ただいるだけで…(これが真骨頂かも) 

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 【有明抄】温かい言葉のシャワーを 人間にとって一番大事なものは何か―。「没後30年 相田みつを全貌展」の会場を巡りながら、「原点」という作品が問いかけるものを考えた◆ある作品に答えを見つけた気がした。それは「いまここじぶん」。「今、この瞬間を生きている自分」。相田さんはその合計を「一生」とした。「命」とも表現できるだろう。佐賀市の県立美術館で開催中の同展は22日の閉幕まで残り4日。線の美も見どころだが、相田さんが「自分」に語りかけたであろう言葉はさまざまな形となって見る人の心に迫る◆筆者は娘と鑑賞した。娘が心に残った言葉は「懦夫(だふ)凜凜(りんりん)」と「馴(な)れ」。「懦夫凜凜」は臆病者の自分も自分なりに堂々と生きていこうという意味の造語。「馴れ」は初心を忘れるなと説く。言葉はその瞬間、道しるべのように影響を与えることもあれば、後になって「あの言葉に支えられた」と思うこともある◆これから相田みつを展を見にいく人は、見終わった後、どの言葉が心に残ったかを互いに話すのも一興。既に鑑賞した人は、元気をもらった言葉を豪雨被災者に贈るのもいい◆きのう、雨中の甲子園でプレーする球児を見た。新型コロナの集団感染が判明した学校は出場を辞退した。言葉は思いを形にする手段。冷たい雨とコロナに心が沈む人には「温かい言葉のシャワー」が必要である。(義)(佐賀新聞Live・2021/08/18)

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● 相田 みつを(アイダ ミツオ)=昭和・平成期の書家,商業デザイナー 生年大13(1924)年5月20日 没年平成3(1991)年12月17日 出生地栃木県足利市 本名相田 光男 学歴〔年〕足利中〔昭和17年〕卒 経歴昭和17年から曹洞宗高福寺の禅僧、武井哲応老師に在家のまま師事。宝仙学園短期大学長・紀野一義にも学ぶ。独特の書体と闊達な筆の運びで読む人の心をとらえた。平成8年9月“相田みつを美術館”が開設された。著書に「雨の日には雨の中を風の日には風の中を」「にんげんだもの」「一生感動 一生青春」ほか。(20世紀日本人名事典)

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 ぼくは相田さんのファンではありません。「嫌いか」といわれれば、「いいえ」と答えるでしょう。どんなものでも好きになったが最後、とことん騙される(変な言い方ですが)という人間ではないし、かといって嫌いな人とは付き合うこともないので、取り立てて言うほどのことでもないのです。相田さんの書かれたものは「書」でも「詩」でも、それなりに見たり読んだりしてきました。いまでも何冊もの著作が本棚にあります。そこからどんな感想を得たか、いわく言い難いというほかなさそうです。彼の「書」を、なんという下手なという人はたくさんいるでしょう。そういう人は手もなく相田さんにしてやられたのだということが出来ます。彼は実に多くの書体を持っているのかもしれません。しかし、上手いのに、下手に書くという言い方は正確ではない。だから、これを「書」と見ないで「画」とみるとどうでしょう。ぼくはそのように、勝手に見ているのです。そうなると、この画は端倪すべからざる技術の基に書かれていることが判然とする、そのように言いたいですね。もちろん、作品は完成したものであることは言うまでもありません。

 つまり、何処においても「花」は花であるように、相田さんの「書」も、いつでもどこでも、どんな形であれ、そこに相田さんの容貌が浮かんでいる、あるいは「眼光」が紙面から観るものを凝視していると言った風情です。それを床の間に掛けるという趣味は、ぼくにはありませんし、額縁に入れて飾るというものでもないという、作品それぞれに、扱いに向き不向きがあるのではないでしょうか。あくまでも、これはぼく個人の感想です。飲み屋によくかかっているのは好きではありません。何か場違いだと感じるんですね。「おめえ、それは自分の金で呑んでるのか」と詰問されているようです。だから、酒を飲んでも、ゆっくり酔えないという気がする。今は少なくなったでしょうが、一時期はどこもかしこも、飲み屋や蕎麦屋には武者小路実篤の「書画」(というのでしょうか)が相場のようになっていて、「仲良きことはいいこと」だというような額などがかかっていました。落ち着かなかったですね。たいてい、二度と、ぼくはそこには入ろうとはしなかったものです。

 相田さんは、大変な努力を重ねた人だということは、よく知られています。また宗教家の一面も忘れることが出来ません。自身で、「自分は書家でも詩人でもない、一介の家坊主だ」といわれていたそうです。名利を求めなかったとは言えませんでしょうが、それは別の問題です。自分で得心がいくものを生みだしたことと、それに結果(世評や人気・あるい所得等)が伴ったこととは、おそらく別物とみるべきなんでしょうね。彼には相当に力強い後援者(パトロンか)がいたことも知られています。それもまた、いいことではないでしょうか。苦心惨憺、いつしか自分だけの世界にたどりついたという精進だったように思われます。

 もうずいぶん昔になりますが、東京駅に美術館が開館した直後くらいに、その前を、偶然に通ったことがありました(東京国際フォーラム地下)。しかし入館はしなかった。その勇気(?)がなかったのだ。正直に言えば、美術館の雰囲気が、どう見ても「相田みつを」という人の風貌に似つかわしくなかった、とぼくは勝手に思い込んでいたからでした(あまりにも装飾が勝ち過ぎていたのです。立派過ぎる、と)。館長は(長男の)一人さんでしたから、父親の性格や生涯に見合った美術館を構想され、開かれたのかもしれませんから、相田みつをという人を、ぼくは何にも知らなかったということになります。人間性や生き方を知らなくても、作品はいいなあ、そう思われてくるなら、それはそれでいいんですよね。それでいいんだよなあ。

 「ただいるだけで」という、彼の「書」(言葉)があります。「(人間というものは)いるだけでいいのだ」というのか、あるいは「(自分はここに)いるだけのものだ」というのか。いずれにしても「ただいるだけで」、その存在が、誰かに認められるなら、それは、存在自体の「真骨頂」とも「真面目」とも言っていいのでしょう。例えば、生まれたばかりの赤ちゃんは「ただいるだけで」多くの人の喜びの源泉になるという具合に。でも、いつもそういうふうにいかないんだなあ、人間だもの。

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 相田みつをという人には、いくつもの顔があるようです。そして、どの顔にも、溢れるばかりの「自意識」が、その額には強靭な「自尊心」が滾(たぎ)っていたのではないでしょうか。それこそが「みつを」だなあ。(これは誉め言葉というか、賛辞のつもり・山埜)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと 下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです