じわーッと力を抜いていくことでしょうね

【談話室】▼▽学生の時分からたばこを嗜(たしな)んでいた精神科医は入院をきっかけに禁煙した。勤務先の病院に入院し、看護師とは顔見知りの間柄である。たばこの臭いは個室にこもりやすい。一服すれば看護師にすぐ見つかってしまう。▼▽退院後、鹿児島の親戚宅に一家で1週間滞在したことも禁煙を後押ししてくれた。まず空気がよかった。城郭跡の屋敷の離れの一室に布団が敷きっぱなしで自由に寝起きしていい。とろけるようなくつろぎの1週間を過ごした。以降は一本も吸うことなく済んでいるという。▼▽文筆家としても知られる中井久夫さんが随筆「煙草(たばこ)との別れ、酒との別れ」に書いている。禁煙後に変わったのは味覚であった。「古い革手袋を裏返したような感触が口の中から消えて、食事がおいしくなった」と強調し、たばこは是非というものではなかったと述懐する。▼▽住環境に緑が多い人は少ない人に比べ、禁煙に成功する可能性が12%近く高いとの研究成果を英国の大学チームが昨秋発表した。8千人以上のデータを分析した結果で、自然環境が喫煙欲求を抑えるとみられる。やはり清冽(せいれつ)な空気は心身にいいようだ。今日は世界禁煙デー。(山形新聞・Yamagata News Online・2021/05/31)

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 たばこ(煙草)の有害性については何十年も前から指摘されてきました。またその煙が他者に害を与える(受動喫煙)危険性も社会問題になってきました。今日、喫煙の状況がいかなることになっているのか詳らかにはしませんが、煙草が売られているという現状を勘ぐれば、「全面禁煙」という事態が将来しているとは思われません。「健康増進法」などとバカみたいな法律は作ってみても、その当人たちは国会内で結構勝手放題に喫煙しているのが実情です。泥棒が自分を縛る処罰規定を制定しようという気になりますかいな。かなり多くの法律も、あるいはそのように、誰を守ろうとしているのかがわからないものがありそですね。   

 さらにたばこが国税の重要な財源となっていることを考えれば、国策として「たぼこ撲滅」を実施する気がないとみるほかありません。それでいて、社会には「喫煙は犯罪だ」といわぬばかりのキャンペーンが展開されているのです。まるで犯罪者扱いです。でも、犯罪者が自分を縛る法律を作ろうとしないのですから、いましばらくは安閑としていられるね、喫煙者の方々よ。喫煙と禁煙は相拮抗して、このあともしばらくつづくのかもしれない。しかし、やがてこの島社会から「煙草の煙」は消えてしまうだろうという予測もなり立つ。(いま、たばこの値段が一箱いくらになっているのか、さいわいにしてぼくは知りません。前回値上げされたのはいつだったかも知らない(消費税の増税を機に値上げしたのなら、昨年十月)。いずれにしても、一箱の値段の六割ほどがいろいろな名目の税金です。黙っていても入ってくる税金(税収)ですから、「禁煙」のすゝめじゃなく、むしろ「たばこは十五になってから」などと、成人年齢をさらに下げたい向きもあるんじゃないですか。

 ぼくも、人並みに喫煙の悪習慣を維持してきました。大学に入ってから吸い出して、途中で数年禁煙しながら、また喫煙。禁煙と喫煙の鼬(いたち)ゴッコ。そんなバカなことを繰り返していました。三年も五年も吸わなかったのに、何かの折にまた吸い出したり。変な言い方ですが、「本日から禁煙しよう」と決心したことは一度もありません。気が付いたら、吸わなくなっていたというのが正直なところです。また気が付いたら、吸っていた。さらに、若いころからの悪習に「飲酒」があります。生意気に、これも間断なく嗜んできた。何時だって断つことが出来ると思ったことはありません。たばこは止められても酒はダメだ、自分はそのように考えていた。友人からも「君は先ず酒は止められないだろう」と断定されていました。実際にはどうだったか。酒もたばこも、興味もなくなり、すっかりご無沙汰してます。友人はまだ信じていないようです。

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 中井久夫さんが出汁(だし)に使われているのが、本日の【談話室】です。山形は好きなところで何度か出かけたこともあります。その山形新聞のコラム。ここで中井さんに出会うとは想像もしていませんでした。「煙草(たばこ)との別れ、酒との別れ」 というエッセイ、なんかたいそうな「別離」が語られているようですが、要するに、酒でもたばこでも、なければそれに越したことはないわけで、それを、いざ断ち切るとなると、喫煙している学者や研究者の多くは理論的に、あるいは哲学的に考察して、なんとか断念する理由を正当化する傾きがあるようです。好きだから飲む、欲しいから吸う。でも、いやになったから、体に悪いから止めることにした。それだけです。断酒会や「禁煙外来」があると言われますが、大変なことなんですね。

  「住環境に緑が多い人は少ない人に比べ、禁煙に成功する可能性が12%近く高い」というデータがあるとも。確かにそれは言えると思います。本日も約二時間近く歩きましたが、田舎道、農道などを歩いていて、行き違った人は一人だけ。途中であった人は二人、いずれも草刈と畦道(あぜみち)の消毒をしている農家の人でした。こんな場所で、「一服」という気にはなりません。もちろん、昔と今では生活の中における「嗜好品」の種類も内容も変わって来たでしょうから、たばこや酒は徐々に遠だけられてきたのでしょう。受動喫煙防止と飲酒運転撲滅、この悪習は、ただ今は目の敵にされていますから、白い目で見られながら「飲んでも吸っても」旨くないのは確かですからね。止めるための最良の方法は、そんなものに興味や関心を持たないこと。

 「 たばこは是非というものではなかった 」という中井さんの指摘は「至言」だと思います。たばこや酒が許されるのは成人になってからという法律があること自体、それを示しています。米やうどんは法律で禁止することが出来ないのは、「それらは人生にとって是非とも必要」だからです。早い話、「生きるのに是非とも」というものであるのかないのか、それによっていろいろな悪癖や悪習から解放されることは間違いありません。でも、人によっては「たばこは、是非とも必要」という場合もあるでしょう。お酒も然り。だから、もう一度、未成年者に戻ることです。自分は未成年者だという自覚を持つことは酒やたばこに限らず、ぼくたちには必要な態度じゃないでしょうか。理屈をつけて、なにかと無駄な、あるいは悪い習慣をつけるのも考えものです。だから「~は人生に是非というものではない」という、単純で明確な判断基準を失わないことでしょう。

 ここまで来て、精神医学の研究者でありつつ、押しも押されもしない臨床医だった中井さんについて語る場面が来ました。ぼくは、(どこかで書いておきましたが)学生時代から(精神分析)に異常な興味を持っていました。半世紀以上も前になりますが、当時の多くの学者・研究者のものを手当たり次第に読んできました。ビンスワンガー、メダルト・ボス、ウェルトハイマー、カール・ヤスパース、ロロ・メイ、ミンコフスキーなどなど、辞書を片手で、あるいは翻訳本を手にしながらと、異様な関心と時間をかけて読みつづけてきました。その成果は、その後の生活領域の何処にも生れなかったと言った方がいいでしょう。精神科医になるつもりも能力もなかったのがさいわいしたとも言えます。でも、何かしら裨益するところはあったに違いない。病気から帰還することはいくらでも可能だと、強く教えられたこと、それが最大の成果だったともいえそうです。フランクルという「実存分析」の創始者についても、かなり熱心医学んできましたが、それが中井さんへの橋渡しになったと思われます。

 欧米の研究を翻訳した、この島の学者の多くからも学びました。でも結局は、今に至ってみれば、深く教えられたのは中井久夫さんただ一人からだったと、白状します。手に入る限り、専門の論文も含めて多くの書物を漁りました。そこから何かを言うつもりはありません。しかし、臨床医として立ちつづけた中井さんから学んだ、唯一のことは「まず目の前の人の話を聞く」ことでした。何だそんなこと、と言われそうですが、なかなかどうして、「そんなこと」がほとんどの場合にはできていないのです。「精神科」に限りません。医者は患者を診るのか、データを見るのか。問診や触診は、当節まったく流行りません。なぜでしょうか。医療者にとって肝心なのは「病名を付けること」でも、「薬を処方する」ことでも、あるいは「隔離すること」でもありません、まず集団の仲間として、人間の付き合いを放棄しないことです。中井さんはそれを徹底したともいえると、ぼくはみるのです。それにしても「心療内科」という看板があちこちにみられるのは、いかなる事態を示しているのか、大いに気になる所です。

○ 1934年奈良県生まれ。京都大学医学部卒業。神戸大学名誉教授。精神科医。著書『中井久夫著作集――精神医学の経験』全6巻・別巻2(岩崎学術出版社、1984-91)『分裂病と人類』(東京大学出版会、1982、2013)『精神科治療の覚書』(日本評論社、1982、2014)『治療文化論』(岩波書店、1990)『こんなとき私はどうしてきたか』(医学書院、2007)『私の日本語雑記』(岩波書店、2010)『日本の医者』(日本評論社、2010)ほか。みすず書房からは、『中井久夫集』に収録しない『最終講義』(1998)『西欧精神医学背景史』(1999、新装版2015)以外に、16冊の単著、3冊の共著がある。翻訳書も、みすず書房からサリヴァン、ヴァレリー、カヴァフィスなど20冊以上を刊行。(みすず書房)

 《ウォーコップWauchopeというイギリスの哲学者、…この人は、人間の行動を「生命行動living behaviou」と「死回避行動death avoiding behaviour」に分けている。…恐怖はつきつめれば、死への恐怖である、肉体の死にしても社会的(対人的)な死にしても。/ ここで、教育において次第に「生命行動」「満足追求行動」の比重が少なくなり、「死回避行動」「安全保障感追求行動」になりつつあることを強調したい。/ もう一つ強調したいのは、それが当の学生生徒にとってだけでなく、父兄にとっても、教育者にとってもそうなっていることである。

「入試に失敗したら大変である」「席次が下がったら大変である」「この子が大学に入れなかったら大変である」「自分の生徒の進学率とその内容が下がったら自分にも自分のいる学校にとっても大変であり、自分の将来にも関わってくる」。これらはすべて、「死回避行動」を起こさせる恐怖である。それは動機になり激しく持続性の行動を起こさせる。しかし、その果てに、感情のこもった喜びはない。それは次第に人間の心を枯らしてくる。教育全体が単色化してくる》(中井久夫『「思春期を考える」ことについて』ちくま学芸文庫版、2011年)

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 中井さんがこの文章を書いたのは四十年も前のことでした。さらにつづけて中・高等教育機関は「次第に一種のサナトリウムと化して来る可能性がある。学校にカウンセラーを配置しようとする案はすでに現実の問題となりつつあることを示唆している」と述べています。カウンセラーの学校は一は今では欠かせなくなりました。近年、(元)警察官が学校に常駐するのが当たり前リ前になっています。

 小さな経験ですが、ぼくは教師の真似事をしていました。この島のあちこちの中学校や高校に出かけたし、それらの学校で授業も何度か実施したのですが、いつも不思議に考えていたことは、学校はどうして今あるような、余裕もゆとりもない、ある種の硬直した組織になったのか、という一点でした。そのような学校教育の抱える問題を深めるための機会ともなり、さらには子どもの姿を目の当たりにして、何ができるか、何をしなければならないか、そんなことを考えるかけがえのない暗示やヒントを中井さんから得ることが出来たのです。そのことは、翻って、わが身をよりよくつかむための、またとない学習の機会となってきたという意味です。

 時代の病理ということが言われます。まるで正体不明の魔物のようで、しかし確実に一人一人の人間の心身を蝕んでくるのです。この不安や苦しみからの解放はあるのか、どうすれば可能なのか。心療内科が乱立する所以でしょうか。

 「今日の子どもたちがいちばん恐怖を覚えているのは何だろう。…ひょっとすると『生きつづけてゆけない』恐怖かもしれない」(精神科医 計見一雄)という指摘も気がかりになります。

 なぜ、「生きつづけていけない」という恐怖を子どもたちはいだくのか。さらに厳しい状況だと思えるのは、それは子どもたちだけに限ったことではないというところです。「いのちを大切にしよう」という声が大きくなる時代や社会は、きっと「いのち」をいともかんたんに値踏みし、「いのち」の軽重を割り切っている社会であり時代であるともいえそうです。いのちの選別(トリアージ)、それが現実に、白昼堂々と行われているのです。

 学校にもっとも欠けているのは「ゆとり」であり「余裕」だと思います。子どもも教師も、あるいは親も、つねに時間に追われている。時間割はその典型例です。大切なことも「時間」を区切られてしまう。ものを学ぶのに「制限時間」が定められているという、その窮屈さにだれもが抑圧されているのです。なぜ、そうなのか。積年の悪弊が改まらないというのは、その悪弊を取り除けば、学校教育が壊れてしまうという恐怖がそれぞれの要路にある人に巣くっているからでしょう。

 「談話室」に顔を出し、久しぶりに中井さんに出会ったような気になりました。今もなお、学校は子どもにとっても教師にとっても、さらには親にとっても安閑としていることのできない場所であり続けています。何よりも気分転換が必要と思います。学校と聞いただけで体が硬直する「学校恐怖症」に罹患している人にとって大切なことは、とにかく学校を相対化すること、学校に行くのは余裕があるからだ、そんな状態を生みたいですね。いけるときに行くだけの場所さ。もっと言えば、まず無理をしないことです。中井さんにならって言うと、「 学校は是非というものではなかった」と、この年になっても、ぼくは言いたいと思い続けています。

 中井さんいわく「じわーッと力を抜いていくことでしょうね」

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと 下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです