない人、ぼくはそればかりを言い続けてきました。助けないから自分で歩こうとする、教えないから自分で考えようとする。「這えば立て、立てば歩けの親心」などというのは、あまり感心しない。あるいは「転ばぬ先の杖」とも。親心は、一見、子への愛、いかにも親切そうですが、子どもを甘やかすことにしかならない。「転ぶといけない」、だから、自分で前もって注意する、準備するなら、それは大事なこと、でも教師や親が子どもの「杖」「補助」になるようでは、依頼心の強い、いじけた人間をつくるだけでしょう。これはぼくの、実に狭い経験から学んだこと、だから、すべてはこうあるべし、と言いません。教育には、こういう一面もあるんじゃないですか、その程度のものです。

 自問自答、この姿勢が「自分をつかむ」確実な方法でしょう。自分で問題を出して、それに自分で答える。答えは見つからないかもしれない(見つからない方が多い)。それでいいんじゃないですか。答えというのは、よく吟味された「問い」なんですね。「問題のなかにこそ、答えはある」と、経験からぼくは学んだ。自分で問題を出し、自分で答えようとする、このプロセスが「考えること」を指す。ある問題に、教師が答えを出す(与える)。すると、相手は考えなくなる。考える必要がないからです。教師や親は「カーナビ」じゃありません。つまり、親切に教えたつもりが、相手から考える力を奪っていることになるのです。こんなことにも気が付かないなんて、だらしないことかぎりなし。

 これが学校の日常だとしたら、どんなに残酷な仕打ち。、一生懸命に金と時間をかけて、「無思考人間作り」を学校がやっていることになります。あるいは、それが学校教育の狙いだったのだとすると、どういうことになるのか。犬や猫だって、自分でやりたい、やろうとする「意志」を持っています。安易に頼りたがる人間を「養成する」のが、学校教育の狙いだったんですか、いまさらのように、そんな途方もない、どす黒い問いが湧いてきます。しかし、現実の社会相を見れば、この出鱈目な学校教育の成果は甚だしく挙がっていると言えるのですから、何をかいわんやです。

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 ある人が歩いた後に、その人の「思想」が残される。人々が歩いた後に人間の往来する「道」が生み出される。それが道徳であり、倫理でもあるのです。「徳は弧ならず」、と古人は言いました。

○ とく【徳】 は 孤(こ)ならず必(かなら)ず隣(となり)あり (「論語‐里仁」の「子曰、徳不孤必有隣」による) 徳ある人またはその行為は、孤立することなく、その感化を受けて追慕する人または追従する人の行為を生み出すことになる。道義を行なうものには、必ず理解者と助力者が集まるの意。徳の隣。(精選版日本語大辞典)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと 下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです