人の不幸を錬金術のタネにする劣島の偽経済

  青空の下に積まれる「しゃへい」
 青空の下にならぶ「しゃへい(遮蔽)」の文字。東京電力福島第1原発事故でいまなお帰還困難区域などに指定されている福島県富岡町には、汚染土などの入った黒い袋(フレコンバッグ)が積まれている。/ 現在富岡町の仮置き場に保管されているのは約103万袋。国が除染を行う福島県内11市町村の「除染特別地域」の合計では約547万袋に達する。(2016年2月7日、植村光貴撮影)(産経新聞・2016.3.2)

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(時が止まった街 福島県双葉町ルポ)(東京新聞・2019年3月10日)

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 目を疑った現場、すぐ撮った 除染廃棄物は川へ流れた? 三浦英之

 フレコンバッグ流出の現場で  全身が泥まみれだった。耳や鼻の穴、髪の付け根やわきの下にまで泥が入り込んでいた。/ 昨年10月12日夜、大型の台風19号は、福島県にも大きな被害をもたらした。翌朝、同県南相馬市で起きた土砂崩れの現場に向かった。山の斜面が激しく崩れ、集落が土砂にのみ込まれていた。

 少し高いところから写真を撮ろうと、緩やかな崖を登った。と、その瞬間、背後の沢から水が噴き出し、足元が崩れた。土砂に巻き込まれ、数メートル転がった。/ 四つんばいになって土砂から抜けだし、草むらで仰向けに寝転がった。両手で全身を触ってみたが、幸いケガはなさそうだった。/ 問題はカメラだった。左肩にかけていた一眼レフが、泥で使用不能になっていた。カメラがなければ、災害取材は難しい。「こんな大事なときに……」と落胆した。(朝日新聞・2020年1月20日 15時09分)

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「フレコンバッグ利権」貪るゼネコンと製造業者

漆黒のおびただしい袋が積み重なり、行儀よく並んでいた。フレコンバッグの山だ。今ではよく見かける光景となった。フレコンバッグとは、フレキシブルコンテナバッグ(Flexible Container Bag)」の略称。袋の中に東京電力福島第一原発事故で飛散した放射能に汚染された土壌が詰め込まれる。/ 福島県伊達郡川俣町山木屋の除染廃棄物搬入仮置場を取材した。敷地面積は約2.9ha。今年7月末時点で38万577袋が搬入された。汚染土壌から出た汚染水が外部に漏れ出している。防水シートをかぶせるまでの間、フレコンバッグは風雨に晒され、仮置場の二次汚染が懸念される。

フレコンバッグに放射線測定器を当てると、毎時1.7μ(マイクロ)。被災地域では驚くべき数値ではないが、環境省が定めた追加被ばく線量の範囲である年間1m(ミリ)Svをはるかに超える。年間1mSvを毎時に換算(屋外に1日8時間と想定)すると0.23μSv。つまり1.7μSvは国基準の約7.4倍だ。/ 仮置場のフレコンバッグは3年間を目途に中間貯蔵施設(双葉町、大熊町)に搬出されるはずが、地権者との用地交渉が難航し、搬出は進んでいない。/ 環境省の発表(今年6月16日)によると、福島県内の市町村管理の仮置場791カ所のうち、廃棄物搬入仮置場580カ所を昨年6月時点で調査した結果、半数以上の310カ所でフレコンバッグやシートの破損が見つかった。なぜ、破損が続出するのか。業界関係者は明かす。

「環境省は『ランニングJ形一種』という規格のフレコンバッグを推奨したが、生産が追い付かず、絶対数が足りないため、耐性・防水性能の劣る『クロス形』が主に使用されている」/ 鵜呑みにできないのは、フレコン利権が絡んでいるからだ。/ 業界団体「日本フレキシブルコンテナ工業会」には正会員25社のメーカーが加盟しており、除染事業でどのメーカーのフレコンバッグを使用するかは、川俣町の国直轄除染事業を受注した大成建設のJV(企業共同体)の指定に委ねられる。/ 業界関係者によれば、クロス形のフレコンバッグ1袋の原価は約2千円。大成建設のJVは国に対して、1袋当たりメーカーの販売価格5600円に管理費などを上乗せした額を請求。原価との差額が大成建設と系列メーカーに吸い込まれる。

山木屋以外の仮置場では同町商工会が販売元となり、防水性能のあるアルミ製内袋付きのクロス形が1袋1万1500円で19万6504袋(今年8月末時点)が搬入された。1袋当たりの原価は6500円程度だから5千円の差益がゼネコンと系列メーカー、同町商工会などに流れ込む。その全てが血税だ。/ 一方、防水性能に富むランニングJ形の原価は約1万円で、国への請求1万1500円との差益が極めて少ないため、生産体制の遅れをいいことに、使いたがらない。利権を貪るフレコン製造業者と、それを容認する環境省の怠慢が仮置場二次汚染を深刻化させている。(FACT・2015年11月号)

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 十一年目が始まったフクシマ原発事故。終わりが見えないというより、終わりのない「まやかし・偽装復興事業」です。被災者にとっては堪えがたい年月であろうと思われますが、事業に参入している業者にとっては堪らない僥倖ではないかと思ってしまいます。「千載一隅」、絶好の機会。五輪も同じです。平和とスポーツの祭典であろうが、コロナ禍の証であろうが、名目やお題目は何でもいい、儲かれば、儲ける機会があれぞ、後は野となれ山となれ、です。かかる不正経済主義を、この島の政府が援助しているというか、まるでグルになって税金を懐に入れているのです。福島の「復興」を出汁にして費消された税金は三十兆円ともいわれています。この先、どれくらい必要と、強請(ゆす)られているのか。はたまた五輪にはいくらかかるのか、いやいくらかけるのか。ただ今現在で、二兆円を軽くこえてています。復興事業にしても五輪にしても、すべてが談合です。がっちりと、談合の制度がこの島社会ではいたるところに出来上がっているのです。

 いずれ、この置かれた場所で朽ち果てる(までに悠久の時間が必要です、果てるときに、人類は滅んでいるかもしれない)ことを秘めて「中間貯蔵」場所、公式には「中間貯蔵施設」と呼ぶそうです。「施設」とはなんですか。時間の経過とともに朽ちるような袋に入れて放置しているだけなのに。それを「施設」と称して、いかにも何事かをしているかに見せかけて、しこたま税金をかすめ取っているだけの「汚染物捨て場」でしかないのだ)と言っている場所で、十年たった今、二千二百万袋のフレコンバックの野積みです。すでに流失したり、破損して汚染土が漏れ出したもの、あるいはバック自体が劣化して漏れ放題の汚染土は四方八方に飛散、漏洩、流失です。除染指定区域は、東京都区部とほぼ同じ面積、627.57km2とほぼ同じです。現在までに除染、仮にも「除染された」とされる地域はその二割です。山林部は除外しています。

 さて、ここに人間が住むことを想定しるとするなら、霞が関や永田町を移転すべきです。原発を同地に設置したらいいと、ぼくはさかんにほざいたことがありました。あまりにも「安全だ、安心だ」と電通を通じて広告宣伝されてきたからです。マスコミ各社がもっとも多額の広告宣伝費を「いただいている」のが電力会社です。いくらになるか。どれだけかかろうが、電力料金に上乗せしていたのは、法的に保障されていたからです。「盗人」や「殺人鬼」を正当に肥やすばかりの法律を作るのは誰だったでしょうか。

 原発事故の作業はエンドレスです。したがって、それにかかわる大企業群の儲け主義・商売も止まるところを知らないのです。そのおこぼれに与るハゲタカ政治屋も同罪です。まだまだ、隠されている闇は深い。「倚らしむべし、知らしむべからず」という、盗人任せの生活をいつまで送るつもりか、そのようにぼくたちは激しく問われているのです。

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 フレコンバック、それは別名「シャヘイ袋」、あるいは「インペイ袋」、さらには「ネツゾウ袋」という。さらには「ボロモウケ袋」とも。一時保管のための「汚染物の中間貯蔵場所」は、別名「永遠の仮置き場」、または「いつまでも中間貯蔵場所」と呼ぶそうです。要するに、何年たとうが、原発事故にかかわる作業は、この島の「経済」とやらを嵩上げしたように見せかせる、打ち出の小槌なんですね。こんな島社会をかかる事態にまでに堕落させたのは、誰のせいかしら、と呟いたとたんに、天から「唾(つば)が落ちてきました。(山埜郷司編「大限界政官業隠語辞典」)

 「正直の頭に神宿る」という「迷言」を生みだしたのは誰でしょう。きっと為政者だと思います。下々のもの、いつでも正直にしているがいい、といっておいて、「不正直ものに銭神が宿る」と言いたいのでしょうか。ぼくたちは、まるで「日本の昔話」の世界に生きているようです。「正直爺さん掘ったらば、大判小判がざくざくざくざく」と善行のすすめをしたのは、誰でしたか。勧善懲悪と言いますが、それには裏があるという話でした。今日まさに、その裏の話が連日連夜、いたるところで繰り広げられています。この島は、まるで「アルケミー(alchemy)」たけなわ時代を送っているのです。上も下も錬金術の大流行です。

● 錬金術  紀元1世紀ごろ以前にエジプトに始まり、アラビアを経てヨーロッパに広がった、卑金属貴金属の金に変えようとする化学技術。さらに不老不死の仙薬を得ることができるとされ、呪術(じゅじゅつ)的性格をもった。科学としては誤りであったが、多くの化学的知識が蓄積され、近代化学成立の基礎資料となった。アルケミー
 転じて、ありふれたもの、値打ちのないものを貴重なものに作り変えるという術。
 (「金」を「かね」と意識して)お金・財産を生み出す特別な方法。また、非常に貴重なものを作り出す方法。「必ず儲かるという錬金術はない」(デジタル大辞泉)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。