人としての尊厳は失われない、どういう意味?

 【小社会】 認知症の迷路

 老いを生きるとはどういうことなのだろう。日々、体力の衰えを感じ、記憶が薄れることが多くなる。樹木に例えるなら、思い出という葉が1枚ずつ枯れ落ちていくような感じだろうか。◆英仏合作の映画「ファーザー」を見て考えた。認知症の81歳の父親と、彼との関係性に悩む娘らを描いている。父親は居心地のいいアパートで1人暮らしをしていたはずが、リビングに見知らぬ男がいて「娘婿だ」と言われる。娘を名乗る女にも見覚えがない。◆過去と現在、事実と妄想が入り交じる。何が正しいのか。まるで迷路に入り込んだようで、見ている側も分からない。認知症による混乱を当人の視点で表現している。自分が自分でなくなっていく怖さをリアルに感じた。◆認知症の迷路の出口を照らす光につながってほしい。日米の製薬大手が共同開発したアルツハイマー病の新薬が、米国で承認された。脳内の有害なタンパク質を除去し、認知機能の悪化を遅らせることを狙う。この病気は認知症の6割以上を占めるだけに期待されよう。◆半面、効果を疑問視する声もある。高額な薬価や副作用も心配されるが、国内の認知症患者は600万人。根本治療へ一歩踏み出した意義は小さくない。◆映画で父親が入所した施設の窓の外。木々が青々と葉を茂らせ、日の光を受けている。老いて失うものはあっても、人としての尊厳は失われない。そんな人生の終わりを夢見る。(高知新聞。2021/06/13)

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○ 【解説】名優アンソニー・ホプキンスが認知症の父親役を演じ、「羊たちの沈黙」以来、2度目のアカデミー主演男優賞を受賞した人間ドラマ。日本を含め世界30カ国以上で上演された舞台「Le Pere 父」を基に、老いによる喪失と親子の揺れる絆を、記憶と時間が混迷していく父親の視点から描き出す。ロンドンで独り暮らしを送る81歳のアンソニーは認知症により記憶が薄れ始めていたが、娘のアンが手配した介護人を拒否してしまう。そんな折、アンソニーはアンから、新しい恋人とパリで暮らすと告げられる。しかしアンソニーの自宅には、アンと結婚して10年以上になるという見知らぬ男が現れ、ここは自分とアンの家だと主張。そしてアンソニーにはもう1人の娘ルーシーがいたはずだが、その姿はない。現実と幻想の境界が曖昧になっていく中、アンソニーはある真実にたどり着く。アン役に「女王陛下のお気に入り」のオリビア・コールマン。原作者フロリアン・ゼレールが自らメガホンをとり、「危険な関係」の脚本家クリストファー・ハンプトンとゼレール監督が共同脚本を手がけた。第93回アカデミー賞で作品賞、主演男優賞、助演女優賞など計6部門にノミネート。ホプキンスの主演男優賞のほか、脚色賞を受賞した。

2020年製作/97分/G/イギリス・フランス合作
原題:The Father
配給:ショウゲート(https://eiga.com/movie/94427/)

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 半世紀も前に「恍惚の人」という小説が有吉佐和子さんによって書かれている。もちろん、よく読まれた。その理由はテーマの設定によるところが大であるが、誤解や理解不足の方がより大きかったと、ぼくには思われます。改めていま、それを読む気にはならない。理由は簡単明白、「事実は小説よりも奇なり」という視点からです。針小棒大という言葉があるけれど、小さなことを大問題の如く扱うという意味ではないでしょう。針と棒では桁も類も違う、質が違う、比較不能なんですね。有吉さんの本はほとんど読まなかったのは、ぼくの怠慢であり、好き嫌いに偏していたからです。「複合汚染」も然り。「時代の先取り」をしたんですね。それはいいとして、ただ今上映中の「ファーザー」という映画。多分、ぼくは観ないでしょう。 観ないで、感想もあったものではありません。だからこの映画に関しても「事実は映画よりリアルなり」と言っておくだけです。

 この「疾病」に関して、ぼくの記憶は遥かな昔にさかのぼる。小学校に入っていただろうか。まだ五、六歳の時だったように覚えている。田舎(石川県、ぼくはそこで生まれた。一家は疎開中。おふくろの実家があった)、近所に老人がいて、毎日うつろな目をして町内を歩いていました(徘徊になるだろう)。今の言葉ではありませんが「耄碌(もうろく)」していたと思う。ぼくは何もわからないで、その爺さんを忌避したり、石を投げつけたように思う。まだ少年にもならない時期に、誰に教わったのでもないのに、この老人を嫌っていたのは確かだった、その感触は今でも、はっきり残っています。実に暗澹たる記憶である。詳細は語らないし、語れないと思う。今なら、堂々と、彼に手を差し伸べていたろう。なぜそれが出来なかったのか、周りの大人たちはそれを気にしていない素振りだった。(放置していた、あるいは遠くから見守っていた?)実にやりきれない記憶ですが、いまだに生々しい。七十年前ですよ。

 これは言葉の問題ではないというべきでしょう。最近も駄文を書いたばかりですが、「痴呆症」はまずくて、「認知症」だという。認知機能の衰えといえば、なんとも学問的になりますが、現実には、現在も過去も未来も「混在・混乱したままの人生」を生きていることに変わりはないのです。記憶力の衰えなら、誰にもあるし、ぼくにしても、まことに甚だしい。例えば試験勉強で「一夜漬け」をしたのに、テスト用紙が配られた瞬間にすべてが消えてしまった、そんな経験しかぼくにはない。だからというのではありませんが、単に記憶力の衰えではなく、器質的・機能的な損傷が生じて発生する「症状」だと言っていい。あるいは回復不能状態にあるとでもいうのかしら。それは、胃がんになるとか、脳溢血に襲われ、ただちに手術を要するという病状ではないことも確かだと言えそうです。つまりは打つ手がないと、今のところは。

 歳をとれば、いろいろな面で衰える。当たり前です。最後には自分で歩くことも、摂食することもできなくなる。いわゆる他者の介護・介助が欠かせないのです。これまでの短くない人生の一コマ一コマを、細大漏らさず記憶しているわけではないのは当たり前ですが、ある場面に関しては実にリアルに覚えています。その場に遭遇したことがしばしばでしたから。なんでこの人がこんなことをしているのかと、驚天動地の行動に言葉を失ったこともあります。近所の店から商品を、黙って持ってくる(万引きという)。昼の日中に、濃い化粧をし真っ赤な着物を着て徘徊する。この縁者の女性(このような事態が起きた時には、七十歳を出たところだったと思う)が、若くから懸命に働き、こどもを自立させ、「さて、これからゆっくりと」という時に、「認知機能の劇的衰退」に見舞われたのです。もう、三十年以上も前のことです。なぜこうなったか、素人目には「多分、こうだろう」という見当はありました。しかし、それだけです。明らかなことは何もわかりませんでした。たくさんの場面に出会いましたが、これが我が家の中で生じなかっただけです。そのどれもが、ぼくにも深刻な問題であったのです。(書きようがないので、今は触れない。この問題が、関係者にはじつに微妙だという意味です)

 「映画で父親が入所した施設の窓の外。木々が青々と葉を茂らせ、日の光を受けている。老いて失うものはあっても、人としての尊厳は失われない。そんな人生の終わりを夢見る」このコラム氏の最後の一文を読んで、いろいろと考えているのです。特に「人間の尊厳」 という表現についてです。「老いて失う」ものはたくさんある。反対に「老いることで得る」ものもあるでしょう。「老衰」というのですから、それはだれにも避けられない行路です。考えても始まらないことですけれど、人生という「旅」は、人それぞれに課された行程の、前もっては定かでない明け暮れにほかなりません。歩いたり走ったり、あるいは少し休息したり、いろいろな景色を観ながら、あるいは「難所」には目をつぶりながら行き過ぎたりする。「旅の途次」もそれぞれです。大きな災厄に見舞われることも避けられない。したがって、あることに遭遇したところで「生き始める」というのも、また人生行路の一端でしょう。

 「認知症」というのは病気であることは間違いないのでしょうが、それを忌避しなければならない病ではないと、ぼくは経験から学んだ。まだまだ学び方が足りないことは自覚している。「人間の尊厳」を失うのは「認知症」に罹患した人なのか、それとも介助や介護を引き受ける「看取る人」の側なのか。それとも、それ以外の人々なのか。これも生半可と指摘されそうですが、どんな病気になろうと「当人」は、それ以前と変わりない。もし何か変化があるとすれば「当人」を観る人、受けとめる人の中に生じるのではないでしょうか。「あの人はたいへんな病にかかった」と判定する側にこそ、「人間の尊厳」への喪失感覚が生まれていないだろうか、そんな寝言のようなことを愚考しながら、ぼくも「認知障害者」の道を確実に歩いているのです。

 (認知症治療薬には何種類かあります。そのどれにも「副作用」が付随する。「作用と副作用」を比較考量して、服薬の有無をきめるらしい。それにしても、どんな薬にも想定できない反作用や副反応があるのは、どういうことでしょう。病を治すのは「薬」ではないということを、もう一度考える必要があります。「認知症」発症の原因にも、場合によっては深刻な「薬害」があるんじゃないですか。医者も十分に知っているはずですが)

 ぼくには兄と二人の姉、一人の弟がいます。ぼくと弟以外はみんな八十を越えています。ぼくも八十路まであと一歩です。自分の足で歩く、それがどんなに高価な薬よりも健康維持に効果がある「良薬」だとぼくは見ています。「良薬は口に苦し」とか。でもこの「良薬」は、口には苦くないが、足腰にも甘くはないですね。足腰が疲れるというのは、それだけ「薬」が効いている証拠でもあると、ぼくは考えているんだ。人生は「坂道をゆっくりと登るようなもの」というのがぼくのなけなしの教訓です。坂道も下りではなく、上り専用だといいたいですね。上るに際して、重力の抵抗がまずあります。さらに勾配からくる「ストレス」、これも小さくない抵抗感ですね。でも「抵抗」を感じながら、ゆっくり、アンダンテ、しかもレガートで、歩く、上り坂を。これがぼくには、医者が処方する薬よりもよほど「効果」があるんですね。もちろん、緩やかなスロープを上るときもあれば、急坂を駆け上がるような羽目になることもあります。この坂道を上るという進み具合は「老いを生きる」時も変わらない。けっしては上池を降るのではないように、ぼくは経験しているのです。

 「犬も歩けば棒に当たる」とは江戸「いろはかるた」の「い」です。その指すところは「労をいとわず動きまわるうちに思いがけない幸運に遭うことのたとえ。また、物事を積極的に行う者は、それだけ災難に遭うことも多いというたとえ」(ことわざを知る辞典)。禍福は糾える縄の如し、その「禍福」は「長と半」であり、どちらか一方だけでは人生は始まらないということでしょう。「生後」と「老後」で平仄はあっているようですが、どうでしょう。この「犬」は江戸っ子は人間の言い換えだったそうです。面倒なことは言いません、歩いていれば、いいことも悪いこともさけられないというのです。それが「人生」であるという。歩かない、歩けない、歩かなくなった、そんな場合、果して「棒に当たらない」のでしょうか。つまり、どんな歩き方にしろ、這うようなことになったとしても、やはり動けば棒に当たるんですね。

 生後しばらくは、赤ん坊は何もできないし、何も知らない。無知で無能な存在と言われています。そんな弱さの限界に生きている赤ん坊に対する「尊厳」を、ぼくたちは努めて持とうとするのでしょうか。いのちの尊さを受け入れるために、何かしら義務や努力が求められるのでしょうか。それに対して「老後」を生きる存在もまた、ときには「無能」「無知」呼ばわりされることがあるでしょう。そんな存在の裡に「尊厳性」を看守するのは並大抵ではないというのでしょうか。カントという哲学者は、人間存在の尊厳性を、それ自体に意義を認めるべきだと言いました。「目的それ自体」というような表現でした。人間存在は「何かの役に立つ」「利用価値」があるから貴重だったり尊厳を認められたりするのでないことは言うまでもない。そのことは法律に書かれているのでもなければ、「常識」とされるものとして、社会的に認められているのでもないでしょう。「先天的」にというほかあり得ないのです。この先を、これ以上言う必要はないとぼくは言いたいのですが、「それでは理解できない」という人がいれば、どうするのか。ぼくの手に負えないことだけははっきりしています。 (こんな暢気なこと言っているくらいだから、ぼくには認知障害はとっくに始まっているんだね)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。