いちばんたいせつなことをそまつにし…(承前)

 《諸君、ぼくとしてはこれからぼくが話そうとしていることは、決して知っていて話すのではなく、むしろ、諸君とともに共同で探求しようとしているからなのだ》(『ゴルギアス』)

 「牛馬の徳」が教えられるとしたら、「牛馬」以外の(それより優れたと思われる)何者かによって、これが牛馬にふさわしい「仕事」(ergon)だということが、あらかじめ取り決められているかぎりにおいてなのだ。牛や馬の値打ちといいますが、それを決めるのは牛馬ではないでしょう。少なくとも、牛や馬を使って利益を上げたいと企む者が、それを決める。この場合は「人間」です。牛馬の訓練も、その値打ちを高めるための方法であり、その方法は値打ちを熟知している者が行うのに何の不思議もありません。カリアスの息子の場合も、国家において一廉の人物になるということが、いわば「処世術」「立身出世」であるならば、それを技術や知識として教え授けることも学ぶことも可能だというのが、ソクラテスの立場だった。世間で生きる、よりうまく生きる値打ちを知っている者が、その先生になるのはいずこにおいても変わりません。「人間教師」「人間の調教師」という職業が成り立つ所以です。「職業としての教師」の始まりです。 

 これに対して、そのような「専門的技術に属する事柄」でないとみられる「人間の徳」は、いかにして教えられるか、という問題が出されますが、そもそも「人間の徳」とはなにかが問われねばなりません。教える内容がなんであるかがわからないで、どうして教えることができるのか、というわけです。反対に、「人間の徳」などとはとても言えないにもかかわらず、「世渡り術」や「世間知」に精通してる人は、それを商売にすることが出来ます。アテネの時代に盛んだった商売、それはソフィストと呼ばれた人が特技とした「弁論術」「修辞法」だったでしょう。「こうすれば成功する」「生きる技術をあなたに伝授」「一廉の人物になる方法はこれです」「富や名誉の獲得の仕方がここにある」などという情報を流して、世間を巧みに遊弋したとも言えます。その高名な一人がゴルギアスでした。今につながる職業の軌跡の濫觴(らんしょう)でもあるのです。

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○ ゴルギアス(英語表記)Gorgias=前500か484‐前391か375 古代ギリシアのソフィスト,弁論術の大成者。シチリア島のレオンティノイの人で,同島のエンペドクレスに学んだとも伝えられている。前427年,軍事援助要請のための全権大使としてアテナイを訪れ,その雄弁によって使命を成功させるとともに,弁論術への大きな関心を呼び起こした。母国の政変(前423)によって亡命を余儀なくされたらしく,やがてテッサリアのラリッサに定住した。ソフィストとして活動を始めたのもこのころからであろうが,弁論術中心の教授法によってギリシア全土に名声を博した。(世界大百科事典 第2版の解説)

○ ソフィスト(英語表記)sophists=原義は〈知者〉〈達人〉。sophistはその英語形。前5世紀中葉からギリシア世界に出現した職業的教師で,報酬を得て富裕市民の子弟に弁論術などの諸学芸を教授した。プロタゴラス,ゴルギアス,ヒッピアス,プロディコスらが有名。とりわけソクラテス,プラトンのソフィスト非難があずかって,〈詭弁家〉との悪評が後世まで残るが,知識の普及者,言語批判の先駆者としての意義は大きく,ほぼ同時代の中国の諸子百家に比せられる。としての意義は大きく,ほぼ同時代の中国の諸子百家に比せられる。(百科事典マイペディアの解説)

 「デルポイの神(アポロン)」の証言-

 《人間たちよ、おまえたちのうちで、いちばん知恵のある者というのは、誰でもソクラテスのように、自分は知恵に対しては、実際は何の値うちもないものなのだということを知った者が、そうなのだと言おうとしているようなものです》(『弁明』)その神殿の入り口には「汝自身を知れ」(ギリシア語: γνῶθι σεαυτόν ; グノーティ・セアウトン )という銘が書かれていたのでした。

○ アポロン=ギリシャ神話で、光明・医術・音楽・予言をつかさどる若く美しい神。ゼウスとレトの子で、女神アルテミスの双子の兄。デルフォイの神殿で下したという託宣は特に名高い。理知的で明るいギリシャ精神を代表する神とされる。ローマ神話では、アポロ。(デジタル大辞泉の解説)

 ぼく個人の流儀として、人間の分際で「人間はこう生きるべきだ」ということは金輪際いわないという姿勢を維持したいという願望があります。このようにも生きられれば、あのようにも生きられるということを認めたいというスタンスです。世にソフィスト(職業教師)はたくさんいますが、多くは時流や時勢に忠実というだけではないですか。時流につくというのは、自分の足場をもたないということです。そう、自己放棄。たしかにソクラテスも、この点から見れば、けっして揺らぎの姿勢を持っていたとはいえないと思います。一面では、彼はすごいことをしたけれど、他面では、やはり限界があったと今ならいえますね。彼の方法が問答法だとか対話法だといわれているのは事実です。しかし、その問答や対話の性格そのものに、否定することのできない弱点というか、かたくなさがあったといいたいのですが、それはまた別の問題です。

 世に受け入れられるというのは、生き方としてあまり上等だとはぼくには思われません。面倒なことは避けますが、「名を成す」というのは結果であって、いいことをした後に、「高徳な人」といわれるのは、なかなか難しい生き方ではあります。目的と手段の混同(取り違え)はいつでも、だれでもしがちです。名を成したい、金持ちになりたい、世間に認められたい、そのような目的意識をぼくは否定しませんし、肯定もしたくない。このように生きたいという「ささやかな生活」をこそ、ぼくは求めてきたのです。

 《わたしは諸君に勧告し、いつ誰に会っても、諸君に指摘することをやめないだろう。そしてその時のわたしの言葉は、いつもの言葉と変わりはしない。世にもすぐれた人よ、君はアテナイという、知力においても、武力においても、最も評判の高い、偉大なポリスの一員でありながら、ただ金銭を、できるだけ多く自分のものにしたいというようなことに気をつかっていて、恥ずかしくないのか。評判や地位のことは気にしても、思慮と真実には気をつかわず、たましい(いにちそのもの)を、できるだけすぐれたよいものにするように、心を用いることもしないとは、と言い、》《そしてその者が徳(よさ)を、もっているように言い張っているけれども、実際にもっていないと、わたしに思われるなら、いちばんたいせつなことをいちばんそまつにし、つまらないことを、不相応にたいせつにしているといって、わたしは非難するでしょう》

 《つまりわたしが、歩きまわって行っていることはといえば、…。諸君のうちの若い人にも年寄りの人にも、誰にでも、たましいが、できるだけすぐれたよいものになるよう、ずいぶん気をつかわなければならないのであって、それよりも先に、もしくは同程度にでも、身体や金銭のことを気にしてはならないと説くわけです》《つまりわたしは、あなたがたを目ざめさせるのに、各人一人一人に、どこへでもついて行って、膝をまじえて、全日、説得したり、非難したりすることを、すこしもやめないものなのです》

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 ものごとを考えるためにはそれなりの手続きがありそうです。闇雲に、あるいはテキトーに「考える」などということはありそうにもない。プラトン(ソクラテス)はなんといったか、それを知るのはたいしたことではありませんよ。彼らが考えたり語ったりしたその方法は、彼らに独自であったように、ぼくたちも独自の流儀を育てるために学ぶのではないですか。受け売りや模倣ではなしに、「自分流」、つまり「自分の流儀」を見つけるために、彼等の書いたものを読むのです。彼らの言ったこと(書いてあること)を覚えるために読むというのは、「読む」には入らないのです。試験勉強のために「読む」(覚える)というのは十中八九はこの類です。つまらないし、この上もなく無駄なことです。どうしてそうするか、社会通念や常識を獲得するための手段であり方法だからです。読もうとする書物には「通念」や「常識」が書かれているのではない。どんなことが書かれていても、それを忠実になぞる、それを無条件に暗記する、その受け身の姿勢や態度こそが、世間の価値観(ドクサ)を受け入れるために不可欠な方法なのです。従順な態度、素直な姿勢こそが、世間から受け入れられるのです。世間を受け入れる姿勢を徹底すると、今度は世間が受け入れてくれる。学校は、こんなしょうもない反復を練習させているのです。

 書かれていることが「真」であるか「偽」であるかは問わない。教科書に書いてよろしいと国家が認めたものだけが記載されているのですから、真偽を問うことが問題なのではなく、国家公認の内容に疑問を抱くことはもっともよくないことされるのです。それは、一面では極めて政治的な方法です。政治がとる手法は、ある事柄が真であるか偽であるかを探求することではなく、そのことがいいことか悪いことか(利益になるか不利益になるか)、時や場所の状況によって判断される(多数決で決められる)のです。だからこそ、数が問題となるのです。そんなことはあり得ないのに、「数は正義である」ともいえるのです。少しでも賛成が多い、反対が少ないという数の論理、というよりは一種の暴力によって、政治は運営されるのです。多数決政治の行く末は、多数派の形成であり、絶対多数派の成立です。「全員一致」ですね。異論が消え去るというのです。その先には必ず「政治(権力)の私物化」が待っているのです。そのための技術の有無が政治勢力(権力)を動かしているのでしょう。以下の「世に受け入れられて」きたとされる、ある新聞のコラムを読んでみます。何が課題となっているか。

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【余録】古代ローマの元老院議員、小カトーは独特の戦術を得意とした。政敵が提出した議案を葬るため、閉会となる日暮れまで演説を続け、投票を阻止したという。「議論を尽くす」という主張にだれも異論をはさめなかった▲とくにカエサルは何度も憂き目にあっている。長広舌にいら立ち、演説中にもかかわらず投獄するよう命じ、言論封じだと長老らにたしなめられたこともある。戦法はおおむね成功し、小カトーは名声を高めたという▲フィリバスターと呼ばれるこの戦術は、民主主義の礎である言論の自由を体現するものだ。しかし、いまに至るまで議事進行を遅らせる妨害戦術として使われてきたのが実態だ。これを無力化させようとする議論が米上院で熱を帯びている▲フィリバスターを打ち切るには定数100のうち60票が必要だ。与野党の勢力はともに50。野党・共和党が結束してこの戦術を行使すれば、与党・民主党は法案を可決させることができない。そこで浮上したのが60票ラインを大幅に下げる案だ▲「決められない政治」の要因という側面は確かにある。しかし、与党が数の力で押し切るのではなく、野党との妥協点を見いだす努力を促す効用は大きい。与党内にも慎重論があるのは、超党派路線を重視しているからだ▲日本に目を向ければ、虚偽の答弁がまかり通り、疑惑の解明に向き合わず、最後は数の論理を振りかざす寒々しい国会の現状が広がる。機能不全を打開しようとする米国の議論に耳を傾けてはどうか。(毎日新聞 2021/4/4) 

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 「政治は数、数は力だ。そして力は金だ」と言ったのはだれかを問わない。大なり小なり、権力をつかみたいものはきっとこのような「権力的政治信条」を持っているでしょう。権謀術数というのも、この政治信条の別名であるとも言えます。しかし、ぼくたちの生活は政治そのものではないし、そのような信条や心情では割り切れない要素を必要とするものです。他人とのつながりには、多少の「尊敬心」というか、胸底からの「敬いの心」が求められます。それがなければ、きっと付き合いは「打算」「功利」に終始するはずです。付き合って「損か得か」というのです。損得勘定が働けば、そこにはおのずから無理がうまれる。損得や打算を超えたところでしか人と人の交わり、願わしいつながりは生まれないのです。さらに言えば、そのようなつながりがいかにして育まれるか、これは教育問題の根底にある、大きな課題です。世間知や社会通念を「道徳化」するような、まやかしの学習・教育に、この島社会はうつつをぬかし、今もなお、その迷妄から覚め切っていないといわざるをえません。しかしいくつかの事情が重なって、この先ぼくたちは、路頭に迷うことを潔くしないのなら、自分の足で立ち、自分の頭で考えるという「自分流」「自己流」の生き方を育てていかなければ、立ち行かなくなでしょう。

 ペダゴジーという語はギリシャ由来でもあります。もともとは、教職にある人を指していましたが、更にその原義をたどれば「子どもと歩く人」というところに至ります。親ではなく、養育・教育係でもあった人を指して使われた。プラトンやソクラテスの生存していた当時のアテネでは「パイダゴーゴスの時代」という言葉が用いられていました。もちろん身分社会にあった当時、教育係は「奴隷身分」だった。終日子どもと行動を共にし、時には学校までいっしょに出掛け、やがてその子どものチューターを務めるようにもなったのです。

 教師は「子どもと歩く人」です。その典型だったソクラテスは「人間と歩く人」だったとも言えます。「 つまりわたしが、歩きまわって行っていることはといえば、…。諸君のうちの若い人にも年寄りの人にも、誰にでも、たましいが、できるだけすぐれたよいものになるよう、ずいぶん気をつかわなければならないのであって、それよりも先に、もしくは同程度にでも、身体や金銭のことを気にしてはならないと説くわけです 」汚濁に塗れた政治の世界に、教育のお手本はありません。そこ(政治の世界)で実践されている「人間堕落促進魔術」をこそ「他山の石」として、ぼくたちは「善悪の此岸」で生きる生活をわが身に育てる、その姿勢や態度を放棄することはできないのです。

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○ パイダゴーゴス(家庭教師)=家庭教育の一部(とくに知育)に参加したり,学校教育の一部について家庭で補習機能をはたす私的教師。歴史的には前者の機能をはたす者としてあらわれ,学校教育の普及した近代以後はおもに後者の機能をはたしている。古くは古代ギリシアのアテナイにおけるパイダゴゴスpaidagōgos(教僕)があり,奴隷身分で,主人の子どもを音楽や体育の教師のもとへ連れていく役割もはたした。古代ローマのギリシア人教師たちも奴隷もしくは解放奴隷で,修辞学などを教えた。(世界大百科事典 第2版の解説)

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