未ダ覚メズ池塘(チトウ)春草ノ夢

 歳月本長、而忙者自促。天地本寛、而鄙者自隘。風花雪月本閒、而労攘者自冗 (「菜根譚 後集 四」)

 久しぶりに「菜根譚」に戻ってきました。といっても、何か特別の事情があるのではありません。この間、何かと世俗・俗事(と言っているぼく自身が俗物ですから、「俗」を非難しようというのではありません)にかかずらわってしまい、義憤というか公憤というか、五分の魂に火が付いたように、怒り心頭に達したという自覚といいいますか、いやな「寝覚め」の折に付きまとわれるような不機嫌がぼくを襲っていたとも言えます。俗物が「俗物の傍若無人ぶり」にいい加減にしりと、俗物の神器を忘れるとは、「属物の風上」にも置けない輩だと、息まきたくなったのです。

 「山中に暦日なし」、もっぱら、その言をこそ、俗物の特権の如く「放埓至極」の明け暮れにも、後悔しない手綱のようなものとして、ぼくは愛好してきました。もちろん、拙宅にはテレビもパソコンも、それにいろいろなお店からもらった暦(カレンダー)など、日時を知る印はいくらもありますが、気分だけは「山中に暦日なし」といきたいものだという、それは、怠け者の生活信条なんですね。

*「山中に暦日なし」とは、「偶来松樹下、高枕石頭眠、山中無暦日、寒尽不年」(「唐詩選‐所収(太上隠者作「答人詩」)(精選版 日本国語大辞典)

 ところが、そうは問屋が卸さないのが、世の常です。天変地異は言うまでもなく、人事万般が、断りもなく、山間の僻地に飛び込んでくるのです。中には、気に入らぬと捨て置くこともできない、迷惑そのものという難題が、呼びもしないのに上がり込むという仕儀となる。そうなると、山中の時間もあったものではないのです。あるいは「コロナ」が拙宅に飛翔してくるかもしれません。それを何とかすべきはだれなのか、「当局」と言われる面々が「功名の魁(さきがけ)」あるいは「功名が辻」の果し合いのような、他愛もない権力争いが、島のあちこちで生じてる。まるで収拾がつく気配すらない状況に面して、一人前に「切歯扼腕」の素振りをしたくなるのはどうしたことか。まるで「年甲斐もなく」というべき沙汰でしょうね。

 そこで、「菜根譚」に帰るという仕儀なんです。歳月はもともと、終わりがないもの。際限もなければ、始まりもないとは言えませんが、いたずらに続くのが歳月です。「悠久の時」「時は永遠」というほかないのです。ところが有限も有限、あっという間の煙草の煙のような人生に「齷齪」し、「徒労をかさねる」のもまた、人間の分際というものの避けられないさだめとも感じ入っています。「歳月人を待たず」といい、「光陰は矢の如し」というけれども、それは一瞬に過ぎない人間の分際が言わせたり、嘆かせたりして生まれた言葉です。「歳月が待ってくれたら、どんなにいいことだろうか」というのは、後悔の別の表現でもあります。そして、「後悔先に立たず」と、前も後ろもふさがれているのです。万事休す、だ。

 「少年老い易く、学成り難し」と言ったのは誰だったか。まさか井上陽水じゃない。それはわかっていましたが、記憶をたどるとなんと、朱子(朱熹)その人でした、と言いたいのですけれど、一方的に断定もできません。その昔、「論語」研究の大家として書かれたものの中から、いくつかの文献を読んだこともありました。(「論語集注」など)誰が朱熹と言い出したか、いくらかの文献はありますが、その信ぴょう性は大いに疑問視されています。またその言わんとするところに関してもいくつかの解説が成立しており、どれかに特定することは困難だとされています。ぼくはそんな面倒なことを言いたいのではありません。ごく当たり前に、月並みに読んで理解しておればいいと考えています。

○ 朱熹(しゅき)[1130~1200]=中国、南宋の思想家。婺源(ぶげん)(江西省)の人。字(あざな)は元晦(げんかい)・仲晦。号は紫陽・晦庵(かいあん)など。諡(おくりな)は文公。北宋の周敦頤(しゅうとんい)らの思想を継承・発展させ、倫理学・政治学・宇宙論にまで及ぶ体系的な哲学を完成し、後世に大きな影響を与えた。著「四書集注(しっちゅう)」「近思録」「周易本義」「晦庵先生朱文公文集」など。→朱子学(しゅしがく)(デジタル大辞泉の解説)

 元来が際限のないものとみられる「歳月」を、わざわざ忙しがって、自分で短くしているのです。天地は無辺なのにもかかわらず、「鄙者」、つまりは俗人が、自分で狭くしているにすぎないのだという。「あの人に借金あり、この人とはつまらぬことで喧嘩したし…」というわけで義理のたたない身持ちの悪さで、世間を狭くしているのです。身に覚えがある人も多いでしょう(もちろん、ぼくもその一人です)。

  「風花雪月本閒」とは、春の花、夏の風、秋の月、冬の雪を言い、それらはまるで天然自然の風雅であって、「本閒」なもの、つまりは「本来は閑(のどか)」なのであって、「而労攘者自冗」 、齷齪しては、かえって自分の方から、煩わしいものにしているのだというのです。自然の歩みと歩調を合わせることは、今日では至難の業であり、望むべくもない贅沢に類するのでしょう。だから、忙しい合間を縫って「go toトラベル」という残酷かつ残念な始末になるのでしょう。

 歳月本長、天地元寛、風花雪月本閒、このようなあるべき(本・元の)「姿や形」を感じられなくなるのが、現代というものだというほかありません。現代に生きる人間は、はるかに「元来」「本源」から遠ざかって生きているのです。不便を厭い、便利を懇望するという本末が逆さになった生活が、人間の生活だというよりは「上等」「高級」の生き方だとでもいうようです。まことに「山中に暦日なし」と抗弁したくなります。だから、「菜根譚」の教えは、「原初の生活」への回帰を指嗾するものだともいえそうです。

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投稿者:

dogen3

 「名もなく貧しく美しく」、ぼくにとって、それは生きる姿勢(流儀)の理想型ではありますが、現実には「名もなく貧しく醜悪に」、せいぜいがそんなところでしたね。「美しく」どころではなかったけれど、「名もなく貧しく」は断固として一貫してきたと思う。とても自慢できませんがね。