「片雲の風にさそはれて」行き交う旅人

 【地軸】 小満 草木が茂って辺りに満ち始める意味という。きょうは二十四節気の「小満」。日光と雨を栄養分に、植物や生き物が命をみなぎらせてゆく時季▲遠い異国の地からはち切れんばかりの命の話題が届いた。北米にしか生息しない変わったセミの大量羽化が始まった。このセミは17年周期で大発生することで知られ、現地の予測では数十億匹から数兆匹に及ぶとも。騒々しさもまた大変そうだ▲前回は2004年だった。「17年ゼミ」はきっちり17年もの間、土の中で潜むから不思議だ。実は米国には「13年ゼミ」も存在する。同じ年に密集して大発生することで、子孫を残しやすくしているようだ。進化の過程で17年と13年に落ち着いたらしい。吉村仁著「素数ゼミの謎」(文芸春秋)に詳しい▲こちらは「あまりみなぎらないで」と言いたくなる。前線の活動が活発化し、日本列島の広い範囲で強い雨が降る予報となっている。毎年のように、梅雨の大雨による自然災害に見舞われる中、気象庁が厳重な注意を呼び掛けている▲災害に関する情報伝達に変更点があった。自治体が発令する避難勧告を廃止し、避難指示に一本化された。情報をシンプルにして住民の逃げ遅れを防ぐのが狙い。避難の言葉を見聞きすれば空振りを恐れず、さっと行動したい▲「小満や一雨ごとに森ふとる」(山下静湖)奪うのではなく、育むように。自然相手に無理は承知と思えど、命に優しい雨を。(金)(愛媛新聞・2021年5月21日)

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 数日前、数少ないご近所(周囲百メートル以内に、おそらく十軒あるか)の一軒に住んでおられる女性から「空き缶回収」の日程や方法を伺った。これまでは、いくらか保存しておいて、年に数回ごみ焼却場に持ち込んでいた。もちろん有料です。そろそろと思っていたところ、自宅前を通られたので声をかけた次第。彼女はお宅の前にカンやビンの回収所を設け、それを行政に掛け合って回収コースの一つとして認めさせた方でした。それまでは一キロほども離れた集会所まで持ち込んでいたのです。多くの人は車でゴミを出しに行かれているようです。いかにも田舎ですね。その女性は大量の空き缶をみて「いったいどうしたんですか」と逆に驚かれた。事情をかいつまんで話したところ、「こんな奇特な人は見たことも会ったこともない」と言われる。誰かに頼まれたのでもなく、ネコが大好きだからでもなく、縁あって、近づきになり、「家に入った以上は仲良く暮らしたいじゃないですか」といったが、とても理解してもらえそうになかった。(大小取り混ぜて、ただ今十一人。これを一つずつ、避妊と去勢の手術を済ませようというのです。まだ二人しか済んでいない。どうなりますか)

 今年は例年になく「梅雨入り」が早いそうです。もちろん、気象庁の発表によると、です。別に、梅雨の早い遅いで何かぼくの生活に変化があるわけでもありません。しかし、雨だけは多量に降らないことを願うばかりです。家の周囲は杉と檜が繁茂している状態で、その落ち葉たるや半端ではありません。樋という樋を埋め尽くし、屋根一面が落ち葉の原のようになる時もあります。だから、雨と風には人一倍神経を使っているのです。また一時に多量の雨が降ると、樋の容量を超えて、屋根から、まるで滝のような水が漏れ落ちる。なんだかナイアガラの瀑布のようでもあります。一月ほど前から始めて、ようやく草を刈り取ったと思いきや、この梅雨時の長雨で、一気に勢いを盛り返し、草がそれこそ「小満」どころか「大満」「役満」状態です

 だから、「小満」はぼくにとっては誠に気になる節季なんですな。夏の季語などと優雅なことがいえないのが田舎暮らしの「醍醐味」なんです。ささやかなりとも、農家のご苦労が分かりそうに思ったりします。三週間ほど前に終わった田植えの苗も、一端(いっぱし)の稲の子どもに成長しています。田植えから刈り取りまで、従前ですと「三番草」などと言って、草取りが実に重労働であった、そんな時代が懐かしいくらいです。農器具と薬品の飛躍的な開発で、稲作は比較を絶して「近代化」された。それは素晴らしいことです。しかし、一抹の心配というか杞憂のようなものが消えないのはどうしたことか。農家の人間でもないのに、余計な事と言われそうだし、自分でもそう思います。米の自由化をはじめとしたTPP問題は、これから大きな課題になってこの島の農業を襲うのではないかという心配です。いくつかのデータがそれを示しているようです。自由化というのは、アメリカ化だったのが一昔前、今はそれどころではなくなってきているのです。

○ 小満(しょうまん)=二十四節気の一つ。太陰太陽暦の4月中 (4月後半) のことで,太陽の黄経が 60°に達した日 (太陽暦の5月 21日か 22日) に始り,芒種 (6月6日か7日) の前日までの約 15日間であるが,現行暦ではこの期間の第1日目をさす。気候的には初夏で,麦の収穫期にもあたる。昔中国ではこれをさらに5日を一候とする三候 (苦菜秀,靡草死,小暑至) に区分した。それは,にがな (苦菜) が山野にはびこり,なびきぐさが枯れ,暑さを感じる時期という意味である。(ブリタニカ国際大百科事典)

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 十七年ゼミや十三年ゼミと聞くと、学生時代の「ゼミナール」を思います。実につまらなかった。それはほんの二、三年に過ぎなかったが、耐えられないような殺伐さでした。もちろん、そこに参加している(ぼくを含めた同級生)学生の関心や意識が低いか、皆無だったことが災いしていました。それに輪をかけるように、担当教師の怠惰と不真面目には「殺意」を覚えたほどだった。思い出すのも忌まわしい。その悔恨の過半はぼくの不勉強というか、面白くする努力を放棄したからでもあり、授業料というものを溝に捨てたというテイタラクでした。そのゼミではなく、蝉(せみ)の話です。ぼくも十年程度の地中生活ゼミなら、実際に経験しています。家を建てるときに木を入れ土を入れた。そのなかの樹木の根に幼虫がついていて、その樹液で養分を取っていたのです。住みだして十年ぐらいは、驚くほど多数の蝉の幼虫が木の幹に登って脱皮したのを観察していた。現在の山の中では、やはり「蜩(ひぐらし)」がひときわ印象が深い。物悲しい響きが染み渡るように聞こえてくるのです。ぼく自身が「ソノヒグラシ」ですから、余計にそういう感じがします。今年ももう、そんな蝉の季節が近いのかと、迂闊千万のわが時間・季節意識に、われながら呆れてもいます。

 その蝉の寿命がひと夏かぎりというのですから、何かと感じ入ることがあります。

 来る年も行く年も、天災人災取り合わせて、浮世は回転しているのか、あるいは一直線の方向に進んでいるのか。始まりがあれば、終わりがあるのが道理です。ぼくたちの生きる世界では、初めがあまりにも遠すぎて、まったく思い描くことが出来ないように、終わりもまた、いつになるのか、皆目理解に遠いことだと、他人も思い、我も思います。でも果して、そうなのであろうか。蝉の寿命はひと夏かぎり(何週間)というのはあまりにも短いと言われるかもしれませんが、何に比べて長いのか短いのか。永遠というものはない、あるのは永遠という「時の鏡」に映った一瞬の連続です。この瞬間こそが「永遠である」と知るためには、「蝉の生涯」を知る必要があるでしょう。 

 時は夏、小満過ぎて、やがて「芒種」。昨年のこの時期にも、「芒種」について駄文を書きなぐりました。年月は去るのではないようです。ぼくは確実に年を取りますが、果して「永遠の時」は年を重ねていると言えるのか。有限と無限のはざまに何があるのかと考えたことはありません。あるのは動かない「時の鏡」だけです。その鏡の前を行き交うのが「存在」というものなのでしょう。ふたたび「奥の細道」の驥尾に付します。驥尾に付すと言いたいのですけれど、そのふりをするばかりですね。

 「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして 、旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、…」というのは、芭蕉の時間論でもあり、死生観でもあるでしょう。この年(千六百八十九年・元禄二年三月二十七日)、芭蕉は四十六歳でした。ぼくは船の上に浮かんでもいなければ、馬の口をとらえて老境に達した人間でもなく、何もしないままで「老いをむかふる」凡愚であります。それでも、「時間という乗り物」のような船底に閉じ込められて、自身にも行方の知れない旅に誘われているような具合でもあるのです。「日々旅にして、旅を栖(すみか)」としているのは否定できない現実でもあるのでしょう。

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。