人皆、死ある事を知りて、待つ事、…

 【中日春秋】「徒然草」の第百五十五段で兼好法師は嘆くように書いている。苦しみのもとである「生老病死」のめぐって来る早さよ。特に死が近づいていることに人は気づけない。<沖の干潟遥(はる)かなれども磯より潮の満つるが如(ごと)し>。干潟が遠く続いているのが見えていても、背後や脇から潮が満ちていて、驚かされるようなものであると▼いつ来るかと目を凝らしてもなかなか見えない。背後から満ちるように突然迫って来る。地震も似ているようだ。十三日夜、宮城、福島両県で最大震度6強を観測した大きな地震である。広い範囲で揺れた。十年前を思い出した方も多いはずだ。東日本大震災の余震とみられているという▼マグニチュード(M)7超である。各地で崖崩れなどが起き、建物が壊れた。死者が報告されていないのは何よりだ。重傷者が出たと報じられている▼約十年を経てこの規模である。どこかですでに終わった地震と思っていた身には、見えていないところから再び現れてきたように思われて驚きを感じる▼海外の大きな地震では、百年を超えて余震とみられる揺れが続いた例もあると聞く。地球の歴史、地殻の動きのものさしからすれば、十年など、ほんの一瞬にすぎないということのようだ▼さらに十年にわたって余震が起きる恐れもあるという。時がたとうとも、目の前に感じずとも、備えへの心構えもあらたに。(中日新聞・2021年2月16日)

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 十三日、寝入りばなを襲われたというべきか。布団に入ってしばらくして、ぼくはいつもイヤフォンを耳に付けている、緊急地震情報が響いた。約十数秒後に「ゆっくりとした揺れ」が来た。かなり続いたようでした。しかし、十年前を経験していたので、そこまでのものではないと、勝手に決めて、テレビの画面に見入った次第です。「災害は、いつでもどこにも、所かまわず」という事態がこの島では続いています。これに「人災」「政治的不作為」の惨禍がさらに加わる。人災と天災の合わせ技で、この島は相当にしてやれられています。福島原発事故は少しも解決に近づいていません。というより、「放射能対策」には解決も終わりもないというべきでしょうし、東北の地震と津波の復興も、コンクリートの山があちこちに築かれただけで、とても、人間の生活に叶ったものとは言えないのです。ひたすら、一時の気休めと金儲けだけで、「復興」という大事を取り繕ってきたのでした。 

 「徒然草」の、この段はもっともよく知られているものの一つです。解釈も解説もいらないでしょう。 世の中をうまく渡ろうとする人は「時宜」を得る必要があるのは当然です。しかし、病気や出産、死亡などは「機嫌を量らず、序で悪しとて、止む事なし」こちらの都合には斟酌なしで止まるところがないのです。以下、繰り返し読むのが読書の早道ですね。

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 世に従はん人は、先(ま)づ、機嫌を知るべし。序で悪しき事は、人の耳にも逆(さか)ひ、心にも違ひて、その事、成らず。然様(さやう)の折節を、心得(こころう)べきなり。ただし、病を受け、子産み、死ぬる事のみ、機嫌を量らず、序で悪しとて、止む事なし。生(しょう)・住(ぢゅう)・異(い)・滅(めつ)の移り変はる、真(まこと)の大事は、猛き河の漲り流るるが如し。暫しも滞らず、直ちに行ひゆく物なり。然れば、真・俗(しん・ぞく)につけて、必ず果たし遂げんと思はん事は、機嫌を言ふべからず。とかくの催ひ無く、足を踏み留むまじきなり。

 春暮れて後、夏になり、夏果てて、秋の来るにはあらず。春はやがて夏の気を催し、夏より、既に秋は通ひ、秋は、即ち寒くなり、十月は、小春の天気、草も青くなり、梅も蕾ぬ。木の葉の落つるも、先づ落ちて、芽ぐむにはあらず。下より萌し、つはるに堪えずして、落つるなり。迎ふる気、下に設けたる故に、待ち取るついで、甚だ速し。

 生・老・病・死の移り来る事、また、これに過ぎたり。四季は、猶、定まれるに序であり。死期(しご)は、序でを待たず。死は、前よりしも来らず、予て、後に迫れり。人皆、死ある事を知りて、待つ事、しかも急ならざるに、覚えずして来(きた)る。沖の干潟(ひかた)、遥かなれども、磯より潮の満つるが如し。(「徒然草」百五十五段)(島内校訂・訳;既出)

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 春夏秋冬、それぞれに起承転結があるとみるのは間違いで、春のうちに夏の兆しが、冬の厳しさに春の温かさが宿っているのです。四季が一つになっているのです。兼好の人生観や自然観に欠けたところも偏ったところもないと、ぼくは読んできました。しかし、こと「生老病死」となると、季節の移り変わりどころの暢気さではない。ことに「死」というものは順序を踏んではくれないのだ。年功序列はどこ吹く風だし、長幼の序なんてものには構ってくれない。さらに言えば、生のうちに、すでに早くも死が孕まれているというのでしょう予期しない交通事故死、自然災害による死。あるいは、他人に殺されるなどという死もまた、予見することは不可能です。いつでも、老いの先に死があると、ぼくたちは思いがちですが、そんなものではない。「死は、前よりしも来らず、予て、後に迫れり」「老後」も「余生」もぼくにはありませんと言ってきましたが、まさに兼好さんの言われるままに人生をつかもうとしてのです。

 とするなら、ぼくたちはどうすればいいのか。いつでも「死への準備」をしておく必要があるというのです。今日の言葉でいえば、「死生学」を学ぶことが大事だというのでしょう。プラトンという人は「死の練習」と言いました。これを話せば際限がないので、ここでは触れません。いずれにしても「生」は「死」と対立するものではなく、「死」を俟って初めて、「生」は完了するというべきなのでしょう。生の中に死があるとぼくが言うのも、それを指しています。若い頃に読んだカントは、「いつ死んでもいいように生きなさい」などということをどこかで言っていました。何時でも「清算」できるような「人生」ということだったと思います。そんなことが、果してできるのか、それで人生が送れるのだとして、どんな生き方になるのだろうという疑問を持ったのですが、その疑問は今でも、そのままに残っているのです。

 備えあれば憂いなし、そんな時代はとっくに終わっている、というより、そんな時代はなかった。備えあっても憂いあり、このような時代は、悠久の昔から続いています。兼好さんは、このような死生観を語っているのではないですか。どんなものでも、あらかじめ前触れを以てやってきてはくれません。

 何事によらず、深刻なものことは前からではなく、足元から、背後から、いつでも「覚えずして来る」のでしょうね。

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。