土から離れると、浮遊するばかり

 【河北春秋】鳥などが遠くからでも巣に戻ってくるという帰巣本能。それにちなんで作家の畑山博さんは「人には帰農本能みたいなものがあるのではないか」とエッセーに書いていた。周囲を見回しても確かにそんな気がする▼畑山さん自身、春の庭、夏の庭、秋の庭-と色付きで図面を描き、さまざまな野菜を植えた。広くはない建売住宅の庭に「それでも何か野菜類が作りたかった」という。帰農の願望が募って、ついには10アールの農地を買うまでになった▼この大型連休中、各地の貸農園や市民農園で心地よい日差しを受けながら汗を流す人たちの姿を見掛けた。花や野菜の苗を販売するホームセンターなどでは、家族で品定めをして買い求める人たちの様子はいつもの年と同じだ▼畑山さんは「ぎすぎすとささくれ立つようなことばかり多すぎる町場から逃げ出して、いなかの雰囲気のある所で暮らしたい」とつづっていた。ぎすぎすとささくれ立つような…。コロナ禍のまさに今にぴたりと当てはまる表現だ▼東京など4都府県に発令中の緊急事態宣言を延長する方向だという。コロナ禍のストレスで世の中はもっとぎすぎすしそう。樹木の濃淡ある緑、白い果樹の花、菜の花の黄-。景色のきれいな5月、密とは無縁の広々とした農園で一息つきたくなる。(河北新報・2021/05/07)

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 当地に越してきた当時(2014年4月)、何冊かの本でも書こうかというつもりでした。自宅や貸倉庫などにたまりにたまっていた書物を整理するために、みすぼらしいものですけど「書庫」といったものを大工さんに頼んで作ってもらった。目いっぱい書棚を作ったが、入りきらないものがかなり残りました。いったいどれくらいあるのか、数えたことがないからわからない。千の単位でないことは確かでしょう。

 さて、原稿書きに専念するつもりで、たった一人で住みだした。かみさんとは別居。彼女は田舎嫌いだし、ぼくは都会というか、人がたくさんいるところがダメだったから、こういうことになりました。その段階で、近所には農家もあり、「道の駅」なるものもあったので、野菜やコメなどの食料品には不自由しなかった。時には車で十キロほど離れたスーパーへ行けば、なんでも揃った。いよいよ原稿執筆に徹しましょうかという段階で、「ある思い」がよぎったのです。「こんな山の中に来てまで原稿なんか書く意味があるのかよ」と。一瞬でしたが、それもそうだと一人合点した。刊行を約束していた出版社には断りの電話をしようとしたが、面倒だったので、それもしなかった。人づてに聞きましたが、ずいぶんと怒っていたそうです。以来、ぼくは本を書くという義理を放棄したまま、気ままな生活を送ることになったのです。

 好事魔多し。三年ほどしてかみさんが大病しました。大きな手術でした。無事に退院したのですが、そのまま一人にしておくわけにもいかず、なんとかこの山中に転居してくることになりました。「元の木阿弥」というのでしょうか。「割れ鍋に綴じ蓋」の珍事(椿事)満載(漫才)の生活が再開された。その少し前から、ぼくは「草原と化していた庭」を整理し、みごとにと言うわけにはいきませんでしたが、なんとか、見通しのきく「空き地化」に成功しました。それから少しは樹を入れたり、石を入れたり(大きいものは何トン以上とか)、なんとか庭らしいものにしようと奮闘の真似事をして、今に至っています。きっと、永遠に未完成でしょう。 

 その間、ずっと「野菜畑」を構想していたのですが、いっかな手がつかなかった。面倒なことはしないで、近くにふんだんに野菜が手に入る場所があるのだからと、今に至ってもキュウリ一本自作したことがありません。以前の家では何かと狭いところで苦心惨憺したこともあった。でも、結局は「作るより買うに限る」「買う方が安くつく」という平凡なというか、怠惰な価値観に落ち着いたのでした。近所では、元勤め人が「玄人はだし」で農作業をしておられます。規模も大きく、農業機械まで導入して、本格的にやっているのを横目で見ながら、「一日漫歩」をしているのです。やがて、いやこの夏前から、すこし畑らしいものを作ってみようかという朧げな気分が醸されているところでした。

 畑山さんは「帰農本能」と言われていますが、さてどうでしょう。だれだって「土いじり」を好むでしょう。いや、土に触れなければ安心できない、精神のバランスを欠くとまで言えるかもしれません。土や緑は、人のストレスを大いに軽減化してくれるのです。土をいじることと、農作業することが一緒でなければならぬということでもなさそうです。この「連休中」、あちこちの川辺で「BBQ」やキャンプが大いにもりあがったのも、その「帰農本能」「帰土本能」の一形態ではないか、という具合に、狭い屋根の下に逼塞するくらいなら、どこでもいいから野外へという「土着本能」が疼くのが人間なのだということです。でも、それは人間には限りませんね。

 ある学園の「土いじり場」は「新天地」だと言われています。いい命名ですね、まさしく、「新天地」と言うべきではないか。いのちの洗濯場という意味です。そこには何もなくてもいいし、小さな農園でも花壇でもいい、土いじりと同時に何か結実開化をもたらせるものがあれば言うことありません。ここまで来てある小さな記憶がよみがえってきました。まだ小学生の頃でした。家の前に小さな花壇を作り、そこに「カンナ」などを育てていた。それがやがて開化しそうになると、何本か切り取り花束にして、それを学校の教室に持って行ったのです。誰に言われたのではない。中学校でもそのようにした。東京へ出てきてから、そんな「けったいな奉仕」をしている生徒に出会ったことがない。如何にも珍しいことだったなあ、今にしてそう思われてきます。そうすることで、自分の気分が爽やかになったのは確かだし、学校では「誰だ、こんなことをしたのは」と非難したり怒ったりするものは一人もいなかった。

 新天地というのは、普段馴染んでいるところに、ある種のアクセントつける。例えば、教室に万幕を張るとか、花いっぱいに飾り立てると、つまらない教室が一変します。それはどこにでも「新天地」が作れることを意味しているでしょう。天井と壁で囲われている檻のようなところから解放されて、土や緑に満たされている場所なら、なお一層爽やかな気分が生み出されてくる。「爽やかな緑よ」「明るい緑よ」という所以です。

 つまるところ、小さな庭に「さらに箱庭のような野菜畑」を作るのは、先ず食用というのではなく、精神と身体の体操には好都合ということです。まず心身の体操が第一、それに結果としての収穫、食べられればいうことはないという話でしょう。土が教室であり、そこには試験(テスト)はない。偏差値もない。「失敗は成功の母」なんだという経験主義だけがものをいうのです。作りたいと「思う」だけでは足りない。手足を働かせて、土を耕す。つまりは耕作し、栽培するのです。この行為を、他の多くの国では「カルチャー(culture)」と言います。この島のことばでは「文化」などとハイカラ風な単語を当てています。でも実際は、「耕す」「栽培する」です。単に耕し栽培するだけではなく、その結果「成果」が付いてくる。その「成果」が「文化」であるというのでしょう。

○ カルチャー=(植物などの)栽培;《生物》(菌・細胞などの)培養,飼育。 (国・時代などで培われた)文化(◆civilization は物質面,culture は精神面を強調),文明。(特定の組織・地域の)文化,気風,やり方,慣習。文化によって培われた)教養,洗練,芸術的文化,文化活動。[原義は「耕作された土地」](デジタル大辞泉)

 辞書の説明の、一番最後に書かれているところが肝要な部分です。「耕作された土地」が元の使い方でした。畑や田圃を見ると、ぼくはいつでも「人間の営為がある」と感動してしまう。今はそれがさらに進化し、コンバインで自動化されています。機械化は「文化」というよりは「文明」の範囲に入るのでしょう。それはともかく、「農業」という日本語は「耕作された土地」、つまりは「アグリカルチャー」だった。アグリは荒れた、土です。それを人間の働きかけで耕して収穫できる土地にする行為、それが農業でした。「荒れた地を耕す」です。

 この営為が「人間」に対して応用されたのが「教育」です。生まれ落ちた乳児は「野蛮」「無能」です。それを丁寧にケアして働きかけ、やがて「洗練」「有能」へと、他者がうまく「耕す」行為を教育と言ったのです。ナスビの種を撒いてキュウリを育てることはできない。赤ん坊を育てて、公務員にすることは「教育」なんかではないんですね。簡単に言えば、農業でも教育でも、種や乳児の有している「素質」を伸ばし育てることです。それ以外は、一種の野蛮行為です。

 素質というのは「生まれつきもっている性質」「将来すぐれた能力が発揮されるもととなる性質や能力」(デジタル大辞泉)をいうのです。それならば、対象となるものが「いかなる素質」を持っているか、じゅうぶんに見抜けなければ、そもそも教育も農業も成立しないじゃないんですか。帰農本能という以上に、素質を伸ばす、伸ばされる素質を育てる訓練、それが耕作であり、栽培なんです。そこから人間への応用が生まれるんでしょう。外国には「教育」という語に関連して「プラントアナロジー」ということがよく言われてきました。「植物を育てるのと似ているのが人間教育」なんだということです。

 ぼくは昔、小さな学校で「教師の真似事」を少ししたことがあります。そこはまったく「荒れ地」そのものでした。だから「耕作」「栽培」の好適地だと考えたことがありました。けれどもぼくのような非力な耕作者では「骨折り損の草臥れ儲け」にしかならなかった。懸命にやったけれども、草臥(くたび)れて、だめでしたというのではない。骨を折って損したよというのですが、実際には「草臥れだけはたんまり儲かった」と、ぼくは受け止めたのです。どんなに荒れた土地でも、栽培には成功しなかったかもしれぬが、耕す、栽培するという仕事のイロハを学んだ、とてもいい経験になったと、自分の失敗を、後の行動に生かせるといいのだがという気持ちで生きてきたのです。「酸性土壌をアルカリ性の土壌に改良」することも大事です。つまるところ、土をよく見るということ。土地の味を「土気」といったことがあるのでしょうか。

○ 土気=つち‐け【土気】1 土のようす。湿り気や土くささなど。 2 いなかくさいようす。洗練されていないようす。「売られ買はれて北国の―の賤(しづ)の里なれど」〈浄・反魂香〉ど‐き【土気】土の含む気。土のにおい。(デジタル大辞泉)

 今住んでいる場所から西北方面に十キロほど行くと、千葉市土気というところがあります。JRの外房線の駅名でもある。それは「とけ」と読みますが、もとは「どき」じゃなかったかと勝手に判断しています。それに対して「人気」があります、「じんき」と読ませていたはずです。「どき」も「じんき」も、今風に言えば、土地柄や人柄になるでしょう。つまるところ、そのものの性質を指しているのです。ぼくがここへきて、「帰農本能」に突き動かされたのではなく、いうなれば「どき」に向かって「文化」活動でもしてみようかという気になったのも、土いじりがあまりにも欠けいる、わが明け暮れの「非文化性」に思い至ったからです。さてどうなりますか。

 「ぎすぎすとささくれ立つようなことばかり多すぎる町場から逃げ出して、いなかの雰囲気のある所で暮らしたい」 とは畑山さん。ぼくはそうではない。ぎすぎすもまた「文化」や「文明」の一面です。ならば、そこから逃げないで「荒れ地に鍬(くわ)を」です。教育という仕事は、町場であれ、田舎であれ、人のいるところで営々と、あるいは粒粒と「辛苦」しながら絶え間なくに行われてきたものです。それが人間の歴史です。(実はここで、種苗問題、日本列島の農業の課題などを書くつもりでしたが、道草を食ってしまいました。満腹ではありませんが、ここで止めておきます。農業問題は別稿で)

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