人間五十年、化天のうちをくらぶれば …

 【小社会】行き合いの空 きのうは久しぶりに青空を見た気がした。コロナ禍でよさこい祭りも中止。最も残暑が厳しい時季が長雨になったことしは、どうも季節感に乏しい。気がつけば二十四節気の処暑を過ぎた。◆しばらく雨雲ばかりを見ていたが、季節の移ろいとともに変化する雲の表情というのがある。俳人の正岡子規はその変化をこう記した。〈春雲は絮(わた)のごとく、夏雲は岩のごとく、秋雲は砂のごとく、冬雲は鉛のごとく…〉◆ 岩のごとき夏雲はもくもくとした入道雲。砂のごとき秋雲は小さな無数の雲が薄く広がり、砂丘にできる風紋のように見えるいわし雲の類いだろう。いまさらながら、子規の自然を捉える優れた観察眼と表現の巧みさを思う。◆ この時季は「行き合いの空」という言葉もある。入道雲の傍らで、はけで掃いたような秋の雲も流れる。厳しい残暑はあるにしても、去る夏と近づく秋が同居する。いまは空でも季節がせめぎ合っている最中なのだろう。◆ コロナ禍。本県もせめぎ合いの局面に入ったようだ。新規感染者はきのう初めて3桁になり、まん延防止等重点措置の対象にも加わる。長引く疫病との戦い。これまでも我慢と自粛を重ねてきた県民が大半だろう。これ以上何をすれば、という思いはあるが、警戒をもう一段強める転機にはしなければなるまい。 ◆ きのうは暗雲も交じった不安定な空だった。この「行き合い」を経て、穏やかな秋の空に向かいたい。(高知新聞・2021/08/26)

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 つい今しがた、猫を連れて医者に行ってきたところ(ただ今、午前十時半)。早朝、縁側で横になっているのを見ると、左足が晴れていた。「あっ、また咬まれたな」と直感しました。何時も行く動物病院は本日休診日。急遽、別の動物病院に連れて行った。多分、咬まれたのだろうが、何にか、それはわからないということだった。蛇だろうという推測ではぼくと医師は一致した。これから三日ほどが勝負、首尾よく治ってくれることをねがっている。(今コロナにかかっても、これほどスムーズに医者にはたどりつけない。イの一番に診察してもらった。それだけでも感謝です。一方では満杯状態、もう一方では、ベッドが空いている都会の空の下で、医者にも診てもらえず、寂しく、悔しくも、亡くなっていく人が後を絶たない。(カルガモが頼みもしないのに、おまわりまで出てきた、「(カルガモを)助けるじゃないか」、この社会は。人間の命は犬猫に、いやカルガモにも劣るっていうんだね、薄情極まりないよ)

 早速、駄文つくりに取り掛かっているのですが、「行き合いの空」という季節語?を思い出していたら、コラム「小社会」に遭遇した。土佐の高知の懐かしい新聞です。M記者は健在だろうか。まさかという思いを持って読んだわけ。なかなかいいですね。「いまさらながら、子規の自然を捉える優れた観察眼と表現の巧みさを思う 」といわれる。確かに土佐出身の俳人は、寺田寅彦を除いて、ぼくはほとんど知らない。いないんでしょうね。寅彦さんだって、俳句の方はどうでしたか。

 土佐人はみずからを「いごっそう」とか「はちきん」とかいうのです。「高知の方言で、名利にとらわれず信念を貫く者。一徹者。頑固者」(精選版日本国語大辞典)「(高知地方で)行動的で気性のさっぱりした女性」(デジタル大辞泉)男も女も、なかなかの頑固者だし、さっぱりしているというのですから、漢詩や剣術向きではあっても俳句や和歌はどうか、そんな気がするのです。だからコラム氏は、止むを得ず、子規を出汁(だし)にしたのでしょう。昔々だったら、コラム氏は、他国者(しかも、松山モンじゃきに)を持ちだすなんて、「女々しい、情けない、なんちーやっちゃ」などと、総スカンを食ったと思う。(右上はご当地アイドル「ハチキンガールズ」)

 それはともかく、「行き合いの空」とは、なんともいい表現です。「名残りの空」「空の名残」よりも、ぼくには好ましい。「行き合う空も、また旅人なり かつ消え、かつ結びて、極まりなし」といったところか。辞典を引いていたら慈円の歌が出ていました。「 夏衣かたへ凉しくなりぬなりよや深けぬらんゆきあひの空 」この人は大僧正でした。それがこのような歌を詠むんですね。イケてるねえ。兄貴の兼実(左下の絵)とは類が違うようですよ。「後朝(きぬぎぬ)」「朝帰り)を読んだのは兄貴(後鳥羽天皇の摂政・関白まで務めた)でした。ぼくは小学生の頃、京都愛宕山の中腹にある、兼実所縁の月輪寺を訪ねたことがありました。兼実の像はなかなか鋭敏かつ精悍に見えました。

 この時代、国文学者はまた政治家でもあるという好例ですが、この伝統は今に続いているんですね。「古典文学研究者は政治好き」という事例は、ぼくの周りにたくさんありました。兼実は藤原定家の師匠筋にも当たる。なかなかの政治家だった。もちろん、弟も、です。慈円さんは「夏衣も片方は涼しく感じられる季節になった、空を見れば、夏雲の後に秋の雲が横たわっているではないか」という風情を詠み上げています。季節の変わり目が、まず皮膚感覚から来る、次いで視線を上に挙げれば、夏の雲の横に、もう秋雲が出ている、そんな時節になったんだなあ。「厳しい残暑はあるにしても、去る夏と近づく秋が同居する。いまは空でも季節がせめぎ合っている最中なのだろう」と見立てるのはコラム氏です。

 反転して俗の世はどうですか。「せめぎあい」どころか「殺し合い」「抱きつき合い」「騙し合い」という、狂った季節の狂った芝居の最中です。 昨日の友は今日の敵、友達の友達は友達とはいかないぞと、合従連衡の無限運動中です。これが政治であり、国政となれば、舐め合いやしゃぶり合いは半端ではないのでしょう。人民がトタン・ブリキの苦しみを舐めているときに、彼等は「金砂糖の山」を舐め合っているのです。度し難い、許すべくもない盗人根性ですね。シロアリにクロアリ、さらにはハゲアリにメスアリも加わり、くんずほぐれつの格闘技です。為すべきことを為すというのは、こういうことなんですかねえ。「救える命を救う」とか、寝言をいっています。つまりは、ただいま連中は睡眠中。悪夢にうなされているのかどうか。「睡笑夢」

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○ ゆきあい【行合】 の 空(そら)① 二つの季節が行きかう空。ある季節が去り、次の季節に移り変わろうとする頃の空。※新古今(1205)夏・二八二「夏衣かたへ凉しくなりぬなりよや深けぬらんゆきあひの空〈慈円〉」② 牽牛(けんぎゅう)・織女の二星が相会う空。七夕(たなばた)の夜の空。※金葉(1124‐27)秋・一五一「万代に君ぞ見るべき七夕のゆきあひの空を雲の上にて〈土佐内侍〉」(精選版日本国語大辞典)(右絵は慈円)

○ 慈円(じえん)(1155―1225)=(略)兄の兼実が平氏滅亡後、源頼朝(みなもとのよりとも)の後援で後鳥羽(ごとば)天皇の摂政となるや、その推挽(すいばん)により1192年(建久3)37歳で天台座主(ざす)となり、天皇の御持僧となった。頼朝とも親交を結んで政界・仏教界に地位を築き、仏教興隆の素志実現の機を得、建久(けんきゅう)~承久(じょうきゅう)(1190~1222)の間30年にわたる祈祷(きとう)の生涯を展開する。(中略)/慈 円の学統は台密三昧(さんまい)流をくみ、とくに安然(あんねん)の思想を受けること深く、教学のも多い。政治にも強い関心をもち、『愚管抄(ぐかんしょう)』7巻を著した。その文学の愛好と造詣(ぞうけい)とは数多くの和歌となり、家集『拾玉集(しゅうぎょくしゅう)』だけでも6000首以上を数え、『新古今和歌集』には現存歌人として最高の92首がとられている。後鳥羽院は、その歌を「西行がふり」とし、「すぐれたる歌はいづれの上手にもをとらず、むねとめつらしき様を好まれき」と推賞している。『平家物語』成立の背景には彼の保護があったとも伝えられている。(ニッポニカ)

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 菅首相記者会見 首相「明かりははっきりと見え始めている」

菅義偉(すが・よしひで)首相は25日の記者会見で、新型コロナワクチンの接種と新たな治療薬により「(感染収束への)明かりははっきりと見え始めている」と述べた。 9月12日を期限とする緊急事態宣言の解除については「ワクチンの接種状況、重症者の数や病床利用率などを分析し判断を行う」語った。(産經新聞・2021/08/25)

 (註 視野狭窄、更に増長。病膏肓に入る。万事休す)

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 この一年半以上、ぼくには怪訝なことばかりでした。中でも、この島の新型コロナ感染対策問題は「政治」そのものとなっていることでした。政治の俎上にしか載せられてこなかった。これは病気であり、伝染病なのだから、主役は医療関係者でなければおかしい、コロナ問題の現状や課題、さらには治療に関わる万般は「医療問題」そのものです。コロナのイロハも分かろうとしないし、興味はそんなところにはない木偶の坊が、どうして譫言(うわごと)を言うのでしょうか。誰もそれを奇妙とも可笑しいとも言わない。信じがたい「言い間違い」や「質問逸らし」や、「問答無用の態度」を詰(なじ)ることはあっても、医療専門家の出番がないことに異議を唱える人がいない。いつもソーリの会見中、ソーリの横におじさんが立っている。彼は官僚、あるいは政治家ではあっても、感染症の専門家ではないでしょう。若し、専門家だということを、百歩譲って、認めたとしても、それは、半世紀も前の治療法に乗っかっているに過ぎない臨床学です。どこからみても、不安だし、安心できない。的を得ていないことおびただしいのです。でもこれが、この島の実態なんですね。この分野の優れた研究者や臨床家はすべて、官僚やニセ医療関係者などによって排除されているのです。(これに関しては、別の駄文で)つまりは、政治問題だというのです。貧困な政治家の、貧相な問題として扱われる、その結果の不幸はすべて人民が被るのです。

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 「 (感染収束への)明かりははっきりと見え始めている 」とこの御仁は語った。マジか、と問い返すのは野暮の骨頂。当たるも当たらぬも「八卦」なんだから、口から出まかせ。まぐれを狙っているのかもしれぬ。根拠も何も要らぬ、出鱈目と誤魔化しの政治家らしいと、ぼくは彼の官房長官時代から言い続けていました。彼はまったく「人間であるために必要」な学習を一切してこなかった、これは確かです。根拠も証拠も、あり過ぎるほどあります。この人間が枢要なポストに座っている間、自らの利得が増すと考える輩が少しでも多ければ、彼は延命する。より多ければ、今の椅子に居座り(居残り)つづけるだけ。そのような「お神輿(みこし)風政治」があるばかりです。

 ぼくはこんな与太話は嫌いです。しかし、無関心でいることもできない。怒髪が納まらないのです。仕方なしに愚痴っているのかもしれませんね。先日の横浜市長選、どうして現ソーリは「IR」賛成・支持の張本人だったのに、突如「いったん中止」派に回った盟友の全面支援に靡いたのか。いろいろと取りざたされていました。横浜IRは「アメリカ・カジノ資本」が本命だった。前ソーリがトラン✖前大統領に強請られて引き受けた。それを継いだのが現ソーリだった。しかしアメリカ資本は本国の経営がヤバくなり、横浜計画が頓挫し、逃げてしまった。そこに乗り出してきたのが「中国・マカオ資本」、それにすり寄ったのが日本企業(その企業・T建設にはソーリの長男が幹部に坐っている、「自助」を言う御仁のせこさ、ちゃらさ、汚さ)

 その中国系の進出を認めたのが現ソーリ。ところが、彼は四月にアメリカを訪問し、バイデ✖大統領とこの問題で意見交換。「まさか、中国資本を認めることはないだろな」といわれてしまった。悩みに悩んで出した答えが、国家公安委員長を辞して出馬した議員さんと練りに練った、見え透いた「計画のいったん取り下げ」案という猿芝居。アメリカに脅され、計画をいったん中断して(頭を隠して、尻は出したまま)選挙に臨んだが、選挙民は愚かではなかったというわけ。「星は何でも知っている」とばかりに、お里が知れたんですね。県民や市民をも担保にてら銭を張るような男、それが「陰の横浜市長」だって。ホンマでっか。この男、国民の命なんか、一顧だにしていない、真正の博打うちですね。(当選した方は、別の意味でヤバい方です。いずれ明らかにされるでしょう。「こんなのばかりです、夏の雲」)

 御輿には「神体または御霊代」がいることになっています。永田町の御輿は「中は空白・空虚」が肝心なので、それが御輿に載る(載せる・載りたがる)人間の条件。空白・空虚が担がれる条件ですから、この御仁は担ぎ手からすればピッタリ。でも担ぐ連中も空虚だから、空虚の程度がわかるんだ。これなら俺だって、と選手交代を求める輩(空虚たち)が出るという顛末。「明かりははっきりと見え始めている」と口からの出まかせを言うが、自分の先行きは真っ暗だってさ。「行き合いの空」は幻視だったかもしれない。あるいは同時に、幻聴も生じています。夢幻のうちに、人生に幕ですね。「人間五十年、化天(けてん)のうちをくらぶれば、夢まぼろしのごとくなり」(「敦盛」)

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 昨年の五月の「筆洗」が、ぼくの愛読書である「醒酔笑」に触れていました。現下の状況に関係ありやなしや。これは異なこと、「やっとつかんだ終息への明るい兆しである」とコラム氏は、現ソーリと同じような寝言を書いていました。寝言は寝てから、ですが、今は寝ている場合ですかね。官も民も、少しも学習しない社会ですね。 

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 「江戸期の笑話集「醒睡笑(せいすいしょう)」に仲の良い三人姉妹の話がある。毎晩、姉を真ん中にして三人並んで寝ていたが、ある晩、姉が夢を見た。「富士山が自分の上にころがってきた」▼夢判断をする者に聞けば「それはあんたが金持ちの男と夫婦になる夢だ」。それを聞いたすぐ下の妹、「あれほど大きな山。姉さん一人の上だけにころがるということはありますまい。両側に寝ていた私たちの上にもころがったはず…」。果たして三人とも資産家と結ばれたというオチ▼一富士二鷹(たか)三なすび。富士山の初夢は縁起が良いというが、この夏の登山は夢で見るしかないか。新型コロナウイルスの影響で、静岡、山梨両県はそれぞれが管理する富士山への登山道を閉鎖することを決めた▼夏山シーズンの富士山閉山は記録が残る一九六〇年以降初という。たとえば、悪天候時、山小屋などへ避難した場合、「3密」が避けられぬ。三人姉妹の縁起の良い夢ならよいが、そのウイルスを両側へと拡大させる芽は摘み取りたい。やっとつかんだ終息への明るい兆しである▼あれだけ人が登っても富士山の美しい姿が変わらぬのは毎夜、崩れた土や砂が山を駆け上がっているからだという不思議な言い伝えがある▼毎年二十万人規模が登るお山。地元経済への影響が心配だが、夜な夜な駆け上る砂をねぎらい、今夏は休ませてあげると考えるしかないか。」(東京新聞・2020/05/21)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。