剛毅朴訥 近仁

 子曰 飯疏食飮水  曲肱而枕之  樂亦在其中矣 不義而富且貴 於我如浮雲 (「述而第七―15」)
  
 子曰 奢則不孫 儉則固 與其不孫也寧固(同上―35)
  
 子曰 君子坦蕩蕩 小人長戚戚(同上―36)
  
 子曰 苟正其身矣 於從政乎何有 不能正其身 如正人何(「 子路第十三ー13」)
  
 子曰 君子和而不同 小人同而不和(同上ー23)
  
 子曰 君子 泰而不驕 小人 驕而不泰(同上ー26)
  
 子曰 剛毅木訥 近仁 (同上ー27)

 子路問曰 何如 斯可謂之士矣 子曰 切切偲偲 怡怡如也 可謂士矣 朋友 切切偲偲 兄弟怡怡 (同上ー28)

● 論語=中国の古典。儒教の代表的な経典,四書の第一。孔子の言論を主として,門人その他の人々との問答などを集めた語録で,20編。儒教の開祖孔子(前551‐前479)の思想をみる第一の資料で,また儒教思想の真髄を伝えるものとして後世に大きな影響を与えてきた。内容は,社会的人間としての個人のあり方と国家の政治にかかわる道徳思想を主としているが,中心の主張は忠(まごころ)にもとづく人間愛としての仁の強調であって,親への孝行,年長者への悌順などとともに,利欲を離れて自己を完成させる学の喜びなども述べられている。(世界大百科事典 第2版の解説)

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 若いころには、さかんに「論語」を齧りました。読むことに意味を見出していたというような、読書の基本を著しく外れた始末だったと、今では思われてきます。この島には早くから、奈良時代には「論語」がはいってきていたとされますし、時代が降って、江戸時代にはかなりの家に論語が置かれていたと、何かの本で読んだことがあります。読むかどうかは別として持っていた人が相当にいたというのでしょうし、そこから「論語読みの、論語知らず」という非難も生まれてきたのでした。ぼくなんかもそうで、持っていたし、読んだつもりにはなっても、その中身について知るところ、悟るところはきわめて少なかったというばかりです。

 どこかで触れましたが。徂徠や仁斎の「論語」研究本もそろえていました。江戸幕府の公認の学問だったから、儒学の基礎は尊重されていたのです。特に朱子(朱熹)のものが尊重されていました。それ以外は「異学」とされたというような塩梅でした。それはともかく、猫も杓子も「論語」だったという時節を、この島では何度か過ごしたのでした。今はどうか。詳しくは知りませんが、「論語好き」はまだまだ盛んです。政治家なども、その典型かもしれません。ケインズとかカントなどの愛好家がいるはずもありませんけれども、なかにはマキャベリが大好きという御仁もいるそうです。

 冗談めいた話はこれくらいにして、「論語」の中から、いくつか勝手放題に選んでみました。ここでも、解釈はしません。繰りかえし読むばかりが、読書の要諦と知るからです。機会があれば、追々、その「節」の後をたどるかもしれません。引用部分には「君子」「小人」と、対になって出てきますが、まあ「優れもの」と「つまらないもの」というくらいのところでしょうが、いわば親鸞の言う「善人」「悪人」に比すべきかもしれませんね。人類史の中で「善人」などいたのですかというほどに、それは稀有な存在でありました。ほとんどすべての衆生は「悪人」だというのです。「君子」も「小人」もそうではなかったか。

 一つだけ取り上げてみますか、うまくはいきませんが。「君子 泰而不驕 小人 驕而不泰」泰然としていて、奢ったりしない、それが君子。驕慢にして泰然ではないのが小人という。ごくたまに、一回や二回くらいなら、「君子」に近づけるかもしれませんが、いつでも変わらずに「君子」であるというのは至難の事ですね。嘘をつくなと言われて、つかないようにするのも一時で、いつかは心ならずも「嘘をつく」のが人間であり、人情です。だから「嘘も方便」などという便利な俚諺も通用するのでしょう。政治家は「嘘つき」というのだと、ぼくは断定してきました。反対に「嘘をつかない政治家」などというのは言語矛盾です。そんな政治家はどこを探してもいないからです。だから、この島の政治家は、すべからく「小人」であるというしかありません。それもかなり下等な「小人」に類するでしょうね。

 「君子和而不同 小人同而不和」はどうでしょう。「付和雷同」というのは、ここから出てきたと、考えてもよさそうですね。不和は付和ですかね。不同は雷同と言えるかどうか。いずれにしても、いくつもの視点から読み解くことが出来そうです。ぼくは「論語」を読むのは好きでしたが、それを生活の指針にするという点では腰が引けていましたし、今日においても同じだと自分では考えています。理由は?細かく言えば切りがありませんが、使われている言葉は同じでも、そのニュアンスはまったくことなっているかもしれない、にもかかわらず、改竄に近いことを平気でやって、「孔子の現代性」などという、そんなまやかしが嫌いだからです。ぼくの知人にも、会社の経営者ですが、「論語」の研究に没頭しておられ、すでに二冊の研究の成果をご本にされました。二冊とも送っていただいたのですが、まさに、現代に生きる孔子が語られているという風情でした。でも、孔子の「論語」に関しては、兼好や長明などを読むのとは、格段にレベルが違いますし、文化もまったく異なるところに「孔子」さんはいたと思う。何を言うのかと叱責されそうですが、兼好や長明には近しさを感じますが、孔子は異界に棲む異人、そんな気がするのです。知り難く、及び難し、です。

 だから、そのギャップを埋める算段として「論語と算盤」などということをいうのでしょう。それがいいとか悪いとかいうのではなく、なんでも自家薬籠中の物にしてしまうという外物の自己化が流行るのではないでしょうか。でも、そこにはたして孔子は息づいているかと問うなら、大いに疑問としなければならないのですね。孔子の生きた世界は、きっとぼくたちの想像できないものだった、どう転んでも、あまりにもかけ離れていたといいたいんですね。もちろん、だから、孔子について何かを行ったり、「論語」は読んでも無駄であるというのではありません。

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。