こんな日本があったのか

 【正平調】人類は進歩なんかしていない-と芸術家、岡本太郎さんの語録にある。「縄文土器の凄(すご)さを見ろ。ラスコーの壁画だって、ツタンカーメンだって、いまの人類にあんなもの作れるか」◆言われてみれば、縄文土器には不可思議な形のものが多いし、確かに前衛的である。岡本さんはそこに狩猟民ならではの躍動する感性を見たのだろう。その人が手がけ、大阪万博のシンボルとなった「太陽の塔」もどこか縄文芸術の香りをまとっている◆いま再びの“縄文ブーム”を予感させるうれしいニュースが届いた。青森市の三内丸山(さんないまるやま)遺跡などの「北海道・北東北の縄文遺跡群」が世界文化遺産に登録されるという◆遺跡には、定住の痕跡があった。土器や土偶、アクセサリーも多く出土している。縄文人は獲物を追ってさすらっていたというこれまでの定説を覆し、世界の先史でもまれにみる豊かな文化を育んでいたらしい◆三内丸山遺跡から発見されたという樹皮で編まれた「ポシェット」の写真を、きのうの本紙で見た。腰にぶらさげ、クルミやクリを拾っていたのか、おしゃれな縄文人の暮らしが目に浮かんでくるようで心躍る◆縄文文化に衝撃を受けて語った岡本さんの言葉を、まねしてつぶやいてみる。「こんな日本があったのか」(神戸新聞NXT・2021/05/28)

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 自宅から車で三十分も走ると、縄文時代の遺跡「加曽利貝塚(千葉市若葉区)」があります。日本でも最大級の貝塚跡だと言われています。三内丸山の縄文人の食料は多くは木の実などの果物だったでしょうし、あるいは魚介類も食されていたとみるのは当然です。栗や胡桃などは今でも食べられています。こと食料に関しても人類は、縄文人からどれほども隔たっていないんですね。それどころか、静岡の登呂遺跡には実際に「縄文人」が生活しているのです。また銀座や心斎橋には、夜な夜な縄文人や弥生人が出没している可能性もある。縄文人はいかにも未開の野蛮な人々だったという偏見は抜きがたいけれども、縄文人から言わせれば、どうでしょう。「現代人はよほど堕落してしまった。縄文時代にはホロコーストはなかったし、広島や長崎も経験していないさ。それは戦時だからと現代の日本人やアメリカ人は言うかも知れぬが、平時においてさえ、チェルノブイリや福島のような、気が違ったとしか言いようのない原発事故だってあり得ないことだった」きっとこのように言うにちがいない。自動車が年に何万にも人をひき殺すなどという「野蛮」な出来事もなかったさ。

 「人類は進歩なんかしていない」と、いかなる点で言えるのか。これに関しては多様な意見や批判がありそうです。たしかに「進歩の概念」次第で、なんとでもいえるという問題設定ではあります。おそらく人類は進歩も退歩もしていない、あえていえば「変化」してきたのだと言いたい気もします。裸の生活から衣服を身にまとう生活への移行、それは進歩ではなく、生活の必要に迫られて装われるようになったので、もしその必要がなければ、今あるようには「変化」していなかったはずです。進歩ではなく変化なのだと見れば、歴史のあらかたは説明できるのではないでしょうか。「進歩」という尺度を使ってはいけないというのではない。使いたければ使うがいいし、ある場合には変化という語より進歩という言葉が当てはまることもあるからです。

 「進歩」というのは科学や技術に類する領域に妥当することで、さらに言えば、それは「文化」ではなく「文明」の問題でもあると思うのです。「文化」は個別(特殊)性、「文明」は一般(普遍)性という視点で説明できます。衣食住は地域や気候風土に大きく左右さるという意味では個別・個性的です。それに対して「文明」は衣食住という地域差がある領域に普遍的(科学・技術によってもたらされたもの)な機器や道具が導入されると、地域差を超えた普遍性を獲得することになるのです。(一例になるかどうか。アメリカ社会は人種の坩堝(るつぼ)と言われます。地球上の他地域から多くの異民族が移住してできた社会です。その民族・人種の個々の生活は「個別的」でありまる。そのような違った生活習慣を持った人々が集まって暮らすために、意思疎通の道具として「英語」という「共通語」(普遍的・一般的)が求められるのです)

 若いころは岡本太郎さんに学ぶことが多かった。確かに刺激的であったし、いかにも無所属の自立した人間、そんな風貌を与えてもいました。彼は職業を訊かれたら「人間だ」と答えるというし、「芸術は爆発だ」と言って、制作中のエネルギーは大したものだったが、でも、出来上がった作品というのか、爆発物は、意外にも端正で大人しいものだったのには仰天した記憶があります。爆発するのは「制作エネルギー」であって、作品ではないということの証でもありました。かみさんは、ぼく以上に彼がごひいきでライブに出かけたりしていた。やがて熱も冷めたのか、「酒に酔いながら、話をするなんて許せない」と言って腹を立てて帰ってきたこともありました。しかし、太郎さんの晩年は、信じられないように大人しいものでした。

 太郎さんは早くに欧州に留学、当時の思想界や芸術世界の錚々たるメンバーと交友していた。ピカソやレヴィ・ストロース、あるはマルセル・モースなどとは特に深く付き合ったという。「ぼくはピカソを超えた」と言っていました。やがて彼は当時を振り返って、「自分はコスモポリタンだと考えていたが、単なる根無し草だと気が付いた」と言われ、それから以降は縄文の魅力、アジア的民俗・民族文化の多彩さに惹かれていったのでした。その時代の太郎さんの書くものは何もかも刺激的であったと、ぼくには思われました。ただ、あまりにもマスコミに顔を出し過ぎるのはどうなのか、やがて彼に少なからぬ距離感を持ちだしていたのです。これはだれにでも妥当するだろうと思いますが、「名を挙げる」「名を成す」というのはどこかに、かならず陥穽があると言えるのではないでしょうか。芸能人でない限り、抑制的であったらどうだ、太郎さん、そんなバカげたことを考えたこともありました。

 人類に進歩はない ー それには「進歩」をどうとらえるかによるでしょう。昨日だったか、京都在の友人と電話で長話をしました。その折に「進歩というけれど、それには意味があるのかねえ」などという減らず口を叩きたくなったのでした。縄文時代にも、集団同士の闘いというか争いはあったでしょう。その時に使われた武器は何か、おそらく石を投げるとか、あるいは大将同士が相撲を取るとか、いや、きっと「じゃんけん」のような手段でケリりを付けたんじゃないかと、ぼくは今でも考えている。仮に、石を投げるという闘いから、空爆で人民を殺すという闘いに至ったとして、その石からミサイルや爆撃弾という武器の変化を「進歩」というんですか。人殺しの方法・手段には大いなる進歩があったという人がいるかもしれませんが、情けないほど愚かですね。頽廃そのもの、それが人類の到達点です。サルの世界に殺戮合戦はない。犬・猫の世界(環境)には「無差別殺犬・猫」なんてありはしません。 

 若いころに読んでいたルッソオという思想家は「社会契約論」などを著した人でしたが、「人間は神の手によって善なるものとして造られたが、人間の手によって堕落・腐敗した」としきりに述べています。つまり始まりは「最善」で、歴史を降るにつれて「堕落する」それが人間の姿だというのです。未開社会では「賢明な人間の生活」が営まれ、文明社会は「他者との闘い状態」に明け暮れると言えばどうでしょうか。ルッソオに学んだことはたくさんではありません。でも根っこの部分では大事なものを教えられたと、今でもそのことを懐かしく思い出すのです。

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 世界文化遺産だ自然遺産だと言って大喜びする理由がぼくにはよくわかりません。ユネスコの一機関が認定するから、「それは凄いことなんだ」というのでしょう。可笑しいですね。中味は一向に変わらないのに、「権威ぶった機関」が折り紙をつけると一気に注目を浴びる。でも、それも一瞬のことで、時間が経てば、だれも見向きもしない。元の木阿弥です。そんなもんでしょう。ある人が「文化勲章」を受賞したから「スゴイ」のではない、もともとそれなりの「(仕事内容の)スゴサ」を持っていたから「文化勲章」が追いかけてきたというだけ。(言うまでもない、文化勲章がどうこうではなく、一例として、それをありがたがる手合いの下劣さを指摘したかっただけ)それがあろうがなかろうが、「内容が優れている」のを、虚心に評価できるかどうか、それが肝心でしょう。この島の人間たちの多くは、烏合の衆なのかもしれません。もちろん、ぼくもその一人であることを否定しない。一人の「烏合の衆」として、権威に頼るのも、権威にすがるのも、語るに落ちた話だという感受性をぼくは失いたくないのです。

 何千年か後の世に「原始的=野蛮な生活文化(の痕跡)」が「世界遺産に選定」されたと知ったら、縄文人は何というでしょう。「現代人というのは、箸にも棒にもかからない、あかんたれや」というかもしれない(これは関西系の縄文人を想定)。あるいは「愚にもつかないことに血道をあげる、俺あ、こんな現代人はいやだ」という幾三さん風縄文人(三内丸山敬系)もいるはず。「理性が無ェ 正気じゃ無ェ 人かどうかもわから無ェ 油断も無ェ 隙も無ェ 人狼(ライカン)毎日ぐーるぐる」というようなえげつない社会、こんな現代社会に価値を置く縄文人はまずいないでしょうね。縄文時代からは「堕落の一途だった」というのはどうですか。無垢といい、無辜と言います。イノセンス(innocence)と同義だとすると、無垢や無辜はいつ、どのようにして奪われたのでしょうか。

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