自制する力(注意力)は、自分の中に在るんだ

<金口木舌>校則、鋳型から多様性へ スカートの長さや髪形、靴下の色などを定めた校則。「ハイソックスは禁止」「左右の長さの違う髪形はだめ」。規定は事細かい。「こんなことまで」と首をひねりたくなるような校則もある▼「学校は軍隊みたいだ」という嘆きを中学生から聞く。校則の必要性を問われ、答えられる教員はどれぐらいいるだろうか。生徒を管理しようという学校側の意思の表れであろう。根底にあるのは古くて画一的な生徒観▼髪を黒く染めるよう教師に強要されたとして大阪府立高の元女子生徒が府に損害賠償を求めた訴訟の判決があった。大阪地裁は頭髪指導の違法性は認めなかったが、不登校時の学校の対応を違法として一部賠償を命じた▼元女子生徒は大人になって提訴した。判決を受け、名古屋大の内田良准教授は校則について「(何が良くて何が悪いかを)自分で考えて選べるようにするのが教育の使命だ」と時代の変化に沿った見直しを促す▼糸満市立西崎中の生徒会が校則の改定案をPTAや住民でつくる学校運営協議会に提案した。男子のスカート着用、腕まくりや登下校時のマフラーなどを認めるよう盛り込んだ。多様性を重んじる感性がうかがえる▼生徒を鋳型にはめる校則から多様性を尊重する校則へ。学校は社会の縮図。この中で生徒が提起し、教員と共に校則を変えていく。この試みは社会を変える力にもなる。(琉球新報・2021年2月20日 06:00)

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 黒染め強要訴訟 頭髪指導は「妥当」、不登校後の対応「違法」

 女性は2015年に入学。生まれつき髪が茶色なのに、教員から黒く染めるよう再三指導されて精神的苦痛を受け、16年9月から不登校になったと主張していた。生徒が頭髪の色を含む髪形を決める自由は、憲法で保障されているとも訴えていた。(以下略)毎日新聞 2021/2/16)(https://mainichi.jp/articles/20210216/k00/00m/040/241000c)

 いまだにこのような醜悪な問題が続いていることに、ぼくはやり場のない違和感を隠すことが出来ない。小さいころから、理不尽なことには納得が行かなかったし、その思いを自他に隠さなかった。そのためにいろいろと軋轢があったことは事実だったし、それには不愉快を通り越した感情を抱かされもしました。どんな集団でも、集団の秩序を維持するためにはある種の規制法として、規則を作り、それを構成員に守らせる。その典型は学校だ。明治の学校創設以来、いろいろな問題を学校はかかえてきたし、それを克服するような改革を敢行してきたが、梗塞の問題だけは大筋では変わらなかった、変えられなかった。その理由はどこにあるか。

 第一の理由は、収容している存在(児童・生徒)は管理しなければならないという設置者の思い込み(錯覚)であり、生徒たちは、おしなべて信用できないという、情けなくも悲しい大人(教師)の性(さが)、器量(人物の大きさ)にあるとぼくは言いたい。他人を信用できないものが「教師」をしているという漫画にもならない、グロテスクな構図がこの百五十年、この島社会では一貫して変化がない。拘置所や刑務所の監督(管理)者と収容者の関係をみれば、事態は一目瞭然です。ぼくがまだ学校教育と少しばかり関係していた時期、この問題についていろいろと考えさせられたことがありました。もう三十年以上も前のことです。「校則」の滑稽と深刻さは少しも変わっていません。定規を使ってスカートの丈を測る、頭髪の色が黒かどうか、真剣な顔つきで調べる。下着や靴下の色を調べる。などなど。こんなことを学校外で行えば、きっと犯罪として捕まる類の「事件」でした。それをまじめにか喜んでか、教師(男女)たちは教育の仕事としてこなしていた。それだけで、がっこうというところは、なんと愚かしい場所なんだといわなければなりません。バカもきわまれり、とぼくは思ったものでした。もちろん、ぼくの小中高時代とまったく変わらない景色でした。

(高いところから、黒服で、「判決を下す」という醜悪さ。可哀そうに)

 昨日、所用で出かけての帰りがけに、いつも通る坂道で通り過ぎた瞬間、何か白いものが見えた。後続車がいたので、しばらく先まで行って方向転換して引き返した。かみさんは「新聞かなんかだ」などと言っていたが、ぼくは「生き物だ」と確認しにかかったのです。最初に発見した場所まで戻ってみたがいなかった。「勘違いだったか」それでまた坂道を上りだしたところ、前方に確かに動く白いものが見えた。止まって確認したら鶏だった。とたんにかみさんは「烏骨鶏ですよ」と叫んだ、しかも二羽も。一個五百円もするとか何とか、かみさんは興奮していた。つまり卵一個の値段です。そんな貴重な鳥が野山を散歩している。タヌキやイノシシ、猫などもいるような里山です。おそらく坂の入り口の農家さんが飼っているのでしょう。鶏舎を嫌ってか、いつもながらの散歩(自主トレ)か、勝手に歩き回っていました。初めての出来事でした。いろいろな鳥がいるんですね。「アニマルウェルフェア」とかなんとかいいましたが、きっちりと権利を守っていた、飼い主は。

 鳥は鶏舎に、牛は牛舎にと考えるのは、人間の思い込み。そして子どもたちは「学舎」にということですか。自由にさせておくと、ろくなことをしないという錯覚・勘ちがいでしかありません。昔の人は言いました、「小人閑居して不善を為す」と。(「礼記‐大学」の「小人間居為不善、無至」による) 徳のない、品性の卑しい人は暇であるととかく良くないことをする。※俳諧・本朝文選(1706)三〈汶村〉「小人閑居して不善をなすとは、此閑居の見通しなるべし」(精選版 日本国語大辞典)

 学校の教師は「自分が小人である」と自己認識しているからか、いや「児童生徒はつまらない奴らだから」と見下しているからか、暇を与えると碌なことをしないという「不信感」が根底にあって、だから「校則」で「拘束」しなければならぬと思い込んだんでしょう。バカバカしいことかぎりなし。烏骨鶏に習え!

 「糸満市立西崎中の生徒会が校則の改定案をPTAや住民でつくる学校運営協議会に提案した。男子のスカート着用、腕まくりや登下校時のマフラーなどを認めるよう盛り込んだ。多様性を重んじる感性がうかがえる」とコラム氏。「服装の乱れは、心の乱れ」というのは教師の側。自分がそうだから、それを生徒たちに強いるというのは狭い了見です。「縄文人たちはみんな不良だった」か。理不尽な「校則」なんか、自信をもって「違反」したらいい。可笑しいものは可笑しいという態度をこそ、生徒たちは自分のものにしたらいいんです。それを育てるのが教育であり、その仕事にかかわるのが教師。説明のつかない、恥ずかしすぎる「規則や校則」を教師自身が感覚的に「無意味」と受け止めなければ、このバカバカしい醜悪な事態は終わらない。「う!こっけい!」

 蛇足 「違反している下着は学校で脱がせる、整髪料は発見したら洗髪させる――。福岡県弁護士会は22日、福岡市内の全市立中学校に実施した校則調査の内容を明らかにした。8割以上の学校に下着の色規制があり、大半の学校で頭髪や眉毛に関する校則があった。違反に対する一部指導には、県弁護士会が「人権侵害」と指摘する対応もあった。県弁護士会は来年2月にシンポジウムを開催し、校則見直しに向けて提言する予定。」(毎日新聞 2020/12/22)

 真面目は怖い、ぼくはいつでもそういってきたし、今でもその意見は変わらない。真面目に戦争をし、まじめに人を殺す。それが間違いであるとも、おかしいことだとも気が付かない。そんな「真面目さ」を要求するのが学校ではなかったか。だったら、不真面目の方がよほどぼくの性(しょう)に合っていました。ぼくは、小さいころから他人に「不良」といわれていましたが、それは「誉め言葉」だと受け止めていました。屑のような教師たちに「いい子」だといわれると、生きる勇気が失せるんだと勝手に決めていましたからね。校則はぼくには無用でした。自分を縛る力は自分の内にあると思っていたんですね。間違いではなかった。

 さらに追加しておきます。

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 中学生の私へ。「黒髪」「ストレート」ではない自分の髪を嫌いにならないで

中学校では、私のように髪がくるくるで茶色であるというだけで「悪い」とされた。それでも当時の私は、学校の校則や規範を疑うことはできなかったのだ。 神内真利恵『不登校新聞』子ども若者編集部記者

コロナがきっかけで、世間ではお片づけが流行ったらしい。それは自分の両親も例外ではなかったようだ。/ 先日実家に帰った際に、掃除していたら出てきたという古い写真が置いてあった。ほとんどは飼い猫たちの写真だったが、その中で一枚だけ、小学生時代の自分の写真を見つけた。/ 過去の自分の髪は今よりもずっと薄い茶色で、さらに遠くから見てもわかるほどウェーブがかかっていた。しかし、小学校の頃は、自分の髪の毛を気にしたことはほとんど無かった。/ その意識が変わったのは中学校に入った瞬間だった。薄茶色でウェーブのかかった、自分の自然なままの髪が嫌になった。/ 中学に入ると、非常に強いステレオタイプや規則が襲って来た。まず、小学校と違い、制服になった。爪も長くないかチェックされたり、とにかく、外見についてのルールが急に増え出した。

そうした中学の価値観では、髪の毛は「黒髪」で「ストレート」が良いとされた。私のように髪がくるくるで茶色であるというだけで、「悪い」と言われた。/ 生徒たちもまた学校側の考えに影響され、「黒髪」で「ストレート」ではない髪は「悪い」と考えた。/ 私は、基本的には成績優秀な方だったし、良い子のタイプであると思っていたので、自分が優等生の規範に合わないのが、居心地が悪かった。/ 今考えればバカバカしい話なのだが、当時の私はその規範を疑うのではなく、自分をあてはめようとしてしまった。つまり、髪の毛を「黒髪ストレート」にしようとしたのだ。/ “ブラック校則”という言葉は最近よく聞かれるようになったが、その頃の私は知らなかった。学校の校則や規範を疑うことは、田舎者で、習い事などもせず、生活のほとんどが学校と一体化していた自分には難しかった。(中略)

 学校が、今いる場所が、すべてではない

私は今大学生で、留学生も多い大学に通っている。当たり前だが、地毛なんて人種が違えばバラバラである。それに、カラフルに染めている学生も多い。/ 髪の色で成績は決まらないし、ひと括りに学校といっても、学校によって全然違う世界がある。自分の通っている学校がすべてではない。/ 頭皮を傷めるリスクのある染髪に関して、注意をするのはまだ理解できる。とくに子どもであれば、健康被害のリスクは高いだろう。にも関わらず、地毛に関して注意をするのは、体の健康も心の健康も害すだけなのではないだろうか。/ 中学生の頃の自分に会えたら、自分の髪の毛を嫌に思わないでと伝えたい。学校がすべてではないと伝えたい。規範を疑えと伝えたい。そう思わずにはいられない。(文:神内真利恵 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版)

 (右上写真について 小学生時代の私。髪は薄い茶色で、遠くから見てもわかるほどウェーブがかかっていた)(筆者提供)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。