巣に籠もる蟻にたくわえ尽きてくる

 (この「北斗星」(👆)はぼくには秀逸に類するものと、その昔に読んででみた。「秋田弁」は美しくない、耳障り、誰かには「雑音」としか聞こえないと判断したものがいたから、消される運命にあった。「車内販売」も無駄とみなした誰彼が廃止したのでしょう。「あって当たり前」「なくなって、そのありがたさに気が付く」が、時はすでに遅い。「無駄」「無価値」と思われて、なくしていく、なくされるものが、膨大な量の「ゴミ」となる、それが「近代化」なんかなあ。無用者、無能者もまた「雑色」「雑人」として消されつつあるのが、いまだ)

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【北斗星】庭に出て小さな生き物を探す。鉢植えのレモンの葉にチョウの幼虫がいた。足元ではミミズにアリが群がっている。引っ張ったり、ちぎろうとしたりしている▼その様子は「働き者」そのもの。しかし全てが勤勉なわけではない。働くのは全体の約8割、残り約2割はあまり働かないという。北海道大学研究者の観察結果だ。全員が全力で仕事すると不測の事態に対応できなくなる。「怠け者」は予備軍なのだ▼常に世話の必要な卵の管理などに疲れて働き者が休む。すると、「腰の軽い」順から怠け者が動きだす傾向がある。無駄に見える存在が集団存続の鍵を握っていたわけだが、生存戦略では雑草も負けない▼道端などで見るオオバコは人や車に踏まれ、自らの領域を広げる。種は水にぬれると粘り気が出て靴底に付き、遠くまで運ばれる。命をつなぐための仕組みには驚くほかない▼人間界はどうか。新型コロナウイルスのワクチン接種で後れを取った日本。専門家は「ワクチン開発が国防につながるとの意識が欠けていた」とし政府の強い指導力もなかったと断じた。その政府は国産開発に力を入れる方針を近く決める▼「人間も含め、短期的効率を求め過ぎると組織が大きなダメージを受けることがある」と北大研究者は約5年前に警告していた。何年もかかるワクチン開発を短期的効率重視が阻んだことはなかったか。すぐには結果の出ない基礎研究など長期的視点を含め、政府は戦略全体を練り直す時だ。(秋田魁新報電子版・2021年6月16日)

○ オオバコ【Plantago asiatica L.】東アジアに広く分布するオオバコ科の多年草。葉が大きいことから,〈大葉子〉と名付けられたという。ロゼット葉をもち裸地を好むが,芽の位置が低く葉や茎には強い繊維があるので,踏まれてもよく耐え,グラウンドのまわりや路上に生える(このような植物を〈踏み跡植物〉という)。このため中国では車前(しやぜん)とよばれる。種子の腹面中央には小さなへそがあり,ぬれると粘るため種子は靴どに付着して運ばれる。 春と秋に長い花茎をあげ,緑色の小さな花を多数つけるが,子どもはこの花茎をからませてその強さを競う。(世界大百科事典第二版)

 「踏み跡植物」とはつけもつけたり、よくこんな名前を生みだすものですね。小さいころに麦踏みに駆り出されたことがあります。踏めばそれだけ丈夫になるというのでしょうか。「雑草」に関しては。ぼくはいま少しばかり悟りかけているのです。「雑」を取り除くことは不可能で、雑念、雑事、雑用、雑魚、雑音、雑貨、雑学、雑感、雑穀、雑談、雑誌、…。いくらでも「雑」を挙げることはできます。その意味は、この世界は「雑」で出来上がっているというのでしょう。いかにも「雑」は美しくないと思われていますし、それを好む人は多くないのかもしれません。でも、人生や生活から「雑」を除いたら、ほとんど残らないんじゃないです。骨と皮だけ、かな。このような生活観というか、生活雑感をぼくに教えているのが「雑草」なんですよ。

 雑草ではないけれど、要らないもの、無用のものを称して「無駄」と言います。できるならば、無駄を省きたいと考える人も多い。無駄とは「 役に立たないこと。それをしただけのかいがないこと。また、そのさま。無益。「―な金を使う」「時間を―にする」 「むだぐち」に同じ」(デジタル大辞泉)とされる。はたしてそうですか。人生に「無駄」「無意味」なものは何一つないと、ぼくはこれまでも生活世界から学んだ。無駄なことをしないというなら、生きることは「膨大な無駄」と言えなくもないじゃないですか。「余生」という「生」があるかいな。無駄は無意味とは違う。無意味は無駄ではない。変なことを言っているようですが、これを英単語を例に考えたい。まずは「センス(sense)」、次いで「ナンセンス(nonsense)」について。

○ センス(sense)=(五感による)感覚(…の/…という)感じ,心持ち,気持ち,印象  〔通例a ~〕(心で感じる)感覚 (感じ取る)意味 理解,意図,意義,価値;(語句の)意味,語義 (善悪の)判断力(…するだけの)分別,思慮,良識(のあること) 〔the ~〕(会・集団の)意向,総意≪of≫;《数学》(ベクトルの)向き

○ ナンセンス(nonsense)=〔時にa ~〕意味をなさないもの[こと];無意味な言葉,ナンセンス ばかげた発言[考え]愚かな行為,考えられないこと 《遺伝》ナンセンス遺伝子

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 ごく一般的には「センス」は「意味」を、「ナンセンス」は「無意味」を示すととらえられています。多くの辞書の解説の通り。でも、ちょった「雑」じゃないですか、深堀が足りませんね。この際、「無意味とは」なにかを考えてみたい。「無意味」というのは、意味がないことではない。辞書の解説は誤っているような、不十分なものではないかと、ぼくは考えています。「センス」に対して「ノン」を投げつける、それがナンーセンスであり、「無ー意味」なんだと言いたい。「後生大事に守っている事柄、物事」に対して「意味ないじゃん」と「(価値や意味を)無にする。無化する」という、立派な働きがあります。「無駄を省け」、それはいかにも「合理的」な判断のように思われたとして、あるいはその判断は間違っているかもしれないし、それを認めることは大事な事柄を失うかもしれません。だから、無駄を「無意味」「無価値」ととらえることを阻止する、そのための役割があるのです。「正答」「正統」「正当」という取り澄ましたものを「嘲笑する」「虚仮にする」という重要な機能が「ナンセンス」にあるんですよ。

 雑草は無駄だから、徹底して除去(除草)しようというのでしょうか。それはまず不可能です。強烈な除草剤を散布する、草は枯れるかもしれないが、生物は傷つけられるのです。アリもミミズも殺される。殺虫剤というのは、人間をも殺すのです。半世紀以上も前の「沈黙の春」を見よ。カーソンは亡くなっていなんです。ある「戦争」で枯葉剤が米国軍によって「人間に散布された」ことがあった。どうしても、「雑」を否定し「純」を評価するという傾向があるのでしょう。でも「純」というものが存在しているとは思えないんですね。「雑とまじりあわない純もない」という表現は可笑しいが、事実はそうです。純粋だと信じたいのだが、それは存在しない。「純粋な水」はどこにあるのか。そんじょそこらにはありません。

  「何年もかかるワクチン開発を短期的効率重視が阻んだことはなかったか。すぐには結果の出ない基礎研究など長期的視点を含め、政府は戦略全体を練り直す時だ」と、まるで「ミミズの戯言」ですね。「基礎研究」は無駄。成果物はよそから買えばいいという刹那主義。すべての価値は「金に換算」するし、できるという「拝金主義」に毒付けされた断末魔、それが劣島の現状です。「効率重視」といいますが、そうではありませんよ、効率も合理性も、科学的根拠さえも求めてはいない。そんなものがあることすら無視している。あるいは、歯牙にもかけていないんです。大事なのは「自己利益」「自己保身」「自己権力維持」、これだけ、ホントにこれだけです。それ以外はすべて「雑」です。人民の命たるや「雑」の最たるものではないか。奴(政官財)らに代表される、有象無象の濁った眼は、世の景観をそのようにしか見ていないんです。

 自分の利益になるか。あいつは「俺の役に立つ」か。物事の判断基準はこれだけです。それが「刹那主義」の第一の特質です。平和とか幸福などという「歯の浮くような」道徳的価値には嘲笑を以て報いる政治・行政が燎原の火のように燃え盛っています。そんな政界には「与も野も」ない。すべからく、金だけ、自己利益だけ、生前の名誉は言うまでもなく、死後の名誉までおのれのものにしようという浅ましい根性に溢れている「令和の御代」です。

・蟻たべた腹のへるまで寝るいびき  ・蟻食ひの糞殺された蟻ばかり  ・蟻食ひの舌がとどかぬ地下の蟻  ・巣に籠もる蟻にたくわえ尽きてくる  ・たべものが尽き穴を押し出る蟻の牙(鶴 彬)(彬さんの肺腑の句が涙を流しながら、ぼくたちに訴えかけている)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。