木は林に、森に、山に、連鎖が途切れた今は?

 【滴一滴】 ドイツのなぞなぞだ。「春は喜ばせてあげる/夏は涼しくしてあげる/秋は養ってあげる/冬は暖めてあげる」。これは何?▼お分かりの方もおられよう。「木」である。みずみずしい若葉、涼しい木陰、豊かな実り、そして薪にもなる。それぞれの季節に、木々がもたらしてくれる恵みを表現しているのだろう▼緑あふれる木々は実際には、もっと多くのものをわれわれに与えてくれているそうだ。ストレス解消やリラックス効果など森林がもたらす数々の効用について、日本医科大医師の李(り)卿(けい)さんの著書「森林浴」で知った。この分野では世界的な第一人者とされる▼森林浴によって怒りや落ち込みといった感情が和らぐのをはじめ、睡眠の改善、血圧の低下、免疫力の向上などの効果があるという。いずれもストレスを抱えた被験者らを対象に行った実験のデータで裏付けられている▼特に注目されるのが、免疫をつかさどるナチュラルキラー(NK)細胞の活性化だ。ウイルスに感染した細胞や、がん細胞を攻撃するNK細胞の数が増え、免疫機能が高まる。森に漂う物質「フィトンチッド」の効果とされる▼李さんによると、森林浴は遠くの森林まで出掛けなくても、樹木のある公園や緑地でもできるそうだ。優しい葉ずれの音や緑陰、さわやかな香り…。木からの贈り物はいっぱいある。(山陽新聞・2021年06月04日)

 いくつかのデータを出してみます。(データは以下のURLからです。https://www.shinrin-ringyou.com/)その①は日本の「森林率」ー国土に対してどのくらいの割合で「森林」があるかというのです。約66%です。明治以降もずっと7割余が山林だと言われていましたから、この百年の間にかなりの森林が消えてしまったことになります。その②は世界の中での森林率の比較です。一位はフィンランド、日本は二位です。大したものだと誇っていいのか。いやそうじゃありません。森林面積は広大ではあっても、それに手間や暇をかける人が少なくなっており、また林業従事者も高齢化が進み、いよいよ森林(その多くは山林)は荒れるに任せているという事態が続いているのです。自然災害と言いますが、近年の豪雨による土砂崩れなど、山林の荒廃が起因しているとするの、は多くが一致して見るところです。

 その③は供給量と自給率の推移です。この半世紀余りで驚異的に自給率は下がってきました。このところ持ち直しているとは言うものの、昔日の盛業は見る影もありません。圧倒的に輸入材が多くなっています。まずは東南アジアの山林を撲滅させ、次いでアメリカやカナダの用材に目を付け、それを加工して住宅などの木材として利用されてきたのです。木材を資源として活用しない理由はどこにあるのか。手を入れ育てるより、輸入した方が経済性が高いということのようですが、そういう子尾tなら、あらゆる物が輸入品に依存することにならざるをえないのです。現状は、その通りです。 

 詳細は省きますが、木を粗末にしてきたツケはいろいろな方面に及んでいます。これは多くの土地で実際にあった話です。もう半世紀も前に、ぼくは新潟の縁者のところで「爺さんがヒノキを植え、孫が大きくなっら、その材で家を作る(あるいは資産にする)」ということを耳にしました。ヒノキは成長するのに、百年はかかると言われていますから、二代三代先を見越して、植林し育林するということでした。今ではあり得ない話です。何でもかんでも他所から買う、自分で作るよりも手間は安いというのです。国土が荒れるのも、むべなるかなです。

  一日万歩(漫歩)と称して、好天の日には二時間ほど歩くことにしています。約十キロ前後で、歩数にして一万五千弱でしょうか。歩くコースはだいたい決まっています。人通りや自動車の多いところは先ず歩きません。家が立て込んでいる地域もできるだけ避けて通ります。すると、必然的に林(雑木林)道や田畑のある農道を、ということになります。「里山」というのは、今ではどのような説明がなされているのか知りませんが、ぼくが好むのは里山地帯です。人間の生活域と自然環境の境目くらいに位置しており、山の入口であり、棲み処の傍といった風情でしょうか。ぼくが住んでいるところには、山らしきものはなく(丘程度)(ぼくの住所地番には「山」が二つもありますが)、すべては植林地や雑木林ですから、厳密に言えば、「里山」は存在していなかったかもしれません。でも、あえてぼくはそれを「里山まがい・里山的」と呼んで、いかにもおっとりした景色を楽しんでいるのです。

○ 里山=奥山に対して人家の近くにある山をいうが,厳格な定義はない。古くから四壁林(しへきばやし),地続山(ちつづきやま)といわれていたのは,集落の周辺の山,田や畑に接続する山を意味し,里山は村落での生活の燃料採取の場であり,田畑の肥料の給源であった。したがって,村民共同で入林する入会山(いりあいやま)であった。幕末時代には換金作物を生産する風潮になり,これに対応して,近在の入会山地の個人所有への分割が進み始め,換金目的の製炭やスギ,ヒノキの人工造林が個人として実行されるようになった。(世界大百科事典第二版)

○ しんりん‐よく【森林浴】=〘名〙 森林に入って清浄な空気を呼吸し、その香気を浴びて心身の健康をはかること。特に、樹木が発散する芳香性物質フィトンチッドが人体を活性化することで知られている。自然美を見直し、森をつくる意欲を高めようとのねらいから、海水浴、日光浴になぞらえて林野庁が昭和五七年(一九八二)七月に打ち出した構想。(精選版日本国語大辞典)

○ さと‐やま【里山】人里近くにある、生活に結びついた山や森林。薪(たきぎ)や山菜の採取などに利用される。適度に人の手が入ることで生態系のつりあいがとれている地域を指し、山林に隣接する農地と集落を含めていうこともある。(デジタル大辞泉)

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 ぼくは森林浴は好まない。まずその「命名」です。なんという感覚でしょうか。裸になったり、半裸になるわけでもないのに、「森林浴」とはいったいなんだ、というと、実は管制の作成物だったという点にぼくは惹かれないんですね。まだ物心がつかない年少の折、石川県の能登中島という田舎で、ある時期はほとんど毎日のように森というか林というか(入会地)、そこに入り薪をとり、クリなどの果物を収穫していたことがあります。もちろん、ワラビやゼンマイ、タラの芽や虎杖などの山菜取りも盛んにやっていました。この年になっても、強烈な思い出として脳裏に焼き付いているのです。あれはたしかに「里山」だった。往復で軽く二時間やそこらはかかっていたと思います。帰りは背に薪を背負い、二宮金次郎張りに「漫画」を読みながら、野道を歩いたものでした。

 生活に密接していなければ(生活の一コマとして不可欠な要素という意味)、何事も(といいたいのですが)経験として身になるとは思えないんですね。金を払って「ジム通い」、それは都市の「森林浴」なのかもしれませんから、いい悪いということは控えます。経営者やはジム通いの人々の「妨害」「誹謗」にもなりかねません。それはぼくの信条に反しますから、余計なことは言わない。したがって、いささかの諧謔心を込めて「都会の森林浴」には敬意を表しておきます。ただ、ときどき「ジム」の傍を通ると、作動中のベルトの上を、一列に並んで何人もが「ランニング」を装っている。前を観ながら、すこしも前にも後ろにも下がらないで、右にも左にもよらないで、ひたすら「走っている風」が見えます。滑稽感を通り越して、なぜだか、言いようのない悲哀の感情が込みあげてくるのです。ベルトの上をモルモットが走っている、昔見た、その映像の記憶がよみがえります。「ぼくは都会の森林浴」だけは、どんなことがあってもしないぞと、そのつど誓いを立てるのです。

 「山の人生」という生活の流儀があったんですね、この島には。「山に埋もれたる人生あること」と語ったのは柳田圀男でした。「山人」という言葉(実態)もあったでしょう。山が荒れ、挙句に切り崩された結果、「山の生活」は壊滅させられたというのでしょうか。今では、イノシシやクマ、あるいはシカやタヌキなど、「山の生活者」がいよいよ窮迫して、仕方なしに里に下りて来る。それを「猟師が鉄砲で撃ってさ、煮てさ、焼いてさ、…」、なんて人間どもは野蛮なんだろうね。それを「ジビエ」とか何とかいって金取って商売にする。コマッタモンダ。

あんた方何処さ 肥後さ
肥後何処さ 熊本さ
熊本何処さ 船場(仙波)さ
船場(仙波)山には 狸がおってさ
それを猟師が 鉄砲で撃ってさ
煮てさ 焼いてさ 喰ってさ
それを木の葉で ちょいと被せ

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと 下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです