おごれる人も、たけき者も、風前の塵に同じ

 東林院 沙羅の花を愛でる会

 2021年6月15日 (火)~30日 (水) 9:30~16:00

「沙羅双樹の寺」と呼ばれている妙心寺塔頭の東林院。方丈前庭には十数本の沙羅の木があり、梅雨の季節に白い花を咲かせます。
※15日(9時30分~)には「花供養とお香を聴く会」が行われます。

【料金】抹茶付拝観券 1,600円 抹茶と精進料理付6,000円
【場所】東林院
【住所】右京区花園妙心寺町
【アクセス】JR嵯峨野線「花園」
【TEL】075-463-1334 (https://www.the-kyoto.jp/calendar/june/torinin06/)

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 拙宅の貧相な庭にも一本の沙羅(シャラ)(別名 夏椿)が盛んに花首を落としています。大変に樹勢の強い木で、まだ五、六年しか経っていない幼木なのに、丈が伸びて、すでに五メートルほどにもなりました。苗木から育てたものです。なぜシャラか。いろいろと説があります。ぼくはそんなことには頓着せずに、「清楚であり、美しいなあ」という素朴な感情を満足させているのです。立ち木の姿勢がいいですね。一名「夏椿」ともいうそうですから、咲いた花は丸ごと落下します。その音がするのではないかと思われるほど、さかんに落ちている。ヒメシャラといったものもあるようですが、別種なのかどうか。花も樹形も「沙羅の木」よりは小振りです。一気に咲いて、花が丸ごと落ちる、それを「平家物語」は「盛者必衰のことわり」という。盛衰一如というのでしょうか。「ある種の人生」の軌跡を示しているのです。

○ ナツツバキなつつばき / 夏椿 [学] Stewartia pseudocamellia Maxim. ツバキ科(APG分類:ツバキ科)の落葉高木。シャラノキ(沙羅の木)ともいうが、サラソウジュ(沙羅双樹)の名で利用されることがあり、真正のサラソウジュ(フタバガキ科)と混同されることが多い。樹皮は赤褐色で滑らかである。葉は互生して枝先につき、楕円(だえん)形で長さ約10センチメートル。夏、新枝の葉腋(ようえき)に径約5センチメートルでツバキに似た白色花を1個ずつ開く。萼片(がくへん)、花弁ともに5枚。雄しべは多数あり、花糸の基部は花弁に合着する。雌しべは1本で、花柱は5裂する。子房は上位で、白毛を密生する。蒴果(さくか)は宿存萼に包まれ、10月ころ茶褐色に熟すと、5片に裂開する。種子は卵形で先はとがり、狭い翼がある。山中に生え、東北地方以西の本州から九州、および朝鮮半島に分布する。庭木として植えられ、材は床柱、器具、彫刻に用いる。[杉山明子 2021年4月16日](日本大百科全書・ニッポニカ)

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 本日は別の話題を書こうとしていました。久しぶりに「枕草子」を。ところが、ある新聞を覗いたら、京都妙心寺内の塔頭である東林院の「沙羅の花を愛でる会」が、まさに本日から実施されていると知り、急遽その「沙羅を愛でる」に変えた次第です。別になんということはありませんで、相変わらず妙心寺はえげつないねえ、やることが。その昔、何度もこの寺に入って遊んだことがあります。JR嵯峨野線の「花園」駅にあります。ここは花園天皇に由緒がった場所でした。自宅から見えたし、軽く歩ける距離にありましたから、遊び場のように入っていました。寺の中の何処に何があるかわかりませんでしたし、分かろうとしなかったが、とにかく広かった。京都に限らないけれど、寺の敷地面積には圧倒されてきました。時の権力とつながっていることを如実に感じさせられてきたのです。「俗」と「超俗」がコンビを組むのですから、鬼に金棒。権力に仏教です。これでもまだ狭くなった方だというお寺がいくらでもあります。東林院は「沙羅双樹の寺」として名が知れていますが、カネもうけも上手だというので有名なのかどうか、寡聞にしてぼくは知りません。

 花が咲いた、萎んだ、落花した。それを観るために大枚を払って、しかも三蜜間違いない、この時期によくやりますね。「沙羅」もこれだけの人に見られれば、本望だとでもいうのかしら。どうしてこんなものを観るためにわざわざ、といいたくなりますが、なに、ぼくだって「付和雷同」の気は人後に落ちないのですから、まあ要らぬことは言わないようにします。不思議ですね、落花狼藉(花弁が落ちる様が「狼藉」だから、シャラノキには当たらないと言うべきか)とまでは言えないにしても、花が散るのを大勢で眺めるという趣向は「臨済宗」のご宗旨なんですか。なんともはや、悪趣味だな。妙心寺は権門を誇って今なお臨済禅の首座を占めています。長く首位の座を巡って、大徳寺と権勢を争ってきましたが、今や並びなき栄華を誇るに至っています。(ぼくはいろいろな点で、大徳寺が好きですね、いつの日か、書いてみたい)(皮肉なんですか、「沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりを表わす」というんですよ。それを知っていて「愛でる会」だというのなら、相当な玉ですね、みなさん)

 これを書いているのが午後四時、東林院の「愛でる会」がはねた時間です。見物に行かれた方々に感想を伺いたいような気もします。お料理はともかく、花首が落ちるのが、そんなに観るに値するんですか、と。それとも、それ以外に何か、観るべきものがあるのでしょうか。

 「おごれる心もたけきことも、皆とりどりにこそありしかども」と、権勢を求める人心の浅ましさ、幾代隔てても、いささかも変わらないんですね。まさに「心も詞も及ばれね」というほかありません。

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。