さわやかなみどりよ ゆたかなみどりよ

 

 いわゆる「黄金週間」とやらは終わりました。おそらく、ぼくはこれまでにもこの時期に遠出をしたことはまずありません。もちろん、家族旅行というものもしたことはなかったと思う。とにかく人混みが嫌いなんです。それに、なにによらず「並ぶ」「列に加わる」ということも大嫌いですから、何処に行っても混雑しているところは決して近寄らないできました。現下、「コロナ禍」に見舞われていますので、なおさらぼくは家にこもりきりでした。時期的にも、庭の植木などが思い切り伸びてきますので、あまり大きくならないうちに剪定まがいの作業をしようと、昨日は垣根の槙(まき)を、本日はサツキや紅カナメモチなどに手をいれ、まだ雨が残っていましたが、枝や葉を燃やしました。

 いかにも五月はこいのぼりの季節であると同時に、青葉・若葉の盛んな時期でもあります。普段は遠くまで見通せたのに、今では影も形も見えなくなるほどに、木々が成長し青葉・若葉を勢いよく繁茂させるのです。十日ほど前だったでしょうか、どこからか「鮮やかな緑よ ♩」という音声が聞こえてきました。何処で誰が、と訝しく思いながら、ああ、「若葉」という唱歌だったんだと、意外な感に打たれました。昭和十七年に作られた唱歌です。「意外な感」というのは、これをぼくはどこで覚えたかがわからなかったし、小学校で歌った記憶もなかったのに、なんとも「清新なメロディー」、その洗練されている曲想・構成に感心させられたのです。くわえて、歌詞は出だしはよく覚えてはいるものの、それ以外はまったく記憶になかったのも驚きでした。(https://www.youtube.com/watch?v=PT4zcFaZ-yg

 あらためて「歌詞」を読み、なんということだったかと、さらに驚嘆しました。「とりいをつつみ わらやをかくし かおる かおる わかばが かおる」二番に至っては「出だし」さえも記憶の彼方でした。「たはたをうずめ のやまをおおい そよぐ そよぐ わかばが そよぐ」作詞の宮尾均之、作曲の松永みやおの両氏について、ぼくは知るところはない。誰が作ったのか知らないのに、そのメロディーや曲調の斬新さに、古希をはるかに過ぎた現在も驚愕・驚嘆しているのです。さらに言えば、その歌詞の、いかにも風薫る五月(皐月)の若葉の季節を実感させられることに感謝したくなるような心持です。

 余談と言えるかどうか。ネットで見つけたのですが、この曲は昭和十九年に制作された黒澤明監督作品「一番美しく」の挿入歌でした。(*1944年公開の日本映画。監督脚本黒澤明、撮影:小原譲治。出演:矢口陽子入江たか子、谷間小百合、河野秋武志村喬、清水荘司ほか。学徒動員された女子挺身隊の娘たちの姿を描く。)(デジタル大辞泉プラス)これも余計なことですが、矢口陽子さんは黒澤氏と、十八年に結婚された。DVDで見られるということでしたので、さっそく購入して鑑賞したい。この「若葉」がどうして「女子挺身隊の勤労動員」映画に採用されたのか。挿入歌というのでしょうか、冒頭からこの音楽が流れてきます。(「黒澤全集」を読んだはずですのに、この映画に関する部分がすっぽりと剥落していました。「記憶喪失」ともいえる事態に、ぼくは驚愕しています)

 一年の内でも最も若葉や青葉が盛んに茂る時期、「青春酣(たけなわ)」、それがこの時期です。おそらく若い少女たちの「青春」もここから始まり、その盛りを迎えようとしている時期、それは「戦時体制」に当たっていたのは、まことに不合理でもあり、不当でもあるという想念は、当時の多くの青少年少女たちは感じ取っていたはずです。「一番美しく」というタイトルも、戦時下の検閲を受けながら、何度か変更を余儀なくされながら、最終的に決定されたといいます。「一番美しく」ある時期に、この未曽有の災厄、それが逃れる術もない運命でした。と、ここまで考えたとき、茨木のり子さんの一編の詩が思い起こされました。「わたしが一番きれいだったとき」

 茨木さんは十五歳で開戦、敗戦は二十歳だった。(勝手な類推ですが、東京で在学中だった茨木さんはこの映画「一番美しく」を観られたか。あるいは印章を残していたのを戦後になって、自らの青春への惨禍と賛歌を交えて、一編の詩にまで昇華し得たのではなかったでしょうか。

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 唱歌「若葉」に戻ります。 音楽はいろいろな場面に結びけられて、いろんな効果を発揮します。それはまるで「功罪半ばする」という恰好の事例でもあるでしょう。まったく想定しないような曲調・曲想に変身するということも大いにあり得ます。映画音楽なら、初めから映画に合わせて作られるのでしょうが、「挿入歌」となると、おおいに事情は変わります。例えばバッハやベートーベン、あるいはモーツアルトやワグナーなどが、さまざまな映画に使われてきましたが、はたして映画とクラシックのコラボには狙い通りの効果があるのかどうか。

 ぼくは、この「若葉」という唱歌に関して、改めて再発見したという思いを強く持ちました。戦時中の「唱歌」であるにもかかわらず(と言うべきでしょう)、単純明快に「季節の豊かさ」を謳いあげていますし、それは「戦時下」の、ひと時の「平和」を確かめるような響きを持っていたようにも考えられてくるのです。「戦争の中の平和」ということです。

 今ではこの唱歌もほとんど歌われなくなりました。歌の背景になる季節感が何ものか(それを近代文明というか)によって奪われてしまったからです。身の置き所のない人間の性が望んだ結果でもあるでしょう。取り返しのつかない方向に、この世界は動かされていくばかりです。さらにその動きを加速させています。ブレーキがない車に地球上の人民は一蓮托生で、乗りあっているのでしょうか。走れるところまで走る、やがて燃料が切れます。その時、地球はどうなっているか。そのまた一部のこの島はまだ存在しているでしょうか。

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・あらたふと青葉若葉の日の光 芭蕉

 (いかにも尊いことではないか、まるで降り注ぐかのように輝く日光を受けている青葉若葉よ。「奥の細道」(日光山上にて) 

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。