消えても消えても、消え去らぬ記憶を

 【水や空】枝葉を切って

 セミの大合唱が耳をつんざく季節になると、被爆作家・故林京子さんの「枝葉を切って考えないと」という言葉が脳裏によみがえる▲9年前の真夏、神奈川県の自宅を訪ねてインタビューした。林さんの声にかぶさるように、ずっとセミが鳴いていた▲福島第1原発事故について聞くと、原発は低コストで大量のエネルギーを生む利点はあるが、それは「枝葉」。ひとたび事故が起きれば命を傷つける脅威こそが本質であって、枝葉を切り本質を見詰めれば原発はなくすしかない、と説いた。「原発と核兵器はイコール」とも語った▲核兵器で脅し合うことにより平和の均衡が保たれる、という核抑止論が世界中にはびこる。だが抑止論はシステム誤作動、サイバーテロ、独裁者の暴走といったリスクから人類を守れまい▲林さんはエッセー「すり替え論流行りの時代に」で「核問題には、核対人、生命しか存在しない。幼稚で単純だが、事実だと思う」と指摘した。核兵器の存在こそ命に対する最大の脅威だ。そこを直視しない抑止論は「核心のすり替え」だと喝破した▲シンプルに本質を見詰めれば、核兵器から人類を守るには、核を地球上からなくすしかない。「枝葉を切って考えなさい」-。猛暑の中で、セミの鳴き声が強く耳に響く。林さんの言葉のように。(潤)(長崎新聞・2021/08/01)

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● 林京子 はやし-きょうこ(1930-2017)=昭和後期-平成時代の小説家。昭和5年8月28日生まれ。14歳まで上海(シヤンハイ)でそだつ。帰国後,生地の長崎で被爆する。昭和50年その体験にもとづく「祭りの場」で群像新人文学賞,芥川賞。58年「上海」で女流文学賞。59年「三界の家」で川端康成文学賞。平成2年「やすらかに今はねむり給え」で谷崎潤一郎賞。12年「長い時間をかけた人間の経験」で野間文芸賞。18年朝日賞。長崎高女卒。本名は宮崎京子。作品はほかに「ギヤマンビードロ」「青春」など。(デジタル版 日本人名大辞典+Plus)

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 林京子さんの作品はよく読みました。「祭りの場」は刊行された直後に読んだと記憶しています。ところが、奇妙なことに、その内容がほとんど記憶から抜け落ちているのです。「祭りの場」ばかりではなく、大半の「被爆作品」「原爆作品」と言われるものの記憶は消えている(消されている)。どうしてなのか、深くその理由を考えたことはありませんが、何か特別の「忘れたい感情」「記憶破壊機能」が、ぼくの中で働いたのかもしれない。あるいは、単なる「老衰」「耄碌」ということであるのかもしれない。いずれにしても、記憶とは、もう一人の「自分」であり、それが失われていくことに安閑としてはいられないのです。

 原爆投下や被爆に関わる、膨大な記録や写真は保存しているのですが、それを取り出して、いつでも確かめるということをしてきませんでした。これは単なる、ぼく自身の怠惰だと言えます。どうでもいいこと、取るに足りないこと、つまらないことは後生大事に、小さな脳細胞に蓄えているのに、人類にとってもぼく個人にとっても忘れるべきではない、肝心の事柄はきれいに忘れてしまっている。自分には関係のないことだからという、計算や手前勝手な挙措を認めてしまう、ぼく自身の内的打算があるのかもしれない。恐ろしいことです。どういう理由であれ、ぼくの脳細胞の容量はきわめて狭隘であり、微小であるということに恐怖心が湧いてきます。

 改めて、戦争、被爆、その他の問題を考えなおすとともに、国家の犯罪、国家権力の悪という問題をとらえなおしてみたい。これまでとは違った新しい視点が生まれるだろうか。その際、もう一度、林京子さんのものを含めて、この問題を扱った多くの作品を読みなおしてみようと考えている。暑い夏は、何十年も前に落とされた「きのこ雲」が湧きだしたあの夏であり、その直後に降った「黒い雨」のあの季節でもある、「閃光」に射抜かれ「黒い雨」に打たれた苦しみに悶えている多くの方々がおられます。それは、ぼくたちの苦悩でもあるのは否定できないのです。そこに、フクシマの苦しみが被さってくる、暑い、暑すぎる夏です。

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