風が吹いて暖かさを運んで来ました

歌:キャンディーズ(1976年)
作詞:穂口雄右
作曲:穂口雄右
雪が溶けて川になって 流れて行きます
つくしの子がはずかしげに 顔を出します
もうすぐ春ですねえ ちょっと気取ってみませんか
風が吹いて暖かさを 運んで来ました
どこかの子が隣の子を 迎えに来ました
もうすぐ春ですねえ 彼を誘ってみませんか
泣いてばかりいたって 幸せは来ないから
重いコート脱いで 出かけませんか
もうすぐ春ですねえ 恋をしてみませんか

日だまりには雀たちが 楽しそうです
雪をはねて猫柳が 顔を出します
もうすぐ春ですね ちょっと気取ってみませんか
おしゃれをして男の子が 出かけて行きます
水をけってカエルの子が 泳いで行きます
もうすぐ春ですね 彼を誘ってみませんか
別れ話したのは 去年のことでしたね
ひとつ大人になって 忘れませんか
もうすぐ春ですねえ 恋をしてみませんか

雪が溶けて川になって 流れて行きます
つくしの子がはずかしげに 顔を出します
もうすぐ春ですねえ ちょっと気取ってみませんか
別れ話したのは 去年のことでしたね
ひとつ大人になって 忘れませんか
もうすぐ春ですねえ 恋をしてみませんか
もうすぐ春ですねえ 恋をしてみませんか

 関東地方で「春一番」吹く 過去最も早い発表に

 気象庁は今日2月4日(木)、関東地方で春一番が吹いたと発表しました。昨年に比べて18日早い発表です。/ これまで関東地方で最も早く春一番の発表があったのは、1988年の2月5日なので、過去最も早い記録を更新したことになります。

「春一番」の発表条件とは  関東地方の「春一番」の条件は次の通りです。

 ・立春から春分までの期間 ・日本海に低気圧がある ・強い南寄りの風が吹き、気温が上がる(東京で8m/s以上の風で前日より気温が高い)

 日本海にある発達した低気圧に向かって強い南よりの風が吹き込み、最大瞬間風速は東京で8.6m/sを観測。春一番発表の目安となる8m/sを上回りました。

 また、気温も昨日と比べて高くなり、13時半までの最高気温は12.4℃と、日向では暖かさも感じられる陽気となっています。

 関東では、このあと夕方にかけて風の強い状況が続きます。また、だんだんと北よりの冷たい風に変わっていき、夜は気温が下がり寒くなります。昼と夜との体感が大きく変わるので、お気を付けください。(2021/02/04 14:10 ウェザーニュース)

++++++++++++++++++

 春に吹く風の類にはいろいろな表現が各地にあります。おおよそは次のような言い方になる。「春荒」「春疾風」「春嵐」「春はやて」「春北風」「春ならひ」などなど。さらに細かく言えば、

●春風(はるかぜ) 春吹く穏やかな風。長く続かず2、3日でやむ。 ぽやぽやみなみ初春の南風。茨城県でいう。

●東風(こち) 春に吹く東風。強東風(つよごち)、雲雀東風(ひばりごち)、あめごち、梅ごち、桜ごち、真東風(まごち)、鰆東風(さわらごち)などの用語がある。 梅東風(うめごち)春の東風。岡山県でいう。 岩げ(いわげ)春の西風。愛知県でいう。 鹿の角落し(しかのつのおとし)2、3月ごろ、晴れた日に吹く南西風。山口県でいう。

●貝寄せ(かいよせ) (貝寄風(かいよせ))春に吹く冬の季節風の名残(なごり)。大阪天王寺の聖霊会(しょうりょうえ)(陰暦2月20日前後)のころに吹き、西風のことが多い。

●春一番(はるいちばん) 立春を過ぎて吹く最初の強い南風。海難を伴うことが少なくない。春二番、春三番と続く。 岩起(いわおこし)3月ごろの西風。広島県でいう。

●涅槃西風(ねはんにし)彼岸の前後に吹く西風。彼岸西風(ひがんにし)、涅槃吹ともいう。

●比良八荒(ひらはっこう)陰暦2月24日のころ、琵琶(びわ)湖西岸の比良山系から吹き下りてくる強風。

●桜まじ(さくらまじ)桜のころに吹く南の暖風。日和南風(ひよりまじ)ともいう。 鰹日和(かつおびより)春の東風の吹く日。 おぼせ 4月ごろ日和(ひより)のとき吹く南風。伊勢(いせ)、伊豆、淡路など。

●油風(あぶらかぜ)4月ごろ吹く南寄りの穏やかな風。油まじ、油まぜともいう。東海道沿岸地方でいう。

●春疾風(はるはやて)春の大風。春荒(しゅんこう)、春嵐、春はやち、春北風、春(しゅんれい)ともいう。

●ようず 南から吹く雨もよいの風。西日本でいわれる。 したけ 春から夏にかけて吹く東ないし南の風。(日本大百科(ニッポニカ)の解説)

 このような状況をどう言えばいいのか。なんと豊かな言語世界かというのか。あるいは季節を受け止める感受性がいかにも豊富であるというべきか。風の吹き方ひとつで、季節の推移を感じ取り、生活の区切りを確かめていたといえるなら、ぼくたちは、いかにものんべんだらりとした生活に明け暮れしているということになります。まるでハウスで栽培される草花や果物のように、やがては(すでに)季節感を失ってしまう羽目になるのです。そのことの良し悪しを言うのではありません。いやおうなく、ぼくたちは、このような春でも冬でもない季節を生きなければならなくなっているのですから。家の中はビニールハウスの中と同じです。

  地域地域による環境(立地)の違いが、このような言語や感覚を育て上げたのですが、やがて各地に吹く風も、その違いや吹き方を無視して、とにかく「春一番」だけがもてはやされる事態になるのでしょう。他の表現や感覚が捨てられ、忘れられるということです。道真との関連以外「東風」も廃れてしまいました。それぞれの表現によって示された違いが忘れられ、捨てられるというのは、季節に対する感覚が貧弱になり、冬は寒いとか夏は暑いと言うだけで用が足りてしまうということを意味します。春夏秋冬に吹く風のそれぞれに数十の表現があるというのは、それが持っていた歴史や意味を教えていたのですが、今ではそれは不要になったというだけでなく、いろいろな吹き方をしていた風がたった数種類になったと感じてしまう、感覚の麻痺や鈍麻をも示しているのでしょう。

 やがて、地球上には熱帯と寒帯しか残らなくなるとしたら、地球上に様々な人種や民族がすみ分ける必要もなくなり、地球は一家、人類は皆兄弟となりますし、さらに進めば、その一家は滅亡するしかないんじゃないですか。「もうすぐ春ですね」「恋をしてみませんか」と元キャンディーズに誘われて、「はい、わかりました」と言いたかったんですが、さてどうしたものか。

「あけぼのをみれば、霧か雲かとみゆる物たちわたりて、あはれに心すごし」(「蜻蛉日記」)

「春はあけぼの。やうやうしろくなり行く、山ぎは少しあかりて」(「枕草子」)

 春の風草にも酒を呑すべし (一茶)  菜の花や 月は東に 日は西に (蕪村)

__________________________________________

投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。