人の命ありと見るほども、下より消ゆること、…

【有明抄】記憶すること 廃炉作業が進む福島第1原発の北隣に「東日本大震災・原子力災害伝承館」がある。ここで活動する語り部の一人、青木淑子さんが見せてくれたのは一枚の写真だった。車の列が道路の果てまで続いている。10年前の3月12日朝、原発事故で避難指示が出された富岡町から住民たちが逃げ出す光景という◆「この時、みんなが同じことを思ってた。『すぐに帰れる』って」。だから大事なものは全部、家に置いてきた。防災訓練を繰り返し、いくつも非常持ち出し袋を作ったのに何ひとつ持ってこなかった…。そんな住民たちが故郷に戻れるようになったのは、写真が撮られて6年後のことだった◆人のいとなみとは無関係に災厄は襲ってくる。「でも本当に大切なものは、持って逃げることはできない」と青木さん。家、土地、田んぼ、家畜、学校、職場、仲間。復興とは失ったものを必死に取り戻そうとする歳月だったろう◆福島、宮城両県を再び大地震が襲った。10年たっても収まらない余震は、被災地を置き去りに進む記憶の風化に警鐘を鳴らしているようでもある◆〈これはいつかあったこと/これはいつかあること/だからよく記憶すること/だから繰り返し記憶すること/このさき/わたしたちが生きのびるために〉。阪神大震災で被災した詩人安水稔和さんの一編を、苦く思い返す。(桑)(佐賀新聞・2021/02/16)

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「この地震について気象庁は当初、発生時間を十三日午後十一時八分としていたが同七分、地震の規模を示すマグニチュード(M)を暫定値の7・1から7・3、震源の深さは約六〇キロから約五五キロにそれぞれ修正した。/ 北海道から中国地方の広い範囲で揺れを観測し、県内の相馬市、国見町、新地町と宮城県蔵王町が震度6強だった。その後も余震が続いている。」(福島民報・2021/02/16 09:03)

 本日(十六日)の午後、相馬市在の先輩に安否の電話を掛けました。地震発生から三日後でしたが、発生直後はどうかなと思案していたのでですが、案の定、無事であったと聞いて安心しました。職場の同僚として、礼儀知らずのぼくみたいなものに、何かとお世話をいただいた人でした。もともとが、相馬出身で、大学進学以来東京で暮らし、十年ほども前になるのでしょうか、故郷に戻られた。3,11当時はまだ東京に居られ、時々は相馬に帰っては事後の生活の準備をされていたのでした。かなりの田畑を所有されており、稲作に勤しんでおられた。三年ほど前には大きな病気をされ、入院されたという知らせを聴き、更に無事に退院して療養に努めているという便りをいただいた、その直後の地震でした。何よりも元気な声が耳に届いたのは幸いなことでした。

 弱音を吐くのではありませんが、ぼくも年を取ったし、まだ元気なうちに、これまでの無礼のお詫びとお世話になったお礼に出かけようと考えていたら、コロナ禍に巻き込まれた。さて、この先どれくらいでコロナを恐れる必要がなくなるか、はたして車で相馬まで出かけられるかどうか。昨年の三月でしたか、常磐線が全線開通して、東京から乗り換えなしで行かれるようになりましたが、相馬の近くでは放射線量が異常に高く、線量計が警告音を発するという。一日十往復の車両が放射線被爆を受けながら、東京ー福島間を往復しています。「福島復興五輪」といういかがわしいテーマが騙られ、今その開催をめぐって大騒動です。津波と震災事故直後のままの荒れ地の真ん中に作られた「伝承館」もまた、世間を欺く所業でした。いまだ復興もしていない原発事故や地震津波による甚大な被害。戻りたくても戻れない被災者。さらには、十年経過しても行方が分からない方々が二千余名もおられるというのです。

 それを知っていて、五輪開催というバカ騒ぎに狂奔していていいのだろうか。間違いなしに、それは救い難い頽廃であり、著しく人倫に悖る許されない蛮行だと、ぼくは言いたいのです。葬礼と祭礼が隣り合って、その悲しみを楽しみを張り合っているような、なんともいいようのない見物ではありますし、さらにいえば、人命の軽さは、散り行く桜の葉の如しと言わぬばかりの荒唐無稽だとぼくの心中に激しい怒りがわいてくるのです。

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「人間の営みあへるわざを見るに、春の日に雪仏を作りて、そのために金銀・珠玉の飾りを営み、堂を建てんとするに似たり。その構へを待ちて、よく安置(あんぢ)してんや。人の命ありと見るほども、下より消ゆること、雪のごとくなるうちに、営み待つ事甚(はなた)だ多し。」(「徒然草」第百六十六段。島内既出)

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 「でも本当に大切なものは、持って逃げることはできない」ぼくたちには「本当に大切なもの」があるのだろうか。それ持っていくというが、どこに行くのでしょうか。生きていくというのは、実は何かを得るのではなく、日一日と、大事なものを忘れてゆくことであり、失っていくことなんではないでしょうか。人間の営みがすべてに儚いものだというのではありませんし、そのように言ったところで、ぼくたちはとぼとぼと歩いてゆくように生を重ねています。兼好は「人の命ありと見るほども、下より消ゆること、雪のごとくなる」と言い当てています。消えてゆく雪と同じように、生は消えるのが運命なのだと言っているのです。その現実を忘れるなと言っているようです。

 人生に意味はないというのは言い過ぎであるとしても、意味があるかないかと問わなければならず、それをしなければ、いつでも無意味の罠に堕ちるほかないほど、不確かなのです。

 某(なにがし)とかや言ひし世捨人の、「この世の絆(ほだし)持たらぬ身に、ただ、空の名残のみぞ惜しき」と言ひしこそ、真に、さも覚えぬべけれ。(同上・二十段)

 本日は「春何番か」分かりませんが、強風が劣島に吹き荒れています。地域によっては大雪が降っているようです。「絆(ほだし)」とは「自由をさまたげるもの」の謂です。自分を縛るものは何一つないのだが、「空の名残」ばかりは捨てておけないのだ、とある「世捨て人」は言ったそうだ。どいうことでしょうか。ぼくは兼好という人は、「世捨て人」などではなかったと思ってきましたし、世間という埒外に出てみて、かえって世情に迷ったというか、世の中が恋しくなって仕方がなかった。「空の名残」に心惹かれた人が「世捨て人」などといいますが、それは自身のことだった。そのように読んでも差し支えなさそうです。

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