


【日報抄】米国人作家の故ノーマン・カズンズは膠原(こうげん)病を患った。思うように手足が動かず、寝返りを打つのも難しい。40代後半のことだった。彼は笑いで難病を克服しようとした▼滑稽な映像や本に接し、腹をかかえて笑う。すると、病状は快方に向かった。同じ病に苦しむ人全てに当てはまるわけではないだろうが、笑いの効能について考えさせられる▼新型ウイルスで3度目となる緊急事態宣言が延長された東京で、演芸場が営業を再開した。一時は都の要請に応じて休業していた。席亭ら関係者は「寄席は社会生活の維持に必要」と訴えてきた。暮らしから笑いを絶やしてはいけないという思いがにじんだ▼笑うことは免疫機能を高めるとの指摘がある。だとすれば、笑いはウイルス禍を生き抜く有効な手段になるかもしれぬ。ワクチン接種が行き渡るのがいつになるのか、先行きは見通せない。笑いが頼もしい支えになってはくれないか▼1年前の春、最初の緊急事態宣言が出る直前に上野の演芸場を訪れた。閑古鳥が鳴く中、出ばやしとともに登場した噺家(はなしか)が客のご機嫌をうかがう。「こんな時にこんな所に来るとは、よっぽどの物好きでしょうな」。マスクの中からくぐもった笑いが漏れた▼カズンズは被爆後に渡米して治療を受けた「原爆乙女」の支援にも尽力した。その1人である笹森恵子さんを養女に迎え、笑うことを勧めた。カズンズが鬼籍に入って30年余。笑いの大切さを胸に刻む。不安が人々の笑顔を奪うこんな時だからこそ。(新潟日報・2021/05/20)

謹厳実直というより、ユーモアのある、まじめを絵にかいたような人より、いつも笑い(冗談)が服を着ているような、そんな人間像を、ぼくの手もとにつねに携えていたいなあという思いで、毎日を生きている。カズンズについては、この雑文集のどこかで触れています。彼の本はかなり読んできましたが、「笑い」というものが、泣いて暮らすより、どんなに日常を豊かにしてくれるかを、改めて教えられたのでした。彼の著書の「笑いと治癒力」は何冊か、療養中のぼくの複数の友人に送ったことがあるほどです。とにかく笑いという働きが持つ「治癒力(回復源)」に関しては、医療費はいらない、医師も必要とはしない。いつでもどこでも実践可能。いいとこだらけのようですね。その詳細は彼の本をお読みになることを、お勧めします。

いよいよ「コロナ戦争」は酣(たけなわ)というのか、正念場というのか。いやもうすでに、この見えない敵との闘いには勝ち目がなさそうであることがハッキリしてきたともいえそうです。世界の中で「しんがり(殿)」に位置していたこの国のワクチン接種の「切り札」が切られた。ぼくの家にも役場から「接種券」なるものが一か月ほど前に届きました。そして昨日だったか、接種予約の医療機関と方法・日程などを知らせる通知が届きました。ぼくは接種する気はありませんが、果して順調に七月中に後期高齢者の接種は終わるのかどうか、ともやもやしていたら、突然「大規模接種会場」が東京と大阪に設けられ、希望すればどこからでも接種できるという報道がなされました。
例によって、物事には裏があり、裏の裏があり、裏の裏の裏があると不審に思っていたら、まことに不思議な事態が生じていました。これは公開されていますので「裏」ではありません、この会社の「顧問」に守銭奴化といいたくなるT中平蔵という人が就いている。それだけで「怪しい」とみて間違いはないと言いたくなるほど、彼は劣島各地で「シロアリ顔負け」の食い千切りをやっています。パソナの顔でもある。いったい、何処までこの国の「税金」を食い潰すのか、関心はしないけれど、何処から見ても「銭儲け」の奇人だな。関西人であるという必要はないでしょうけど。この貴人の先輩に「一階の上」の人が君臨している。(裏の裏は表ではない、裏には何層もの裏があるということ)莫迦区債(ばかくさい)ので詳細は省略します。(この事業にも、中抜き、中抜き、さらに中抜き、この島特有かどうか、例の通常の業態があったのです。いずれ明らかに)(左上は防衛副大臣。彼は三代目?の政治家。初代は中山マサさん。厚生大臣を務められた。三代目は問題児で、最近は「私達の心はイスラエルと共にあります」とツイート)

この「ワクチン大作戦」、ソーリの独断だったのか、取り巻きのだれもが知らない間に自衛隊が出動して「接種大作戦」開始となったので、やおら接種申し込みをしたら、いい加減なネット登録でも受け付けられた、という報道がなされた途端、関係者の「怒り」が攻撃方面を間違えてで暴発したのです。あるいは「自爆」だったかもしれません。問題の核は「システム誤謬」です。その誤謬に気付かないままに作戦開始したのは、大失態でしかなかったのに。国防は、単なるまやかしであることが世界中に判明。防衛大臣は「おそ松くん」だということも。世界の反応は「予想通り」というものでした。
「大規模接種ウェブ予約 架空の数字で登録可 券番号も、年齢も 東京23区と大阪市の住民を対象に17日始まった新型コロナウイルスワクチンの高齢者向け大規模集団接種のウェブ予約で、実際の接種券に記載されていない架空の数字を入力しても予約ができることを、毎日新聞記者が複数の数字で確認した。予約の対象は65歳以上だが、65歳未満となる生年月日を入力しても予約できることも確認。架空の数字を使って予約枠を「占拠」することもできるとみられ、予約システムの信頼性が問われそうだ(以下略)」(毎日新聞・2021/5/17)
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このシステム開発を請け負った企業はベンチャーのようです。実績もあり、仕事はしっかりしているという評価があるのです。しかし実際には出鱈目な設計のまま稼働してしまった。企業の能力が低かったのか、システムを事前に検証すべき防衛省役人の検査能力がザルだったのか。(どうも後者のようだと、ぼくはみています)システムが正常に機能するかどうかも調べないで受け付け開始したとは、まるで「真珠湾作戦」のようで、夜陰に乗じての大作戦のつもりだったが、それが直ちに「未完成」「粗悪品」だったことが、マスコミの陽動作戦で暴露された格好です。欠陥システムの不具合を実地に試したマスコミや雑誌媒体を防衛大臣は強硬に「攻撃・口撃。いや抗議」したという。システムは穴だらけ、この武器は使い物にならぬと暴露されて「ブチギレ」の格好ですが、指揮官自身が欠陥人間だったから、見るべき敵を誤って、味方に銃弾を発射したのです。それは自爆テロとおなじ。大臣の思考・判断システムは、もっとザルだったという「国家秘密」が発覚したのです。(最初から「発覚」していたんですがね)
ところが、この愚弟には画に描いたような「賢兄」がいました。ああこの人だったかと、記憶がよみがえったのは、その「莫迦丸出し」ぶりに気が付いたからです。世に「賢兄愚弟」と言います。あるいは、ぼくだけが知らなかったようで、「愚兄愚弟」というのもあったらしい。この兄は前のソーリ大臣だったとされます。そんな人がいたかと訝しく思いましたが、その「囁き」の内容を知って、「ああ、彼奴か」と腑に落ちました。「懲りない奴」「厚顔千尺」ですな。今も昔のフールでした。

落語のマクラに「二人の兄弟」のバカ話があります。弟が竿を手に何かしている。それを見て、父親が「何してるんだ」と聞くと、「あの星を取りたい」といった。傍にいた兄が「そんなんで星が取れるか、二階に上がんなくちゃ」と言ったので、父親は「さすがは兄貴だ、賢いねえ」といったとさ。ツイッターで「愚愚」の上塗りをした兄弟を、もし父親が存命だったら、なんと評価したか。安倍晋太郎さんは「言葉を失った」と思う。「何と賢い兄弟だったか、さすがに俺の子だなあ」と、父も父でした。一言絶句したのは筆者でした。(外務大臣も歴任した晋太郎氏は毎日新聞の記者だったというのも因縁)この兄にして、この弟あり(、この親あり)。この二人を国家枢要の地位に据えるというのも、この島社会は太っ腹(肥満」劣島というか、恥知らず社会というか。国家の態を為していないところまで、この島社会は墜ちています。「救済は手遅れだ」という感を否定できない。
この島は「ワクチン」で磨滅するより、アホの度が過ぎるソーリや大臣によって占領されてしまった結果、何処からも相手にされない、「絶海の孤島の住人」に先祖帰りしたと言えそうです。地球社会の一員ではなくなったのに等しい。この「自衛隊、コロナ戦争に出動」という戦闘場面を見ていて、なんとも「おかしいね、笑えるねえ」というのはいいんですが、ひょっとしたら、多くの人民は笑ったまま、顔を引きつらせて死んでいくかもしれません。そうだとすると、なんとも怖い「阿保兄弟」噺でした。さらにいやになるのは、この手の「愚兄愚弟」がまだまだ、永田町界隈に、あるいは劣島各地に蠢動しているという事実です。「浜の真砂は尽きるとも、世に「三代目の種」は尽きまじ」絶景かな、絶景かな!
余談ながら 今回の兄弟の「つぶやき」という「嘲笑」は阿吽の呼吸で作られた「合作」でした。今回の出動は、紛れもなく、天性の虚言癖・仮病使いの兄の「煽動・先導・船頭・顫動」でしたな。団子三兄弟ならぬ、「胡乱二兄弟」。この兄にして、この弟あり。彼等の主張する「集団的自衛権」がこの程度だったんだと、「念押し」されたのは不幸中の不幸でした。「自分を大事にしてくれ」といいたいね。
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